電光のエルフライド 

暗室経路

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月光のエルフライド 前編

第十一話 シャッター・アイランド

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 入院生活も板についたもので、三日もすれば軽傷だったのも幸いし、夜更かしするくらいの余裕が出来てきた。
 当直のナースが時折見回りに来るが、元々ニートだった俺は瞬時に寝たふりをする技能に長けている。
 その為、病室のベッドでカタカタとキーボードを叩いてとある調べものをしていた。

 フキザワ島。
 本土から直線にして役百六十キロに位置するその島は、本土とは比べものにならないほどの豊かな植生と、美しい自然環境が残されている。
 空気は澄んでいて、夜間の星空は都会のゴミゴミとした環境からは想像もつかないほどに綺麗だ。
 当然、美しいビーチが島に複数箇所あり、その中でも特筆すべき場所は、真っ白なクレン石なる火山活動によって生まれた珍しい材質の岸壁に面したビーチだ。
 ビーチを挟んで、雄大な海とアートのような白い岸壁が佇むサマは、まるで絵画のように美しい。
 
 ……ふむ。
 これが、今の俺の滞在している島らしい。
 らしいというのは、俺は救出されてここに運び込まれてくるまでの過程を知らないからだ。
 特選隊に派手に痛めつけられたせいか、暫く昏睡状態だったらしいし。

 まあ、でも今となっては点滴チューブも外され、快適な病院ライフを送っている。
 それにしても人間とは不思議なものだ。
 激務に追われていた時はたっぷり睡眠がとりたいと思うのに、寝飽きるくらい寝たら今度は夜更かししだすのだからな。

 俺は今度はニュースサイトをチェックする。
 記事には、一面で軍の内乱……穏健派と主流派の対決の事が示されていた。

 ……どうやら、合衆国の関係者と聞いた話によると、穏健派はあの後、本土を追われてカミモリという離島に逃げ込んだらしい。
 元からの住民を締め出し、ナスタディア海軍の協力を経て、今や穏健派の勢力が実効支配しているのだとか。

 そこに穏健派の部隊はほとんどが集結しているそうだが……。
 どうも腑に落ちない点が少なからずあるな。
 そう思いながらニュースサイトを隈なくチェックしていると、気になる見出しを発見した。
  
 えーと、何々……革民党が議席を獲得し——。
 
 思わず夢中になって読んでいると、ガラッと誰かが部屋に入ってくる気配を感じた。 
 俺は咄嗟にノーパソを閉じて、布団の中に隠れる。
 お守りのように拳銃を手繰り寄せ、ギュッと目を瞑った。
 シャっとカーテンが開かれる音がする。
 
 「ふふっ……夜更かしは体に毒ですよ?」

 セクシーな声音に、思わずため息が出た。

 「アマンダか?」

 「寝たふりなんて、まるで子どもみたいですね、大尉どの」

 「ナースが怖くてな」

 俺は布団から起き上がる。
 目の前に立っていたのは——ナスタディア合衆国情報機関、メーチェフの局員であるアマンダ・ルカだった。

 皇国系の肌と顔立ちに、セクシー女優のようにグラマラスなボディ。
 皇国人である俺向けに派遣されたのは見て取れる見た目だ。

 実際、好みだし。
 彼女は俺が目覚めてから色々と状況を説明してくれた存在で、何故か俺の秘書を公言している。
 
 まあ、それにしても……この夜更かしを見抜いていた発言的に、俺のパソコンは二十四時間体制でナスタディア局員の検閲対象となっているに違いない。
 おそらく、俺が夜中にもパソコンを弄っているので様子を見に来たのだろう。
 一応そうなのか聞いてみると、

 「当たり前じゃないですか。我々が用意したものですから」

 「……えっちなサイトを見なくてよかったよ」

 「あら、大尉の性的嗜好が知れれば、こちらとして良かったのですがね。その通りの女性が近日中にアナタの前に現れますよ?」
 
 ハニートラップじゃねえか。 
 俺は軽く肩を竦めつつ、ベッドの上で胡坐をかく。
 アマンダは色気を振りまきながら、ベッドへと腰を下ろした。
 半身の姿勢、上目遣いでこちらを捉える。
 同人誌なら今にもおっぱじまりそうな雰囲気を醸し出していた。
  
