電光のエルフライド 

暗室経路

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月光のエルフライド 前編

第八話 【リタ・ヒル】2

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 アマンダさんという女性に連れられ、私達、電光中隊はナスタディア軍人が犇めく軍用哨戒艇に足を踏み入れました。
 中に入ったのは人数の関係で私達電光中隊だけでした。
 艦内は見た目よりとても窮屈で、狭い廊下はかなりの圧迫感があります。
 
 「この部屋にどうぞ」
 
 通されたのは会議室ではなく、食堂の様でした。
 ツンと抜ける、特徴的な香辛料の匂いが鼻につきました。
 シマダ少尉が不満げにアマンダさんを見ると、アマンダさんは少し申し訳なさそうに微笑みました。

 「すみません、この人数では会議室は手狭でして——ここでご勘弁頂きたく思います」

 用意された簡易椅子に促され、私達パイロット組は腰を下ろします。
 シマダ少尉率いる

 「それでは現状、何が起こっているかの説明に入ります。プロジェクターをご覧ください」 
 
 プロジェクターには黒亜皇国の地図が表示され、そこに点在するマッピングマークが動いていました。
 
 「本日、午前三時過ぎ、アナタたち穏健派の部隊はミシマ准尉からの命令を受け、完全武装の後午前四時にはイワミガハラ基地を出発。途中、簡易な補給をしつつ、目的地であるタルイ基地の穏健派戦闘部隊と合流するため、車列を維持したまま行進」

 軍用車を模したアイコンが黒亜北部地域に移動していく中、画面に〝deceive〟と赤文字が記載されました。
 意味が分からず、隣に居た合衆国語に詳しいユタに聞くと。

 「確か、嘘とか、欺瞞みたいな意味だった気が……」
 
 ひそひそ声での会話でしたが、アマンダさんには聞こえていたようです。
 私とユタに対し、にっこりと笑みを浮かべながら口を開きました。
 
 「その通り、それはフェイク情報だった訳です」

 今度は画面に、見知らぬ男の人が映し出されました。
 無精ひげを生やした黒い制服に身を包んだ軍人さんの様です。
 ハッと息を飲む声が背後から聞こえました。
 こっそり振り返ると、ベツガイさんが緊張したように画面を視線で捉えていました。
  
 「ベツガイ軍曹及び、電光の歩兵隊員はご存じでしょう。彼は主流派が誇るエルフライド部隊の指揮官、クロダ・コウサク大尉です」

 「この男が……」

 セレカちゃんが感慨深げにそう呟きました。
 私も同じでした。
 この人物はベツガイさんや指揮官から名前だけ聞いていた主敵とも言え、——ベツガイさんやセノさんを酷い目に合わせていた元凶ともいえる存在です。
 私達電光中隊にとって、意識せざるを得ない、そんな人間でした。

 「この男が全てを仕組みました。穏健派の幹部をそそのかし、ミシマ大尉の命だと部隊を誤認させて北部方面へと移動させました。その間、ミシマ大尉は基地内で主流派の送り込んだ工作員から睡眠薬を飲まされていた為に、寝入っていました」

 「……なぜそんな回りくどい真似を?」

 アネちゃんが口を挟みました。
 これは電光中隊全員と同意見だったはずです。
 ……言い方は悪いですが、主流派の工作員が潜り込んで指揮官に睡眠薬を飲ませれるくらいなら、その場で殺害しなかったのは何故なのか。不思議でなりませんでした。

 「良い質問ですね、キノトイ軍曹。この件は、非常に高度な政治的要素が絡んでいるのです」 
 
 またもや画面が切り替わります。
 今度は漫画みたいにデフォルメされた、可愛いイラストが映りました。
 しかし、映ってる内容は可愛くはありませんでした。
 ナイフのようなものを持った兵士が、指揮官を模したイラストに切りかかる絵だったからです。

