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41話 魔王の旧時/死の宣告①

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隣国、デウギウスの王家には、遠い過去よりザランの即位後から避けられない天運があった。

運命の番・・・心から愛する者と結ばれ、子宝に恵まれる代償として、子供が成長する前に花嫁が死んでしまうという天運が。

呪いの様なその運命は、例外無く全ての王に降りかかる。そして王は狂い、跡追い心中を図るか全ての国を滅ぼそうと企むようになる。

しかし、博識な花嫁達は、子供の未来を案じ、狂気に呑まれた親を殺す知恵や、子供へ一生分の愛を託して死んでゆく。





ザランと呼んでいた者の正確な名は、ザラン・サディーヌ。デウギウスの3代目国王にして魔法の王・・・魔王と呼ばれる程の目覚しい魔法使いだった。





竜族、魔族が共に手を取り栄えた国。それが過去のデウギウス隣国の状況であった。





魔族の王であるザランが治める国は、とても豊かで魔族にとって・・・・・・住みやすい国であった。

世界で屈指の優れた国王として、国民・・から慕われていた彼は、亡き両親の墓前で誓う。

魔族と竜族が共に協力し合い、住みやすい国をこれから築き上げてゆく、と。





ザランの幼少期を一言で表すならば、苦痛だろう。

彼の父・・・2代目国王は暴虐で、地位の弱い民を苦しめる国王であった。

完全なる貴族社会を設立し、貴族でない者達や、富を産まない者達を迫害し続けた。

貴族と・・・国の繁栄のみを重視する国王。

果たしてそれは真の王と言えるのだろうか。

そんな国王が息子に対して優しい父である筈もなく、国王の意に反することをすれば体罰を与え、喋ることも碌に許さず、自室から出ることすらも一切禁じられていた。

その上、母親は厳格で、ザランに魔法の才能があると知られてからは毎日が地獄だった。

寝る暇もなく魔法を習得する毎日。無論休みなどなく、熱が出ても魔法を使えるようにならなければお前の未来はないと言われる日々。

限界だと思ったその時には、父と母は謎の病によって死んでしまっていた。幼いザランは何が起きたのか分からず、親の死をただただ悲しんだ。ぞんざいな扱いを受けてきたことなど忘れ、涙を流し続けた。





事件が起きた時、彼はたった3歳の子供だった。










────数年が経過し、ザランが即位してからというもの、国はみるみる内に潤っていった。

彼は国の財政や法律を徹底的に改善し、頻繁に市井へ出向いては、国の現状を確認していた。

腐りきった貴族は没落させ、優秀な者達を市井で選抜し、貴族として迎え入れた。





ザランはある時、城下町へ視察をしに来た際に、自由気ままな竜族の娘と出会った。

彼女はいつも公園にいた。

空を眺めていたり、木に登ったり、子供達と一緒に遊んだり。王は、心から嬉しそうな表情をする彼女に目が離せなかった。

ヴァイオリンを奏でるのが好きな彼女は、誰もいない夜中に綺麗な音を紡ぐ。

美しい音を奏でる彼女、それを見守る国王。

彼女を見ていると優しくも危うく心臓が跳ねる。段々と色付いていくその感情は、恋をしている証拠であることを王は理解していた。





娘は、いつも公園にやって来る高貴な身分の男性をさりげなく目に留める。すると、彼もまたこちらを見ていたことに気が付く。

暫く彼と見つめ合う。娘は段々と顔が真っ赤になってしまい、慌ててそっぽを向く。





彼女もまた、王に心を惹かれていた。

竜族は過去より受け継がれた、番を認知できる魔法を扱える。それにより彼女は王と出会えた。

彼女は彼が運命の番だと、そう知るのに時間などいらなかった。





娘は共に過ごす時の幸福を知り、王は簡単に振り向かない娘に愛おしさ感じ・・・その尊い時間が長く続けばどれ程幸せだったか。

王は何度もプロポーズをしたが、竜族の娘はいい返事をしない。

・・・できなかったのだ。





────ザランが産まれる100年前、竜族の暮らす天空の王国が崩壊し、平和な国と名高いデウギウスに大勢の竜族達が移住してきた。

後からやってきた竜族をよく思わない魔族。魔族をよく思わない竜族。種族間のわだかまりを、娘はよく知っていた。

己が一番よく・・・。

何度結婚の申し入れを断っても深い愛を伝える王に娘の心は揺れ動く。




「アタシみたいなガサツな女より、もっと可愛くてお淑やかな魔族の娘の方がアンタにお似合いだよ。」

「己を卑下する必要は無い。我は其方そなたが好きだ。それではいけぬか?」

「でもっ!あっ、アタシは・・・。幸せになんか・・・。」




急に移住してきた竜族は、魔族から迫害を受けていた。娘も例外ではなく、ザランが王になる前は、奴隷の様に扱われていた。国民として扱われず、物と同様の・・・扱いを。

満足に食事すら摂れない日々。唯一の家族であった妹は栄養失調で死に、それから魔族を恨むようになっていた。

深い恨みの対象である王からの寵愛に戸惑い、いつの間にか、できることなら温かで優しいその感情を受け入れたいと思い始め・・・それでも亡くした妹を忘れられない娘は、断腸の思いで王の殺害を決意する。





