菩提樹の猫

無一物

文字の大きさ
上 下
52 / 474
3章 宝珠を運ぶ村人たちを護衛せよ

10 苦渋の選択

しおりを挟む
◆◆◆◆◆

「どういうつもりなのっ!?」

 薄汚れた男たちに祠の入り口を塞がれ、テレザの目の前へ現れた人物に驚きを隠せないようだ。
 ヨナターンが中に入って来た時、最初はすがるような目をしていたが、テレザはすぐに様子が違うと気付いた。

「テレザ……乱暴なことはしたくない。大人しく宝珠をこちらに渡してくれないか?」

「あなた……まさか私たちを騙してたの?」

 巫女の口から出た言葉がぐさりとヨナターンの胸を刺す。

(本当は俺だってこんなことはしたくないんだっ)

「お願いだ。宝珠を渡してくれないか?」

 もう一度ヨナターンはテレザに懇願する。

「嫌よ……命に代えても宝珠は渡さない!」

 深緑の目が不思議な光を帯びて見えた。
 ヨナターンが罪の意識に苛まれ、勝手に見ている幻影なのだろうか……。

「お願いだっ……宝珠を渡してくれっ」

 それでも負けじと必死で頼み込む。

「グズグズするんじゃねえっ! 早くしないと、他の奴らに気付かれる。女ごと攫って行くぞっ!」
「なにするの……っ!?」

 男の一人が後ろからテレザを羽交い絞めにすると、叫び声を上げないように猿轡を噛ませ、一番大きな男が軽々と荷物のように肩に担いだ。

「ううううっーーー!」

 テレザはくぐもった悲鳴を上げて暴れるが、男たちはニヤニヤ笑うだけでお構いなしだ。
 この一連の動作からしても、男たちにとってはやり慣れたことなのだろう。

「ちょうど女に飢えてたんだ。土産に持って帰ったらみんな喜ぶぜ」

「おいっ、話が違うじゃないか、テレザは傷付けないと約束しただろうっ!」

 ヨナターンは、いきなり予定とは違うことをし始めた男たちに食ってかかる。

「うっせえな、他の奴らにバラされたら困るからな、お前も来いっ!」

(こんなつもりじゃなかった……)

 あの時、再会さえしていなかったら……。


◇◇◇◇◇


 遺跡の下見に他の村人たちと来ていたヨナターンは、巨石群の近くに差しかかった時、盗賊たちの襲撃を受けた。
 一人は殺され、ヨナターンも必死に逃げまどっていたが、一人の盗賊に捕まってしまった。

 顔を見た時、ヨナターンは驚愕した。
 その男は……戦死したはずの父親——シャーウールだったからだ。


 動揺にすぐに自分の息子だと気づいた盗賊は、殺すことはせずにある話を持ちかけてきた。

「命は助けてやるから、俺の所に宝珠を持って来い」

 投げかけられた言葉に、ヨナターンは衝撃を受けた。
 この男は自分の知っている父親とは違う。

「それは……できない……」

 今まで自分は村人たちに助けてもらって育ってきた。そんな村の人たちを裏切るわけにはいかない。

「じゃあ、仕方ない。宝珠を運ぶ奴らを全員殺して奪うしかない」

(なんだと!?)

 すぐ脳裏に幼馴染の顔が浮かんだ。

 村長の息子であるダヴィドは、今年から父親に代わって宝珠を遺跡まで運ぶ役割を果たすことになっていた。
 ヨナターンにとって、ダヴィドはなにものにも代えがたい存在だった。

 親を亡くした自分を、ずっと励まし支えて来てくれた。
 ダヴィドがいてくれたから、今の自分があるといっても過言ではない。
 もしかしたら友情以上の感情があるかもしれない。

(このままではなんの罪もないダヴィドと村人たちが殺されてしまう……)

 それは苦渋の選択だった。
 盗賊相手に自分一人では太刀打ちできない。
 大好きだったはずの実の父親の変貌に衝撃を受けたが、それが霞んでしまうほど、ダヴィドの命の方が今のヨナターンには大切だった。

 村に帰っても、襲って来た盗賊団の中に父親がいたことを誰にも話さなかった。

 今年は盗賊たちに狙われているので、護衛を雇おうということになったが、ヨナターンは断固として反対した。
 護衛を付けたら、ことがややこしくなってしまう。護衛と盗賊が争うことになって、ダヴィドが巻き込まれでもしたら大変だ。
 村人たちだけで行って、無抵抗のまま宝珠を渡した方が誰も傷付かなくて済む。

 しかし、ヨナターンの意見は聞いてもらえず、リーパ護衛団に護衛を依頼することになった。
 ヨナターンも盗賊から襲撃された当事者で状況を詳しく知っていると主張して、今回の遺跡行きのメンバーに加えてもらった。

