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第一章

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「それからこれを置いていったわ、皆で分けてって」
「……またですか」
箱を受け取りながらブレンダはため息をついた。
「あまり舌を肥えさせるのは良くないのに」

ブレンダが孤児院に来てから一月ほど経った。
その間、侯爵家からは数日おきにブレンダの様子を見に使者や、時には侯爵自身が訪れていた。
そうして手土産に、皆で食べるようにとお菓子を持ってくるのだ。
侯爵家が持ってくるお菓子というのは高級品で、孤児院の子供たちが口にできるようなものではない。
一度くらいならいいが、何度も持ってこられるとその味を覚えてしまって、普段のおやつでは満足できなくなってしまうだろう。

「この間ブレンダさんがそう言ったから、今日はお菓子ではないのですって」
「お菓子じゃない?」
ブレンダは箱をテーブルの上に置くと蓋を開けた。
「これは……」
「まあ、綺麗ね」
ブレンダの隣からシスターが箱を覗き込んだ。
箱の中には、片面に様々な絵柄が印刷された紙が入っていた。
「便箋……ではないのね。正方形なのかしら」
「……これは『折り紙』です」
ブレンダは紙を一枚手に取った。

「折り紙?」
「これをたたんで、色々な形を作るんです」
前世を思い出したあと、寂しさを紛らわすために便箋を正方形に切って、昔を思い出しながら色々なものを作っていた。
折り紙は得意だったのだ。
でき上がったものを見た侍女たちが褒めてくれて、やがて折り紙用に絵柄や色のついた紙を集めてくれるようになった。
それを侍女から聞いて持ってきたのだろうか。

「その紙で何を作るのかしら」
「ええと、たとえば……」
ブレンダの手指が動くとあっという間に一枚の紙が花の形になった。
「まあ!」
「すごいわ」
院長やシスターが目を丸くした。
「まるで魔法みたいだわ」
「慣れれば皆さんも作れますし、小さい子供でも作れる、もっと簡単なものもあります」
無地の紙を取って何回か折りたたむと、ブレンダはテーブルに置いてあったペンを取った。
「こうやって顔を描くと、犬になります」
「まあ、可愛い」
「これなら皆も作れそうね」
「はい。じゃあ早速これで皆と遊んでも良いでしょうか」
「でもこんな綺麗な紙を使ってしまうのはもったいないわね」
ブレンダが尋ねると院長が首を傾げた。

「……ああ、そうですね」
ブレンダにとって、前世の折り紙は安くてどんどん使えるものだったし今世でも同じだけれど、こんなに綺麗な色や絵柄がついている紙はこの国では高級品だ。
「では、勉強に使った紙を再利用して練習して、上手くできるようになったらこの紙を使うのは?」
「そうね、それならいいわね」

院長の同意を得たので、ブレンダは子供たちの元へ行くとまず使い終わった紙を正方形に切り、皆の前で花や鶴を折った。
「わあ」
「すげー」
「皆もやってみる?」
折り紙に興奮する子供たちに紙を配り、綺麗に半分に折るところから教え始めた。



「まあ、沢山作ったのね」
様子を見に来た院長がテーブルの上を見て目を細めた。
夕食の時間まで皆で折り紙に夢中になったせいで、大量の作品ができ上がったのだ。
「はい、皆気に入ったようです」
「これはブレンダさんが作ったの?」
院長は一際丁寧に折られて見た目も綺麗な花を手に取った。
「それはリタが作りました」
「まあ、あの子は本当に器用ね」
リタは十ニ歳。元々は子爵家の娘だったが、二年前に両親を馬車の事故で亡くし、引き取り手もなかったため孤児院に来たのだという。
頭も良く手先も器用で、しっかりした子だ。

「……リタは優秀な子だから、いい仕事について欲しいと思っているのよ」
花を見つめて院長は言った。
「はい」
「それでね、ブレンダさん」
院長はブレンダを見た。
「リタを、あなたの侍女にすることはできないかしら」

「……え?」
「侯爵家で働くことができれば、あの子にとって、とてもいいことだと思うの」
「それは……そうかもしれませんが」
バルシュミーデ侯爵家の使用人は皆身元がしっかりした者ばかりで、特に侍女は貴族や裕福な商家出身者が多く、結婚相手にと求められることも多い。
孤児院育ちで元貴族令嬢のリタにとって、この上ない就職先だろう。
「でも私は、修道院に入るので……」

「修道院に入るのは、学園を卒業してからでも遅くないんじゃないかしら」
ブレンダを見つめて院長は言った。
「あなたとお父様の関係は、少しは良くなっていると思うのだけれど。違うかしら?」
「それ、は……」
ここで父親と顔を合わせる度に、少しずつその会話が増えてきているとはブレンダも感じている。
孤児院でブレンダが何をしているのかといったことや、好きなものなどを侯爵が尋ね、ブレンダが答える。
会話はぎこちないが、それなりに続くようになってはきていた。

「ブレンダさんがシスターになってくれるのは嬉しいけれど、でもその前にお父様との関係を良くするのも大切なことでしょう。だからまだしばらくは侯爵家の御令嬢として過ごした方がいいんじゃないかしらって、ブレンダさんを見ていて思ったの」
修道院に入ってしまうと、家族の縁を断たれてしまう。
せっかく改善されつつある父親との関係を途切れさせてしまうのはもったいないと院長は思ったのだ。

「私も修道院に入ったのは成人してからよ。そこからでも遅くはないわ」
「……そうでしょうか」
「修道院に入るのはいつでもできるけれど、一度入ったらもう戻れないわ。それに貴族として生きることや学園に通うのもいい勉強になるでしょう」
「……はい」

「まだ十四歳なのだから、今はまだ子供らしく過ごしてもいいと思うわ」
笑顔で院長はそう言った。
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