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12章 伯爵令息の夏休暇
39 報われる瞬間
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天気は生憎の曇り空だったが、クーデンホーフ侯爵家主催の午餐会が開催された。
湖を背景にどこを切り取ってもまるで名画のような自慢の庭での昼食が終わった後、ゲストたちはそれぞれ、広大な庭の散策などをして思い思い時間を過ごすのが恒例だ。
「マリアナ、アンドレイ君に君のお気に入りの場所を案内してあげなさい」
侯爵は、一度娘の肩を抱くとぽんと優しく背中を叩いて送り出した。
「ええ、お父様。さあアンドレイ、私のとっておきの場所を案内するわ」
食事の時も向かいの席ですっかり打ち解けた様子のマリアナが、アンドレイを庭の散策へと誘った。
いい意味で期待を裏切るマリアナは、侯爵家のお嬢様にしてはツンとした所がなくサバサバとした性格なので、普段年頃の女性と交流することのないアンドレイでも、まるで男友達のように話をすることができた。
食事中の会話の中だけで、自然に『アンドレイ』『マリアナ』とお互いを名前で呼び合うようになっていた。
「オストロフ島での噂を聞いたんだけど。大勢の山賊に襲撃されて、逆に返り討ちしたとか?」
サルビアやセージ、トケイソウ等の青い花ばかりを集めたブルーガーデンの一角まで歩いてくると、マリアナは人気がないことを確認して、くるりとアンドレイを振り返った。
(もうそんな話が広まっているのか……)
アンドレイは少し驚く。
青い花々の中に淡藤色のドレスを纏い佇むマリアナの姿は、好奇心旺盛の妖精のように紫がかった瞳を輝かせている。
曇り空の薄暗いなか淡い金髪だけがまるで発光しているかのように輝いており、ついつい目が引き寄せられた。
「君には幻滅しないように先に言っておくよ。あれはあそこにいる僕の従者と騎士が僕を守ってくれたんだ」
ブルーガーデンの入り口で、マリアナの侍女たちと二人の様子を見守るデニスとレネを指さした。
「まあ、あの二人が!? でもあんなほっそりした人が……?」
マリアナはレネの姿を見て、驚いている。
山賊からアンドレイを守る姿が想像つかないのだろう。
「彼、ああ見えても強いんだよ」
「人は見かけによらないのね」
素直に驚いた顔をするマリアナに、アンドレイは自然と笑みを浮かべる。
あの父親が勧めてくる縁談だったので、どんな相手が待ち受けているか構えていたのだが、マリアナのような裏表のない素直な娘でよかったと、アンドレイは思った。
マリアナ相手だと、女の子のあしらいが下手くそだからとちっとも気後れすることがない。
素のままの自分でいられることが嬉しかった。
「マリアナが話しやすい娘でよかった。僕、女の子とまともに喋ったことがないからどうしようと思ってたんだ」
テヘっと笑うと、アンドレイは恥ずかしそうに照れた。
「私も、変にキザったらしい人だったらどうしようって思ってたの」
マリアナも小さく舌を出して笑ってみせる。
遠くでま守る侍女たちが、お行儀の悪いお嬢様の行いに、ハラハラしながら成り行きを見守っているが、それさえもアンドレイには好意的に映った。
◆◆◆◆◆
太陽が雲に隠れていると、夏とはいえ高原地帯のジェゼロは肌寒い。
先ほどまでマリアナは自分のショールをドレスの上に羽織っていたのだが、侍女と従者であるレネの打ち合わせ通り、そのショールは侍女が食事の時に仕舞ってしまった。
(せっかくアンドレイが自分で選んで準備したんだ。上手くいってほしい)
レネはまるで自分のことのようにドキドキしながら二人の様子を見守った。
ふわっと湖からの冷たい風が庭の中を通り抜けて行く。
アリアナは肌寒さのためかぶるりと身体を震わせた。
それをアンドレイは見逃さない。
「レネ」
(よし、ちゃんと見てた)
レネは綺麗にラッピングされた包みを持ってアンドレイ渡した。
「これ、僕が選んだんだ。よかったら開けてみて」
アンドレイはレネから受け取った包みを、マリアナに渡す。
「なにかしら?」
そこは流石にお嬢様だ。突然のプレゼントも無邪気に受け取る。
「わぁぁ……素敵なショール……」
リボンを外してマリアナは包を開くと、目を輝かせた。
(アンドレイっ……気を利かせてもうひと押し!)
