菩提樹の猫

無一物

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12章 伯爵令息の夏休暇

40 出会いのない職業

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◆◆◆◆◆


「アンドレイとマリアナ嬢、お似合いだったじゃん。よかったよ」

 帰りの馬車でレネは昼間の光景を思い出し、しんみりと語っている。

「すごく話しやすい娘だった……」

 アンドレイは少し照れて、顔が熱くなる。

「照れちゃって。オレもどこか可愛い女の子いないかなぁ」

 両腕を頭の後ろで組んで、寂しそうにレネがため息を吐く。

 レネに恋人なんて、考えたこともなかった。
 それにレネの相手が女の子だということをすっかり失念していた。

 周囲の男たちの反応がおかしいので、アンドレイまで流されていたが、レネはれっきとした男だ。
 それに本人だって可愛い女のことの出会いを求めている。

(でもこんな綺麗に整っていたら、きっと隣を歩く女の子も大変だ……)

 ある意味、レネの恋人探しは難航しそうだ。

「出会いはないのか?」

 デニスが珍しく話に乗ってきた。
 きっとアンドレイと同じことを思っていたに違いない。

「周りに男しかいないしな……仕事関係は駄目だし……」

 そう言ってレネは肩を落とす。
 確かにそうだ。
 男しかいない傭兵団にいたら出会いなんてあるはずがない。

「難儀だな……」

 デニスが同情の目をレネに向ける。

「そういうデニスさんだって、誰かいい人いないんですか?」

「俺は、アンドレイの騎士だからな。一生を捧げると剣に誓った」

 少しつっけんどんな所はあるが、社交の場に行けば、いつもデニスの容貌は貴婦人たちの視線を攫っている。
 そんな騎士が、モテない理由がない。
 だがストイックなデニスは、アンドレイを守ること一筋で、女性陣から秋波を送られていることさえも気付いていない。

(少しは羽目を外してくれても構わないんだけどな……)


「そっか……剣を捧げるってそういうことですよね。でもお兄さんも伯爵に剣を捧げているし、ふたりとも独身じゃデニスさんの家はどうなるんです?」

 レネはデニスの実家の跡継ぎ問題を心配しているようだ。

「デニスは男爵家の三男でラデクが次男なんだ。長男は竜騎士団の要職に就いていて跡継ぎもいるから心配ないんだ」

 長男は父親似で、自分たちとは似ていないとデニスから聞いた。
 デニスの母親はこの国では珍しい南国人で、周囲の反対を押し切っての結婚だったという。

「へえ、デニスさんも男爵家の出身なんですね」

「アンドレイの家と違ってうちは領地持ちじゃないからな、代々長男は騎士団に所属することになっている」

「武門の家系かー」

 貴族に生まれても、次男三男は財産を継ぐことができない。
 家督を継いだ兄に仕えるか、デニスたちのように別の貴族に仕えるか、他には役人や、商売人になったりすることが多い。

(僕次第でデニスの人生が大きく左右される……)

 いつも当たり前の様に側にいるが、縁談の話がきた時に、受けなければデニスと引き離すと言われ動揺したのをアンドレイは思い出す。
 今回の一連の事件でアンドレイの心は決まった。

(僕がリンブルク伯爵を継ぐ)

 デニスの献身に恥じないような、立派な主になろう。

 そういう意味で、父とラデクの関係は理想の形かもしれない。
 ラデクは心から父アルベルトに心酔しているのがよくわかるし、父もラデクのことを……たぶんこの世の誰よりも信頼している。
 父の再婚のせいでアンドレイは人生を振り回されているので恨めしい気持ちはあるが、あの主従の関係は羨ましい。
 アンドレイの場合は、一方的にデニスから守ってもらうだけで相応しい主とはいえない。


「一緒にいると、二人の関係が羨ましくなるよ。後でルカから聞いたけど、デニスさんとアンドレイが機転を利かせてくれなかったら、絶対死んでた。ありがとう」

 レネはそう言ってアンドレイの肩を抱く。

「でも僕は、レネとデニスの関係も羨ましいよ。マリアナにショールをプレゼントした時に、君たち二人が喜んで抱き合っていたけど、僕もあの中に入りたかったな……」

 すべてアンドレイのために、二人が我が身を犠牲にして頑張ってくれているのは理解できるのだが、オストロフ島でデニスが傷ついたレネを前に涙を流していた姿を見て、アンドレイの中で嫉妬心のようなものが湧いて来た。
 
 自分はいったいどちらに嫉妬しているんだ?
 レネなのか、デニスなのか。

(たぶん僕は、どちらにも嫉妬している)
 
「知ってる? マリアナから帰る時に聞いたんだけど、侍女たちの間で、君たちはデキてるんじゃないかって噂になってるって」

 アンドレイはわざと人の悪い笑みを二人に向かって浮かべた。
 こういう時は、笑いに変えてモヤモヤした気持ちをスッキリさせるのが得策だ。

「え!?」
「は?」

 二人とも鳩が豆鉄砲でも食らったかのような間抜け面をしている。
 アンドレイは憂さ晴らしの様に「あははっ」と大きな声で笑った。
 
 
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