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2巻
2-1
しおりを挟む特筆事項① 教会を乗っ取っていました。
大陸の北を統べる国、トルヴァラン。その最北の地にあるのが、辺境の町ユースールだ。
大型の凶暴な魔獣や、魔物が多く棲息する未開拓の地を抱えるこの町には、居場所を失った多くの者が流れ着く。食い詰めた者や、挫折し絶望した者。仲間に裏切られた者や、貴族に目を付けられて逃げて来た者など様々だ。
しかし、腐ったままの人はほとんどいない。多くの者が、この町を最後の砦として再起し、新たな人生を始める。大抵、そのきっかけを作るのは、冒険者ギルドに勤める一人の十二歳の少年。
名をコウヤという。彼は冒険者ギルドに入る前の幼い頃から、屈託のない笑顔で道の端で座り込んでしまう者達に寄り添い、立ち直らせていった。こうして笑顔が溢れる町になったが、一つ問題を抱えていた。
流れてきた多くの者が、日銭を稼ぐための場所である、冒険者ギルドの上層部が腐っていたのだ。
コウヤが入ることで改善されてきたが、本質が変わることはなかった。だが、冒険者達の訴えが本部に届き、現在、査察が入っていた。ギルドマスターを含めた上層部は既に捕らえられている。
新しくギルドマスターとして就任するのは、この世界の全ての冒険者ギルドをまとめる統括だった人だ。名をタリス・ヴィットという。コウヤと共に迷宮の氾濫を食い止め、彼の秘密を知っても変わらない態度で接してくれたことからも、頼りになる上司としてこれから上手くギルドを差配してくれるだろう。
ユースールの町は、また少し良い方へと変わり出していた。
そんな変化を肌で感じるようになったその日。コウヤは、冒険者ギルドの二階にあるマスターの執務室に呼ばれていた。そこには、コウヤのよく知る来客の姿があった。タリスを今一度見てから、コウヤはその人に向き合う。
目の前で笑うのは、育ての親である、三人いる老婆の内の一人だ。会うのは半年ぶりくらいだろう。
「元気にしとったかい?」
「うん。ベニばあさまも元気そうだね」
「まだまだ元気さね。大掃除するのも容易いわ」
コウヤには秘密がある。タリスにも知られているそれは、かつてこの世界の神であったということだ。
二つ前の生で、人々の裏切りにより邪神となって討たれたコウヤは、その後、地球に人として生を受けた。そこで授かった肉体は弱かったが、魂の修復はなんとかできた。とはいえ、それは完全ではなく、今世でこの世界に帰って来たはいいが、神に戻ることはできなかった。
辛うじて人として生まれるしかなかったのだ。そのためには当然、人間の親が必要だった。
「それにしても……母によお似てきたねえ」
「そう?」
コウヤの今世での母は、この大陸中の教会をまとめる国――神教国で、聖女と呼ばれる立場の人だった。いつも笑顔を絶やさず、人々のために奔走することを厭わない人。そして、何よりも美しかった。コウヤと同じ、紫銀の長い髪と瞳を持っていたのだ。
そんな彼女は、後ろ暗いところのある教会のいざこざに巻き込まれたらしい。命を狙われるようになったことで、一人で国を飛び出し、身を隠していたという。その途中、知り合った男と恋仲になり、コウヤを宿したのだ。
しかし、逃亡生活の折に、男とも別れなくてはならなくなった。そうして、彼女が庇護を求めたのが、森の中で小さな家に隠居していた、かつての指導役の老婆達だった。
「美人になったねえ」
「俺、男だからね?」
コウヤは母が亡くなってから、次第に前世の記憶などを思い出していく中、老婆達を本当の祖母のように慕っていた。このユースールの町に住むようになってからも、彼女達が住む森の中の小さな家に、町で手に入れた食料などを時々持って行ったりしていた。
「それで、ベニばあさま一人? 掃除って?」
かつては教会でも力を持っており、聖女の育ての親と言われていた老婆。しかし、老害だと言って切り捨てられたのだと聞いていた。それから、人の醜さが嫌になり、町から離れた森の中で細々と隠居生活をしていたとも。
食料も衣服も全て自給自足。町への買い出しさえ嫌がる始末だった。だからこそ、どうして町に出てきたのかと心配になった。彼女は大掃除をしに来たらしいのだ。わざわざどんな掃除をしにきたのか、少しの不安も感じている。
