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第60話 長い付き合いになりそうですね

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 さて、急に休みをもらったけどどうしようかな。昨日ぐっすりと休んだおかげで体調的には特に問題ない。リールさんは家に帰るそうだし、また街にでも食べ歩きに行こうかな。



 なんとなくアルガネルのケーキ屋さんを覗きにきた。最近は2号店と3号店も開店し、ケーキ職人も大量に増やしたため、ようやく需要に供給が追いついてきたようだ。最初の頃は朝の時点で売り切れになったり、前日から並ぶものが現れて販売方法を抽選方式に変えたりといろいろあったが、今では昼ごろまでにくれば買えるくらいにはなっている。

 まあ新作のケーキはすぐに売り切れてしまうがな。うんうん、遠目から見てもみんな笑顔でいい接客をしているようだ。日本のお店の接客レベルはかなり高いからな、参考にさせてもらっている。

 というかなんで休日の日にわざわざ店の視察みたいなことしてるんだろ。いかんいかん、社畜の鏡みたいな行動をしている気がする。お金も使う暇がなくて貯まる一方だから、パアーっと使ってしまおう。





 いやあ食った、食った。お金のことを気にしなくていいと思うと目につくものを何でもかんでも買ってしまうな。よく元の世界のお祭りの縁日では小遣いで何が買えるか悩みまくっていたな。お金があって悩まずに済むって最高だよね。

 凝った料理も美味しいけれどシンプルな味付けのワイルドボアの串焼きとか貝の浜焼きみたいのが美味しかった。ついでにライガー鳥の唐揚げのお店にも寄ってみたが、こちらのお店は以前よりもトッピングやサイドメニューを増やしており、値段が少し高めにもかかわらず周りの店よりも客が入っていたように思えた。



「こんにちは~」

「これはユウキさん、お疲れ様です。今日の作業はもう終わっていると思いますけど急用ですか?」

「いえ、ちょっと休みをもらって食べ歩きをしてたんでそのお裾分けです。あっ、ダイスさんの分も取っておいてもらうんで、あとで食べてくださいね」

 結局やることがないので工場に来てしまった。やばいな、定年後のお父さんくらいやることがなさすぎる。

 ちなみにダイスさんは新しく雇われた門番だ。最近工場を新しく増やし、人員も大幅に増加したことによって警備の人も増やすことになった。盗賊団を潰してきた草の根活動のおかげで今回は奴隷よりも一般の人の雇用のほうが多い。

「ありがとうございます。ちょうどもうすぐ交代の時間なのでありがたくいただきます」

「いえいえ、こちらこそいつもお疲れ様です」

 この時間だとちょうど晩御飯の準備をするところだと思うから買ってきた差し入れも一緒に食べてもらおう。

「こんにちは~」

「あっ、ユウキ兄ちゃんだ!久しぶり~」

「こんにちは、ユウキお兄ちゃん!」

「おや、ユウキさん、こんにちは」

「おう、ガキ主人じゃねえか、また新商品のアイディアでも持ってきたのか?」

「いえ、今日は休みをもらって暇だったからちょっと差し入れでもって思いまして」

「いやったー!どおりですっごくいいにおいがすると思ったんだ」

「うん、いろいろ買ってきたから晩御飯と一緒に食べてよ。あっ、門番のダイスさんの分も残しておいてね」

「いつもすまんのう」

「おいおい飯だけかよ。ついでに酒も買ってこいよ」

「この前買ってきたらまずいって文句言ってたじゃないですか、ガラナさん!俺は忘れてませんからね」

 そう、この前ちょっとだけならと適当にお酒も買ってきたのだが、酒飲み3人組にこの酒は美味くないと文句を言われてしまった。どの酒が美味いかなんて俺にはわからないって。

「まあなんだ、ここで作ってる蒸留酒がうますぎるから、他の酒がイマイチに感じられんだよ。悪かった、謝るから今度はここで作った蒸留酒を持ってきてくれよ」

「ここで作ったお酒は人気がありすぎて店では買えないんですよね。はあ、今度アルゼさんに相談して何本か融通してもらいます」

 ケーキの方は供給が追いついてきたが蒸留酒の方はまだまだ数が足りてない。そもそもちゃんとした蒸留酒は熟成の期間が必要なので長い年月が必要なのだ。

 それでも蒸留したばかりの酒でも売れるから販売しているが、はやく数年ものの蒸留酒を販売できるようになればいいんだけどな。この前蒸留酒の販売所にいってみたが、主にドワーフの客の目が血走っていて本気で怖かった。