 松葉色の揃いのサーコートを着た護衛たちが村に到着し、いよいよ出発となった。


 一日目。
 湿原で野営の準備をしている時に、猟師に変装した盗賊団の男が、ヨナターンに接触してきた。
 ヨナターンは誰も傷付かなくて済むようにと、あれからずっと考えてきたことを男に話した。
 村人たちとの下見で確認していた石塔の祠がある。そこで祈りを捧げるテレザが一人になるところを狙って、宝珠を奪うという計画だ。
 このまま行けば、三日後には祠に到着すると告げて男と別れた。

 順調に計画は進んでいると思っていた。

(レネに密会を覗かれていたと知るまでは……)

 最初は護衛らしからぬ青年が一人混ざっていると思っていた。
 だがレネに自分が密会していたことを、ダヴィドの前で話された時は頭が真っ白になった。

 なんとかその場をごまかしたが、レネは自分のことを疑っている。
 ダヴィドもなんだか煮え切れない顔をして自分を見ていた。

 これ以上レネにコソコソ嗅ぎ回られたら、計画が崩れてしまう。

 ヨナターンは焦っていた。
 どうにかして、レネの信用を落としてダヴィドから遠ざけたかった。


 
しおりを挟む
感想 25

あなたにおすすめの小説

BL世界に転生したけど主人公の弟で悪役だったのでほっといてください

わさび
BL
前世、妹から聞いていたBL世界に転生してしまった主人公。 まだ転生したのはいいとして、何故よりにもよって悪役である弟に転生してしまったのか…!? 悪役の弟が抱えていたであろう嫉妬に抗いつつ転生生活を過ごす物語。

僕がハーブティーを淹れたら、筆頭魔術師様(♂)にプロポーズされました

楠結衣
BL
貴族学園の中庭で、婚約破棄を告げられたエリオット伯爵令息。可愛らしい見た目に加え、ハーブと刺繍を愛する彼は、女よりも女の子らしいと言われていた。女騎士を目指す婚約者に「妹みたい」とバッサリ切り捨てられ、婚約解消されてしまう。 ショックのあまり実家のハーブガーデンに引きこもっていたところ、王宮魔術塔で働く兄から助手に誘われる。 喜ぶ家族を見たら断れなくなったエリオットは筆頭魔術師のジェラール様の執務室へ向かう。そこでエリオットがいつものようにハーブティーを淹れたところ、なぜかプロポーズされてしまい……。   「エリオット・ハワード――俺と結婚しよう」 契約結婚の打診からはじまる男同士の恋模様。 アルフォンのハーブティーと刺繍に特別な力があることは、まだ秘密──。

そばにいられるだけで十分だから僕の気持ちに気付かないでいて

千環
BL
大学生の先輩×後輩。両片想い。 本編完結済みで、番外編をのんびり更新します。

ふしだらオメガ王子の嫁入り

金剛@キット
BL
初恋の騎士の気を引くために、ふしだらなフリをして、嫁ぎ先が無くなったペルデルセ王子Ωは、10番目の側妃として、隣国へ嫁ぐコトが決まった。孤独が染みる冷たい後宮で、王子は何を思い生きるのか? お話に都合の良い、ユルユル設定のオメガバースです。

R指定はないけれど、なんでかゲームの攻略対象者になってしまったのだが(しかもBL)

黒崎由希
BL
   目覚めたら、姉にゴリ推しされたBLゲームの世界に転生してた。  しかも人気キャラの王子様って…どういうことっ? ✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻  …ええっと…  もう、アレです。 タイトル通りの内容ですので、ぬるっとご覧いただけましたら幸いです。m(_ _)m .

Ωの皇妃

永峯 祥司
BL
転生者の男は皇后となる運命を背負った。しかし、その運命は「転移者」の少女によって狂い始める──一度狂った歯車は、もう止められない。

お決まりの悪役令息は物語から消えることにします?

麻山おもと
BL
愛読していたblファンタジーものの漫画に転生した主人公は、最推しの悪役令息に転生する。今までとは打って変わって、誰にも興味を示さない主人公に周りが関心を向け始め、執着していく話を書くつもりです。

身代わりになって推しの思い出の中で永遠になりたいんです!

冨士原のもち
BL
桜舞う王立学院の入学式、ヤマトはカイユー王子を見てここが前世でやったゲームの世界だと気付く。ヤマトが一番好きなキャラであるカイユー王子は、ゲーム内では非業の死を遂げる。 「そうだ!カイユーを助けて死んだら、忘れられない恩人として永遠になれるんじゃないか?」 前世の死に際のせいで人間不信と恋愛不信を拗らせていたヤマトは、推しの心の中で永遠になるために身代わりになろうと決意した。しかし、カイユー王子はゲームの時の印象と違っていて…… 演技チャラ男攻め×美人人間不信受け ※最終的にはハッピーエンドです ※何かしら地雷のある方にはお勧めしません ※ムーンライトノベルズにも投稿しています

処理中です...