「コウヤ坊の噂を聞いてなぁ」
「俺の?」
「治癒魔法を使って、教会に目を付けられたと」
「あ~、うん。だから俺、教会に近づかないようにしてるよ」
コウヤだって、亡くなった母の話を聞いて、教会に万が一にも捕まることがないように気を付けていた。どうやらここの教会へは、コウヤが治癒魔法を使い出した早い段階で、領主であるレンスフィートが牽制していたらしく、現在は手をこまねいている状態だ。
コウヤはこの町で色んな人に守られている。それも知った上で、ベニと呼ばれた老婆は、頷きながら笑顔を向けた。
「それでもどうなるか分からんからなぁ。可愛い孫のために、わたしらができることをしようと思ってなぁ」
「ベニばあさま……」
コウヤのことを可愛い孫と言う。その言葉は本心からのもの。だからこそ、コウヤも早く独り立ちをしようと決めたのだ。甘えていては負担になると思った。
けれど、祖父母というのは、孫を可愛がるのが生きがいのようなものだ。無理だろうとなんだろうと、なんでもしてあげたい。それを苦だなどとは思わない。
「心配いらんよ。もう充分、のんびりさせてもらったでなぁ」
「でも、隠居生活でしょ?」
「それなぁ、やっぱり退屈でなぁ。まだまだ死にそうにないし、この町は面白そうだと思ってなぁ」
コロコロと笑うベニに、コウヤは首を傾げる。あんなに人と会うのが面倒だと嫌がっていたのに、どうしたのだろうかと不思議に思う。その答えは次の言葉にあった。
「それに、気付いたんよ。嫌な奴らは放っておいても変わらん。なら、取っ捕まえて教育し直せばいい、ってなぁ。ほれ、コウヤ坊が時々連れて来た子ぉ達のようになぁ」
コウヤは、どう見ても子どもだ。どれほど相談に乗りたいと思っても、取り合わない者は多い。だから時折、間違いを起こしそうな、しかし全く聞く耳を持たない者を見つけると、ベニ達の小屋へ連れて行った。
年長者にならば人生相談もしやすい。更には、このばばさま達は強かった。レベルが250近いのだ。冒険者ならば文句なしでSランクまで行ける実力の持ち主だった。そんな強者にならば、大の大人の男でも、弱音が吐けるというものだろう。
「教会からもいつまでも逃げてられん。そこでなぁ。この町の教会を乗っ取っ……明け渡してもらったんよ。これでコウヤ坊も安心して教会に来られるでなぁ」
「……え?」
言い直してはいたが、乗っ取ったようだ。シスター服に似た濃い灰色のAラインのワンピースの中には、彼女愛用のメイスが隠されているに違いなかった。
『口で言って分からんなら、聞くようになるまで殴りゃあいい』
これがばばさま達の口癖だ。それを教会で実践したのだろうことは容易に想像できた。
「教会を丸ごと?」
「そう。だからなぁ、あの森の小屋は引き払って、今日こっちに引っ越してきたのよ。いつでも遊びにきてなぁ」
「あ、うん。なら、教会がばばさま達のお家になるんだね」
これをコウヤはあっさり受け入れた。
話を聞いているタリスの目がかなり泳いでいたが、気にしないことにする。
「でも、そんな勝手にやったら、神教国から何か言ってこない?」
「そこは上手くやるでな。心配せんでええよ」
自信満々な様子なのでまあ大丈夫か、とコウヤは心配するのをやめた。ばばさま達ができると言ったなら、何だってできると知っている。
「そうだ。任せたい人が二人いるんだけど」
元々彼女に任せようとしていた、二人の男女。従魔であるミミックのパックンの中に、怪我をしたままの状態で保管してあるその人達のことを思い出す。
「おうおう。どんどん、ばばを頼りな」
「うん。ちょっと弱ってるから、直接教会に届けるね」
森まで行かなくて済んだのは良かった。教会は、このギルドから歩いて、子どもの足でも五分とかからない距離にある。
「ならば先に帰ってキイとセイにも伝えねばな。今、後片付け中でなぁ」
「引っ越しの? 手伝うよ?」
老人三人で引っ越しはキツイだろう。だが、どうやらそのせいだけではなかった。
「うんにゃ、ばば達の荷物なんぞあってないようなもんだでなぁ。散らかっとるのは、バカ共……の物だ。キイとセイがもう少しすれば上手く片すわ」
一体何が散らかっているのか。聞かない方が良さそうなので尋ねることはしなかった。
「それより、夕食もまだだろう。用意して待っとるでな」
「は~い」
