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〖第52話〗朱鷺side②
しおりを挟むブラインドを開ける。朝だ。雪が積もっていた。
空は晴天で、朝なのに青が濃い。
たくさん寝たはずなのにからだが重い。全身が痛い。
ガラス窓に雪景色と幽霊みたいな顔をした僕がいる。
あの人の痕跡が首回りについていた。襟元のボタンを開ける。
「……やっぱり夢じゃないんですね」
夢でも、見たくない夢。
見事につけられた、口づけの痕。
あの時間、あの扱い方、僕は人形。
あのひとは、まるで所有物に名前を書くように口づけの痕をつけた。
込み上げる嫌悪感と怒り。
これじゃハイネックしか着られない。せっかく鷹さんと出かける約束をしたのに。台無しだ。
ガラス窓に映る、悲しそうな顔をしている未練がましい自分自身を一瞥し、ドアを開ける。
強くならなきゃ
強くならなきゃ
崩れ落ちてしまう
このバラバラにされた恋の終わりは
あまりにもつらいものだったから。
もう一度信じてみよう
そう、思っていた矢先の出来事だったから。
「おう。おはよう。よく眠れたか?」
「はい。……兄さんは?」
何もかも思い出した僕は、
幼い頃のように鷹さんを『兄さん』と呼んだ。
鷹さんは照れたような顔をした後、少し黙り、
「嬉しいけど、無理すんな」
とだけ言い、飯にするか?と僕に訊いた。
キッチンが丁度良く汚くて、朝食の後の片付けをする僕はほっとする。
「兄さん。今日、ううん、なるべく早く、行きたいところがあるんだ。
それで、一緒に来て欲しいんだけど、いい?兄さんの都合の良い日。
あと、服を貸して欲しいんだ。お願い」
「ああ。いいぞ」
鷹さんはすぐ手配してくれたが、思わぬアクシデントが起きた。
一番の目的の高橋さんが、インフルエンザにかかり、寝込んでいると言うことだった。鷹さんは
「見舞いに行かなきゃな」
と心配そうに言い
「すぐ帰ってくる。ポカリとか、何か食うもん差し入れしてくるから。家で待ってるか?一緒に来て車で待ってるか?」
と僕に訊いた。
「大丈夫。待ってられるよ」
と僕は言い、笑顔で鷹さんを送り出す。
鷹さんがいなくなるとこの家は灯りを消したように暗くなる。
僕は部屋の掃除をした。
鷹さんは高橋さんのことを好きなのかなと思った。
凛々しい、笑顔が爽やかな大人な女性。
似合いのカップルだ。
──あのひともきっとすぐに僕を忘れて恋人をつくるのだろう。
綺麗な人の指先に口づけて、あの瞳で、誰かを見つめて、あの声で
『好きだよ。愛しているよ』
と囁くのだろうか。
「好きにすれば良い」
掃除機のスイッチをいれながら独り呟いた。何で僕はこんなことを考えて哀しくなっているんだろう。
答えは簡単だ。
予定されている未来と、
僕の、あんなことをされても憎みきれない何かがあるからだ。
「関係ない」
否定を言葉にしないと未練がましい自分に押し潰されそうだ。
僕以外、見ないで欲しい。
僕だけをずっと想って、
ずっと後悔して生きればいい。
膝から崩れ落ちる。
独りで良かった。
淡い微笑みを浮かべる面影のあのひとは、いつも通り優しく、僕を『朱鷺くん』と呼ぶ。僕は咽びながら語りかける。
「なんであんなことしたの?僕には、あなただけだったのに」
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