電光のエルフライド 

暗室経路

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月光のエルフライド 前編

第十話 キセイの日

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 「おっ……あれ?」

 周囲を見渡してみる。
 見覚えのある、閑静な住宅街だった。
 というか、久しぶりに見た気がする。
 
 「ん? ん~? なんだっけ? 俺は、何しにここにきたんだっけ?」

 ひとまず、歩きながら散策することにした。
 住宅街のど真ん中に、突如据え置かれた狭い公園。
 そこの歪に伸びた、魔界の植生みたいな枯れた木。
 違法投棄された自転車、それに『ここにゴミを捨てないで』と、張り紙がされてある。
 一部、蛍光の切れた電灯。数年前からセールに出されている空き家。
 子どもの仕業か、地面にチョークで書かれた複数の丸。
 紛れもなく、実家周辺の景色だった。

 「あっ、そうだ……親に、顔でも出しとくか」

 独り言のようにそう呟いてみる。
 だが、気分は浮かなかった。
 何故なら、一方的に置手紙を置いて家を出た身だからだ。

 「まず、オヤジには殴られるな。そんで、おふくろには泣かれるに違いない」

 思わず、ため息が出た。
 だが、わざわざこんなところまで来たのだ。
 顔を出さないわけにはいかないだろう。
 そう思ってたら、家の前に着いた。
 窓ガラスを見れば、ダイニングルームの明かりがついていた。
 懐中腕時計を見れば、時刻は——。

 「あれ? 壊れたかな……」

 秒針と指針はぐるぐるとまわり続けていた。
 やれやれ、修理に出しに行かなければならない。
 とりあえず重い足を引きずって、玄関前まで行く。
 扉に手をかけた。
 カギは開いているようだ。
 中に入ると、鼻腔に懐かしい実家の匂いがした。
 そうだ、こんな匂いだっけ?

 「た、ただいま~」

 言いながら靴を脱ぎ、ダイニングへと向かう扉に手かける。
 中に入ると——。
 ソファには新聞を読むオヤジが座っていて、キッチンの方ではお袋がトントンと何か料理を作っているのか、小気味よい包丁の音を鳴らしていた。

 「ああ、どうも……ふ、フミヤですよ~」

 オヤジが新聞から顔を上げる。
 その眉根はぐにゃりと歪んで、視線は俺を不機嫌そうに捉えていた。

 「久しぶり」

 シュバッと手を振り上げて笑顔を見せると、オヤジは呆れたように俺を見ていた。
 
 「何が久しぶりだ、馬鹿野郎。一体、どこをほっつき歩いていた」

 「ま、まあ……色々」

 ドンッ! と、キッチンの方から大きな音がした。
 思わず視線を向けると、そこには包丁を大きく振り上げ、野菜を切るお袋の姿が。
 ドンッ! ドンッ! ドンッ! 視線だけは鬼の形相で俺を捉えていた。
  
 「ちょ、母さん……あ、危ないよ」

 「アンタ……いい加減にしなさいよ。何が久しぶりよ」

 「すんません」

 素直に謝ると、今度は呆れたようにため息を吐いた。
 内心ほっとした。
 意外と、あんまり怒っていないらしい。

 「手を洗ってきなさい」

 母さんはそれだけ言って、背を見せた。

 「今日は久しぶりに全員揃うな」
  
 オヤジはそんなことを言いながら、ダイニングテーブルに皿を並べ始めた。
 お、皿の種類からして、今日はシチューてきなやつか。
 想像したら、盛大に腹が鳴った。

 「もうすぐできるわよ」
 
 ぶっきらぼうにそう口にする母さん。
 何故だろう、その瞬間、ものすごく涙が出そうになった。
 
 「うん」

 俺は袖で目元を拭い、洗面所まで向かう。
 ダイニングルームから廊下へと出ると、何故だかお香の匂いがした。
 チーンッ——。
 ふと、半開きとなったオヤジの部屋からそんな鈴を鳴らしたような音がした。
 気になって中に入ってみる。
 そこには——仏壇に供えられた、二組の写真があった。
 
 「——え?」

 一気に背筋にぞくっとしたものが通り抜けた。
 その瞬間。
 ガオンッ! ガオンッ! という雷のような轟音がダイニングの方から聞こえ、俺はびくりとした。
 先ほどの轟音の正体は何か、確かめる前に、俺は歩みを進め、仏壇の前に行く。
 そこには——オヤジと、母さんの写真が飾られ、線香が香を放っていた。
  
