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10.美しき仮面の下に
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部屋を飛び出すと、コンコンとジュストの部屋の扉を叩く。
出てこない。
長い廊下の暗闇が怖くて、左右にうろうろと視線を巡らせる。
薄気味悪い廊下だ。
「どうして出てこないの? もう寝たの?」
扉を叩く音がどんどんと大きくなるが、構わずに私は叩き続けた。
すると、隣の扉がかちゃりと開いた。
「あれ? アリーチェ?」
私は扉から顔を出すジュストに飛びついた。
「うぉっ⁉」
「ジュスト、泣き声が聞こえるの!」
「あ、アリーチェ落ち着け! 頼むから……」
私はぎゅうっとジュストにしがみつくと、早く暗い廊下から部屋の中へ入りたくて、グイグイと部屋の中へ押し込むように全身を押し付けた。
「お願い、怖いの!」
ジュストはおろおろとしていたが、私の肩に手を置き、もう片手を背中へ回した。
優しく抱きしめてくれる。
そうじゃないのよ!
「アリーチェ、その、こんな時じゃなかったら嬉しいんだが……。今はちょっと……」
弱々しい声に私が顔を上げると、ジュストは呻いて顔をそむけた。
私がさらに言い募ろうとした時、部屋の奥からカルロの声が聞こえてきた。
「おやおやぁ? 大胆ですね、夜這いですか?」
頼りない蝋燭の炎に照らされながら、カルロがにやにやと笑う。
「違うわ!」
思わず叫んで否定したけれど、よく考えたら私は夜着のままだった。
「これはっ……! う、上着ちょうだい……」
私は頬に血が上るのを感じた。
ジュストは私がパッと離れると、少しだけ名残惜しそうにしていたけれどすぐに自分の上着を脱いで着せてくれた。
上着?
「あれ? どうして着替えてないの? そういえば、ここってジュストの部屋?」
私は借りた上着に手を通すと、落ち着いて部屋を見回す余裕ができた。
「ここはカルロの部屋だ」
「そうでーす」
カルロが手をひらひらと振る。
椅子に座っているカルロもよく見ると、夜着に着替えていない。
「ふたりで……何してたの?」
カルロがにやにやと笑う。
「何だと思いますぅ? いてっ!」
ジュストが拳でカルロの肩を殴ったのだ。
「イタッ、痛い。嘘です、嘘! 本当は俺がここに来た理由を話してたんです」
「夫人を見たかったからじゃないの?」
カルロはがっくりと肩を落として嘆く。
「そんなぁ。違いますよぅ」
「アリーチェ様に疑われて悲しいな」って言ってるけれど、そんなの行動を顧みたら当然じゃない?
「実はですね、話を聞いていた時に女神様方の話以外の噂もたくさん入って来たんですよ」
それはわかる。
私も、スリの占い師や大道芸人の話が出てきたし。
「その中にですね、失踪や行方不明の話もありまして。何年も前からあったみたいなんですが、今までは平民だったから軽視されていたみたいなんです。でも最近修道女も巡礼中に失踪するって事件がおきてまして」
厳しい教会の暮らしに嫌気がさしたのだろうか?
