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2巻

2-2

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「これは?」
「ベルタ油だよ。ほんのりとした香りも良くて、髪の手入れにいいんだ」

 それは椿油つばきあぶらのようなものだ。香りも種の状態も椿と変わらなかったので、いけると思って作った。ただ、椿よりも香りが薄いのは不満だった。
 とはいえ、ばばさま達がたまに三人一役の遊びをするのには邪魔にならないので、これで良いのかもしれない。

「っ、おばあが一番髪の手入れしとると、知っとったんか?」
「え? キイばあさま、前に『髪は命!』って言ってたし、いつも艶々つやつやしてたから」
「ええ子や!」

 期せずして感動された。

「それで、こっちがセイばあさまに」
「薬かや?」

 セイに手渡したのは、袋に入った粉。ミントのようなさわやかな匂いがする。

「歯磨き粉。フッ素加工もできる優れものだよ。だから飲まないでね」
「……石けんみたいなもんか?」
「そう。歯専用のね。何か入れ物に水で溶いて、トロトロにしてからの方が使いやすいかも。歯ブラシに付けてみがいて、最後はしっかりすすいで洗い流してね」

 年を取ってくると、歯周病ししゅうびょうなどにもなりやすい。健康な歯を死ぬまで使ってほしいと願って、コウヤはずっと考えていたのだ。

「健康で長生きするには、健康な歯が大切なんだよ」
「ほおほお、確かになぁ。食べれんくなっては健康どころではないわい」
「それに、セイばあさまの歯はとってもキレイだからね」
「よお見とるわ、この子はっ」

 嬉しそうに笑っていた。コウヤは、セイが『歯が命!』と言っていたのも覚えている。

「おばあにはないんか?」

 ベニが期待に満ちた笑みを向ける。

「もちろんありますよ。ベニばあさまには保湿ほしつクリームです。洗い物の後とか気にしてたでしょう?」

 大きめの丸いびんを差し出した。

「これ、顔とかにも使えるんだよ。寝る時とかお風呂の後とかに塗ると、肌がすべすべになるんだ。ベニばあさまはお肌白いからね」
「おばあの自慢をよお知っとるなぁ」

 ベニの『お肌命!』も聞いていた。
 三つ子でよく似ていたとしても、嗜好しこうは違う。こだわりも、性格も違うのだとコウヤは知っていた。三つ子だからとまとめて見られることの多いベニ達は、こうして一人の人間として見られることがとても嬉しいのだ。

「「「ほんに坊は良い子よなあ」」」

 三人で笑い合い、久し振りの再会はにぎやかなものになった。


 食事が終わり、コウヤからばばさま達に預けるという二人の冒険者達の話になった。

「コウヤ坊、どこにその二人はいるんだい?」
「坊の亜空間には入れられんだろう?」
「荷物も小さいしなぁ」

 そこで、三人の視線が、コウヤの腰についた白い箱に集まる。その上には、毛玉が一つ置かれていた。

「……コウヤ坊、それはなんだね?」
「宝の箱かえ?」
「えらい柔らかそうな毛玉の飾りが付いて、シャレとるなぁ」

 その箱と毛玉は、言わずと知れたパックンとダンゴだ。人見知りではないはずだが、警戒しているのだろうか。箱のふり、毛玉のふりを続けていた。

「えっと……俺の従魔で、ミミックのパックンと精霊のダンゴなんだけど……どうしたの?」

 振り返って、パックンとその上のダンゴをいぶかしげに見る。いつもならば、コウヤの知り合いというだけで調子良く挨拶あいさつするはずのパックンも静かだ。ダンゴはまた寝てしまったのではないかというほど丸まっている。寝たら浮くので、寝ていないことは確かだ。

