電光のエルフライド 

暗室経路

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月光のエルフライド 前編

第七話 【リタ・ヒル】1

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 揺れる装甲車両の中で今これを書いています。
 と言っても、あまりに揺れるので便箋での記載は諦めました。
 そのため、今は購入した携帯端末に書き込んでいます。
 書き留めれるだけ書いて、残りは開いた時間に記載しています。

 私の名はリタ・ヒル。
 電光中隊のエルフライド搭乗員をしており、年齢は十二歳。
 血液型はA型、好きなものはオシャレをすること、スイーツを食べる事です。

 何故、今になってこんな文章を記載しているかというと、私の中で最近、感銘をうけた出来事があったからです。
 それは、同中隊で家族のトキヨちゃんの行動が起因しています。
 彼女は、いつもの掃除時間中、懐から取り出したボロボロのメモ帳に何かをカリカリと記入していました。
 私がそれは何か尋ねると、彼女は未来の自分に手紙を書くと言っていました。
 私がなぜそんなことをするのかと尋ねると、彼女は、

 「忘れないためだよ」

 そうとだけ言っていました。
 その時、確かに私は彼女の言う通り手紙を書いておけばいいのではないかと思いました。
 何故なら、私達電光中隊のパイロットは、エルフライドの特性上、いつ記憶を無くしてしまうのやもしれない状況だったからです。

 現在はシトネの働きでそれはかなり改善されたといっても過言ではありません。
 備えあれば憂いなし、もし最悪の事態になった時、これを見て一日でも早く記憶を取り戻せるように私は今日も手紙を書いています。

 さて、前置きはこれくらいにしましょう。
 現状の説明をさせていただこうと思います。

 現在、電光中隊含む第一〇四歩兵大隊、その他複数中隊は完全武装の後、装甲車両及びトラックでウシワダ街道を北上中です。
 目的は、北地区を根城にする穏健派の戦闘部隊との合流。
 実現すれば、四〇〇人規模の大所帯の戦闘集団が出来上がります。 
 
 理由は深夜、電光中隊指揮官であるミシマ准尉がそういった命令を下したためだと言います。
 しかし、現場は様々な憶測が飛び交い、混乱していました。
 私達電光中隊は装甲車に何台かで分乗し、私はシマダ少尉やシノザキ伍長、その他元跳鴉の兵士たちの面々と同じ車両に乗っていました。
 パイロットで一緒なのはキノトイ・アネちゃんだけです。

 「ミウラがメッセージを送ってきた」

 唐突に、装甲車内にいたシマダ少尉が携帯端末を見ながらそう口火を切りました。
 全員、黙って次なる言動を待ちます。

 「どうやら俺達は嵌められたみたいだぞ。指揮官はまだ基地内にいるらしい」

 装甲車内にどよめきが広がりました。
 シマダ少尉は表情を崩さず、淡々と言葉を吐いていました。 

 「このことは外の連中に漏らすな。我々は進み続けるしかない、指揮官もそうしろとのことだ」
 
 そう口にしたシマダ少尉に、シノザキ伍長が異議を唱えました。

 「シマダ少尉、全軍で引き返すべきです」

 「それは得策ではありません」 

 それに対し、アネちゃんが即座に反対します。 

 「上官の命令を敵に誤認させられ、分断させられる——信じられないほどの失態です。情報戦において、敵が一枚上手だったということです。このような状況下で独断専行をすれば、我々は唯一の主要戦力を失うことに直結します」

 「キノトイ、指揮官が孤立した状態であれば事態は一刻も争われるぞ」

 「やむをえません。我々が引き返せば、更なる最悪の状況を招く可能性があります」

 「英雄を失えば、穏健派の希望の芽が潰える」

 「英雄は、指揮官一人ではありません」

 その言葉にシノザキ伍長が信じられないと表情を歪めていたました。
 だけど、気づかれないようにアネちゃんが震わしている手を見て、シノザキ伍長は落ち着きを取り戻しました。

