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第七章 ギルドと集団暴走

237 そとにでたらあぶないので

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午後にコウヤと一緒に過ごそうと、全員が今日の分の仕事や勉強を午前中に全て終わらせることになった。

ミラルファやイスリナも今日はカトレアの所で仕事だ。なので、コウヤは薬師達の所で過ごした。

それからお昼前にニールが様子を見に来たので、厨房に運んでもらい、そこでお昼ご飯の指導をする。

「先生! 下準備完了しました!」
「先生っ。スープの味の確認をお願いします!」
「先生! この味付けはっ」
「先生!」

このように、今のコウヤの姿に頓着しない料理人達は、最初から最後まで気合い十分だった。ニールが嫉妬するほどに。

「あまり近付きませんように」

やんわりと距離を保とうとしてくれていたニールも、最後の方は殺気立っていた。

「暑苦しい。コウヤ様に近くな」

多分本心だった。

再び王族で集まって昼食を終えると、お待ちかねの訓練だ。

「お~……とってもふまん不満そう……」

大訓練場に集まった第三騎士団の面々は、不満顔を隠しもしなかった。召集をかけたのが、アルキスであったこともあるのだろう。

アビリス王には逆らわないらしいので、観覧席にそのアビリス王が居るということさえ気付いてなさそうだ。本来、ただの訓練に王が顔を出すはずがないのだから。

コウヤは、アルキスに抱えられて訓練場に入った。すると、なんで子どもがという視線が突き刺さる。普通の三歳児ならば、間違いなく泣いているだろう。

だが、コウヤはニコニコと機嫌よく笑っている。

並ぶ彼らの正面まで来ると、アルキスはコウヤを地面に下ろした。

「これより、特別訓練を行う! 教官はここにいるコウヤだ」
「……バカにしているのですか?」

こういう言葉が普通に出る時点で、アルキスに対する思いが透けて見えた。

「お前ら……っ」

カッとなったアルキスが怒鳴るよりも先に、コウヤはトコトコと少し下がってからそこに唐突に魔法で小さな舞台を作った。ずんっとコウヤが高い位置に上がる。これで全員に見えるはずだ。

突然のことに驚いて口を閉ざしている第三騎士団。それをいいことに、コウヤはニコリを笑って告げた。

「こんにちは。いまはちいさくなっていますが、これでもほんとう本当じゅうさん十三サイです。いつもはぼうけんしゃ冒険者ギルドのしょくいん職員をしています。コウヤです。よろしくおねがいします」

ギルド職員がなんの用だとか、ガキじゃないかとか、散々言いながらも理解が追いつかなかったようだ。ふと全員が口を閉ざした所で、説明してしまう。

こういう、隙を突いて話をするのは、ギルド職員に必須の技だというのは、コウヤの勝手な認識。誇らしくそれを異動組に説明した時には、同僚達が必死でムリムリと訴えていたことをコウヤは知らない。

ぜんたいてき全体的たいりょく体力がひくいですね。まずはじゅんびうんどう準備運動もかねてはしり走りましょう!」

コウヤが右手を掌を上にして前に出す。すると、そこから黒い球体が現れ、浮き上がっていく。

十メートル近く上に浮き上がったそれは、次の瞬間、黒い光線を放った。

「……っ」

アルキスもビクリと肩を揺らした。間違いなく、カスっても大怪我をする。その光線は、地面に線を描いていく。深く切れ込みを入れるように刻まれた。十数秒ほどで描き終わったのは、運動場で見る横長のトラック。黒い球体は消えていた。

呆然とそれを振り向いて見ていた第三騎士団の者達。彼らの表情は見えないので、コウヤは変わらず続けた。

いっしゅう一周よんひゃく四百メートルにしてあります。まずこれをごしゅう五周ごふん五分ではしりましょう」
「……っ、無理だろ!」
「できるか!」

まあ、言うだろうとは思った。

「やってみないとわからないでしょう? それに、しんたいきょうか身体強化をつかえば、よゆう余裕ですよ?」
「そんな訳あるか!」
「何も知らんのか!」
「だいじょうぶ。しってますよ? ユースールではふつうのじゅんびうんどう準備運動のひとつですから」
「何をわけのわからんことを」
「遊びたければ他を当たれ」

やる気が出ないらしい。ならば仕方がない。

「イヤです。みなさんとだから、あそぼうとおもっているんですから♪ さあ、いちにつきましょうね」
「付き合っていられない」
「帰らせてもらう」

そう言って、背を向けた彼らの前に、コウヤは跳んだ。そうして、ニコリと笑うと、全員を風の魔法で空に巻き上げる。

「は!?」
「っ、なに……っ」
「ひぃっ」

状況が把握出来ない者。舞い上がり、落ちる感覚に怯える者。それらを無視して、コウヤは強制的に位置につかせた。巻き上げ方は乱暴だったが、着地はふわりと、女性を下ろす時のように優しくした。

