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〖第53話〗朱鷺side③
しおりを挟む雪の季節にはまだ早いはずなのに、雪は降ったりやんだりを繰り返す。
たくさん積もったはずの雪は中途半端に溶けてアスファルトを黒く汚す。
鷹さんに、
『心配だからしばらく家にいろ』
と言われ、家にいる間、窓の外ばかり見てぼんやりしている僕を見て鷹さんに、
『あんまりうまくはないぞ』
と言われながらもピアノを教わったり、バイオリンをひいてもらったりした。
家事をこなし、たくさんの料理を振舞った。鷹さんはその度に嬉しそうに
『美味しい』
と言ってくれた。繰り返しそう言って、涙目で笑った。
──────────
足元が悪く、鷹さんはブーツなのに苦戦している。
僕は雪には慣れているので、
さくさくと歩く。
鷹さんとの『おでかけ』だ。
「着いたぞ。高ちゃんには上手いこと言っておいたけど、独りで大丈夫なのか?
気分悪くなったりしないか?」
「大丈夫だよ。行ってくるね。兄さんはいつものカフェで待ってて」
緊張を笑顔でごまかす。
自分の身体の、他人への拒否反応が治ったのか確かめたかったのが一つ。
そして一番の理由。それは、もうこの髪を捨てようと思った。
あのひとが好きだったもの。
もう自分には必要がないもの。
「こんにちは」
入り口のドアを開ける。爽やかな高橋さんに似合う、柑橘を思わせる店内に広がるアロマの香り。
「いらっしゃいませ」
席に通され、座る。
「カットと、カラーと、パーマ……ストレートパーマをお願いします」
要点をまとめ、要望を伝える。
「解りました」
と言い、やはり高橋さんは爽やかに笑う。高橋さんの指は冷たくて、
あの人を思い出させた。
それでも、一連の作業が全く気にならなかった。おぞけ立つような不快感も、嫌悪感もない。
『治った』という、自信。
小さくかかる編曲されたクラシックが気分を落ち着かせる。
目をつぶる。うとうと、としていた。
「出来ましたよ。芦崎さん」
はっと目を覚まし、鏡を見る。
知らない人がいた。これは、僕?
「髪の毛、ご要望通り少し長さは残してみました。
カラーは芦崎さんの虹彩の色味の薄さに合わせて、少し甘めに仕上げました。
ハンサムで、とても素敵ですよ。
眉毛も、軽く自然な感じに整えました」
「……僕でさえ解らないんだから、きっと、もうあの人は僕を見つけることが出来ないでしょうね」
鏡の中の僕は、そう寂しそうに呟いた。不思議そうな顔をする高橋さんの視線をかわすために、僕は、ぎこちない笑顔を浮かべた。
鷹さんの待つカフェに急ぐ。
ドアを開ける。カランコロンと可愛らしい音がするアンティーク調のドア。
鷹さんはカフェラテを飲みながら本を読んでいた。
「兄さん」
と僕が声をかけると、鷹さんはやっと顔をあげる。
「遅くなってごめんね。待ったでしょ。………どうかな?」
「朱鷺、だよな?声聞くまで誰だか解らなかった。可愛いな。すごく良いぞ」
「格好良くはないの?」
「いや、もちろん格好良い。腹減ってないか?何か食ってくか。お前グラタン好きだったろ。ここのエビグラタン。うまいぞ」
「そっか。食べようかな。兄さんは?」
「いや、俺はいい。さっき偶然あいつに会った」
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