このアマはプリーステス

川口大介

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第二章 宗教団体が、いろいろと、企んでる。

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 ソウキの掲げた両腕に、莫大な魔力が宿った。体内で強く凝縮されていた魔力が、密度はそのままで更に膨張し、腕へと流れ込んだのだ。
 先程の、周囲の人間を押し返すほどの圧力をもった力が、魔力から魔術へと変換され、ソウキの両腕を包む大きな篝火となった。魔術の心得があるジュンは元より、エイユンにもその篝火の威力は見ているだけで伝わってくる。というより既に周囲の空気が熱されて、二人とも汗ばんでしまっている。大きな篝火どころではない、小さな太陽だ。
 あんなものをぶつけられたら、火傷ではすまない。近くに寄られるだけでも皮膚が爛れかねない。こちらも飛び道具で迎撃するか、思いきり距離をとって大きく回避するか。
 エイユンとジュンが、戦慄しながら対応策を考えていると、
「ぐあっ!」
 突然、篝火が消え失せた。そしてそれを灯していたソウキの両腕全体に、無数の細かい裂傷が走り、まるで砂埃のように血が飛び散る。
 痛みに顔をしかめて、ソウキが腕を下ろした。
「? ジュン、今のは何だ? 強過ぎる魔術の副作用とかか?」
「多分、それに近い。魔力の大きさに肉体が耐え切れなかったんだ。けど普通は、そんな大きな魔力はどうやってもひねり出せないから、ああはならない。押しても引いても動かせないはずの重い荷物を、頭上に持ち上げて潰れてしまったようなもんだ。矛盾してる」
「ソウキではなくジェスビィがその荷を持ち上げ、ソウキに無理やり担がせた、か」
「そういうことだろうな」
 ソウキは血まみれの腕をだらりと下げて、歯軋りをしている。
「くっ……この肉体では無理か……」 
  悔しがりながら自分の魔力を押さえ、弱めていくソウキを見て、ジュンは手を打った。
「そうか、解ったぞ! これで説明がつく!」
 おそらく、ジェスビィは前の戦いで完全には倒されず、僧侶自身の魂に封印されたのだ。だから「ジェスビィを完全に倒す」という契約は未完とされ、アルヴェダーユの契約は今も続いている。子々孫々、子から孫へと、代々その身に古代魔王を封印してきた僧侶の家系、その末裔がソウキなのだ。
 だが、深手を負っていたジェスビィが、封印の中で力を回復させ、暴れだした。今アルヴェダーユを【従属】させ、全力を発揮させれば、【契約】段階にいるジェスビィを今度こそ倒すことができる。その資金稼ぎの為に、ソウキはシャンジルの教団で働いていたのだ。
 シャンジルはシャンジルで、都合よくソウキを利用しているかもしれない。が、ソウキ自身は、ジェスビィに対抗する為、地上界を守る為に活動していたということになる。
「どうだ? ソウキが悪人とは思えないっていう、アンタの説にも合致するだろ」
「……今、ジェスビィが自殺してはダメなのか?」
 え、とジュンが間抜けな声を出す。
「ジェスビィはソウキの身に封印され、その身は今、ジェスビィが操っている。私はジェスビィのことを悪霊と言ったが、実際には強い古代魔王なのだろう? 人に憑いていなければ消滅する、というものではあるまい。ソウキという檻を壊して脱出すればいいのでは?」
「そ、それはその、そういうことをすると何かジェスビィにとって不都合なことが起こるような特殊な封印をされてるとか」
「ここで自説を無理に補強しても意味はないぞ」
「う。ごめん」
「とはいえ、君の推察もそう間違ってはいないと思える。大方の筋は通っているからな」
 二人がこんなやりとりをできるのは、ジェスビィが大人しくしているからだ。自らの魔力を萎めて萎めて、どんどん弱めている。悔しそうな顔で。
 さっきのようなケガを恐れてのことだろう。とするとやはり、ソウキの体がジェスビィにとって檻であるとは思えない。檻ならば、切腹でもして壊せばいいのだ。損傷を嫌う理由がない。魂を喰らい尽くすとも言っていたし、ソウキを殺すことは厭わないはずだ。しかし檻ではないとしたら、ジェスビィにとってソウキは何だ?
 だが、そんなことを考えていても埒が明かない。何にせよ今、ジェスビィは自分で自分の力を弱めているのだ。好機であることは間違いない。
「ジェスビィよ、お前がこの世に仇為す存在であることは聞き及んでいる。そうでなくとも、その少年、ソウキにとって敵であるのは間違いない」
「……ならば、どうするというのだ」
「私が、お前を倒す!」
 エイユンが、まだ苦しんでいるソウキに向かって走った。右掌に気の光を乗せ、左手には杖をしっかりと構え、走るその姿には攻防両面に全く隙が無い。
 ソウキは弱めた魔力を練り上げて、火を放った。ジュンやカズートスの手下たちがやったような玉ではなく、まるで蛇のような火だ。ソウキの手という巣穴から伸び、獲物に向かって喰らいついていく、太い火の蛇。だが、
「甘いっ!」
 突き出され、蛇の口へとねじ込まれたエイユンの杖の先端が、眩しく光った。その一撃で、蛇は頭部を左右真っ二つにされ、そのまま胴、尾まで一気に裂かれてしまう。