「そうこなくっちゃな、ガキ主人!この前の宴会は最高に楽しかったからな。エレナお嬢様やアルゼの旦那にまたやってくれって伝えてくれ」

「オラからもお願いしますだ。奴隷になったオラ達のために美味しい料理や美味しいお酒を用意してくれて本当に最高だっただ!オラ達も今まで以上に頑張るだで、贅沢なお願いだどもまた前みたいな宴会をどうかよろしくお願いしますだ!」

「はい、エレナお嬢様とアルゼ様に伝えておきますよ」

 モラムさんとローニーもこの前の宴会は気に入ってくれたようだ。やっぱりああいう雰囲気はいいもんだ。部活の打ち上げみたいで本当に楽しかった。俺からもエレナお嬢様とアルゼさんにお願いしよう。

「ありがたいのう。よろしくお願いするわい」

「頼んだぞ。そんじゃさっさと晩飯の準備でもすっか。おい、ガキ主人、今日は食ってくのか?」

「今日は屋敷のほうに戻ります。お気持ちだけいただいておきます」

「ええ~ユウキ兄ちゃん帰っちゃうのかよ!一緒に食べようぜ」

「ユウキお兄ちゃん、ご飯食べ終わったら、またいろんなお話してよ」

「ごめんな、ルイス、ミレー。今日は一日休んでたから帰らないと。お話はまた今度するからな」

 一日休みとなったが今日はまだ自分の鍛錬はしていない。変異種の時にも思ったが、俺はまだまだ力が足りないことがよくわかった。最高の武器の刀があっても肝心の俺が使いこなせてなければ意味がない。

「しょうがないな。約束だぜ、ユウキ兄ちゃん!」

「うう~、早く来てね」

「うん、約束だよ。それじゃあまた来ますんで、モラムさん、ガラナさん、あとはお願いしますね」

「あいよ、また差し入れ持ってこいよ」

「おう、酒も忘れんなよ」

 2人とも相変わらずだな。でも2人とも頼りになるから安心して工場のみんなを任せられる。元々はエレナお嬢様を襲ってきた犯罪者なのに不思議なものだ。





「おいガキ主人、ちょっと待て」

 工場をでて門から出ようとしたところでモラムさんに引き止められた。何か忘れもんでもしたかな。

「どうしましたモラムさん?何か忘れ物とかしちゃいました?」

「ああ、ちげえよ。そのなんだ……」

 なんだろう、なんだか言いづらそうにしてるんだが。何か隠していたことでもあるんだろうか。

「そのなんだ……エレナお嬢様には伝えたがお前にはまだ伝えてなかったな。お前らの命を狙って犯罪者奴隷になった俺達をわざわざ買って、まともな生活をさせてくれたことに感謝する。普通の犯罪奴隷ならまともな飯も食わせてもらえずに使い潰されるのがオチだったからな」

「でもそれはモラムさんのおかげでもありますよ。エレナお嬢様と俺を襲ったとき、俺を説得しようとしてくれなければ、きっと俺はモラムさん達を買ってもらおうとは思わなかったでしょうね。あんな状況下でも奴隷である俺を助けようとしてくれたことはとても嬉しかったですよ」

「ケッ!んなこと言いながらそのあと思いっきり不意打ちで俺の頭をぶん殴ったことは忘れねえぞ」

「ほんとっ、すみません!あの時は俺も全然弱くて、しかも3人もいて、不意打ちでもしない限り時間を稼げそうにもなかったんですよ。力加減もできなかったから頭に思いっきりいっちゃいましたし」

「……まあそのおかげでここで働けたんならそれでいい」

「それならよかった。そういえば今更ですが、あの時は4人いましたけどもう2人はどうしたんですか?」

 あまり考えたくはないがアルゼさんの攻撃か拷問をされて死んでしまった可能性もある。たとえそうだったとしてもそれはそれで仕方のないことだと思うが。

「あいつらは別の奴隷商に連れていかれた。犯罪奴隷はそんなに簡単に売れるわけじゃねえから、あそこの奴隷商じゃあ2人しか引き取れねえってよ。さすがにエレナお嬢様みてえな主人はいねえだろうから下手したらもう使い潰されて死んでる可能性もあるな」