 「あ、ああっ……あああ!」

 自分とは思えない声を出しながら、ダイニングへとすっ飛んでいく。
 そんな筈はない、だって、さっき両親はあそこに——。
 ダイニングルームに足を踏み入れると、鮮血を散らし、倒れ伏す両親の姿がそこにはあった。
 オヤジはダイニングテーブルへ突っ伏すように倒れ、母さんは料理を運ぶ途上だったのだろう、料理の散った皿を持ったまま額から血を流している。
 
 「か、……コヒュッ、おえっ」

 過呼吸と嗚咽が同時に混ざった。
 思わずその場にひざをつくと——自身の手に握られたとある冷たい拳銃が目に入った。
 その拳銃は、シトネから手渡された銃だった。
 その先端からは、発砲をしたことを告げる硝煙が漂っていた。
 ま、まさか——。
 
 震える手でバレルを解放し、弾を床にばらまく。
 おぼつかない指先で一つ一つ拾い上げると。
 二発の弾丸が使用済みとなっていた。
 ドクンッ——。
 心臓が不規則に脈動したように感じた。
 胸元を抑えて、絶叫したくなるのをこらえていた。

 「あ、お、俺が、俺が——」

 視界が暗く染まり、耳鳴りが絶えず鼓膜に響いた。
 俺は未使用の弾丸を一発拾い上げ——それを拳銃に込め、引き金に手をかけた状態でこめかみに当てた。

 「幻想だ」

 背後からの幼い少女の声に、思わず振り返る。
 そこには——褐色の肌をした少女が、無表情で膝をつく俺を見ていた。
 
 「この光景はお前の罪悪感の現れだ。見ろ」

 褐色の少女に促され、両親の死体へと視線を向ける。
 すると、両親の死体はゲームの世界みたく黒いチリとなって、サラサラと消えていった。
 
 「——あっ」
 「全く、しょうがない奴だ。せっかくリンクしたというのに、〝深層領域〟をこんな使い方するなんてな」

 褐色の少女は俺から拳銃を奪い取った。
 それと同時に、世界がピクセルの粒と化すかのように、崩壊していく。

 やがて世界は、俺と少女以外視覚的に認知出来ない、漆黒の空間へと様変わりしていた。
 少女はそれを見て、独り言のように呟いていた。

 「今はまだ、不安定、か」
 「……お前、は?」
 
 その問いに、褐色の少女はふわりと笑った。

 「そんなことより、弾を確かめて見ろ」

 言われ、訳も分からず俺は床に散らばる弾丸の一つを拾い上げる。
 弾丸をしっかりと眺めてみて、あまりの衝撃の事実に目ん玉が飛び出るかと思った。 

 「く、空砲——!?」
 
 驚くを俺を他所に、少女は背を向けて歩き出す。
 俺は慌てて歩き出そうとして、自分の足元に張り巡らされた根っこのようなもので動きを封じられていた。
 
 「今回はここまでか。だが、今回でかなり詳細に接続できた。それで、よしとしよう」

 「待ってくれ、君は一体!?」

 「また、呼びたくなったら——その銃の引き金を引け。だが、弾には限りがある。大事に使えよ。それじゃ、またな」
  
 少女の背中は更に遠のいていく。
 やがて世界は、亀裂が入ったかのようにヒビがが入って、崩壊した。

 
  
   

  
  
ΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔ
 
 
 瞼を開ける。
 気づけばそよ風の吹き抜ける、病室のベッドに寝かされていた。
 揺れるカーテンのレースが心地よく感じた。

 ベッド上で、半身だけ起き上がる。
 周囲には誰にもいなかった。
 どうやら個室のようだ。
 俺はベッドから降りて立ち上がろうとして、右腕に繋がってるチューブに引っかかって盛大にずっこけた。
 同時に、チューブの先にある点滴ポールが倒れこんできて、体の上にのしかかってくる。
 
 「いって……」

 立ち上がろうとして、足の力がうまく入らないことに気づいた。
 無理やり力を噴出させ、俺はその場に立ち上がる。 
 死ぬほど喉が渇いていた。
 水源を探し、部屋内を見回すと、部屋の隅の洗面台が目に入った。
 ペタペタとおぼつかない足取りで俺は洗面台へと向かう
 その途上、カルテ片手に外国人の医者が入ってきた。
 外国人の医者は立ち上がったゾンビのような俺を視界に入れるなり、