 「調べものなら、私に聞いてください。なんでも答えますよ」

 ……ふん、便利なこった。
 ナスタディア局員は一家に一台欲しいものだ。 

 「なあ、なんで俺が入院しているのがカミモリ島じゃないんだ?」

 穏健派が実効支配しているカミモリ島——それとは数百キロ以上離れた有人島に俺は居る。
 パイロット達もどこぞの民宿に滞在しているらしいが、シマダやシノザキとうの新顔や古顔の電光もカミモリにいるらしい。
 そもそも、頼りになる何故合衆国は俺とパイロット達を穏健派の戦闘部隊と切り離すような真似をしたのか。  
 いや、まあ察しはつくが、一応関係者の口から理由を聞いておきたい。
 そんな気持ちがあった。  

 「理由は三つ、あります」

 アマンダはわざとらしく三本指をピンと立てながら話し始めた。

 「一つ目、我々合衆国は穏健派を信用していません。彼らの中にいた裏切り者は確実に始末しましたが、国賊と揶揄されて緊張状態の続く今、また裏切り者が現れない保証はありません。そうなれば一番に狙われるのはミシマ大尉ですからね」

 まあ、俺も実は穏健派を微塵も信用してはいない。
 その点では一致しているな。

 「ふむ……二つ目は?」

 「二つ目はミシマ大尉及びエルフライドパイロットの秘匿の為、ですね。現在、ミシマ大尉の動向は穏健派にしても捕捉できていません。おそらく、我が合衆国以外に知る人物はいないでしょうね。第三国では死亡したという噂がたっているほどです」

 ふん、第三国、ね。
 まあいい、質問を続けよう。

 「ほう、そうか。三つ目は?」

 「エルフライド運用に関して、穏健派の人間じゃ未だノウハウが足りません。その点は月光部隊の方が優秀ですからね。我々合衆国側がサポートし、運用した方が勝算が高まるという点が挙げられます」

 「なるほど、概ね予想通りだな」

 俺が答えると、アマンダは何がおかしいのかクスクスと笑った。

 「他に聞きたいことはありますか?」

 「本土はどんな様子だ?」

 ネット記事であらかたのことは把握したが、世論操作の類で改変されている場合がある。
 こういう時こそ、第三者的目線のナスタディア局員を頼るべきだ。

 「本土ではひとまず、軍部の主流派の需要が高まっています。穏健派イコールナスタディアの手先としてプロパガンダを展開した主流派の情報戦が功を弄した結果と言えましょう」

 「まあ、事実だからな」

 「ふふっ、後は……そうですね。その主流派のプロパガンダをよく思っていない勢力が暗躍しています」

 「ゾルクセスか?」
 
 ゾルクセスなる宗教団体は軍をよろしく思っていない。
 軍部が支持を受けると言うのは、連中にとって面白くもない事実だろう。

 「ええ、ゾルクセス……その支援を受ける革民党が急速に市民の支持を得つつあります。今回の軍部の動乱も、自作自演だったという説を展開し、信じている人間が一定多数存在します。まあ意外と黒亜の世論は冷静ですよ。宇宙人騒ぎはともかく、軍部の対決姿勢は重く受け止めてる人間が大体数です」

 「ゾルクセスのバックに第三国はついているのか?」

 そう問うと、アマンダは唇に人差し指を当てた。

 「そちらはまだ調査中……と、言いたいところですが、第三国がバックについていると言っても過言ではないでしょう。おそらく、世界連合が関与しています」

 世界連合……ナスタディア合衆国の覇権主義に異議を唱える国家集団だ。
 おそらく、革民党を利用して黒亜の内政を攪乱する目的があるのだろうな。 
 
 「壮大な代理戦争が幕を開けているわけだ」

 「ええ、そしてアナタはメインプレイヤーの一人です」

 「回りくどいな。いっそのこと、黒亜に軍を派遣してくれればいいのに」

 俺がぼそりと言うと、アマンダはクスリと笑った。

 「我々としてもいっそのことそちらの方が手っ取り早いのですがね。なんせ、今回の件は世界中が注目しています。それに、我々合衆国も表向きの理念や信条といったものがある。あからさまな内政干渉を行うより、黒亜自身の手で合衆国寄りとなってもらうのが良策……という事です」

 「ふーん。ひとまず、そういう風に受け取っておくよ」

 「あら、つれないですね」

 どうせ、自分たちの手を最小限汚さずに済むのならそれに越したことはないというのが本音だろう。
 大国というのは、表向きの大義名分にこだわる。
 その方が、支持を得て全力で潰しあいをすることが出来るからだ。

 「まあ、黒亜は地政学的にも重要な位置に国土を保有しています。ナスタディアとしても、取り込んでおきたいというのが本音ですよ。それに、エルフライド部隊をナスタディア以外で唯一自力で実用化にまで至った手腕は評価していますからね」

