このアマはプリーステス

川口大介

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第三章 魔術師も、覚悟を決めて、戦う。

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 アルヴェダーユはソウキの了解を得てから、エイユンとジュンに事の経緯を説明した。
 といっても、その内容はジュンの推察とほぼ同じだった。
 かつてアルヴェダーユと契約を結び、ジェスビィと戦った僧侶カレーゾ。彼は、己の命と引き換えにした秘術と、アルヴェダーユそのものを枷として使うことにより、ジェスビィを封印したのである。カレーゾと共に、ジェスビィを相手に戦った、武術家の魂の底に。
 だが、カレーゾや武術家の名が埋もれてしまうほどの長い歴史の中で、カレーゾの施した術も弱まっていった。それにより武術家の子孫は自身の内にいるアルヴェダーユと会話ができなくなり、ジェスビィの封印も揺らぎ始めてしまう。
 そしてソウキの代になり、封印が半壊。ジェスビィは時折ソウキの表層に出て、ソウキの意識を奪うようになった。それを追ってソウキの魂の表層へと浮上することで、アルヴェダーユはソウキとの会話が可能になった。が、僧侶ではなく儀式もできないソウキには、アルヴェダーユから事態を聞かされても、何もできない。
 そしてある日、ジェスビィに操られたソウキは、自らの両親を殺害してしまう……
「ソウキは先祖伝来の武術と、生来の資質により、かなりの強さの気光を操ることができます。それにより、普段はほぼジェスビィを抑えていられるのですが、」
「私が最初にやってしまったように、ソウキ自身がダメージを受けるとソウキの気光が弱り、ジェスビィが出てきてしまう、か」 
 エイユンが気まずそうに言った。それを、ソウキが自嘲気味に補足する。
「他者からの攻撃でなくても、事故による怪我でも、病気でも、ちょっとした疲労でも同じことさ。だけど僕が自殺すれば封印がなくなり、ジェスビィが世に放たれてしまう。どうしたらいいのか、気が狂ってしまいそうな時に出会ったのが、シャンジル様だったんだ」
 カレーゾの子孫であるというシャンジルは、先祖より伝わるアルヴェダーユとの【契約書】を所持していた。
「一応確認しとくけど、それは本物なんだよな?」
「もちろん。といっても僕には一文字も読めない、何も感じられないただの紙なんだけど」
「それは私が保証します。契約書自体がシャンジルの法力に反応していますから、彼がカレーゾの子孫であることも事実です」   
「ふうむ。なら間違いはないな。今じゃ、全人類が力を合わせても古代神との契約書なんて作れないから、新しく作られた偽物ってことは絶対にないし」 
 ソウキ、アルヴェダーユ、ジュンの話を聞いて、エイユンにも事の次第が把握できた。
「カレーゾの子孫であるシャンジルがいて、契約書もある。後は儀式さえ行えば、シャンジルが貴女を【従属】状態にして、力を存分に振るえるようになる。そうなれば一段階下の、【契約】状態のジェスビィを今度こそ倒せる、か。ここまではジュンの推察通りだな」
「ああ。後はアンタが指摘した、「ジェスビィが、一時でもソウキを操ることができるなら、なぜ自殺させない?」だな。ソウキ、お前さっき言ったよな。自殺したら封印がなくなってジェスビィが放たれるって。だったらなぜ、ジェスビィ自身がそれをやらないんだ」
「それは私から説明しましょう。少し難しい話になりますが……」
 カレーゾの施した封印により、アルヴェダーユとジェスビィの両者が、人間の魂という檻に入った。檻の中で二人がガッチリと組み合い、互いに動けない状態だ。それがソウキの先祖から子々孫々、親から子へと受け継がれてきた、魂の檻。檻の中にいる間は、【契約】【従属】どころではなく全く無力な、いわば【封印】状態となる。
 だが今、檻の鍵が完全にではないが壊れてしまった。相手を檻に押し込んだまま、自分だけが外に出れば、中に残っている方(封印状態)を檻ごと踏み潰すことができる。
「檻ごと私を潰す、ということをやらずに檻すなわちソウキだけを単純に殺してしまえば、封印そのものがなくなります。そうなれば私も外に出られますから、【契約】状態同士の戦いになります」
「なるほど。奴の言ってた、ソウキの魂を喰らい尽くして我が物にするってのは、そういう意味か。檻ごと一方的に潰せるという手段があるのに、勝ち負け五分五分の博打なんて打ちたくないわけだ。加えて、アンタはソウキを殺したくない。だから、奴を檻ごと潰すことはできない。だろ?」
「……はい。この子は、己の魂に私とジェスビィを宿していたせいで、悲しい人生を歩んできました。ですがシャンジルが私を【従属】させてジェスビィと戦い、勝てば救われるのです。今、この街でしていることも、私がこの子を説得してのこと。最初は、自分ごとジェスビィを殺せと言い張って大変だったのですよ」
 つまり今回の、インチキ新興宗教団体事件は、アルヴェダーユがソウキを救いたい一心でのことだったのだ。
「まあ死人は出てないみたいだし、そういうことなら仕方ない、か。冒険者稼業で大金を稼ぐなんてのは危険が伴うし、まっとうな商売でそう簡単に稼げるわけもない。ジェスビィがいつ暴れ出すかわからないとなれば、時間はかけられないしな」
 エイユンは沈思黙考、アルヴェダーユとジュンの会話を聞きながら、また身の上話を聞いた今では何やら儚げに思えるソウキを見ながら、じっと考え込んでいた。
