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・お城へようこそ(2)

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 食事は和やかに進んだ。
 カルロが話題も豊富で、意外と美術品や建築等にも造詣が深く、城のあれこれを褒めて夫人を喜ばせた。
 私も会話をカルロに任せて大いに飲んだ。
 
 ワイン、とっても美味しい!
 端にいた給仕係に唖然とした顔をされているようだけれど、それは私にじゃなくて同じかそれ以上に飲んでるカルロに対しての視線だと思いたい。
 
 食事中は問題なかった。
 困ったのは食事中に降って来た雨が、思ったよりも大降りになってしまったことだ。

「雨が強いようだから城に泊まっていかれるといいわ」
「いえ、馬車がありますので」

 ジュストが断るが、後ろでカルロがつついている。
 泊まりたいのかしら?
 お酒もたらふく飲んでたものね。晴れていても操縦できなかったんじゃないかな。
 
 バチバチと窓を叩きつける雨がここまで聞こえてくる。

「この雨じゃ地面のぬかるみがひどくて馬車も埋まるわ」
 
 夫人は少しだけ目を伏せてなんとなく悩まし気な表情になった。
 
 確かに。
 馬だけなら問題ないけれど、馬車だと車輪が埋まってしまう。下手をしたら事故になるだろう。
 ジュストとカルロも顔を見合わせて頷き合う。
 それを了承と取ったのか、夫人が小さく息を吐きだした。
 
「では、私はこれで。明日の朝街へお送りしますわ。ゆっくりお休みになって。後は使用人に聞いてちょうだいね」

 話は終わったとばかりに、夫人はさっさと食堂を出て行った。
 後に残された私たちは執事に案内されて客室へ向かった。

 * * *

 私はお風呂から上がると、用意されていた夜着に着替えてベッドに寝転んだ。
 
 お風呂は猫足の優美なバスタブにたっぷりとお湯が用意されていた。
 水を井戸から汲み上げて、台所で沸かしてから運んでくるのでお風呂はとっても贅沢だ。
 貴族じゃない限り、なみなみと注がれたお湯に入るなんて出来ないだろう。
 私も入り方が分からなかったので夫人の侍女に世話をされながら入り、髪を乾かしてもらっているうちに時刻は深夜を回っていた。

「暑くて頭がぼぅっとする」
 
 蝋燭の火はもうベッド横のテーブルにぽつんと置かれているだけだ。
 慣れないお風呂にすっかり疲れた私は、ぼんやりとベッドに取り付けられた天幕の布を見つめる。
 
 そういえば、このお城なんだかとっても静かよね。大きいお城だからこんなに静まり返ってるのかしら?

「こんなに大きな部屋じゃ落ち着かないわ」

 宿の部屋は小さいし、カーラと同じ部屋だ。
 大聖堂の部屋だって、こんなに広くない。

「カーラ大丈夫かしら」

 他の事を考えて気を紛らわすが、どうしても広い部屋に一人きりの恐怖感が勝ってしまう。
 
 客室は、「修道女と男性を同じ階にできません」と言い張った執事をどうにか説得して同じ階にしてもらった。
 だからジュストの部屋はわかる。
 いざとなったら部屋に行ってみようと心を決める。

 だって怖いんだもの!

 私はベッドから身体を起こすと窓辺に立ち、外を眺めた。真っ暗で何も見えないけれど、この角度だと街が見えているはずだった。
 雨は小降りになっているようだから、明日晴れてくれたら帰れるだろう。

「早く朝になればいいのに」

 私は首からぶらさげた聖女の証を握り締め、裏に彫っている鳥の形をなぞった。少しだけ心が安らぐ。
 服は洗うと言われて回収されてしまったので、今持っているものはこの聖女の証とジュストからもらった髪紐だ。
 私は窓ガラスに映るぼやけた自分の姿を見ながら、金色の髪を髪紐で編み込む。
 これがあると思うとなんだか一層、守られているような気がするのだ。

 そこで私はふと、気になり首を傾げた。

「そういえば、旅へ出るまで城に滞在すると良いって言ってくれてたわよね?」

 でも、食事の時「雨が強いようだから城に泊まっていかれるといいわ」と言われた。「明日の朝街へお送りしますわ」とも。もう城に滞在するのはなしになったようだった。
 それは問題ないけれど、どうして急に?
 ガラスに映る私は眉をひそめている。

 「それに女神様たちの事も旅の事も聞かれなかったわ」

 ただカルロとワインや美術品、夫人が見た舞台の話を聞いていただけだ。旅の話が聞きたくて呼ばれたんじゃないの?
 それから……。

「やけに静かで……。そうだ! 院長が小間使いで孤児院出身の子を雇ってるって言ってた」

 でもここに来て見た女性は夫人の侍女だけだ。
 小間使いは勘違いで下女なのかもしれない。台所や洗濯場にはたくさんいるのかも。
 
 小さな違和感に気が付くと、どんどんと不安は広がっていった。
 私は視線をうろうろと彷徨わせると、蝋燭を消してベッドにもぐりこんだ。

 怖い想像をしたせいだろう。なんだか本当に、どこからか声が聞こえてくるような気さえする。
 雨音に紛れて、女性の泣く声だ。

 しくしくとすすり泣く声が耳について離れない。
 私はベッドに頭までもぐりこむと、両手で耳を塞いだ。

 気のせい、雨のせい! ほら、こうしたら泣き声なんて聞こえないもの……。

 そう言えば、集めてもらった噂の中に『城から聞こえるすすり泣く声』ってあったわよね……。

「もしかして本当に幽霊⁉」
 
 考え出すともうダメだった。
 
 私はベッドから起き上がると、部屋を飛び出したのだった。
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