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3章 宝珠を運ぶ村人たちを護衛せよ
10 苦渋の選択
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◆◆◆◆◆
「どういうつもりなのっ!?」
薄汚れた男たちに祠の入り口を塞がれ、テレザの目の前へ現れた人物に驚きを隠せないようだ。
ヨナターンが中に入って来た時、最初は縋るような目をしていたが、テレザはすぐに様子が違うと気付いた。
「テレザ……乱暴なことはしたくない。大人しく宝珠をこちらに渡してくれないか?」
「あなた……まさか私たちを騙してたの?」
巫女の口から出た言葉がぐさりとヨナターンの胸を刺す。
(本当は俺だってこんなことはしたくないんだっ)
「お願いだ。宝珠を渡してくれないか?」
もう一度ヨナターンはテレザに懇願する。
「嫌よ……命に代えても宝珠は渡さない!」
深緑の目が不思議な光を帯びて見えた。
ヨナターンが罪の意識に苛まれ、勝手に見ている幻影なのだろうか……。
「お願いだっ……宝珠を渡してくれっ」
それでも負けじと必死で頼み込む。
「グズグズするんじゃねえっ! 早くしないと、他の奴らに気付かれる。女ごと攫って行くぞっ!」
「なにするの……っ!?」
男の一人が後ろからテレザを羽交い絞めにすると、叫び声を上げないように猿轡を噛ませ、一番大きな男が軽々と荷物のように肩に担いだ。
「ううううっーーー!」
テレザはくぐもった悲鳴を上げて暴れるが、男たちはニヤニヤ笑うだけでお構いなしだ。
この一連の動作からしても、男たちにとってはやり慣れたことなのだろう。
「ちょうど女に飢えてたんだ。土産に持って帰ったらみんな喜ぶぜ」
「おいっ、話が違うじゃないか、テレザは傷付けないと約束しただろうっ!」
ヨナターンは、いきなり予定とは違うことをし始めた男たちに食ってかかる。
「うっせえな、他の奴らにバラされたら困るからな、お前も来いっ!」
(こんなつもりじゃなかった……)
あの時、再会さえしていなかったら……。
◇◇◇◇◇
遺跡の下見に他の村人たちと来ていたヨナターンは、巨石群の近くに差しかかった時、盗賊たちの襲撃を受けた。
一人は殺され、ヨナターンも必死に逃げまどっていたが、一人の盗賊に捕まってしまった。
顔を見た時、ヨナターンは驚愕した。
その男は……戦死したはずの父親——シャーウールだったからだ。
動揺にすぐに自分の息子だと気づいた盗賊は、殺すことはせずにある話を持ちかけてきた。
「命は助けてやるから、俺の所に宝珠を持って来い」
投げかけられた言葉に、ヨナターンは衝撃を受けた。
この男は自分の知っている父親とは違う。
「それは……できない……」
今まで自分は村人たちに助けてもらって育ってきた。そんな村の人たちを裏切るわけにはいかない。
「じゃあ、仕方ない。宝珠を運ぶ奴らを全員殺して奪うしかない」
(なんだと!?)
すぐ脳裏に幼馴染の顔が浮かんだ。
村長の息子であるダヴィドは、今年から父親に代わって宝珠を遺跡まで運ぶ役割を果たすことになっていた。
ヨナターンにとって、ダヴィドはなにものにも代えがたい存在だった。
親を亡くした自分を、ずっと励まし支えて来てくれた。
ダヴィドがいてくれたから、今の自分があるといっても過言ではない。
もしかしたら友情以上の感情があるかもしれない。
(このままではなんの罪もないダヴィドと村人たちが殺されてしまう……)
それは苦渋の選択だった。
盗賊相手に自分一人では太刀打ちできない。
大好きだったはずの実の父親の変貌に衝撃を受けたが、それが霞んでしまうほど、ダヴィドの命の方が今のヨナターンには大切だった。
村に帰っても、襲って来た盗賊団の中に父親がいたことを誰にも話さなかった。
今年は盗賊たちに狙われているので、護衛を雇おうということになったが、ヨナターンは断固として反対した。
護衛を付けたら、ことがややこしくなってしまう。護衛と盗賊が争うことになって、ダヴィドが巻き込まれでもしたら大変だ。
村人たちだけで行って、無抵抗のまま宝珠を渡した方が誰も傷付かなくて済む。
しかし、ヨナターンの意見は聞いてもらえず、リーパ護衛団に護衛を依頼することになった。
ヨナターンも盗賊から襲撃された当事者で状況を詳しく知っていると主張して、今回の遺跡行きのメンバーに加えてもらった。
松葉色の揃いのサーコートを着た護衛たちが村に到着し、いよいよ出発となった。
一日目。
湿原で野営の準備をしている時に、猟師に変装した盗賊団の男が、ヨナターンに接触してきた。
ヨナターンは誰も傷付かなくて済むようにと、あれからずっと考えてきたことを男に話した。
村人たちとの下見で確認していた石塔の祠がある。そこで祈りを捧げるテレザが一人になるところを狙って、宝珠を奪うという計画だ。
このまま行けば、三日後には祠に到着すると告げて男と別れた。
順調に計画は進んでいると思っていた。
(レネに密会を覗かれていたと知るまでは……)
最初は護衛らしからぬ青年が一人混ざっていると思っていた。
だがレネに自分が密会していたことを、ダヴィドの前で話された時は頭が真っ白になった。
なんとかその場をごまかしたが、レネは自分のことを疑っている。
ダヴィドもなんだか煮え切れない顔をして自分を見ていた。