────娘は己の身体能力を活用し、城に潜入した。王を殺そうと寝室へ忍び込む。

斧を手に持ち、命を奪おうと試みる

しかし、手が動かせない。




「其方に殺されるなら、それも悪くない。」

「いや、だ。」

「さあ、斧を振り降ろせ。」

「アタシ、アタシ・・・王様はもっと偉そうで非道な人だって、そう思ってた。・・・そうだったら良かったのに。・・・こんな、こんな想い、知りたくなかった。」

「そう、か。・・・愛してる。」

「バカ。」




竜族の番は愛を知り、魔族の王は運命を教えた。

娘は殺そうとした己でさえも深く愛する王に、この時、完全に心を奪われた。








────やがて二人は婚姻を交わし、国を挙げての盛大な結婚式を執り行った。

王妃が竜族だと知れ渡ると竜族の扱いは以前に増して改善していき、国は段々と今まで以上に栄えていった。

・・・魔族と竜族が共に手を取り栄え始めた。









そう、共に手を取り支え合っている様に・・・見えただけだった・・・根深い怨みなど知らない魔族は、国の発展を嬉々として支える。

魔族は知らなかったのだ。

長寿な竜族は奴隷として扱われていた過去を忘れてなどいないことに。

裏切り者の竜族の娘として、王妃へ怒りが向いていることに。





「先程、王妃様の子供が産まれたそうだ!」

「女の子・・・姫様が産まれたそうだぞ!」

「未来の王女様の誕生か、めでたい日だ!」

王と王妃の子供の誕生を祝福するのは何も知らない魔族達。

「王妃の子も、また裏切り者。」

「先代の愚王を忘れてはいけない。」

「王家の死によって、同族の死を弔おう。」

憎しみを隠し、時が満ちるのを待つのは怒りに我を忘れた竜族達。

綻びが出るのは早かった。





「アタシ、幸せよ。」

「こんな夜中にどうしたんだ?」

「本当に、幸せだった。」

「嗚呼、其方が居るから・・・我も幸、せ・・・だ・・・これ、は。」

夜中、庭園を散歩していた王妃が寝室へと戻り、王にもたれ掛かりながら思いを贈る。

王は嬉しそうに返事を返す。

しかし、言葉を発する毎に王妃の体から熱が消えていくのが分かってしまう。

別室から5歳になったばかりの姫の泣き声が聞こえる。

時間がゆっくりと進む。

「ねえ、ザラン。いつか・・・。」

「外傷は無い筈だ、何処が悪いんだ!教えてくれ!」

「いつか、消えてしまう私を、見つけて。」

「な、にを・・・。」

話し終えた途端、彼女の魂は消滅した。

比喩ではなく、完全に消滅したのを感知した。

魔法が使えるがゆえに、王は分かってしまった。

死ぬ瞬間を、殺害した犯人を。





────竜族は、魂の消滅という禁忌を犯した。

竜族に伝わる禁断の魔法・・・それが魂を消滅させる魔法だ。

そして、魂の消滅は輪廻転生の不可能を意味している。

王妃はもう、再び生を受けることもなければ、彼女に関わった者達の記憶の中からも消えてしまう。魂の消滅とは、生きた証の消滅でもある。





怒り狂った王は王妃殺害に関与した竜族を殺し、犯行を知りつつも城へ招き入れた魔族を殺した。犯人達の共通点は、純血な血を持つ者達。

それから純血な竜族、魔族へと恨みの矛先が向き、善人も悪人も関係なく殺して回った。

どれだけ多くの者を殺しても、愛するたった一人の者を殺されてしまった事実は変わらない。完全なる魂の消滅を目にした魔王は、その日から、この世界の全てを滅ぼすことを、愛する人へ誓った。





────王が狂ってから何日が経っただろうか。それともまだ数時間しか経っていないのだろうか。

国民は時間の流れを忘れ、逃げ惑い隠れ続けた。

しかし、王の一人娘・・・姫だけは勇敢にも彼の蛮行を止めようとしていた。

彼女だけが唯一、止めることができた。





「言われたの。母様に、父様の魂を消滅させてって。でも、わたしにはできないよ・・・」

苦しそうに顔をしかめる彼女の周りには、大勢の死体が転がっている。

「わたし、どんなことがあっても、二人が大好きだから。」

涙で顔がぐちゃぐちゃになりながら、姫が国民を殺害して回る王へと話し掛ける。王は正気を失っており、話など聞こえてはいないだろう。しかし、健気にも姫は語り掛ける。

「眠って、父様。そうすれば、母様のことを忘れるから。それが、あの魔法だから。」

ゆっくりと王の体を抱き締める。


そして・・・


姫は・・・王を封印した。
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