《ひとなの? (ーー;) 》
「え?」

 表示されたその文字に、コウヤは首を傾げる。すると、ダンゴがゆっくりと体を伸ばし、後ろ足で立ち上がって尋ねる。ダンゴの言葉はコウヤ以外には鳴き声にしか聞こえない。

《あるじさまと、にてましゅ……カミにちかい……でしゅ》
「神に近い? どういうこと?」

 人と断言できず、神のようでもあるという。それは、コウヤのように半神はんしんであるということだろうかと不思議に思っていれば、ベニ達がコロコロ笑ってあっさりと答えた。

「よお分かっとるなぁ。そうさなぁ、ばば達は昔、神薬しんやくを飲んだんよ」
「そのお陰でここまで生きたわ」
「まだまだ死なんでなあ」
「神薬……もしかして、アムラナ……?」

 これに頷くベニ達。
 アムラナとは、かつてコウヤがエリスリリアと共に作った霊薬れいやくだ。神であるコウヤ達を補佐し、地上で生きる人々との橋渡しとなる存在のために作った。寿命を延ばし、老化を緩やかにする薬だ。
 それぞれの神――ゼストラークをはじめとする四神――の巫女みこに授けようと、ぴったり四つ作ったのだが、一滴病人にらせばどんな病でも治ってしまう万能薬ばんのうやくでもあったため、それを知った教会の者達が、治療用に使うべく分けてしまったらしい。
 しかしそれも、人々の思惑によってどこかへ隠されてしまった。
 そうして、長い年月が過ぎ、邪神としてコウヤが討たれた後、分けて隠されていたアムラナを探し出すことを命じられたのが、昔のベニ達だったという。
 人が劇的に減ったこともあり、もはや伝説となっていた万能薬が必要だと考えられたのだ。

ていの良い厄介払やっかいばらいさね」
「三人それぞれが世界中を回ってなぁ」
「まぁ、教会の中であの辛気臭しんきくさいバカ共の顔を見なんでええのは良かったわ」

 少しずつ、確実に集め続けたベニ達。旅は三人別々。まだ若かったベニ達にとっても過酷かこくなものであった。因みに、この旅によって確実にレベルを上げていたのは、言うまでもない。

「期限を決めとったからなあ、三人で集まったのは五年後だったか」
「あの時には日にちの感覚が曖昧あいまいでなぁ。わたしが十日くらい待ったわ」
「そんな遅刻したか? けど、時間かけた分、わたしの集めた量のが多かったわな」

 鑑定かんていのスキルは高い方だったので、集めたものに間違いはない。

「けどなぁ。持ち帰ったらめるの目に見えとるでな」
「それやったら処分しよういう話になってなぁ」
「どうせなら飲んだれってことでな」

 そんな話をいい思い出だと笑えるベニ達は、間違いなく大物だ。

「……そこで躊躇ためらいもなく飲んじゃえるのがばばさま達だって思うよ」

 三等分したが、その量は少なくなかったらしい。そうして、ベニ達は長い寿命を手に入れたのだ。


 アムラナの話が終わり、話が元に戻った。パックンが、捕まえていた二人をポンと床へ放り出す。迷宮での冒険者救出の折、混乱の最中で逃げ出そうとしていたベルティとコダだ。
 二人が所属する『イストラの剣』というパーティは、今ではユースールのトップ冒険者となったグラムが、十年以上前に、幼馴染おさななじみ達と共に作り上げたものだ。出身となった村の名前を使っている。
 グラムが半ば追い出されるようにして抜けた後、生き残ってパーティを続けていたのが三人。
 リーダーのケルトと、気の強いベルティという女。それと、大柄で少々無鉄砲そうなコダという男だ。

「これはまあ」
「坊には珍しい」
「こんがり焼けとるなぁ」

 意識のない二人の男女を見て、ベニ達はそんな感想を口にした。
 ベルティの方は右腕がなく、その先は火で焼いて止血されている。コダの方は右足が毒液によってただれていた。この状態のままなのはどうしてなのか、とベニ達は考える。コウヤは優しいだけではないと、育ての親である三人は理解していた。