 「軍内部の派閥間闘争において、暗殺という方策を用いるのは得策ではありません。それが派閥の英雄なら尚更です」

 アマンダさんはプロジェクターを操作するリモコンを手でいじりながら、まるで講師のように歩き回っていました。
 暫く部屋内を歩き、シマダ少尉の前で立ち止まります。

 「朝起きて……穏健派の英雄たる指揮官が殺害されていたら——あなた達は一体どうしますか?」

 「命令を出したヤツ、それを実行したヤツ、両方殺しにいくな」

 シマダ少尉がノータイムで答えると、アマンダさんが笑みを浮かべました。
 
 「どんな手を使ってもですか?」

 「どんな手を使ってもだ」

 「それです。元来、暗殺というのは非常に憎悪を残しやすい。やり返しに行けば直ぐに血で血でを洗う皇国内戦に発展していくことでしょう」

 ゴクリ、と。誰かが唾を飲み込む音が聞こえました。
 アマンダさんは構わず続けます。

 「ですが——今回みたいに。誤情報によって部隊が動員され、指揮官が無防備になった隙に拉致され、行方不明になったのだとしたら? 穏健派は、生きているのか死んでいるかのかすら分からない指揮官の安否を考慮して、身動きが取れなくなるでしょう。それに——責任の所在、それが穏健派内で取り沙汰され、下手をしたら内部抗争にまで発展する」

 「なるほど、言いたいことは分かりました。それで、指揮官は生きているのですか?」

 その淡々とした問いには思わず息を飲みました。
 アマンダさんはアネちゃんを値踏みするように眺めた後、口を開きます。
 
 「我々が保護してあります。ケガも軽度のため、問題ありません」

 「口ぶりからして、合衆国側は事前に情報を掴んでいたようですが——それはどのようにして得た情報ですか?」

 アネちゃんの問いに、アマンダさんは本日一番ともいえる不敵な笑みを見せました。 

 「それは我々がナスタディア合衆国だから——という説明だけで十分でしょう。なんせ、我々は世界最高峰ともいえる情報機関を保有しているのですから」









ΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔ



 船から降りた私達は、漁港の使われていない倉庫内で情報共有も含め、移動していた部隊の全員を集めて会議を行っていました。
 勿論、穏健派部隊のみの会議で、合衆国側の人間はいません。

 「気にくわんな」

 集まって開口一番のシマダ少尉の言葉がそれでした。
 全員の注視を受けながら、シマダ少尉は続けます。

 「奴らの言葉を信じるなら、俺達はハナから合衆国の連中の手のひらで転がされていたことになる。これじゃ道化師もいいとこだ」

 「ミウラ伍長から連絡は?」
 
 アネちゃんが問うと、シマダ少尉は顎をポリポリと掻きました。

 「朝に連絡を送って以降、ミウラは連絡を返してきていない」

 「そうですか……」

 「それでどうするんです? 奴らの要求を呑むんですか?」 
 
 第一〇四歩兵大隊の現状隊長である、フクダ准尉がシマダ少尉に問いました。
 要求とは、船でナスタディアのアマンダさんから突きつけられた、我々がこれから取るべき行動のことを言います。

 アマンダさんは、電光中隊にはこのまま船に乗ってとある島に行き、その他の部隊は穏健派の部隊と合流して防備を固めるべきだと進言しました。

 〝進言〟とは言っても、電光中隊が一体どこへ向かうのか、それすら伝えてもらえず、そうしなければアナタ方に未来はありませんよ? という文末には私でさえ、一方的な要求に感じました。
 そのやり取りと伝えると、電光の人間だけでなく、他の部隊の人たちも不快気に表情を歪ませていたのです。 

 「要求なんて生易しいもんじゃない。アレは命令だ」

 「奴らを信用するんですか? 合衆国も一枚岩と限りませんよ?」
 
 アネちゃんの発言はそれすなわち、合衆国も黒亜のような派閥が存在し、今回は黒亜排斥派の罠である可能性を示したものでした。
 それを聞いたシマダ少尉は大きくため息を吐きます。

 「それを言い出したらキリがない。どっちにしろ、どちらかにベットする必要がある」

 シマダ少尉はそう口にするなり、倉庫内を見渡しました。
 そして、驚くべき発言をします。
 
 「この中で一番、ギャンブルに強いのは誰だ」
 
 シマダ少尉の言葉の真意を読み取る前に、電光中隊の視線は、自然とセレカに向きました。
 セレカは電光中隊でも随一を誇ると言っていいほどの勝負運を持っています。
 あの忘れもしない廃校での訓練時代、指揮官が主催した理不尽シリーズ第四弾の〝理不尽ギャンブル〟でセレカは無類の強さを誇り、指揮官を除く大人組全員からお金を巻き上げていました。
 セレカは、シマダ少尉が胸元からコインを取り出すのを見て、驚愕に顔を引きつらせていました。