けれど、大抵の修道女は嫌になったところで行先はないし、行先がある女性なら堂々と修道院から出ればいいだけだ。
失踪する理由にはならない。
「そうなるとね、さすがに教会騎士団も見過ごせない話でしょ?」
私はあっ、と声を上げた。
「もしかしてその失踪と男爵夫人が関係してるかもしれないの?」
「ご明察です」
そこでふと疑問が湧く。
「もしかして私をダシにして男爵夫人の調査をしようってことになったの?」
私は顔をこわばらせた。
ジュストも鋭くカルロを睨みつけてる。
「まさか! 違いますよ! 俺たちだって、この話は昨日かそこらにこの街の教会騎士から聞いたんです。知ってたら手紙にだって書きませんでしたよ!」
カルロは睨みつけるジュストとこわばった表情のままの私に、言い訳するように言葉を重ねる。
「聖女様を危険にさらすわけないじゃないですか! 信じてもらえないかもしれませんが、本当にそんなつもりはなかったですって。アリーチェ様がここに来たのだって、俺関係なかったでしょ?」
確かにそうだ。
院長の圧力と、男爵夫人の有無を言わさぬ力で連れてこられたようなものだ。
孤児院に行ったのだって私の判断だし。
「被害者が平民の女性ばかりだから調査も進んでなくて、どういう切っ掛けで夫人と繋がるのか分からなかったんです。失踪とは言いましたが、多分もう彼女達は死んでます。だから焦りましたよ。こっちは注意すべき人物と聖女様が接触してるんですから。ジュストもいましたけど、本当に危惧していた通りならひとりじゃ聖女様を守り切れませんから。慌ててとりあえず俺だけでも追いかけてきたわけです」
「そっか」
「俺の仕事は、聖女様を安全にこの城から連れ出すことですよ」
にこりと微笑まれて私も頷いた。
「まぁ、せっかくだから何か証拠でも掴めたらと思って男爵夫人に色々聞いたんですが、しっぽは出しませんでしたね」
それであんなにしつこく夫人と話していたのか。
ただ美人と話したいだけかと思っていた。
「あら? でもジュストが泊まりを断ってた時つっついてたじゃない」
「あれは、上手く断れー。っていうアピールですよ!」
「なんだそれ、全然通じなかったぞ」
「俺の気持ちが通じないとは……。それに、まぁ、雨の中帰るって言われても普通なら止めるだろうし、こうなりますよねぇ……」
カルロは再び肩をがっくりと落とした。
「ワインもたくさん飲んでいたし。馬車の操縦も出来ないと思ってたわ。そう言えば酔ってないのね?」
「あ、自分、ザルなんです。酔わないんですよ。でもアリーチェ様もうわばみですよね」
そうかな? ちょっと酒豪なだけだと思う。
「ところでアリーチェ様はどうしてこちらに?」
首を傾げて問われ、私もここに来た理由を思い出した。
「泣き声が聞こえるのよ! 『すすり泣く声』の幽霊かと思って。この城薄気味悪いし……なんだか怖くて」
するとジュストとカルロはお互いに顔を見合わせた。
表情を引き締めると頷き合う。
「部屋に行ってみてもいいか?」
ジュストに遠慮がちに聞かれるが、ひとりで戻るなんてまっぴらごめんなのだからむしろ有難いくらい。
私は急かす勢いでふたりを私の部屋へ案内した。
出てこない。
長い廊下の暗闇が怖くて、左右にうろうろと視線を巡らせる。
薄気味悪い廊下だ。
「どうして出てこないの? もう寝たの?」
扉を叩く音がどんどんと大きくなるが、構わずに私は叩き続けた。
すると、隣の扉がかちゃりと開いた。
「あれ? アリーチェ?」
私は扉から顔を出すジュストに飛びついた。
「うぉっ⁉」
「ジュスト、泣き声が聞こえるの!」
「あ、アリーチェ落ち着け! 頼むから……」
私はぎゅうっとジュストにしがみつくと、早く暗い廊下から部屋の中へ入りたくて、グイグイと部屋の中へ押し込むように全身を押し付けた。
「お願い、怖いの!」
ジュストはおろおろとしていたが、私の肩に手を置き、もう片手を背中へ回した。
優しく抱きしめてくれる。
そうじゃないのよ!
「アリーチェ、その、こんな時じゃなかったら嬉しいんだが……。今はちょっと……」
弱々しい声に私が顔を上げると、ジュストは呻いて顔をそむけた。
私がさらに言い募ろうとした時、部屋の奥からカルロの声が聞こえてきた。
「おやおやぁ? 大胆ですね、夜這いですか?」
頼りない蝋燭の炎に照らされながら、カルロがにやにやと笑う。
「違うわ!」
思わず叫んで否定したけれど、よく考えたら私は夜着のままだった。
「これはっ……! う、上着ちょうだい……」
私は頬に血が上るのを感じた。
ジュストは私がパッと離れると、少しだけ名残惜しそうにしていたけれどすぐに自分の上着を脱いで着せてくれた。
上着?