「この人達にはパーティメンバーがもう一人いるんだけど、作戦中に二人だけで逃走したんだ」

 コウヤは二人の傷の説明をする。応急処置だけはしたと改めて告げた。ベルティは傷口を焼き、コダには冷却と毒抜きをしてある。

「逃げただけではないのだろうな」
「坊が完全な治療をしない理由があるのだろうな」
「いつもはこんな乱暴に傷をふさがんものなぁ」

 ベニ達が二人を取り囲んで三人で話し合う。

「俺も、逃げたくらいで怒ったりしないからね。この二人、恐喝きょうかつとか詐欺さぎとか日常的にやってたみたいなんだ。あの短剣や腕輪とかの小物が証拠だね」

 女の方が腰につけている短剣や、ネックレス。男の方の腕輪や靴。それらは、一見すると大したものではないが、実際は魔術が付与された魔導具まどうぐだったりする。彼らの財力や実力では手に入れられない、値の張る物だった。
 時折、迷宮から出たりもするものの、これほどの物が出るような迷宮を攻略こうりゃくするのは彼らには無理だろう。他のパーティにして、ということも考えられるが、これらを報酬として受け取れるほど貢献こうけんできるとも思えない。

「ほうほう、いいのを付けておるな」
「あの短剣は闇魔法が使われておるぞ。こやつ、裏の生業なりわいの者か?」
「こっちの靴は身体能力を上げるものだな。これを使いこなせれば、このような傷をこさえず済んだだろうに」

 魔導具は高額なだけでなく使い手も選ぶ。魔力操作のスキルが高くなければ使えない物が多い。どうやら、彼らは充分に使いこなせなかったらしい。

「それがねぇ、この二人、盗賊団とうぞくだんで仕事してたみたいなんだ。その辺、きっちり調べてからになるけど。こっちの女の人が、取り入るの上手かったみたいで」

 これが、コウヤが世界管理者権限のスキルで得た情報だった。リーダーのケルトに黙って二重生活をしていたらしい。
 ベルティはまだグラムがリーダーをしていた頃から盗賊団の一員になっており、グラムと別れ、仲間が二人欠けた後にコダを勧誘し、報酬を分け合っていたようだ。
 ケルトは真面目まじめなところがあるため、声をかけなかったらしい。

「ギルドの盗賊討伐の情報とかを盗賊の方に流してたみたいだし、他の冒険者のパーティとかに、盗賊が襲いやすいルートを勧めて罠にはめたりしてたっぽいんだ」

 実際、彼女達の流した情報のせいで、多くの冒険者達が犠牲ぎせいになっていた。報酬として受け取っていた魔導具も、襲わせた冒険者の持ち物だったりする。
 もちろん、これはコウヤだけが持つスキルによって知れたこと。裏は取れていないし、鑑定スキルと違って、世間的に信憑性しんぴょうせいのあるスキルではない。こんな個人の行動が知れるようなスキルは、存在しないと思われているのだ。
 育ての親とはいえ、前世のことを話したことはないので、ばばさまたちの手前、他人から聞いた話によると、という程度に抑えている。

「裏を取るまで預かればいいんやね」
「しっかりと己の行いを悔い改めさせななぁ」
「全部白状させたるで、ばば達に任せな」

 そう言って、ベニはベルティを唐突にヒョイッと肩に俵担たわらかつぎをし、同時にキイとセイが二人で男を担ぎ上げる。そのまま部屋を出て行った。

《こわっ (゚Д゚) 》
《チカラもち……でしゅ?》
「ばばさま達、元気で良かった」
《げんきどころじゃないよ!?》
《かるそうでしゅ……》

 普通、自身の体重よりも重い物を軽々と持ち運ぶなんて無理だ。けれど、昔からベニ達は、切り倒した木を担いで持って帰ってきたり、自身の体の何倍もある魔獣を仕留めて持って帰ってきたりするなんて普通だった。
 コウヤとしては当然過ぎて『ばばさま達は相変わらず』ぐらいの感覚しかないのだ。ベニ達ならば、彼らが暴れたり逃走しようとしたりしても、問題なく取り押さえてくれる。そう安心して任せ、コウヤは教会をあとにしたのだ。