 そして。
「アルヴェダーユ。貴女は先程、強力な治癒の法術でソウキを回復させた。だがおそらく、それと同等の強い力で、攻撃の術は使えない。それをやると、ジェスビィがやってしまったように、ソウキがダメージを受ける、か?」
「はい」
「ではソウキ以外の、他人を治癒することは?」
「他人を癒す術は、他人の法力と自身の法力を同調させることになるので、ソウキ自身の法力とはズレが生じます。弱いものなら大丈夫ですが、先程私がソウキにかけたような、強い術は使えません。それをやれば、やはりソウキの体に負担がかかります。ソウキは本来、法術など全く使えない身なのですから」
「つまり、私やジュンを治癒することは難しい……しかしそこは私が……ふむ……」
 エイユンは考え込んでぶつぶつ言っている。
 嫌な予感がして、ジュンはエイユンをつついてみた。
「なあ。ちょっと。何考えてるんだ?」
「シャンジルは、伝説の高僧であるカレーゾの子孫。そして古代神との儀式をやろうとしている以上、先祖の名に恥じぬ、かなり高等な法術が使える僧侶。と考えていいなジュン?」
「? まあ、そうだろうな。それが?」
「そして君もいるし私もいる、ソウキもいる、アルヴェダーユもいる。どうだろう、今すぐ私たちの手で、ジェスビィを倒してしまうというのは」
「……へ?」
 ジュンは、我が耳を疑いつつ我が目を点にした。
「ジェスビィを、ソウキの体から叩き出すんだ。奴がソウキの体から出れば、君も遠慮なく魔術を撃てるだろう? そこに私とソウキの気光、アルヴェダーユとシャンジルの法術も加わる。現状でアルヴェダーユとジェスビィの力が拮抗しているなら、勝算はあると思うんだが」
「いや待て、カレーゾが封印の術をかけ、アルヴェダーユはその術と結びついて枷になってたんだぞ。それで拮抗してるなら、双方が封印から開放された場合はむしろ、アルヴェダーユの方がいくらか不利だろ。封印の術と組んで互角だったんだから」
 二人の言葉を聞いたアルヴェダーユは、しばしの沈黙の後で答えた。
「封印の術は、カレーゾが命を捨ててかけたもの。弱っているとはいえ、私には解けません。が、シャンジルの協力があれば解けます。エイユン、実は私の方から、あなたの言う共闘を申し出ようかと考えていました。……いえ、申し出るも何も、」
 アルヴェダーユは、一度俯いた後、意を決した様子で顔を上げた。
「正直に言いましょう。あなたたちとの、この出会いを、私はずっと待っていたのです。ジェスビィを倒せる、ソウキを救える、その希望を持てる出会いを。……ですが、当然、あなたたちにはかなりの危険が……」
 強まった語調を弱めてしまうアルヴェダーユに、エイユンは胸を張って応えた。
「何の、こちらとしては望むところ。もともと私たちは、この街の事件を解決するという約束で来たのだから。そうだなジュン?」
「そ、それはそうだけど、まさかインチキ新興宗教団体の話が、こんな、」
 予想外、且つあまりにも危険すぎる事態の急変に、ジュンは尻込みしてしまう。
 これが、財宝やら美少女やらが絡んでいるというならまだ、やる気も出よう。しかしソウキもルークスも二人揃って男の子だ。そして、シャンジルはアルヴェダーユの依頼に従って動いていたのだから、教団を犯罪組織として騎士団に突き出すわけにもいかない。となると騎士団からの報奨金なんかもゼロ。欲も得もありゃしない。
 全世界滅亡級の敵と命がけで戦ってそれでは、いくら何でも釣り合わない。純然たる人助けだけで命の危険を冒すほど、俺は限りなき善意の人ではないっ! と、ジュンは心の中だけで吼える。 
 声に出したら、限りなき善意の人な尼さんにまたシメられそうなので。
『う~……けどまあ、エイユンの言う通り、相手が古代魔王とはいえ勝算はあるわけだ。ジェスビィと戦ったことのあるアルヴェダーユが、同じことを考えてたんだから』
 かなりの危険は伴うだろう。だが、絶対に勝てない戦いではない。ならば、何とかして勝つ。その後でアルヴェダーユやシャンジルから、カレーゾの遺品とか、秘術を記した古文書とか、そういうものをせびる。ものによっては、そこそこの稼ぎになろう。
 あれやこれやもろもろ考えて、結局ジュンも賛同した。 
 その決断に、ソウキが感激した。涙を流して二人の手を取り、何度も何度も頭を下げる。
「あ、ありがとう! この恩は、必ず生涯かけて返す!」
「いやいや、先程アルヴェダーユが言っていたように、君は今までに失ったものが多すぎる。それらを、少しずつでも取り戻していくべきだ。私たちは、君の気持ちだけで充分」
『って、また勝手に私「たち」とか言ってるよこの尼さんは……』
 ジュンのジト目には気づかず(故意に無視しているのかもしれないが)、エイユンはソウキに優しく微笑みかけていた。慈愛に満ち溢れた尼僧の顔で。
 やがてエイユンは慈愛の顔を厳しく引き締めると視線を上げ、アルヴェダーユに言った。
「さて、そうと決まれば善は急げ。早速、シャンジルの館へ行くとしよう」
 アルヴェダーユ(とジェスビィ)を宿したソウキ、エイユン、ジュンの三人が、町外れにあるシャンジルの館、教団の本部へ向かって歩き出す。
 そして、そんな三人より一足早く、大急ぎで館へと駆けつけた者がいた。
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