 そうやって開いた、ソウキへと続く道を、エイユンが駆け抜ける。ソウキは逃げようとしたが間に合わず、突進してきたエイユンの掌を、また胸に受けてしまった。
 エイユンの気光がソウキの中に叩き込まれる。自爆に懲りて己の魔力を抑えていたジェスビィは、防御することも叶わず打ち飛ばされ、そしてソウキの中で焼かれていく。
「ぐおうぅああああああああぁぁぁぁっ! お、おのれ……我が真の力を振るえさえすれば、貴様如き! 貴様如き……ぅ、ぐぐぐぐっ!」
 ソウキは、今度は辛うじて脚から着地した。
 と、苦しむジェスビィの姿が消え、その恐ろしげな声も聞こえなくなる。
「おっ? 何だ、まさか本当にやっつけちまったとか?」
「いや。奴にはまだまだ余力があるはずだ。一時撤退というところだろう」
 一度俯いたソウキが、顔を上げる。目は開いているようだが、視線が泳いでいる。
 意識が無いように見えるが、それでもちゃんと立っている。
「あなたたちですか? 今、ジェスビィを攻撃していたのは」
 ソウキの口が動き、喋った。それと同調して、ソウキの頭上に新たに浮かび上がった美女も喋っている。白く薄い、透けるような衣を纏った、長い黄金の髪をもつ女性だ。
 ジェスビィ同様に全体的に半透明で、ジェスビィが真紅ならばこちらは純白。外見も、声も、何もかもが澄み渡っている。神々しさを、そして温かな母性を感じさせる美女。
「これは……まるで天女のような……と、いうことは」
 エイユンがジュンを見る。ジュンは美女から目を放さず、いや放せず、頷いた。
「俺たちは、伝説上の存在だったジェスビィに会ってしまったんだ。こっちに会ってしまうのももう、運命ってやつなんだろうな……こほん、えっと、今、ジェスビィを気光でやっつけたのは、この尼さんなんだ。名はエイユン。で俺はジュン」
 ソウキの上に浮かぶ美女が、二人を見る。
「ジュンに、エイユンですね。私はお察しの通りの古代神、アルヴェダーユといいます」
 その、美しく威厳溢れる視線に、ジュンは緊張して意味もなくきょろきょろしてしまう。
「え、えっと、気光ってのは魔術とも法術とも違うもので……何だっけ?」
「気とは、人間や動物はもとより、虫も草木も、そして貴女やジェスビィも持っている力です。私はそれを、修行によって高めているだけ。その高めたものを気光と呼んでいます」
 エイユンはアルヴェダーユを見上げて説明した。
 アルヴェダーユは深く頷いて、
「ええ、知っています。あなたには及ばぬまでも、この子も習得している術ですからね。私がジェスビィを抑えるのを、大いに助けてくれました。人間は本当に、私たちの想像を超えた成長をしてくれます。……それが、悪しき力となってしまうこともあるのが、悲しいです」
 複雑な表情を浮かべた。
 古代神・魔王の張った結界を破り、ジェスビィを地上へ招いたのは人間の魔術。それに対抗する為、アルヴェダーユを招いたのもまた人間の、法術。そしてそのアルヴェダーユを、人間独自の力、気光が支えてきたわけだ。
「やれやれ、これでようやく現状の把握ができそうだな」
「そうだな。事件の真相を説明してもらわねば」
「ええ。あなたたちには、全てを知ってもらわなくてはなりません。ですが、その前に」
 アルヴェダーユが軽く手を振った。その手から、光の粒が降り注ぐ。
 降り注がれる先、アルヴェダーユの下にあるのは、もちろんソウキだ。
「……ぅ……あっ」
 ソウキの目に生気が戻った。ジェスビィが出現してから、ずっと操り人形のような印象のあった四肢に、ソウキ自身のしっかりとした意思と力が宿る。
 どうやら意識を取り戻したらしい。エイユンを見、ジュンを見、そして頭上のアルヴェダーユを見た。
「アルヴェダーユ様……僕は、またジェスビィを暴れさせてしまったんですね……」
「ソウキ。何度も言っていますが、ジェスビィを抑えきれないのは私の力の無さのせい。あなたが気に病むことではありません」
「全くだ。相手は伝説の大魔王、言っちゃ悪いがお前一人でどうこうできるもんじゃない」
 アルヴェダーユの励ましに、ジュンが加わった。
 アルヴェダーユは微笑んで、感謝の意を示す。そしてエイユンは、
「今のが神の法力、というわけか。なるほど大したものだ」
 ソウキの回復を見て感心していた。ソウキは、傷のみならず、ジェスビィに操られることによって肉体も精神もかなり疲弊していた。それを今、アルヴェダーユはいとも簡単に、ほぼ全快させてしまったのだ。それはソウキから感じられる気の強弱で読み取れる。
 エイユンも、今までの旅の中で、同じような術は見てきた。この大陸の僧侶たちが、法力を高め法術として相手を治癒する術、それは神の力を借りる術だ。
 その元である、神そのものの法力。しかも普通の神より格上の古代神だ。僧侶たちでは及びも着かない高域なのが当然であろう。
「ソウキも目覚めたことですし、あなたたちには全てお話しします。いいですね、ソウキ?」
「はい」
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