     ◆ ◆ ◆


 コウヤが帰路にき、月の光が美しく地上を照らす頃。
 ユースールから数日かかる町に向かい、街道を走る馬車と騎馬きばの姿があった。

「くそっ、なんなんだあのババア共っ」
「あんな、あんなことは認められないっ」

 馬車に乗っているのはユースールの町の司教と司祭しさいだ。彼らはベニ達による制裁せいさいから逃げ出した者達だった。

「だいたい、治癒魔法を使える者は教会に入るのが当たり前だろうっ。保護しようとして何が悪いっ」
「本当ですよ。それも、下手をしたら、治癒魔法の適性レベルが聖女様よりも高いかもしれぬなど……っ」

 彼らが狙っていたのは、コウヤだ。障害となっていたがめつい冒険者ギルドマスターも、査察が入ったことでいなくなった。これで直接話もできるというところで起きたのが、今回の事態だ。しくも、あのギルドマスターはコウヤを教会から守っていたのだ。

滅多めったなことを言うなっ。せめて同等と報告せねば。我らが神子みこを見出したとなれば、本国での地位も約束されたようなものだ」

 治癒魔法の力が特に強い者は、女であれば聖女、男であれば神子と呼ばれる。そうして本国である神教国の教会で、大切に育てられるのだ。
 それは、その命が尽きるまで、教会の管理下に置かれることを意味する。もし自由にすれば、どこで不逞ふていやからに捕まるか分からない。それほどまでに彼らの存在価値は高い。
 教会に身を置くのも体の良い監禁と変わらないが、逃げ出す者はまずいない。貴族の出であろうとなかろうと、不満のない待遇を約束されるのだ。一平民がこれを知れば、元の生活には戻れない。
 コウヤもそうして囲い込むつもりだった。手に入れることはできなかったが、せめて報告を上げれば、功績は認められる。だから、今は安全な所に。そして急ぎ本国へと向かっているのだ。

「何がなんでも本国に連絡をし、このことを伝え……っ」
「なっ!?」

 不意ふいに言葉を失くした司教。その首筋には、外から差し込まれた一本の剣が添えられていた。
 すると、馬車が急停車する。

「だ、誰だ……」

 司教の向かいに座っていた司祭が、慎重に問いかけた。それを受けて剣が一旦引き抜かれ、大きく息を吸う間にドアが乱暴に開けられる。

「おじさん、もしかしてオレに聞いたの?」
「っ……!」

 ドアの向こうから姿を現したのは、盗賊か暗殺者のような格好をした幼い少年だった。その少年の髪は月の光で金に輝いており、瞳は妖しい赤い光を宿していた。

「神官のおじさん達になら分かるんじゃない? オレの瞳を見れば……何をしに来たか分かるよね?」

 司教達は息を呑んだ。

「ひっ」
「あ、あの……『神官殺し』だとっ!?」

『神官殺し』、『赤目』、時には『金の悪魔』と呼ばれる七歳前後の幼い少年。見た目にだまされてはいけない。恐らく、既に数百年は生きているはずだと言われていた。ずっと昔から、神官を殺すその悪魔は確認されていたのだ。
 外にいた騎馬の者達が近づいてこないところを見ると、既にやられていると考えた方が良いだろう。

