菩提樹の猫

無一物

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3章 宝珠を運ぶ村人たちを護衛せよ

11 甘い考え

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 どうにかして、レネの信用を落としてダヴィドから遠ざけたい。
 そう思っていた矢先に、事件は起こった。

 レネが、神の使いとされている白鳥を知らずに殺してしまった。
 本当は神の存在など信じていないが、テレザの悲鳴を聞いた時に、迷わずレネを殴っていた。

 殴られたレネは口から血を流していたが、無抵抗だ。
 その顔を見た瞬間に、どす黒い感情がムクムクと湧いてきて、胸倉を掴み罵詈雑言が口から溢れ出していた。
 それでもレネは黙ってされるがままだ。

(今しかない……もうこれ以上邪魔されないために思い知らせてやらなければ!)

 手加減の仕方もわからず顔を殴ったので右の拳を傷めてしまい、もう片方の手で反対側の頬を叩いた。
 平手で叩いたせいか、先ほどよりもいい音がした。
 レネを消してしまいたいという気持ちと、誰か自分を止めてくれという相反する二つの気持ちが、ヨナターンの中で渦巻く。
 内側を食いやっぶって自分の中からが出て来るのではないかと恐ろしくなった。

(——レネをここから遠ざけないと……)

 護衛といってもヨナターンでも簡単に手折ってしまえそうな華奢な青年だ。そのうち自分の中の化け物が彼を殺してしまうかもしれない。
 ダヴィドの命を守るためなら、自分はきっとなんでもやってしまう。
 団員たちとの話し合いをした時にも、レネを護衛から外すようにヨナターンは強く意見したが、彼らはそれを聞き入れなかった。


 朝になって、レネの左頬は酷い痣になっていた。
 綺麗な顔に傷をつけた罪悪感に苛まれた。
 だが口を突いた言葉は正反対のものだった。

『はぁー……お前まだいるのかよ? さっさとメストに帰ったら良かったのに……』

(——早くどこかに行ってくれ、でないとお前は、いつかことの真相に気付くかもしれない……そうなったら……俺は……)

 そしてレネを引き離すことができぬまま、石柱の祠が近付いてきた。


 ヨナターンは甘い考えだった自分を殴り倒してやりたかった。
 手を出さないとの約束だったテレザは肩に担がれ、自分もナイフを突きつけられ脅されながら、盗賊の根城になっている石柱群へと着いた。

 まるで壮大な回廊のように続く石と石の間を、中心部へと向かって進んで行く。
 辿り着いた中心部は巨大な空洞になっていた。
 ヨナターンには、こここそが遺跡の神殿に見えた。
 昼間なのに薄っすらと暗い中、あの男が帰りを待っていた。

「なんだ? 土産は宝珠だけじゃなかったのか?」

「あんたの息子がグズグズしちまって手間取るもんだから、巫女さんごと攫って来た」

「ヨナターン、なにしてんだ。お前はもう俺たちの仲間になるしかないってのに、つまんねえことで手こずってたら、この先やっていけないぞ」

「だっ誰があんたたちの仲間になるって言った! 村人は傷付けないって約束だっただろ? 話が違うじゃないかっ……ずっと帰りを待ってたのに、盗賊になんかなりやがって……お前なんか死んでた方がよかったんだっ!」

「なんだと……」

 シャーウールの空気がスーッと音を立てて冷えていくのを感じ、ヨナターンはたじろぐ。
 盗賊の一人が間に入って、ヨナターンに苦い顔をして話し始めた。

「お前の親父が好き好んで盗賊になったと思ってるのか? 戦争で雇い主が先に死んで金を払う奴がいなくなった……俺たち全員を食わせるためにシャーウールは仕方なく略奪をしたのが始まりなんだよ。村でぬくぬく暮らしていたお前らになにがわかるっ!」

(——なんだとっ!)

 今度はヨナターンの瞳が怒りに燃え上がる。

「俺がぬくぬく暮らしてたと思ってるのか? 母さんは馬車馬のように毎日働いて死んだっ。人のものを盗んで暮らしている奴らに文句言われる筋合いはないっ!」

「うるせえな、黙れ。こいつも逃げないように縛っとけ」

 シャーウールはヨナターンの腹を蹴ると地面に転がし、手下にそう命じた。

「巫女さんをひん剥いて宝珠を探せ」

 テレザを担いでいた男が肩から降ろすと、今度は羽交い絞めにして身体を拘束する。

「んーーーッ……んーーーーッ!!」

 猿轡を噛ませられたままの籠った悲鳴が聞こえる。
 男たちは色めきだってテレザに襲いかかった。

 ヒュン——
 暗闇の中から風切り音が聞こえてくる。

「——ぐあっ……」

 呻き声と共に、周りの動きが一斉に止まった。
 テレザに群がっていた男たちの一人が突然屈みこんで倒れた。
 背中になにか刺さっている。

「や、矢だっ! 誰かが矢を放ってきたっ!」

「どこから射ってきてやがるっ……」

「出所を探し出せ!」

 シャーウールが盗賊たちに命令する。
 盗賊たちの根城の中は一瞬にして騒然とした空気に包まれた。

(もしかして……護衛の誰かが追って来たのか?)

 護衛の中に背の低い弓使いが一人いた。
 そんなことを考えている内に、いきなり後ろ手に縛られていた縄が解かれ、ヨナターンは後ろを振り向いた。

「——おっ……」

 その人物は、驚きの声を出す前にヨナターンの口を押えた。

『静かにしろ』

 小声でそう言うと、恐怖のために腰を抜かしているテレザを助け起こして、ヨナターンに預けてくる。
 薄暗い中でも、白い顔が発光しているかのように浮かび上がり、美しい容貌がいっそう際立って見えた。

(まさかっ……どうしてこいつがっ……)

 テレザの猿轡を取ってやりながら、ヨナターンは混乱していた。

『今のうちに逃げるぞ』

 ヨナターンだけに聞こえる声で囁くと、レネは自分の背に庇いながら、安全な壁側を二人に歩かせる。

(他の仲間はどうしたんだ……こんな危険な所に一人でっ……)

 狼の群れを、いとも簡単に倒した屈強な男たちの姿はない。
 まるで自殺行為のようなレネの無謀な行動に、ヨナターンは戸惑いと罪悪感に襲われた。

(——なんで……お前が俺たちを助けに来たんだ……)

 このままでは悪夢の再現になってしまう。
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