レネはマリアナに見えない所からゼスチャーで指示する。
その様子を、隣でマリアナ付きの侍女たちも微笑みながら見ていた。
必死に動く従者を見て、アンドレイが「あっ」という顔をして頷く。
(よし、気付いた)
レネも頷いて、心の中で「行け!行け!」と叫んでいた。
「ちょっと貸して」
アンドレイは受け取ったショールをフワッと広げてアリアナに羽織らせた。
アリアナの淡藤色のドレスに白い雪の結晶を集めて作ったかのようなショールがよく映える。
「とっても似合ってるよ」
アンドレイがニッコリと微笑む。
「ありがとう……私、ずっとジェゼロレースが欲しかったけど、お母様にまだ早いって言われてたの」
確かに、黒やルカが持っていた孔雀青の様な濃い色は大人のイメージだが、白は清楚な雰囲気で、マリアナの様な少女にとてもよく似合う。
レネは姉の編んだショールがこんな風に役に立って、身内としてとても鼻が高い。
マリアナ嬢とアンドレイが仲睦まじく会話している様子を見ていると、心がじんわりと温かくなる。
(——アンドレイ楽しそう)
あの無人島からアンドレイを守り抜くことができてよかった。
危機を乗り越えて、護衛対象が幸せに笑っている姿を見ることが、レネの最も報われる瞬間である。
隣が先ほどからやけに静かだと思い、ふと目をやると、デニスが背中を向けて必死にハンカチで目元を拭っていた。
見ていたレネも思わず貰い泣きしそうになる。
あの危機を乗り越えたからこそ湧き上がる喜びだ。
「デニスさん、オレ、生きてアンドレイの幸せそうな顔が見れてほんとによかった。助けてくれてありがとう」
あの時、デニスがわざわざレネを助けに来てくれたから今の自分がここに居る。
身体の中から沸き起こる喜びを伝えたくて、レネはでデニスに抱きついた。
「……レネ……」
デニスも同じ気持ちだったのだろう熱い抱擁をお返しされる。
すぐ隣にいた侍女たちが、顔を真っ赤にしてチラチラこちらを見ているが、そんなことはもう気にしない。
だが、息子の様子を見に来ていたアルベルトとラデクにその現場を見られ、ニヤニヤ笑われていたことに、レネとデニスはまったく気付いていなかった。
湖を背景にどこを切り取ってもまるで名画のような自慢の庭での昼食が終わった後、ゲストたちはそれぞれ、広大な庭の散策などをして思い思い時間を過ごすのが恒例だ。
「マリアナ、アンドレイ君に君のお気に入りの場所を案内してあげなさい」
侯爵は、一度娘の肩を抱くとぽんと優しく背中を叩いて送り出した。
「ええ、お父様。さあアンドレイ、私のとっておきの場所を案内するわ」
食事の時も向かいの席ですっかり打ち解けた様子のマリアナが、アンドレイを庭の散策へと誘った。
いい意味で期待を裏切るマリアナは、侯爵家のお嬢様にしてはツンとした所がなくサバサバとした性格なので、普段年頃の女性と交流することのないアンドレイでも、まるで男友達のように話をすることができた。
食事中の会話の中だけで、自然に『アンドレイ』『マリアナ』とお互いを名前で呼び合うようになっていた。
「オストロフ島での噂を聞いたんだけど。大勢の山賊に襲撃されて、逆に返り討ちしたとか?」
サルビアやセージ、トケイソウ等の青い花ばかりを集めたブルーガーデンの一角まで歩いてくると、マリアナは人気がないことを確認して、くるりとアンドレイを振り返った。
(もうそんな話が広まっているのか……)
アンドレイは少し驚く。
青い花々の中に淡藤色のドレスを纏い佇むマリアナの姿は、好奇心旺盛の妖精のように紫がかった瞳を輝かせている。
曇り空の薄暗いなか淡い金髪だけがまるで発光しているかのように輝いており、ついつい目が引き寄せられた。
「君には幻滅しないように先に言っておくよ。あれはあそこにいる僕の従者と騎士が僕を守ってくれたんだ」
ブルーガーデンの入り口で、マリアナの侍女たちと二人の様子を見守るデニスとレネを指さした。
「まあ、あの二人が!? でもあんなほっそりした人が……?」
マリアナはレネの姿を見て、驚いている。
山賊からアンドレイを守る姿が想像つかないのだろう。
「彼、ああ見えても強いんだよ」
「人は見かけによらないのね」
素直に驚いた顔をするマリアナに、アンドレイは自然と笑みを浮かべる。