「良かった、知ってたね。さて、ここでお知らせで~すっ。御者ぎょしゃさんと馬は逃がしてあげました~。逃げ道はありませ~ん」
「たっ、助けっ」
「っ……」

 恐怖で声が出なくなっている。しかし、最後の意地と意趣返いしゅがえしをという意思によって、司教は声を絞り出した。

「わ、私より始末すべきなのがユースールにいるっ。三人のババアだが、お前と戦えるだけの力もあるだろうからなっ」
「へぇ……」

 司教達は内心ニヤリと笑う。これでベニ達を始末できると思ったのだ。しかし、それは自分達の後で、というところがすっかり抜け落ちていた。

「そっか、情報ありがと。そんじゃ、良い旅路たびじを~」
「グガッ」
「ひっ、あぁぁぁっ」

 司教と司祭をあっさり仕留めた少年は、ひょいっと馬車から降りて、明るい月を清々すがすがしいほどの笑顔で見つめた。
 周りには神官達の遺体が数体転がっている。その中で笑う様子は、壊れているとしか言いようがない光景だ。そこに、同じ髪色と瞳を持つ、年齢も様々な男女が十数人集まってくる。彼らに表情はなく、少年を囲むようにして次の言葉を待っていた。

「くくくっ、ユースールかぁ……行ったことないなあ……辺境だし、盗賊とかいそうだよねっ。楽しみだな~」

 焦る旅路でもないし、のんびりと盗賊退治でもしながらユースールの町へ向かおうと、足を踏み出す。集まってきていた男女はそれに静かに付き従う。その様はいびつではあるが、少年をかしらとしているのがよく分かった。

「そういえば、あの時の聖女が向かったのがユースールだっけ」

 十数年前に神教国から逃げ出した聖女。彼女の故郷がユースールだった。その後生き延びたかどうかまでは気にしていない。ただ、神教国が大事にしていた聖女を、逃がしたという事実だけが、彼には重要だったのだから。ただ、あの美しい紫の瞳をもう一度見たいなと思った。

「う~ん。まずは観光かな?」

 そう呟きながらも、血の臭いに誘われて近づいてくる魔獣達の気配を感じ取り、愉快げにニヤリと笑う。もしもう一度あの瞳に出会えたらいいのに、と少しだけ月に願い、ユースールの町へ向かって歩き出したのだった。



 特筆事項② 収集癖には注意が必要です。


 その日のギルドは、奇妙な職員が入ったと話題になった。

《つぎのひと~♪》

 ギルドには買い取りカウンターがある。一般的な受付とは別に場所が用意されていて、依頼品以外の鑑定や買い取りをする場所だ。
 未だドラム組効果が健在のため、冒険者達の仕事の回転率が早い。ドラム組効果――それは、大工の一団が作業音を音楽に仕立て上げ、建物を築く間、周囲一帯が祭り状態になるという、ユースール独特の事象だ。彼らが打ち鳴らす音に活気付いた冒険者達は、小さな依頼をとにかく素早くこなすようになる。
 そして彼らは、半日ほどで薬草採取や討伐などから戻ってくるのだ。近場の素材ばかりになるし、金額は小さいが、とにかく回数が多い。
 コウヤも朝は受付にいたが、昼近くになる時分には、この買い取りカウンター業務へ応援に入っていた。しかし、それでも回らないのがドラム組効果。そこで活躍するのがパックンだった。