「そうですか……一緒の店にいたら全員買ってもらえたんですけどね」

「こればっかりはしょうがねえ。領主を襲おうとしたんだ、俺もそうだが自業自得だ。別にお前が気にする必要もねえ」

 確かにわざわざエレナお嬢様を襲ってきたやつを探すというのもおかしいかな。そういえば奴隷解放を目指しているが犯罪奴隷はどうすればいいんだろうな。

 さすがになんの制約もなく即解放にはできないだろうし、元の世界の刑務所みたいにどこかに集めて国の仕事をさせるというのが現実的だろうか。とはいえさすがに今の使い潰しみたいな状況は絶対に改善させたい。

「ガラナは奴隷の頃から一緒だった。俺は親に売られて奴隷になって10年以上あのクソ主人のところで使い潰され、そしてあの盗賊に助けられた。そこから少しは真面目に働こうとしたけどよ、金もねえ、知り合いもいねえでまともに働けもしねえ。気づいたらチンピラになって、金になることなら汚ねえことだってやってきた。

 あとの2人ともちょうどそのころに会ったな。4人でつるんでいたら酒場で見たこともねえ大金積まれて金持ちの領主を殺せって言われた。さすがに殺しなんて仕事はそれまで受けてかったんだが、税金を搾り取って贅沢三昧な生活を送ってる領主を殺せばこの街のみんなが喜ぶなんて言われて簡単に騙されちまった。はっ、ざまあねえな」

 確かに貴族や領主なんて碌でもないやつしかいないイメージなのはわかる。だがエレナお嬢様はそんな奴らとは違った。税金に関しては国で決められているが、エレナお嬢様の領地ではそのほとんどを領地のために使っている。まあそのせいで俺が来るまでは領主なのにだいぶ金欠になっていたようだ。

 食事だって専属のシェフも持たずに俺やマイル、サリア達の奴隷の使用人に任せている。食材も高価なものはお祝いでもない限りは使わないよう言われているしな。まだ幼いということもあるが、贅沢品などもほとんどと言っていいほど買わない。

「普通の貴族や領主なら税を私利私欲のために使っててもおかしくないですからね。でもエレナお嬢様はそんなことしてませんよ。俺も帳簿をつけるのを手伝ったりしているんでわかります」

「だろうな。俺たちみたいな犯罪奴隷達の名前も覚えて普通に生活させてくれるくらいの甘い領主様だ。悪どいことなんかしてねえくらい真っ直ぐなのはわかるさ。まあ大人になったら他の奴らに染まって悪どいやつになる可能性はあるがな」

「あの人なら大丈夫ですよ。それに周りにはアルゼ様やシェアル様、リール様に俺たちもいますしそんなことはしないし、みんなが止めてくれます」

「あのお嬢様には感謝してる。せいぜい悪い方に変わらねえように支えてやんな」

「ええ!それにモラムさんやガラナさんもこの工場の責任者なんですからね。これからも一緒にエレナお嬢様を支えていきましょう」

「けっ、まあ蒸留酒も作るのには長い時間がかかんだろ。それまでは付き合ってやるさ。お前もさっさと酒の味がわかるようになれや」

「はは、蒸留酒はまだ何十年も必要なんで長い付き合いになりそうですね。でもお酒の味はそんなにはかからないと思いますけど」

「ったく、作り方は知ってるくせにあの味の良さがわからねえなんてな。仕方ねえ、待っててやるからさっさと酒の味がわかるようになって一晩中飲めるようになれや。まあいい話はそんなもんだ、また差し入れでも持ってこいや」

「はい、今度は蒸留酒も持ってきますよ。それじゃあまた、モラムさん」

「おうよ、酒だけは忘れんじゃねえぞ。そんじゃあな、……ユウキ」

 そう言いながら工場へ戻っていくモラムさん。そういえばいつもお前とかガキ主人とか言われていたけど初めて名前で呼ばれた気がする。モラムさんともまた少し仲良くなれたのかな。やっぱり人はやり直せる、モラムさん達を見捨てないで本当に良かったと思えた。
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