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第五章

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(デートかあ。二人の距離を縮める定番よね)
翌日、生徒会でお茶を飲みながら、ブレンダは昨日のダミアンたちとのやり取りを思い出していた。
早速ダミアンはマーガレットに声をかけたらしく、マーガレットがとても嬉しそうにお茶に誘われたことを報告してきた。
(うまくいくといいなあ)
「……どうしたの? ブレンダ。そんなニヤけた顔して」
クラウディアがブレンダを見た。
「あ……ちょっと、思い出していて」
「何を?」
ブレンダは昨日のことを簡単に説明した。

「いいわねえ、青春よね」
ブレンダの話を聞いてクラウディアはほうと息を吐いた。
「異性とデートとか素敵ね」
「……お二人はデートしないのですか?」
「一緒には出かけるけど。もうずっと前から婚約してるから」
クラウディアはベネディクトを見た。
「初々しさとかときめきはもうないわね」
「酷いな」

「――デートか」
クリストフが呟いた。
「するか? ブレンダ」
「え?」
「どこか行きたいところはあるか?」
「……クリストフが街に行ったら目立ってしまうんじゃないの?」
それに警備も大変だろう。

「そうだわ、今かかっている劇の評判がいいわよ」
クラウディアが言った。
「劇?」
「恋の話で女性に人気なんですって。劇場なら王族でも行きやすいでしょう」

「そうだな。ではチケットを用意しよう」
そう言ってクリストフは早速手配したらしく、二日後『次の休日、ソワレを取った』と伝えてきた。

  *****

ソワレとは夜の公演だ。
場所は最も格式の高い王立劇場、しかも王族用の席だ。当然服装も夜用の盛装となる。
公演当日、ブレンダは何時間もかけて身支度を整えられた。

肩を出し、レースやリボンで作った花を散らした水色のドレス。
入念に編み上げた髪にもドレスと同じ花を飾った。
ネックレスとイヤリングは、今日のためにとクリストフから贈られた、サファイアとプラチナで作られたもので、以前貰ったブレスレットとお揃いだという。

(あの時は気づかなかったけれど……これってクリストフの色よね)
鏡に映る自分の姿を見ながらブレンダは思った。
プラチナはクリストフの銀の髪、サファイアは目の色だ。
(つまりブレスレットをくれた時……既に心を示していたってことよね)
自分の色彩や縁のある意匠を使った装飾品を贈ることは、相手への求愛行動だと教わったことがある。

(全然気づかなかった……ダミアンのこと、言えないなあ)
自分の鈍さにブレンダは苦笑した。

  *****

「まあ、あれは王太子殿下ではありませんか?」
クリストフとブレンダがロイヤルボックス席へ入ると、周囲から声が聞こえてきた。
「本当だわ」
「観劇などなさるのね」
「ご一緒の方はもしかして……」
「噂のバルシュミーデ侯爵令嬢ですわ」
「まあ、なんてお綺麗な方かしら……」

「確かに、今日のブレンダは一際美しいな」
ブレンダを見てクリストフは目を細めた。
「……ありがとう。クリストフも素敵だわ」
前髪を上げ額を出し、盛装に身を包んだクリストフはいつもよりずっと大人びて見えた。
(クリストフって……改めて見ると本当に美形なのよね)
その整い過ぎる顔立ちと切長の瞳、そして色彩のせいで冷たい印象を与えるし、言動から恐れられてはいるけれど。
彼の本来の性格を知れば、きっと多くの者を惹きつけ慕われるだろう。
(女性を泣かせるような態度を取らなければ婚約者になりたいと思う人だってたくさんいるだろうし……)
そこまで考えて、ブレンダは心の奥に痛みを感じた。

「ブレンダ?」
クリストフは少し眉根を寄せたブレンダの顔を覗き込んだ。
「どうした」
「あ……いえ」
ブレンダは首を振った。
「……劇場なんて初めてだから緊張して」
ブレンダは半分本当、半分嘘を答えた。
緊張しているのは事実だ。
劇場はただ芝居を見るだけではなく、社交の場でもある。
特にブレンダたちがいるのは王族やそれに準じる立場の者のみが座れる席だ、当然注目を浴びるし、ここでの行動が評判につながるのだ。

「大丈夫だ、いつも通りのブレンダで何の問題もない」
ブレンダの手を取り、そう言うとクリストフは微笑んだ。
途端に周囲から騒めきと悲鳴のような声が聞こえた。

「王太子殿下が笑ったお顔なんて初めて見ましたわ」
「あんな表情をなさるのね……」
(あ……なんか嫌だ)
クリストフの、この顔を他の人に見られるのは。
ブレンダはそう思った。


劇の内容は身分違いの恋を描いたものだ。
踊り子のヒロインが騎士と恋に落ちるが、王女が横恋慕してくる。
王女は王に頼み込み、強引に騎士と結婚しようとするが、騎士はヒロインを選び、最後は無事結ばれハッピーエンドで終わる。
ストーリー自体は定番だが、とにかくヒロインの踊りが素晴らしく、それがこの劇の一番の売りだった。
また悪役の王女がとことん嫌な性格で、観客は皆ヒロインを応援したくなるのだ。

(何だかあの王女……漫画のブレンダみたい)
王女という権力を使い、自分へ心がない相手を強引に手に入れようとする。
そして最後はその強欲さで身を破滅させるところも漫画のブレンダそっくりだった。


「ブレンダは、今日の劇は楽しめなかったのか?」
観劇後、劇場内の貴賓室で食事を取っているとクリストフが尋ねた。
「え?」
「観ながら暗い顔をしていただろう」
「そんなこと……というか私の顔を見ていたの?」
「劇の内容より、ブレンダの反応の方が気になるからな」
クリストフはそう言って笑みを浮かべた。

「……楽しくなかったわけでは……。どうして王女はあんな行動を取るんだろうと気になってしまって」
「あんな行動?」
「権力で強引に手に入れた相手が心を許すはずないでしょう。自分を好きにならない相手と結婚しても苦しいだけなのに」

「――まあ、ああいう分かりやすい悪役の方が、観客が主人公に感情移入しやすいからだろう」
少し考えてクリストフは言った。
「分かりやすい悪役……確かに……」
「あとはそうだな、恋は盲目と言うからな。どんなことをしても相手が欲しいと思い詰めて暴走してしまうんだろう」
「暴走……」
「私もそこは気をつけているつもりだが、それでも嫉妬心は消せないものだな」
ブレンダを見つめてクリストフは言った。
「君が他の男に気を取られるのは許せない」
「……嫉妬……」
「ああ、嫉妬は厄介だ」
「……さっきのも嫉妬……?」
ブレンダは考え込むように視線を落とした。
「さっき?」
「……クリストフが笑うのを他の人に見られるのが嫌だなあって……」
そこまで口にして、本人の前だと気づきブレンダははっとした。


「――そうか」
顔を上げると、クリストフが嬉しそうな顔でブレンダを見ていた。
「そんなに嫌か」
「……それは……まあ……」
「そうか」
「……そんなに嬉しそうにしなくても」
「嬉しいに決まっているだろう。分かった、人前では笑わないようにしよう。君に嫉妬心を起こさせるのは悪い気はしないが、苦しめるのも嫌だからな」
笑みを深めたクリストフに、ブレンダはその顔を赤くした。
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