電光のエルフライド 

暗室経路

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月光のエルフライド 前編

第九話 【ミウラ・コウキ】1

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 「お前——シノザキの同期なんだってな」

 目の前に、少年としか思えない、軍服を着た男が立っていた。
 襟につけた階級は大尉。
 背後には当然のように複数人の兵士を従えている。
 
 「名は何だ?」
 
 少年に問われる。
 脳が明らかに混乱している中、俺は答えていた。
 
 「ミウラ、です」

 小年はふわりと笑った。
 そして、徐に右手を差し出してくる。

 「俺はミシマだ。よろしくな」








ΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔ


 自身のうめき声で目が覚めた。
 視界に入ってくるのは見覚えのない、安っぽい石膏ボードの天井。

 どうやら病室のような場所で、ベッドに寝かされているようだった。

 その周囲は結界のように薄黄色のカーテンが覆っていた。

 起き上がろうとして、頭の痛みに思わず悲鳴が出そうになった。
 やっとの思いで右手を振り上げ、手のひらを見つめる。
 何重もの包帯で、ぐるぐる巻きにされていた。

 「目が覚めたか」

 ふいに、眼下を抜ける薄い煙を感じた。
 嗅いだことの無い銘柄の、タバコの匂いだ。
 俺は視線を傾け、その煙を吐く人物を視界にいれた。

 「確かアンタは……」 

 「よ、跳鴉時代は世話になったな」

 ベッド横のパイプ椅子に腰かけていたのは、跳鴉時代、何度も歓楽街に足を運んでいた情報提供者の男だった。
 指揮官の話では、この男は実は公安で、双方を食い合いさせる為に一役かっていたという食わせ物だったというが……。
 俺は男の顔をまじまじと見つめる。
 男の顔は、以前とは明らかに違う相違点のようなものがあった。

 「これか?」
 
 男は自身の右目を覆う眼帯を身に着けていた。
 その眼帯の周辺には、痛々しい火傷の跡があったりもする。
 
 「お互い、死にぞこなった、ってわけだ」

 「……お互い?」

 俺の問いに、男はあからさまに噴き出す。
 
 「おいおい、覚えてねぇのか? お前さんが持ってる中で、一番新しい記憶はなんだ」

 「一番新しい記憶——」

 言われて、俺はひたすらにそのことについて考える。
 すると、指揮官を乗せた車両が背後から追突され、横転する光景がフラッシュバックした。

 「そうだ、しきか——!?」
 
 ベッドから出ようとして、男に止められた。
 俺が尚ももがいていると、男は深くため息を吐きながら口を開く。

 「生きてるよ、合衆国の特殊部隊に保護された」

 「が、合衆国?」

 「ああ、そうだ。それにしてもお前さん、本当に運が良いな」

 「運?」 

 「ああ、俺は実はこっそり陰で見てたんだが——お前さん、どう見ても奴らに銃殺されたようにしか見えなかったけどな?」

 「はあ? 銃殺?」

 「ああ、車が横転した後、特選隊の連中の一人がミシマ大尉の拳銃を奪ってな。それでお前さんは二発ほど撃たれたんだぜ?」

 「……」

 「映像もある。見てみるか?」

 男が差し出してきた携帯端末を受け取り、眺めてみる。
 するとそこには——電信柱の陰から撮影されたと思われる映像が映し出されていた。
 横転した軽四車両と、そこから這い出てくるミシマ大尉の姿が小さく見える。

 カメラがズームした。
 ミシマ大尉はかなり満身創痍の状態であるのが動作からして、見て取れた。
 それにも関わらず、運転席側にいる俺の方向へと這っていき、生存確認のような行為をしていた。

 停車したワンボックスカーから複数人の特選隊の兵士が出てきて、一番に降り立った兵士が足早にミシマ大尉に——あろうことか足蹴りを食らわせていた。
 その映像に、思わず歯を嚙みしめて殺意と憎悪が巡る。
 
 「おい、携帯を壊すなよ」

 未だピクリとも動かない映像の中の自分にさえ、腹がった。
 やがて、ミシマ大尉は手錠をかけられ、車へと連れ去られていく。
 そして、それとは別に車両側へと向かって行く兵士が横転した車の前でしゃがみ込み——。
 
 『チッ……』
 
 撮影者が舌打ちをしたのも束の間。
 ガンッ! ガンッ! という、轟音が二回鳴り、映像はそこで終了していた。  

 「……」

 「奴らが去った後、哀れな仏さんだけでも回収してやろうと思って引っ張り出したら——なんと、お前さん呻きだしたんだからな。体中まさぐっても弾痕なんかありゃしねぇ。かといって、特選隊のような手練れが弾を外すとも思えない。これは一体どうしたことか? おめぇさんならどう思う? お前は確かに撃たれた。しかし、車内に弾痕は愚か、銃で撃たれた掠り傷だってありゃしねえ。なんでだと思う?」