それきり余計なことは言わず、いそいそと部屋を出て行くベニを見送り、コウヤはタリスへ目を向けた。
「ということで、捕まえてた二人は、ばばさま達に任せます。怪我をしてますし、こっちで情報を精査する時間もいるので、丁度いいでしょう?」
「う、うん……っていうか、あの人何者? 昔、僕がまだ若い時にあった戦争で、教会の治療部隊を指揮してたのを見たけど、あの時からもうあの姿だったよ? 何なの? 元気過ぎない? それも教会乗っ取ったってどういうこと!? 何が散らかってんの!?」
タリスは、ドワーフの血が入っているため 、実年齢は見た目の倍以上だ。その彼が若い頃から、ベニ達の姿は変わっていないらしい。
それもあり、タリスはコウヤが思っていたより動揺していたようだ。そして、しっかり聞いていた。コウヤがあえて口にしなかった疑問までこぼす。しかし、そこはもう考えないのが身のためだ。コウヤは聞かなかったふりを通した。
「えっと……俺の小さい頃からも変わってないです。最初っからばばさまでした」
まるで年を取らない。老婆の姿のまま変わらないのだ。何年経っても動きも変わらず、いつだってメイス片手に狩りにも出かけていた。
誤魔化されたと気付きながらも、タリスはぐったりと項垂れる。
「あんなのが、あと二人いるんだよね……?」
「はい、ばばさま達は三つ子なので。すっごいそっくりですよ。連れてった人達に、ばばさまが一人だと思わせて、からかって遊んでました」
「うん……やりそうな感じのおばあちゃんだったね……」
「お茶目で可愛いでしょう?」
「……多分、そう言えるのコウヤちゃんだけだからね?」
タリスも巷ではお茶目で通っているのだが、自分はあんなではないと首を振る。
たった数分でベニの本性を見抜いたのはさすがだ、とコウヤは思わずにはいられなかった。
コウヤは町の薬師、ゲンのことが心配だった。彼はコウヤが迷宮で冒険者救出をしている間に、初めて『部分欠損再生薬』を完成させ、それを飲んだ。
本当はその完成した薬も確認するはずだったし、飲むところに立ち会い、予後観察も行うつもりだった。それができなかったのを気にしていたのだ。だから、教会に向かう前に領主邸に寄った。
「コウヤ坊っちゃま。昨日は大変だったとお聞きしました。ご無理はなさらないでください」
出迎えてくれたのは、執事のイルトだ。日も沈み切る頃だというのに、乱れることのない姿。いつ見てもカッコいい執事さんだ。
「昨日からお休みにもなっていないと聞いておりますよ」
どこでどうやって、そんな詳しい情報まで手に入れてくるのか不思議だ。
「いえ、でもゲンさんの様子が気になって……こんな時間にすみません。どうなっていますか?」
様子だけでも教えてほしいと頼むと、イルトは困ったように顔をしかめながら教えてくれた。
「痛みは少しあるようですが、ナチがついております」
ナチというのは、コウヤとある縁を持つエルフの少女のことだ。今はゲンの弟子として彼の側にいる。
「それに、もしコウヤ坊っちゃまがいらした場合は、そのままお帰りいただくように、と申し付けられております」
「でも……」
立ち会うと約束していたのだ。それを守れなくて怒っているのだろうか、と不安になった。しかし、イルトはそんな落ち込むコウヤの両肩に手を置いて、微笑んだ。
「きちんと治して、ご自分でコウヤ坊っちゃまに会いに行くのだとおっしゃっていましたよ。ですので、お待ちいただけませんか?」
「……ゲンさんがそんなことを……?」
ゲンにとって、コウヤは恩人以外の何者でもない。諦めかけていた薬の作り方を教えられ、普通簡単には手に入らない材料も提供してもらった。頑固なところのあるゲンにとって、それはこの上もなく贅沢なほどの待遇で、これ以上コウヤに頼り切るわけにはいかないという意地があったのだ。
それを察したコウヤは、ふっと息を吐いて肩の力を抜くと、顔を上げた。
「分かりました。待ってます」
「はい。コウヤ坊っちゃまもきちんとお休みになってください。そして、元気なお姿でお出迎えなされば、ゲン様もお喜びになることでしょう」
イルトに見送られ、コウヤは領主邸をあとにする。しかし、門を出てすぐに立ち止まり、ゲンがいるであろう部屋の明かりを見つめた。
《がんばってる?》
「うん」