あの父親が勧めてくる縁談だったので、どんな相手が待ち受けているか構えていたのだが、マリアナのような裏表のない素直な娘でよかったと、アンドレイは思った。
マリアナ相手だと、女の子のあしらいが下手くそだからとちっとも気後れすることがない。
素のままの自分でいられることが嬉しかった。
「マリアナが話しやすい娘でよかった。僕、女の子とまともに喋ったことがないからどうしようと思ってたんだ」
テヘっと笑うと、アンドレイは恥ずかしそうに照れた。
「私も、変にキザったらしい人だったらどうしようって思ってたの」
マリアナも小さく舌を出して笑ってみせる。
遠くでま守る侍女たちが、お行儀の悪いお嬢様の行いに、ハラハラしながら成り行きを見守っているが、それさえもアンドレイには好意的に映った。
◆◆◆◆◆
太陽が雲に隠れていると、夏とはいえ高原地帯のジェゼロは肌寒い。
先ほどまでマリアナは自分のショールをドレスの上に羽織っていたのだが、侍女と従者であるレネの打ち合わせ通り、そのショールは侍女が食事の時に仕舞ってしまった。
(せっかくアンドレイが自分で選んで準備したんだ。上手くいってほしい)
レネはまるで自分のことのようにドキドキしながら二人の様子を見守った。
ふわっと湖からの冷たい風が庭の中を通り抜けて行く。
アリアナは肌寒さのためかぶるりと身体を震わせた。
それをアンドレイは見逃さない。
「レネ」
(よし、ちゃんと見てた)
レネは綺麗にラッピングされた包みを持ってアンドレイ渡した。
「これ、僕が選んだんだ。よかったら開けてみて」
アンドレイはレネから受け取った包みを、マリアナに渡す。
「なにかしら?」
そこは流石にお嬢様だ。突然のプレゼントも無邪気に受け取る。
「わぁぁ……素敵なショール……」
リボンを外してマリアナは包を開くと、目を輝かせた。
(アンドレイっ……気を利かせてもうひと押し!)
レネはマリアナに見えない所からゼスチャーで指示する。
その様子を、隣でマリアナ付きの侍女たちも微笑みながら見ていた。
必死に動く従者を見て、アンドレイが「あっ」という顔をして頷く。
(よし、気付いた)
レネも頷いて、心の中で「行け!行け!」と叫んでいた。
「ちょっと貸して」
アンドレイは受け取ったショールをフワッと広げてアリアナに羽織らせた。
アリアナの淡藤色のドレスに白い雪の結晶を集めて作ったかのようなショールがよく映える。
「とっても似合ってるよ」
アンドレイがニッコリと微笑む。
「ありがとう……私、ずっとジェゼロレースが欲しかったけど、お母様にまだ早いって言われてたの」
確かに、黒やルカが持っていた孔雀青の様な濃い色は大人のイメージだが、白は清楚な雰囲気で、マリアナの様な少女にとてもよく似合う。
レネは姉の編んだショールがこんな風に役に立って、身内としてとても鼻が高い。
マリアナ嬢とアンドレイが仲睦まじく会話している様子を見ていると、心がじんわりと温かくなる。
(——アンドレイ楽しそう)
あの無人島からアンドレイを守り抜くことができてよかった。
危機を乗り越えて、護衛対象が幸せに笑っている姿を見ることが、レネの最も報われる瞬間である。
隣が先ほどからやけに静かだと思い、ふと目をやると、デニスが背中を向けて必死にハンカチで目元を拭っていた。
見ていたレネも思わず貰い泣きしそうになる。
あの危機を乗り越えたからこそ湧き上がる喜びだ。
「デニスさん、オレ、生きてアンドレイの幸せそうな顔が見れてほんとによかった。助けてくれてありがとう」
あの時、デニスがわざわざレネを助けに来てくれたから今の自分がここに居る。
身体の中から沸き起こる喜びを伝えたくて、レネはでデニスに抱きついた。
「……レネ……」
デニスも同じ気持ちだったのだろう熱い抱擁をお返しされる。
すぐ隣にいた侍女たちが、顔を真っ赤にしてチラチラこちらを見ているが、そんなことはもう気にしない。
だが、息子の様子を見に来ていたアルベルトとラデクにその現場を見られ、ニヤニヤ笑われていたことに、レネとデニスはまったく気付いていなかった。
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