 俺の脳内に更なる困惑がもたらされた。
 確かに、映像では俺は銃を二発撃たれたようだ。
 相手が外したとも思えないし、そもそも車内に弾痕が無かったなんて——。

 「そんなの——空砲だった、くらいしか思いつかない……」

 半ば諦めのように出た推論に、男は強く反応した。

 「それだ。おそらく、あの銃は空砲だったんだよ」

 「はあ? ……ミシマ大尉が、あの緊迫した状況下で、そんな役にも立たないものを持ち歩いていたってことか?」

 「役に立ったじゃねえか。お前さんは命を繋いだだろ?」

 「……」

 そう言われてしまうと、何だかその通りのような気がしてきた。
 もしかすると、この状況を見越して、空砲の拳銃を持ち歩いていたのだろうか?
 そうだとすれば、流石ミシマ大尉というほかないが、どうも腑に落ちない。
 何故なら、俺があの銃だけで撃たれていた保証なんざどこにもないのだ。

 「まあ、そんなこたぁ、今更どうだっていいか。問題は俺とお前が命を繋いで、なおかつノーマークになっているって状況だ」 

 「は? ノーマーク?」
 
 俺が聞き返すと、男は信じられないことを口にした。

 「俺とお前、この国では死んだことになってる」

 俺は驚愕して、暫く口を開けなかった。

 「ちょっと待ってくれ。電光には——俺が生きていることを伝えてくれているんだよな?」

 「いんや、言ってねぇよ。死人に口なし、俺も未だ電光とは接触していない」

 ……俺が死んだことになってる?
 俺は左腕の時計で日付を確認しようとして、腕時計が外されていることに気が付いた。 
 
 「……今日は、アレから何日だ?」

 「一週間とちょっと、て所かな。あれから、この国では色々大問題になっていてな」

 男がテレビをつける。
 録画機能で録画されていたニュース番組を再生すると、とんでもない報道がされていた。

 『臨時ニュースです! 現在、深刻視されている軍部の派閥間抗争で、穏健派の顔役とされるミシマ大尉が、自身の部隊と共にナスタディア合衆国に亡命したとみられる情報が——』

 『軍部最大派閥の主流派の発表では、穏健派は以前より、ナスタディア合衆国に情報提供等の反逆行為を行っていた事実があり——』

 『首都近郊での銃撃戦は、穏健派の内部抗争によるもので——』
 
 顔写真こそ出ないものの、各局の報道番組では、穏健派についてのマイナスキャンペーンを行っていた。

 内容は穏健派による単独でのナスタディア合衆国へとすり寄る行為を咎めたものだった。
 それに——最近街中で起こった騒ぎを、全て穏健派が主導で行ったように改ざんされていたのだ。

 「——なッ、これって——」

 「ああ、穏健派は反逆者扱い、代わりに主流派が軍の英雄となった。立場が完全に逆転した訳だな。クロダってヤツは相当頭が切れる野郎だぜ」

 「穏健派は今、どうなってるんだ?」

 「南の島だよ。今頃、のんびりバカンス中かもな」

 「は?」

 「まあ、焦ってもしょうがないだろ。こっちとしても、今は暫く身を隠すのに専念した方がいい。お前さんもさっさと体を治して——」

 「待てよ、オッサン……南の島って、どういう——」

 「誰がオッサンだよ、若造が。ヤマシタと呼べ」 

 「……ヤマシタさん、頼むから教えてくれ」

 「どうやら〝さん〟付けくらいは出来る礼儀はあるらしいな。いいぜ、教えてやるよ。今、穏健派が根城にしている場所はここだ」 
  
 ヤマシタは懐から新聞を取り出し、トップに飾られた一面を俺に見せつけてきた。
 痛む体を無理に動かし、新聞を受け取る。
 そこには——。

 『世紀の反逆者、穏健派部隊、ナスタディア合衆国軍と共に南方諸島の一角、カミモリ島を占拠。現在も実行支配継続中』と書かれていた。




  





ΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔ

 
 どうやら、俺が寝込んでいた場所というのは、違法運営されいてる闇病院らしい。

 院長の闇医者はヤマシタの古くからの知り合いで、お尋ねモノどころか存在が消えたとされる俺でも快く治療をしてくれた。

 院内はどうやらどこぞの地下にあるようで、他に入居者は見当たらなかった。
 時折、階上から悲鳴のようなものが聞こえたが、別に気にも留めなかった。

 少年時代、住んでいたアパートではこんなの日常茶飯事だった。
 次の日、学校に行こうと扉を開けたら、隣の部屋の住人の借金取りが刺殺され、放置されていたことだってあったのだ。
 俺は窓も無いこの閉鎖的な空間の孤独を、少しばかり楽しむ余裕すらあった。
 