その言葉を思念のような形で伝えてきたのは、小さな白い宝箱のようなもの。コウヤの背中側の腰のベルトに引っかかっており、一見してウエストポーチにしか見えないだろう。
だが、これはコウヤがコウルリーヤであった頃に、家族である神達に付けられた護衛兼、眷属の内の一匹。魔物であるミミックだ。名をパックンという。そんなパックンも心配そうに様子を窺っていた。
大きな領主邸の塀の外から、豆粒ほどの大きさに見える部屋の中の様子なんて分からない。けれどコウヤには、ゲンの気配を感じ取ることができた。
その時、もう一匹の眷属、精霊であるダンゴが目を覚ましたらしい。今までずっと眠っていたのは、スキルにまでなっている『睡眠休息(極)』の影響だ。
姿はまん丸なハリネズミのようだが、毛は青灰色でフワフワしている。精霊は迷宮を管理しており、ダンゴと再会できたのも、迷宮で起きた問題を調整していた所に、偶然コウヤが居合わせたためだった。
「おはよう。夜になっちゃったけど、よく寝れたみたいだね、ダンゴ」
《あいっ、でしゅっ》
さすがに疲れていたらしいダンゴは、丸一日近く眠って、ようやく回復したようだ。そして、ダンゴは不意に屋敷の方を見る。
《つよい、いのちのかがやきがあるでしゅ》
「そうだね……うん。とっても強い」
同じように目を向ければ、痛みに耐えながらも、強く強く輝く命の存在が、コウヤにも感じられた。
《あるじしゃまのカゴをかんじるでしゅ》
ダンゴはパックンと繋がっていた、腹に巻きついている紐を外して、コウヤの背中を登ると、右肩に乗って首元に擦り寄ってくる。
《やさしくてあったかいチカラがまもってるでしゅ》
「ふふ。そっか。なら大丈夫かな」
《だいじょうぶでしゅ!》
腰にくっ付いているパックンからも同じように、心配いらないと思う、という回答がきている。きっと、ゲンは痛みに耐え切って、元気な姿を見せてくれるだろう。
「ちょっと楽しみなんだ。ゲンさん、あの目の傷のせいで怖いって思われてたからね。みんながどんな反応するのか気になる」
ゲンの顔には、昔負った、左目から顎の辺りまで続く傷があった。加えて普段から無口で、頑固な表情をする彼は、冒険者達からも怖がられていたのだ。今回再生薬を飲んだことで、見た目は大きく変わるだろう。だから、楽しみなのだ。
《わかがえりそう (*'▽'*) 》
「それはあるかもね」
《ふたりでおはなしずるいでしゅ!》
自分の知らないことを話されるのは寂しい。混ぜて欲しいとダンゴが主張するのを宥めながら、コウヤは教会に向かった。
ユースールの町の教会は、辺境にあっても立派なものだ。教会は各国が予算を出し、建てることになっている。そこに、総本山である神教国から司教達を招くのだ。
しかし昨今は、教会が提供する治癒魔法の報酬が高額化しているため、多くの国や町で教会を排斥しようという動きが見られる。怪我人達の足元を見るような神官達の行いに、暴動が起こっているのだ。
この町でも、教会をなくそうとする話し合いが何度もあったらしい。あってもなくても同じなら、運営に領費を消費する教会などなくても良い、という考えになるのは仕方がない。
しかし、教会がなくなれば、礼拝をする場所がなくなってしまう。それが、人々が排斥に踏み切れない理由だった。この世界の人々は神の力を知っている。それ故、神が確かに実在するのだとも分かっているのだ。そして、祈りは届くと信じている。
そんな教会を、ベニ達は乗っ取ったのだ。
「教会に来るの、何年振りかなぁ」
コウヤは、まだ小さい頃に、ベニに連れられて一度だけ来たことがあった。子どもの健やかな成長を願うための七歳の時の礼拝だ。
それから、前世の記憶が戻り始める頃。ゼストラーク達の気配を感じようと近くまで来ては、教会から逃げてきたという母のことを思い、入り口までしか行けなかった。
「……大丈夫……だよね」
もうここはベニ達の、いわば支配下に置かれた場所。神官達は強く出られないはずだ。
そうして、覚悟を決めて中に入ると、コウヤは光に呑まれた。
「そうだった……」
慌てることはない。こうなることは、少し考えれば予想できたのだから。
目を開けるとそこは見慣れた部屋だ。教会の祀る神々が――かつてのコウヤの家族が暮らす、神界である。
そして、唐突に抱きつかれた。
「コウヤちゃ~んっ」
「久し振り、エリィ姉」