 「大尉! いきなり体を動かさないでください」
 「……喉が渇いてな」

 「直ぐに用意させますので!」
 
 俺は医師に無理やりベッドに横にされ、のどの渇きに必死に耐えていた。
 点滴やらなにやらを戻され、しばらくしたらストロー付きの容器をナースが持ってきた。

 「最初はうがいだけにしましょう。いきなり水分を摂取するとお腹がびっくりしますから」

 「……」

 無視して思い切り飲み込むと、呆れたようにナースが俺を見ていた。

 だが、そのおかげもあって、やっと喉の渇きも落ち着いてきた。
 医師はため息を吐き、俺のベッドの周りの仕切りカーテンを閉める。
 そこでようやく、自分の今の状況について疑問を持った。

 まあ、医者は合衆国語喋ってたし、白人だった。
 おそらくはあの合衆国の特殊部隊員に救われた後、どこぞの病院に運び込まれたんだろう。
 そんなことを思いながら目を閉じる。
 このまま寝入ってしまおうか考えていた時、何やら仕切りの向こうで揉めるような声が聞こえてきた。

 「……ミア少尉。ミシマ大尉は今、目が覚めたばっかりですので」

 「お届けものです。数分もかかりません」

 「あっ、ちょっと——」

 カーテンが開かれる。
 視線をやると、そこには合衆国軍の制服を着こなした黒人の少女が立っていた。

 「初めまして、ミシマ大尉。黒亜で叔母がお世話になりました」

 ……いきなりそんなことを言われ、誰だったかと必死に脳内検索をかける。
 すると、とある陽気な黒人エンジニア女性が浮かんだ。

 「ああ、お前がエマの姪っこか」

 「ミアと言います。合衆国エルフライド部隊のリーダーをやっております」

 り、リーダー!?
 エマの姪っこはエルフライド部隊に志願していたと聞いたが……まさかリーダーまでやってるとは思わなかったな。
 それに……このクールな佇まい。
 叔母である陽気でフレンドリーなエマとは正反対な性格みたいだな。
 
 「なに、世話になったのはこっちのほうだよ。それより、何か用かな?」

 「これを……」

 ミアが差し出してきたものを見て、俺は心臓が跳ねるような感覚を味わっていた。
 彼女が手に持っているのは、シトネから手渡されたあの拳銃。

 小ぶりのシルバーの拳銃だった。
 俺は、先ほど見ていた夢の内容を思い出していた。
 訳も分からない内に両親が死に、褐色の少女が現れ、そして——。

 「ミシマ大尉?」

 「あ、ああ……」
 
 俺は我に返って拳銃を手に取る。
 震える手で、祈るようにシリンダー内部にある弾倉を解放し、弾を引き抜いた。
 チャリンチャリンと音を立てながらベッド上に弾がばらける。

 俺はその一つを拾い上げ——。

 「空砲、ですか?」

 ミアが物珍しそうな顔でそう呟いた。
 
 「ああ……そうだな。そのようだ」

 「そのようだ?」

 俺は胸を撫でおろしていた。
 この拳銃が指し示す事実。
 それすなわち、拳銃の発砲ではミウラは死んでいないということだ。
 息を吐いて安心するのも束の間、疑問は別の部分に移っていた。
 
 「どうして、これを?」

 俺がミアに問うと、ミアは暫く無表情で俺を見返した後。

 「分かりません」

 そうとだけ言った。
 困惑していると、ミアがコホンッと咳払いした後に話を続けた。
 
 「私はミシマ大尉救出任務の時、実は海上で待機していたんですが……何故か、気づいた時には導かれるように——その銃の回収をしていました。そして、その銃がミシマ大尉のモノであることも、本能的に察知しました」

 「……導かれるように、か」

 頭の中に、褐色の少女が浮かぶ。
 あれは果たして、俺が見た、ただの幻だったのだろうか?
 或いは——。
 思案していると、気づけばミアは背中を見せていた。

 「エルフライド乗りには不思議なことがよく起こります。今回もその類でしょうね」

 「不思議なこと、か。例えば?」

 「いずれお話しできる機会があることを願っています。それでは」 

 ミアはシャッとカーテンを閉めて、去っていった。
 俺はポスンっとその場に横になる。
 なんだろうか、一気にいろんなことが起こり過ぎた。
 少し、脳を空っぽにして休んだ方がいいな。
 そう思い、俺はすぐさま瞼を閉じたのだった。
 
 
 
 
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