これ以上レネにコソコソ嗅ぎ回られたら、計画が崩れてしまう。
ヨナターンは焦っていた。
どうにかして、レネの信用を落としてダヴィドから遠ざけたかった。
「どういうつもりなのっ!?」
薄汚れた男たちに祠の入り口を塞がれ、テレザの目の前へ現れた人物に驚きを隠せないようだ。
ヨナターンが中に入って来た時、最初は縋るような目をしていたが、テレザはすぐに様子が違うと気付いた。
「テレザ……乱暴なことはしたくない。大人しく宝珠をこちらに渡してくれないか?」
「あなた……まさか私たちを騙してたの?」
巫女の口から出た言葉がぐさりとヨナターンの胸を刺す。
(本当は俺だってこんなことはしたくないんだっ)
「お願いだ。宝珠を渡してくれないか?」
もう一度ヨナターンはテレザに懇願する。
「嫌よ……命に代えても宝珠は渡さない!」
深緑の目が不思議な光を帯びて見えた。
ヨナターンが罪の意識に苛まれ、勝手に見ている幻影なのだろうか……。
「お願いだっ……宝珠を渡してくれっ」
それでも負けじと必死で頼み込む。
「グズグズするんじゃねえっ! 早くしないと、他の奴らに気付かれる。女ごと攫って行くぞっ!」
「なにするの……っ!?」
男の一人が後ろからテレザを羽交い絞めにすると、叫び声を上げないように猿轡を噛ませ、一番大きな男が軽々と荷物のように肩に担いだ。
「ううううっーーー!」
テレザはくぐもった悲鳴を上げて暴れるが、男たちはニヤニヤ笑うだけでお構いなしだ。
この一連の動作からしても、男たちにとってはやり慣れたことなのだろう。
「ちょうど女に飢えてたんだ。土産に持って帰ったらみんな喜ぶぜ」
「おいっ、話が違うじゃないか、テレザは傷付けないと約束しただろうっ!」
ヨナターンは、いきなり予定とは違うことをし始めた男たちに食ってかかる。
「うっせえな、他の奴らにバラされたら困るからな、お前も来いっ!」
(こんなつもりじゃなかった……)
あの時、再会さえしていなかったら……。
◇◇◇◇◇
遺跡の下見に他の村人たちと来ていたヨナターンは、巨石群の近くに差しかかった時、盗賊たちの襲撃を受けた。
一人は殺され、ヨナターンも必死に逃げまどっていたが、一人の盗賊に捕まってしまった。
顔を見た時、ヨナターンは驚愕した。
その男は……戦死したはずの父親——シャーウールだったからだ。
動揺にすぐに自分の息子だと気づいた盗賊は、殺すことはせずにある話を持ちかけてきた。
「命は助けてやるから、俺の所に宝珠を持って来い」
投げかけられた言葉に、ヨナターンは衝撃を受けた。
この男は自分の知っている父親とは違う。
「それは……できない……」
今まで自分は村人たちに助けてもらって育ってきた。そんな村の人たちを裏切るわけにはいかない。
「じゃあ、仕方ない。宝珠を運ぶ奴らを全員殺して奪うしかない」
(なんだと!?)
すぐ脳裏に幼馴染の顔が浮かんだ。
村長の息子であるダヴィドは、今年から父親に代わって宝珠を遺跡まで運ぶ役割を果たすことになっていた。
ヨナターンにとって、ダヴィドはなにものにも代えがたい存在だった。
親を亡くした自分を、ずっと励まし支えて来てくれた。
ダヴィドがいてくれたから、今の自分があるといっても過言ではない。
もしかしたら友情以上の感情があるかもしれない。
(このままではなんの罪もないダヴィドと村人たちが殺されてしまう……)
それは苦渋の選択だった。
盗賊相手に自分一人では太刀打ちできない。
大好きだったはずの実の父親の変貌に衝撃を受けたが、それが霞んでしまうほど、ダヴィドの命の方が今のヨナターンには大切だった。
村に帰っても、襲って来た盗賊団の中に父親がいたことを誰にも話さなかった。
今年は盗賊たちに狙われているので、護衛を雇おうということになったが、ヨナターンは断固として反対した。
護衛を付けたら、ことがややこしくなってしまう。護衛と盗賊が争うことになって、ダヴィドが巻き込まれでもしたら大変だ。
村人たちだけで行って、無抵抗のまま宝珠を渡した方が誰も傷付かなくて済む。
しかし、ヨナターンの意見は聞いてもらえず、リーパ護衛団に護衛を依頼することになった。
ヨナターンも盗賊から襲撃された当事者で状況を詳しく知っていると主張して、今回の遺跡行きのメンバーに加えてもらった。
松葉色の揃いのサーコートを着た護衛たちが村に到着し、いよいよ出発となった。
一日目。
湿原で野営の準備をしている時に、猟師に変装した盗賊団の男が、ヨナターンに接触してきた。
ヨナターンは誰も傷付かなくて済むようにと、あれからずっと考えてきたことを男に話した。
村人たちとの下見で確認していた石塔の祠がある。そこで祈りを捧げるテレザが一人になるところを狙って、宝珠を奪うという計画だ。
このまま行けば、三日後には祠に到着すると告げて男と別れた。
順調に計画は進んでいると思っていた。
(レネに密会を覗かれていたと知るまでは……)
最初は護衛らしからぬ青年が一人混ざっていると思っていた。
だがレネに自分が密会していたことを、ダヴィドの前で話された時は頭が真っ白になった。
なんとかその場をごまかしたが、レネは自分のことを疑っている。
ダヴィドもなんだか煮え切れない顔をして自分を見ていた。
これ以上レネにコソコソ嗅ぎ回られたら、計画が崩れてしまう。
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