 「シマダ少尉はどうするつもりですか?」

 「予定通り、北の部隊と合流する。だが、それすらも罠ともいえない可能性がなきにしもあらずだ。警戒は強めなければならない。先行偵察は俺達電光の特別機動小隊が行う」

 電光の特別機動小隊とは、主に地上での戦闘行動を行う元跳鴉の面々のことを指します。 
 シノザキ伍長はそれを聞いて、アネちゃんに向き直りました。

 「それでいいか? キノトイ」

 「待ってください。シマダ少尉、偵察を行ったところで、敵味方の判別をどうやってつけるつもりですか?」

 シマダ少尉はそれを聞いて、ニヤリと笑いました。
 
 「お前、俺も信用していないだろ?」

 アネちゃんはシマダ少尉を捉えたまま、無言の回答をしました。

 「よし、今後のレッスンもかねてやり方を教えてやる。それで納得できたら信用してもらおうか」

 「分かりました」

 会話はそこで終了します。
 アネちゃんは懐から北地区の部隊の根城とする基地の地図を取り出し、何やら記載を始めました。
 とても話かけられる雰囲気ではありません。
 私は異様な雰囲気の車内の中、一人場違いのような孤独感を味わいました。
 
 「なに? リタ」
 
 唐突に声をかけられ、驚きました。 
 
 「え? な、なにって……」

 「さっきから私の顔を見ていたじゃない」

 私は何と答えるか迷ってしまいました。 
 最近のアネちゃんは、以前のアネちゃんではありません。
 深層領域を第八階層まで降りてから、別人のような人間に変わってしまいました。
 それでも、少しは昔の優しいアネちゃんの面影があります。
 
 「なんでも、ないよ」

 「そう……」

 アネちゃんは地図から視線をあげながら、寂しそうに微笑みました。

 「アナタたちは、私が守るわ」 
  
 それを聞いた瞬間、私の胸中に言いようのしれない感情が累積しました。
 キノトイ・アネ、彼女は私達と同じ境遇の、それも同じ立場にいる存在です。
 なのに私達を守る、とは。
 このことに寂しさを覚えるのは……傲慢なのでしょうか?
 
 
  






ΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔ

 
 それから数時間程車が走ったところでしょうか?
 シマダ少尉が進行ルートを確認し、しきりにドライバーに何かを確認していました。
 
 「おい、今北地区に向かってるはずだろう?」

 「はい……そのようですが。なにかおかしいですね」

 「なぜ、このルートなんだ?」

 どうやら、進行方向が段々ずれてきているようです。
 アネちゃんはそれに対し眉を潜めて、シマダ少尉に問います。
 
 「現在位置はどこです?」 

 「461号線を南下している」

 「南下?」

 アネちゃんは地図を広げ、眼球を左右させます。
 そして、驚きの発言をしました。
 
 「電光中隊だけ、離脱しましょう。罠である可能性が高いです」
 
 その発言に、シノザキ伍長が反応を示しました。

 「まて、他の部隊はどうするつもりだ」

 「彼らも、信用できる存在とは限りません。まあ、でも……今現場指揮を執っているのはシマダ少尉です。どうするかご決断を」

 現状、電光中隊のナンバーツーはシマダ少尉になっています。
 アネちゃんが問うと、シマダ少尉は暫く目を瞑った後、答えました。

 「今、先導している部隊にどういうことか聞く。答え次第では、離脱も検討しよう」

 シマダ少尉は車列の先頭にいる部隊へと、備え付けの無線機で話し始めました。

 「電光のシマダだ、フクダはいるか?」

 『フクダです』

 「今、南下しているが、何か事情があるのか?」

 『……電光のパイロットから、タガキ中佐の命で南下しろと命令があったと聞きましたが、聞いておられませんか?』

 「……そう言ったのは、誰だ?」

 『シトネ軍曹です』

 「了解した」

 シマダ少尉は電話を切るなり、アネちゃんを見ました。

 「だとよ」

 「……シトネの車両に無線をかけてください、私が対応します」

 シマダ少尉が呼びかけると、シトネちゃんが出ました。
 アネちゃんが無線機を受け取ります。

 「部隊に南下するよう伝えたのはアナタ?」

 『そう』

 短く、簡潔な答えが返ってきました。
 アネちゃんは激情を抑えるように手を握りしめていました。

 「電光の最高責任者はシマダ少尉よ? なに勝手な命令を出しているの?」

 『違う、電光の最高責任者は、タガキ大佐』
 
 その言葉に、アネちゃんは目を剥きました。

 「もしかして、タガキ大佐から連絡があったの?」

 『そう』

 「……なぜ、アナタなの? シマダ少尉ではなく」

 『非常用の交信手段。タガキ大佐から手渡されていた』

 「本当に、タガキ大佐の命令なのね?」

 『そう』

 「目的地は?」

 『クシナ漁港』

 アネちゃんは無線機持ったまま地図を広げてシマダ少尉と一緒に覗き込みます。

 「目的は?」

 『不明、とにかく行けば分かると』

 「……分かった、信じるわよ、シトネ」

 『うん、信じて』

 無線はそこで終了しました。
 アネちゃんはそれから席に着いて、なにやら思案に耽るように腕を組みました。 
 
  
  
 
  
 
  
 
  

ΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔ

 
 部隊がクシナ漁港付近に到着しました。
 先行偵察として先頭車両の一団が人気の無い漁港内に侵入していくと、程なく緊張感漂う無線が流れました。

 『こちら先行偵察班。武装した識別不明の勢力を視認しました。向こうはこちら視認し、白旗を振っています』

 車内が困惑に満ちた空気が流れます。
 シマダ少尉とアネちゃんだけが涼しい表情を浮かべていました。

 「特別機動小隊が前に出る、お前らは待機しろ」

 シマダ少尉がそう口にすると、各車から了解の意が返ってきました。

 「キノトイ軍曹とリタ軍曹は降りて他の車両に移ってくれ」
 
 電光のパイロット達はシマダ少尉率いる特別機動小隊と同じ装甲車に同乗しています。
 そこから降りて別車両に移れという命令に、アネちゃんは眉を潜めていました。 
 
 「なぜです?」

 「パイロットは貴重だ」
  
 その言葉に、アネちゃんは盛大にため息を吐きました。

 「時間の無駄です、前進してください」

 シマダ少尉は軽く肩をすくめて、ドライバーの元に向かいます。
 
 「前進しろ」

 私達の乗る車両を先頭に、三台の装甲車が漁港内に踏み入りました。
 装甲車内部は小さな窓も無いため、外の状況は分かりません。
 外の状況を把握できているのはドライバーだけです。

 「ワダ、銃座に立て」 

 「はい」

 ワダ軍曹がライフルを手に立ち上がって銃座に立ちます。
 銃座とは、装甲車の上から頭を出すところで、そこに立てばよく状況が見渡せます。
 ワダ軍曹が銃座のハッチを開けると、久しぶりに感じる外の空気が流れ込んできました。
 それと同時に、少しの潮の匂いも感じました。
 それが、私達が漁港に足を踏み入れたのだということを実感させました。

 「確かに漁港の倉庫横に白旗振ってる兵士がいます、規模は分隊……ですが、その横に武装哨戒艇ガンシップが見えるので、そこには相当数いるでしょうね」

 「ガンシップだと……」

 「ハイ、白旗まで数百メートル。おそらく、合衆国製ライフルを携えていますが、どうします?」

 「そのまま前進を続けろ」

 車両は前進を続けます。
 数十秒も経たないうちに、車両は停止しました。

 「降りるぞ」
 「私も行きます」

 装甲車の後部ハッチが開き、アネちゃんとシマダ少尉を筆頭に皆がゾロゾロと降りていきます。
 私は出遅れて、最後尾で降りました。
 目の前に、さびれた漁港の景色が映ります。
 時刻は既に夕刻を過ぎており、オレンジ色に染まった世界が周囲を彩っていました。
 上空では、ウミネコが鳴いて、しきりに旋回しています。
 それに見入っていた私は、慌てて皆について装甲車の操縦席側に移動すると——そこには、皇国とは装備も制服も異なる、異国の兵士が立っていました。
 その腕章には、輝く星を象徴としたシンボルが縫い付けられていました。

 「ナスタディア軍か」

 シマダ少尉の呟きに、その兵士たちの背後から、皇国人と思しき美人な女性が出てきて、返答しました。

 「その通りです、シマダ少尉」
 「何の用だ?」

 その言葉に、クスリと女性は笑いました。

 「私はアマンダ。アマンダ・ルカと申します。詳しい事情は船の中でお話しします」
 
 アマンダと名乗った女性は、横に停泊している船を指しました。
 その船体には——合衆国語で、〝ナスタディア・コーストガード〟と書かれていました。
 
 

 
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