「あれ? どうして着替えてないの? そういえば、ここってジュストの部屋?」
私は借りた上着に手を通すと、落ち着いて部屋を見回す余裕ができた。
「ここはカルロの部屋だ」
「そうでーす」
カルロが手をひらひらと振る。
椅子に座っているカルロもよく見ると、夜着に着替えていない。
「ふたりで……何してたの?」
カルロがにやにやと笑う。
「何だと思いますぅ? いてっ!」
ジュストが拳でカルロの肩を殴ったのだ。
「イタッ、痛い。嘘です、嘘! 本当は俺がここに来た理由を話してたんです」
「夫人を見たかったからじゃないの?」
カルロはがっくりと肩を落として嘆く。
「そんなぁ。違いますよぅ」
「アリーチェ様に疑われて悲しいな」って言ってるけれど、そんなの行動を顧みたら当然じゃない?
「実はですね、話を聞いていた時に女神様方の話以外の噂もたくさん入って来たんですよ」
それはわかる。
私も、スリの占い師や大道芸人の話が出てきたし。
「その中にですね、失踪や行方不明の話もありまして。何年も前からあったみたいなんですが、今までは平民だったから軽視されていたみたいなんです。でも最近修道女も巡礼中に失踪するって事件がおきてまして」
厳しい教会の暮らしに嫌気がさしたのだろうか?
けれど、大抵の修道女は嫌になったところで行先はないし、行先がある女性なら堂々と修道院から出ればいいだけだ。
失踪する理由にはならない。
「そうなるとね、さすがに教会騎士団も見過ごせない話でしょ?」
私はあっ、と声を上げた。
「もしかしてその失踪と男爵夫人が関係してるかもしれないの?」
「ご明察です」
そこでふと疑問が湧く。
「もしかして私をダシにして男爵夫人の調査をしようってことになったの?」
私は顔をこわばらせた。
ジュストも鋭くカルロを睨みつけてる。
「まさか! 違いますよ! 俺たちだって、この話は昨日かそこらにこの街の教会騎士から聞いたんです。知ってたら手紙にだって書きませんでしたよ!」
カルロは睨みつけるジュストとこわばった表情のままの私に、言い訳するように言葉を重ねる。
「聖女様を危険にさらすわけないじゃないですか! 信じてもらえないかもしれませんが、本当にそんなつもりはなかったですって。アリーチェ様がここに来たのだって、俺関係なかったでしょ?」
確かにそうだ。
院長の圧力と、男爵夫人の有無を言わさぬ力で連れてこられたようなものだ。
孤児院に行ったのだって私の判断だし。
「被害者が平民の女性ばかりだから調査も進んでなくて、どういう切っ掛けで夫人と繋がるのか分からなかったんです。失踪とは言いましたが、多分もう彼女達は死んでます。だから焦りましたよ。こっちは注意すべき人物と聖女様が接触してるんですから。ジュストもいましたけど、本当に危惧していた通りならひとりじゃ聖女様を守り切れませんから。慌ててとりあえず俺だけでも追いかけてきたわけです」
「そっか」
「俺の仕事は、聖女様を安全にこの城から連れ出すことですよ」
にこりと微笑まれて私も頷いた。
「まぁ、せっかくだから何か証拠でも掴めたらと思って男爵夫人に色々聞いたんですが、しっぽは出しませんでしたね」
それであんなにしつこく夫人と話していたのか。
ただ美人と話したいだけかと思っていた。
「あら? でもジュストが泊まりを断ってた時つっついてたじゃない」
「あれは、上手く断れー。っていうアピールですよ!」
「なんだそれ、全然通じなかったぞ」
「俺の気持ちが通じないとは……。それに、まぁ、雨の中帰るって言われても普通なら止めるだろうし、こうなりますよねぇ……」
カルロは再び肩をがっくりと落とした。
「ワインもたくさん飲んでいたし。馬車の操縦も出来ないと思ってたわ。そう言えば酔ってないのね?」
「あ、自分、ザルなんです。酔わないんですよ。でもアリーチェ様もうわばみですよね」
そうかな? ちょっと酒豪なだけだと思う。
「ところでアリーチェ様はどうしてこちらに?」
首を傾げて問われ、私もここに来た理由を思い出した。
「泣き声が聞こえるのよ! 『すすり泣く声』の幽霊かと思って。この城薄気味悪いし……なんだか怖くて」
するとジュストとカルロはお互いに顔を見合わせた。
表情を引き締めると頷き合う。
「部屋に行ってみてもいいか?」
ジュストに遠慮がちに聞かれるが、ひとりで戻るなんてまっぴらごめんなのだからむしろ有難いくらい。
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