 「冗談……ですよね?」

 「いや、大まじめだ。この移動戦闘集団は階級もバラバラ、部隊もバラバラ。未だ指揮系統が判然としていない。よって、俺達の行く先を決めるのがこれだと、一番公平性がある」

 「ぎゃ、ギャンブルが、公平性? そんなん皆納得するわけ——」

 セレカが周囲を見渡すと——周囲の軍人たちは、その様子を興味深げに見守っていました。 
 
 「知ってるか、ヒノ軍曹。軍人ってのは、ギャンブルが大好きなんだぜ」
 
 フルハタ軍曹のダメ押しのような言葉に、シノザキ伍長はこめかみを抑えていました。 
 話が纏まりそうな雰囲気の中、堪えきれなくなったように、セレカが口を開きました。 

 「あ、あの!」

 「どうした?」

 「い、イカサマなんです……」

 「ん?」

 「私がギャンブルに勝ってたのは、イカサマやったんです!」

 セレカのその衝撃的な発言に、周囲は波打つようにシンと静まりかえりました。
 かと思いきや——兵士たちを押しぬけるように、集団の輪に躍り出た存在がいました。

 「このインチキ馬髪女! 私のお金返して!」

 ご察しの通り、トキヨちゃんでした……。
 彼女は机上でニヤニヤ笑うセレカから最も大金を巻き上げられていました。
 そのことを思い出したのか、鬼気迫る表情でセレカへと詰め寄ったのです。

 そんなシュールすぎる光景に、誰かが噴き出しました。

 それは瞬く間に拡散し、大爆笑の渦が伝染します。
 私も思わず笑ってしまいました。
 最近、笑みを浮かべていなかったアネちゃんも、プルプルと表情筋を震わせていました。
 何だか、それを見て私は、何だかあの廃校時代に戻ったかのように感じて、凄くうれしくなったのです。

 シマダ少尉は、その様子を見ながら、今までにないくらいに口元を綻ばせていました。
 
 「結構、結構。俺達はイカサマ、裏切り、なんでもありのご時世、組織の人間だ。今回の行先決め、自ら運命を切り開くヒノ軍曹が最も適任だ。お前らもそう思わないか?」

 賛同する兵士たちの声音に、セレカはギョッとしていました。

 「何より、運命は自分の手で切り開くモノ。それを思い起こさせてくれた、ヒノ軍曹」

 「は、はい」

 「切り開いてみろ」

 シマダ少尉がピンっとコインを弾きました。
 セレカはそれをキャッチして、手のひらでマジマジとそれを眺めます。

 「それは〝チャレンジコイン〟と言ってな……まあ、軍隊の部隊の人間がそれを証明、もしくは仲間意識のために作らる記念品みたいなもんだ。他国の兵士と訓練した際はそれを交換したりして、友好を深めたりもする。俺が特選隊時代のコインは捨てちまったが——他国の兵士から貰ったコインは未だに持ってたりする。今となっては唯一の俺を証明する証だ」

 「大事な——モノなんですね」
 
 しみじみといった口調でそう言ったセレカに、シマダ少尉はニヤリと笑みを浮かべました。

 「今はお前のモノだ」

 セレカがその言葉に、コインから顔を上げました。

 「俺はお前にベッドする。表がナスタディアの案に乗る、裏が俺達独自で判断して行動をする」

 廃倉庫内で、なぜか歓声がなりました。
 どうやら、軍人さんがギャンブル好きだというのは本当みたいです。 
 セレカはそれを受け、覚悟を決めたように表情をキリリとしました。
 
 「裏か、表か」

 「キノトイ、どっちだと思う?」
 
 シマダ少尉のその言葉に、なぜかアネちゃんは暫くシマダ少尉を見つめ、ため息を吐きました。
 
 「表です」
 
 それを聞いたセレカが緊張した様子でゆっくりと手のひらを開けると、そこには——。

 「決まりだな」

 表を指したコインが、燦然と輝いているように感じました。 
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