 目覚めた日からちょうど一週間、食事も流動食から固形食に戻し、体も大分よくなってきた。
 あまりの回復の速さに、今まで何百人と患者を診てきた闇医者も驚いていたほどだった。
 右手の包帯も外すことが出来、傷は残ったが機能面では問題ない。

 現在では筋トレにも勤しんでいる。

 片手腕立ては負荷がかかってさすがにキツイが、両手なら、なんなく腕立ても可能だ。
 
 以前の状態まで六割ってところか。
 それでも、銃をもって戦うには問題ない。
 体の状態を制限された状況下での訓練は特選隊時代、かなり行ってきた。

 むしろ今の状態でも充分すぎるくらいだ。
 今日も食事を取った後、腕立てと腹筋に勤しんでいると、何やらボストンバッグを担いだヤマシタが部屋に入ってきた。

 「まったく、若いってのは驚くほどに回復スピードが早いのな……いや、お前さんが異常なのか?」

 「ヤマシタさん、何か御用ですか?」
  
 ヤマシタは俺のベッドにボストンバッグを放り投げた。
 顎をクイッとそれに向け「開けて見ろ」と合図してくる。
 俺は汗をタオルでぬぐいながら、中を改めて見た。
 すると。そこには、東側バイレン製のオートマチック拳銃、〝ストーム〟やら、専用ホルスター、予備弾倉。
 ジャージに偽造パスポート、スーツに革靴まで、多種多様な物品が入っていた。

 ひとまずストームを手に取り、軽く手のひらで弄ってみる。
 薬室チャンバーを解放し、スライドのガタツキを確認する。
 バレルにはガンオイルが染みわたり、手入れも行き届いている。
 動作もスムーズで、チリどころか、傷一つ確認出来ない。
 集弾テストはしていないが、これなら競技にだって使える——そんな万能感が漂っていた。
 東側製の銃器類は特選隊時での訓練で扱っているため、すんなり手に馴染んだ。

 「随分……良い銃です。どうしたんです、これ?」 

 「お前さんにちょっと手伝ってもらいたいことがあってな。なに、元特選隊には簡単なお仕事だ」
 
 俺が思わず顔をしかめると、ヤマシタは苦笑した。
 
 「別に殺しじゃない。まあ、簡単に言えば護衛だな」

 「護衛?」

 「ああ、そうだ。ちょっと、〝ミシマ〟の依頼でやり残したことがあってな。一人じゃおっかないんでお前さんに護衛を頼もうと思っていたんだ」

 その言葉に、俺は逡巡するまでも無く、返答を寄越していた。 
 
 「ミシマ大尉の依頼、それなら、俺にも関係があります。それに——」

 「それに?」

 「アンタには借りがありますから」

 言うと、ヤマシタはにやりと嬉しそうに笑った。

 「若いのに随分義理堅いな」

 「元、ヤクザもやってますから」

 「形だけの義賊集団だろ?」

 「買いかぶり過ぎですよ」
 
 ヤマシタは俺に背を向けながら、首を屈め、タバコを咥える動作をしながら言葉を吐く。
 
 「出発は明日の朝だ。ジャージでいい」

 「あの」

 「なんだ?」

 「明日から、何て呼べばいいですか?」
  
 俺の偽造パスポートには、当然ながらミウラ・コウキではなく、フルタ・ユウヤという偽名が記載されていた。
 と、なると、ヤマシタなるこの壮年の男も新しく偽名を調達したのであろう、そういった趣旨の質問だったのだが、

 「間違っても、ヤマさんなんて呼ぶなよ。もう、俺は刑事デカじゃないんだ」

 ヤマシタはそうとだけ口にした。
 俺は質問内容を訂正しようとして、辞めた。
 単純に目の前にいる男が刑事から——他の何かに生まれ変わったのかを、確かめたくなったのだ。
 俺が跳べないカラスから英雄部隊へと移籍して誇りを取り戻したときのように。
 
 「……じゃあ、今は何なんです?」

 聞くと、ヤマシタは苦笑しながら言った。

 「そうさなあ……一人娘に思いを馳せる、ダメな父親ってところかな」

 「娘がいたんですか?」

 思わずそう問うと、ヤマシタはぷかあっと煙を輩出しながら返答した。

 「続きはまた明日話してやる。今日はもう大人しくしとけ」
 
 部屋から出ていった壮年の男の姿を暫く目に焼き付けていた。
 当然ながら、誰も彼も抱えているモノがあるようだ。
 
 「まだ、俺にも——役割があるか」

 呟きながら拳銃を手に取り、構える動作をする。
 撃鉄ハンマーを引いて、照準を定めた。
 カチン。
 何も無い壁に向かって、薬室内に弾の入っていない、頼りない金属音が鳴る。 
 俺は気づけば、自分を勇気づけるように言葉を吐いていた。
 
 「戦えるウチは戦う、当然だろ」

 何故か殴られ、殺されそうになる母の事を思い出していた。
 
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