《1が2つ、3が3つ、5が1つ》
「はい。合わせてこちらの金額になります。確認ください」
「お、おうっ。ありがとよ……」
《つぎどうぞ~ (^O^)》

 パックンは鑑定が速い。そこで、パックンが買い取り品を一度収納する。そうすると一瞬で品質と個数が分かるのだ。
 それを蓋の部分に表示し、職員が用紙に記入。鑑定だけならば、金額計算の間に、パックンが用意されたトレーに品質ごとに並べて戻す。買い取りならば収納したまま、業務が落ち着くまで預かる。増員のために経理担当の職員を呼び、お金の計算だけ頼んだため、これでかなりの時間短縮となった。
 このカウンターには最高で五つの窓口があるが、コウヤと、パックン&経理担当ペアの窓口だけ倍速だ。
 ギルド職員達は、どの部署の人間であっても知っている。『コウヤにだけは敵わない』と。
 それでも、負けてなるものかと己をふるい立たせ、業務の効率を上げていくのがこのギルドでの常識だった。
 そもそも、なぜこの日、パックンが張り切ってギルドの仕事を手伝っていたかといえば、ダンゴの影響だ。
 早朝、ダンゴはコウヤから受け取ったキメラの魔核まかくを持って『咆哮ほうこうの迷宮』に戻ることになった。戻るといってもその日限りのことで、夕方には迎えに行くと約束はしている。
『咆哮の迷宮』の異常は、最下層のボスであったキメラの記憶を、何者かが故意に抜き取ったというのが原因の一つだった。
 その抜き取られたキメラの記憶は、野生のキメラの魔核に植え付けられ、本来の力以上のものを引き出していた。そのために冒険者達の多くに被害を出し、最終的にコウヤがキレて討ち取った。
 その魔核に移された記憶部分は、再び迷宮の魔核に移せそうだということになり、ダンゴがその任を受け負ったのだ。
 そうして、ダンゴが頑張っているということで、パックンも自分にできることを示したかったらしい。

《つぎどうぞ~ (^O^)》
「お次の方どうぞ~」

 そして、この日新たに常識が作られる。

『パックンさん頼りになる!』

 さすがはコウヤの従魔だと、誰もが納得をしてその光景を見守っていた。


 昼を過ぎる頃。
 パックンを窓口に残し、コウヤは一人ギルドを出る。ドラム組の棟梁とうりょうに呼ばれていたのだ。工事現場となっているギルドの隣へやってきた。

「お疲れ様です、棟梁」
「ん……こっちだ……」
「はい!」

 棟梁は、ドラムを叩けば爆発させるような激しい音も出すのだが、本来は物静かな人だ。必要なことしか極力しゃべらない。現場で開始をしらせる時には、歌舞伎かぶき役者ばりの声を出すので、声が出ないわけではないと誰もが分かっている。実は恥ずかしがり屋な職人さんだ。
 案内されたのは、区画の一番手前の、ギルドと同じく大通りに面する場所に建てられた建物。予定工期を一日半残し、こちらは家具なども入れて完全に完成していた。

「薬屋、完成したんですねっ」

 店に入ると、まずは広いスペースがあった。商品棚は左右の壁際と中央に一列だけ。高さと奥行きもしっかり取られている。武具を着けたままの冒険者達が入りやすいよう、通路は必要以上に広く取ってあった。
 入り口から五メートルほど先で突き当たるのはカウンター。その後ろには製薬室があり、外部の者が入りにくいようになっていた。
 製薬室とは反対側。カウンター横を通って奥にある扉の先には、治療室がある。冒険者ギルドに救護所きゅうごしょはあるが、受け入れられるのは六人ほどが限界だ。ここと合わせれば安心できるだろう。
 ベッドの配置も終わっており、コウヤがお願いした仕様で、カーテンで個別に仕切れるようになっていた。全部で今は十床。余裕があるので、もうあと倍は入れられるだろう。明るさも程良く、天井から光を入れられるように高い位置に窓があり、気持ちの良い空間になっていた。

「……どうだ……」
「はい! ばっちりです! きっとゲンさんも気に入ってくれます!」
「ん……」

 棟梁は昔からゲンにお礼がしたかったそうで、今回とても張り切っていた。なんでも、一宿一飯いっしゅくいっぱんの恩義があるらしい。

「あとはりょうですね。出来上がったら、新しくギルドマスターになった方と見させてもらいます」

 そう言うと、棟梁が真っ直ぐにコウヤへ顔を向けた。これは何か言いたいことがあるようだ。

「……新しいマスター……」
「あ、はい。まだ冒険者の方にも挨拶していませんからね。本人は積極的に町を視察しさつして回っているみたいなんですけど。正式な発表はここの寮が出来て、ギルドの体制が整ってからになります」
「……」

 その瞳には、心配するような感情が見て取れた。前任のマスターとは、棟梁も色々あったらしい。また問題のある人だったらと心配なのだろう。恐らく、町の人達も皆同じ反応をするはずだ。


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