夢で会う時よりも感触や感覚はリアルだ。教会に行けば、こうして会えることは分かっていた。
「もうっ、コウヤちゃんは無茶ばっかりするんだからっ。見てたんだからねっ」
エリィ姉ことエリスリリア。愛と再生を司る女神たる彼女は、先のダンジョンでのことを叱り始めた。
「え? でも今回はちゃんと、新調した最新の武器を使ったし、危なくなかったでしょ?」
わざわざ神匠炉を使って打った武器だ。『ペーパー(だけじゃない)ナイフ』と『羽根ペン式投擲矢』は良い仕事をしていたとコウヤは思う。
「ほら、見て見てっ、カッコいいでしょ! これぞギルド職員って感じの武器だと思わないっ?」
腰のカバンから取り出して自慢げに見せると、なぜか呆れられた。
「……コウヤちゃん……どうしてそうズレちゃうの?」
「え? 何が?」
コウヤには全く自覚がない。首をしきりに捻る彼の背後から、戦いと死を司るリクトルスが現れる。心配性な兄である彼は、コウヤの頭をガシリと掴んで、振り向かせた。
「あ、リクト兄。こんばんは」
「はい、こんばんは……じゃなくてね!?」
「ん?」
リクトルスには、言いたいことが今日もいっぱいあるようだ。こんな彼の前では、コウヤも自然と正座になる。条件反射って怖いな、と他人事のように思っていれば、始まった。
「ズレてるよっ。ただのスクーターやバイクじゃなくて『デリバリースクーター』を作ってるしっ」
「だって、雨避け欲しかったんだもん」
そんな理由か、とリクトルスは膝をついた。
「なら、なんでキャンピングカーじゃなくて移動販売用の『キッチンカー』なのっ?」
「あれなら中でも料理できるし、大きく開けば、外でお料理してるみたいにもなるでしょ? なにより、可愛いよねっ」
「可愛さかぁっ……」
両手までもついたリクトルスだ。
「武器も相変わらずペーパーナイフだし……今度は羽根ペン? なにそれ……そのうち仕事しながら暗殺とかしちゃうの? その仕事はしちゃダメでしょ……っ」
ブツブツと一人呟き出したので、考えの邪魔をしてはいけないと、コウヤは本当に他人事のように、今まさに部屋に入ってきたゼストラーク――創造と技巧を司る神へ目を向けた。
「あ、ゼストパパ。ゲンさんに加護、ありがとう」
「いや……技巧の力も加われば、コウヤの加護も力が増すと思ってな」
「うん。お陰でちゃんと薬も完成できたみたい」
部位欠損再生薬を作るにあたって、ゲンには加護が与えられた。それは、コウヤのものだけではなく、ゼストラークからも贈られていたのだ。これにより技術力が上がり、難しい薬の製薬に失敗する確率をぐんと下げられた。
「そうだ。俺、ゼストパパに聞かなきゃならないことがあって……」
「コウヤ君……僕の話が終わってないよ?」
「え?」
復活したリクトルスによって、それから滞在可能時間ギリギリまで捕まってしまったのは、誤算だった。因みに一緒に呼ばれたパックンとダンゴは、ひたすら寝たふりを通していた。
《さわらぬかみに……》
《たたりなし……でしゅ》
二匹の判断は正しかった。
幸いというか、眠っている時と違い、神界に滞在できる時間は数分だ。教会に戻ってきたコウヤが目を開けると、ベニが奥から出てきた。
「お帰り、コウヤ坊」
「遅くなってごめんなさい、ベニばあさま」
「ええよ、ええよ。心配しとる人がおるのは分かっとるでなぁ」
ベニだけでなく他のばばさま達も、なぜかこういう情報が早い。コウヤが領主邸に寄ったこともしっかり把握しているのだ。
「さあさ、先に夕飯にしようなあ。こっちだ」
案内された部屋にあるテーブルには、質素だが栄養のバランスも考えられ、美しく一人一人に盛られた料理が規則正しく並んでいた。
「うわぁ。美味しそうっ。あっ、キイばあさま、セイばあさまっ」
ベニと同じ顔、同じ姿の老婆が二人。違うのは手にしている皿だけ。けれど、コウヤにはそのどちらがキイで、どちらがセイかが分かる。
「コウヤ坊、相変わらずわたしらが誰か分かるんか?」
「もちろんですよ。キイばあさま。ばあさまの髪の毛はとっても綺麗だもの。そうだ。キイばあさまに会ったら渡そうと思ってたんだ」
コウヤが亜空間から取り出したのは、薄めの丸い缶。その缶の蓋には、赤と白の大輪の花が描かれている。
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