 俺はそんなアマンダの気になる発言に反応した。
 
 「は? ナスタディア以外で唯一自力で実用化にまで至った?」

 「ええ、エルフライドを供与したのは黒亜だけではありません。それはご存じですよね?」

 「ああ」

 「供与した国家は黒亜以外に四国家あります。〝ピスカ〟に〝SAR〟、〝DSK〟、〝アイナフ〟……いずれも供与後、飛行訓練もままならないままエルフライド部隊育成失敗に終わっています」

 飛行訓練もままならないまま失敗に終わった?
 
 「……それって、電光みたいに不遜な扱いを受けていたとか?」

 「いえいえ、黒亜以外は国家をあげて育成に取り組んでいました。黒亜では全く報道されていませんが、記念式典まで開かれたりして盛大に訓練していたに関わらず、です。なので電光中隊という部隊の全容を知った時、ナスタディア合衆国の人間は暫く開いた口が塞がらなかったんですよ」

 ええ……ちょっとそれは無能すぎないか?
 だってエルフライドって乗れば操縦できるようになるんだろ?
 俺が腕を組んで微妙そうな表情を作っていると、アマンダが補足してきた。
 
 「飛行訓練までしか至らなかった理由は、パイロットと教育者との軋轢が原因でした。パイロット達は〝深層領域〟での知能向上を果たし、それによって訓練方針等に異議を唱えるまでに至りました。それを教育者側は〝危険分子〟と判断し、何度もパイロットを入れ替えたりして、教育をうまく遂行できなかったことが最大の要因にあるようです。まあ、それ以外にも杜撰な管理体制やノウハウを構築できなかったことが関係しているでしょうね。なんにせよ、電光、月光に限らず、ナスタディア合衆国は黒亜のエルフライド部隊には一定の評価を下しているのですよ」
 
 へぇ……そんな背景があったのか。
 それにしても地球の危機だったてのに、飛行訓練もままならないまま失敗していたのは思いもよらなかったな。
 勝手にライバル視していた自分が馬鹿みたいだ。
 そう思っていると、アマンダがわざとらしくあくびをした。
 
 「ちょっと眠くなってきちゃいましたね」
 
 そう言ってぽすんと俺の足元に倒れこんでくるアマンダ。
 
 「今日はここで寝てもいいですか?」
 
 そんな事を言い出すアマンダに、俺は思わず盛大なため息が出た。

 「他の皆が頑張ってるのに、俺だけお楽しみならんてのは気が引けるよ」

 「あら、そういったつもりで言ったのではなかったのですがね?」

 「あんまりからかうなよ」

 そう言うと、アマンダはクスリと笑ってベッドから立ち上がった。

 「パイロット達は民宿の〝ハナビ〟という施設に滞在中です。ミシマ大尉も明日には退院できそうなので、明日お迎えにあがりますね」

 思えば、一週間近くパイロット達と離れて生活するのは久しぶりだった。
 早く顔が見たいと思う自分に、いよいよ父性が芽生えたのだと思うと、何だか妙な気分になってくるな。
 俺はまだ十六だ。
 ピチピチの十六歳なのだ。
 そんな俺の気も知らず、アマンダはパチリと星が飛んでそうなウィンクを放ってきた。

 「それでは良い夜を」

 「お前もな」

 アマンダが去り、一人病室に残される。
 俺はベットにボスンと乱暴に転がりながら、天井を見つめた。
 やれやれ、束の間の休暇もようやく終わりを告げるらしい。
 ——先ほどニュースサイトを確認してみたところ、俺がミウラと乗っていた車は横転した後、搭乗者を残さずに放置されていたと書かれていた。
 それはおそらくあの後、瀕死のミウラをどこのどいつかが運び出したことを意味する。
 死者が出たということは記載されていない。
 周辺病院の情報を調べたが、そのような事実は見受けられなかった。

 ……生きていてほしいと言うよりかは、生きていると思っている。 
 ミウラは俺より頑丈だ、ガッツもある。
 生きている、生きているはずだ。
 ひょっこり姿を現すアイツを妄想し、苦笑した。
 
 何より、そう思わなければやってられない。
 俺にはほかにも——、
 やることは無限にある。
 やれることも無限にある。
 だとすれば、あとはやるのみだ。
 当たり前の事実をさも重大そうに浮かべながら、俺は瞼を閉じてそのまま寝入ることにした。 
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