全員がキョトンとしている。

「さあ、はじめましょう。だいじょうぶです。きちんとぜんいん全員がタイムをまもれるように、とっておきのサポーターをつけますからね」

そうして、コウヤは先ずトラックから外に出られないように結界で壁を作る。

それを見て、アルキスが停止していた思考を再開した。

「お、おい……コウヤ? なんで囲うんだ?」
「だって、そとにでたらあぶないので」

当然のことだと答える。

「いや、何が危ないんだよ……」
「え? サポーターさんです。まだちいさいから、ほうこう方向とかきめるの、むずかしいらしくて」
「……方向……?」

小さいとか言っているし、誰であっても子どもなら大丈夫かと納得しかける。だが、続くコウヤの言葉に、再び思考が停止した。

「ジャイアントハリーくんのこどもって、きをつけないとほんき本気でモリがきえるんですよ。あと、ようじゅう幼獣のあいだは、にドクがあるので」
「……ジャ……ジャイアントハリー?」
「はい! じきゅうりょく持久力のある子ですよ!」

コウヤは元気に召喚した。

毒々しい緑のハリネズミ。生まれてひと月ほどだが、丸くなると幅は二メートル近くになる。

「ジャイアントハリーのハードちゃんです! ハードちゃん。きょうはこのヒトたちとあそびましょうっ」
《ぷきゅ》
「ふふ。かわいい」
「……」

アルキスは頷いた。確かに鳴き声は可愛いなと。

「……初めて見たわ……」
「ダンゴちゃんが大きくなったみたい……というのにはちょっと……」

その大きさや初めて見るジャイアントハリーに、ミラルファとイスリナは一瞬、息を止めていた。

「……ジャイアントハリーなら……」
「け、ケルベロスよりは……」
「出どころ一緒かな……」

ジルファスやユースールに来た近衛騎士たちは、アレよりマシだよなと言いながらも、静かに第三騎士団を見て手を合わせた。それは無意識の行動。

「「「大丈夫! 治療はしてもらえるよ!」」」

言葉と行動がアベコベだった。

「さあ、はじめましょう♪ ジザさんたちもじゅんび準備いいですか?」

治療担当で来てくれた神官達は、トラックに結界が張られた辺りで散っていた。

「はい。結界越しでも通りますか?」
「うん。なので、ひかれちゃったヒトをおねがいしますね。ちりょう治療したら、うちがわ内側のけっかいのほうに、とばしてください」
「あ、それで前に?」
「そうです♪ ちなみに、ドクはよわいので、もんだい問題なくなおりますよ」

毒は少し動けなくなるくらい。解毒薬は必要ない。轢かれる方が重傷になる。

結界には先ほどの風の魔法と同じ、とっても高度な術式が組み込まれており、最前線に降り立てるようになっている。脱落は許さない。

「オレ……ボクがいちばんまえ一番前をはしるので、ペースはわかりやすいとおもいますよ♪ では、スタート♪」
《ぷ~きゅぅぅぅう》
「「「うわぁぁぁぁっ!!」」」

コウヤが走り出し、ハードちゃんが張り切って転がり出した。そして、絶叫しながら騎士達も走り出す。

ただ、半数以上が真っ先に逃げ出そうとしたらしく、結界にぶち当たってコウヤの隣に飛ばされてポカンとしている。ハードちゃんにかれ、速攻治療されて休む暇もなくまた最前線へ。それを何度か繰り返し、発狂寸前の状態でやるしかないと諦めるまで一分。

いつもの澄まし顔も、余裕顔も、鼻につく偉そうな態度も全てかなぐり捨てて、彼らは顔を涙と鼻水とヨダレでぐちゃぐちゃにしながら地獄の五分間走を終了した。

「それでは、からだもあったまりましたし、こんど今度は……」

彼らは絶望を知った。絶望した者を鼻で笑って見下ろすことしか知らなかった彼らの心は完全に折れていた。

「も、もう……っ」
「これ以上は……っ」
「え? まだはじめたばかりですよ? それに……あなたたちがバカにしてるぼうけんしゃ冒険者かたたちは、これがにちじょう日常だったりするんですよ? これくらいかるいですよね? だって、バカにしてましたもんね?」

ニコニコの笑顔。コウヤはギルド職員であることに誇りを持っている。だから、いつも命懸けで日々の糧を得る冒険者達を心から尊敬していた。そんな人達をバカにする奴らは許せない。

これに、騎士達は絶句した。

「ちなみに、いまちりょう治療してくれてるしんかん神官さんたちや、ユースールのりょうへい領兵かたたちも、これくらいはじゅんびうんどう準備運動としてこなしますよ? あなたたち、ずかしくないんですか?」
「っ……」
「っ、そんな……」
「こ、こんなことできるはずが……」

そう口にして否定するものの、目の前を余裕で走っていた三歳児のコウヤが言うのだ。言葉は続かなくなる。

「だいじょうぶ。これはくんれん訓練です。なないためにがんば頑張るのがくんれん訓練です♪ さいこう最高ちゆまほうし治癒魔法師がこんなにいるんですよ? なにもコワくないでしょう?」
「「「「「……っ!!」」」」」

何よりもニコニコとずっと楽しそうに笑っているコウヤが怖いとは、口が裂けても言えないようだった。

この時、アルキスやアビリス王までも手を合わせていたのは無意識だ。

カタカタと歯の根が合わなくなっている者が半数。そんな彼らを、情操教育に良くないからとわざと遅らせてシンリームに連れられてやってきたリルファムが見て、首を傾げていた。

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読んでくださりありがとうございます◎
三日空きます。
よろしくお願いします◎
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