上 下
37 / 48
第五章

07

しおりを挟む
剣技大会の決勝は、ダミアンとレアンドロの対戦となった。

「彼はブレンダの従兄弟だったわね」
隣に座るクラウディアが尋ねた。
「はい」
「前回も優勝したのでしょう? 随分と強いのね」
「そうですね。幼い時から騎士になるんだって言っていました」
「それで実際に強くなるのだから、偉いわね」
「はい」
(確かに……勉強はすぐ飽きるけれど、剣はずっと練習していたものね)
努力家だし、背も高くて見目も良い方だろう。
(マーガレットが好きになるのも……分かる気がするなあ)
そんなことを思いながらレアンドロと対峙するダミアンを見つめていると、ふいに視界が暗くなった。

「そんなに他の男を見つめるな」
すぐ隣でクリストフの声が聞こえた。
「やだ、王太子殿下ったら。嫉妬なんかして」
クラウディアの声と、ベネディクトの忍び笑いが聞こえる。
「クリストフ……」
目を塞ぐ手をどけようとその手に触れようとすると、逆に手を握り締められた。
「見るためにここにいるんでしょう」
「そんなにまじまじと見るな」
「見るくらいいいじゃない」
「ダメだ」

「いつまでもいちゃつくな、試合が始まるぞ」
呆れたようにベネディクトが言った。


審判の声とともに、剣がぶつかる鈍い音が響いた。
(木の剣でも……当たったら痛いわよね)
激しい打ち合いに、見ているだけでも疲れそうだ。

決着はなかなかつかなかった。
「――レアンドロ殿下も強いのね」
感心したようにクラウディアが呟いた。
(レアンドロが決勝まで残るのは、漫画では二年生最後の試合だったのに)
騎士団の訓練にも参加していたし、レアンドロも相当練習したのだろう。

打ち合いが続くにつれて、それまで賑やかだった客席が静かになっていった。
皆が固唾を飲んで見守る中、激しく剣がぶつかり合う。
ダミアンが大きく剣をふるった。
剣を避け、後ろへと飛び退いたレアンドロが着地した瞬間よろめいた。
すかさずダミアンが踏み込み、剣をレアンドロの首元へと突き刺した。

「――勝者、ダミアン・アードラー!」
審判の声にわあっと歓声が上がった。


「……終わった……」
ブレンダはほうと大きく息を吐いた。
「長かった……」
「凄い試合だったわね」
「ああ、最後は殿下の体力が尽きたな」
クラウディアとベネディクトが顔を見合わせた。
「見ているだけで心臓に悪かった……」
「そんなに心配だったか」
胸を押さえてブレンダがそう言うと、クリストフの声が聞こえた。

「それは、木の剣とはいえ当たったら危ないし……」
「どっちを心配していた」
「え? どっちって……どちらも?」
ブレンダは首を捻りながら答えた。
「ほう」
「あーもうクリストフ。嫉妬は見苦しいぞ」
「そうよ、ほらまだ終わってないんだから」
ベネディクトとクラウディアの言葉に、闘技場へと視線を送ると、膝をついていたレアンドロが立ち上がるところだった。

立ち上がったレアンドロが、ブレンダたちのいる貴賓席を見上げた。
青い瞳がブレンダをじっと見つめる。
その口が動いたが、何と言ったかは分からなかった。

  *****

「え、あの時?」
二日後、相談したいことがあると、ブレンダとドロテーアはダミアンに呼び出された。
そのついでに、剣技大会の最後にレアンドロが何を言ったのか、側にいたダミアンに尋ねると、ダミアンは首を傾げた。
「さあ……周囲の声がうるさかったから聞こえなかったな」
「そう」
「俺には『次は絶対負けない』って言ってたけど。まあでも次も俺が優勝するぜ」

「……相手は王子様なんでしょう? 少し手加減してあげないの?」
ドロテーアが言った。
「そんなことをしたら騎士道に反するだろう」
「そういうものなの」
「それで、相談って何?」
「……いやあ、それなんだけど」
ブレンダが尋ねると、ダミアンは頭をかいた。

「剣技大会の前に、マーガレットからハンカチを貰ったんだ」
「ええ、知ってるわ」
「一緒に刺繍したもの」
「で、友達にそういう時はお礼をしろって言われたんだけど……どうすりゃいいんだ?」
「友達は教えてくれなかったの?」
「俺の友達なんてどいつも女と縁のない連中だから、知らないんだよ」

「そうねえ」
ブレンダとドロテーアは顔を見合わせた。
「ちなみに、ダミアンはマーガレットのこと、どう思ってるの?」
ドロテーアが尋ねた。
「どうって……可愛くて優しい子?」
「それだけ?」
「それだけって」

「女の子が自分で刺繍したものを贈ってくれるなんて、特別な相手じゃないとしないわよ」
「特別……?」
ダミアンは首をひねった。
「親友ってこと?」

「だめだこいつ……」
はあーっとドロテーアは大袈裟にため息をついた。
(ダミアンはマーガレットのことを意識はしていないのね)
剣が最優先のダミアンだ、色恋は興味ないのだろう。
(私も人のことは言えないけれど……)
「なあブレンダ、どうすればいいんだ?」
ダミアンが尋ねてきた。

「え? そうね……お返しに何か贈り物をあげるとか?」
「何かって?」
「うーん……」
ブレンダは考え込んだ。
漫画では、レアンドロとマーガレットがお忍びで街へ出かけるシーンがあった。
お茶をしたり、お店に入って目に留まったアクセサリーを贈ったりとデートを楽しんだのだ。

「それか美味しいケーキを奢るとか?」
「ケーキ?」
「あ、いいところがあるわ」
ドロテーアが声を上げた。
「前にマーガレットが行ってみたいと言っていたカフェがあるの」
「へえ」
「ええとね、お店の名前は確か……」
ドロテーアが思い出しながら店名と、大体の場所をメモに書いてそれをダミアンに手渡した。
「はい、あとは自分で調べて」
「ああ」
「いい? 二人きりで出かけるのよ。あとちゃんとエスコートするのよ」
「エスコート……」
「マナーの授業で習ったでしょう」

「……ああ、そういえば習ったな!」
(大丈夫かしら)
笑顔のダミアンに、ブレンダとドロテーアは内心不安を抱いた。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

婚約破棄?その言葉待ってました!(歓喜)

恋愛 / 完結 24h.ポイント:113pt お気に入り:132

儚げ美丈夫のモノ。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:738pt お気に入り:1,226

離婚が決まった日に惚れ薬を飲んでしまった旦那様

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,150pt お気に入り:1,236

私たちの世界の神様探してるんですけど、どこにいるかご存知ですか?

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:21pt お気に入り:0

婚約破棄って? ああ! わかりました破棄しましょう!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:142pt お気に入り:2,030

婚約破棄?はい喜んで!私、結婚するので!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:198pt お気に入り:16

【完結】貧乏子爵令嬢は、王子のフェロモンに靡かない。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:35pt お気に入り:356

処理中です...