時ノ糸~絆~

汐野悠翔

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第一幕 京•帰還編

裁判の行方

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そして、宴の当日――

千紗達が内裏に行くと、何故かそこには小次郎の姿もあった。


「兄上? 何故兄上がここに? 兄上もあいつに呼ばれて来たのですか?」

「秋成っ?! 千紗も? それにキヨとヒナまで? お前達こそ何故ここに? 俺は今日、裁判の判決が言い渡されるからと、おおやけに呼ばれたのだ」

「裁判? 今日は宴ではないのですか?」


裁判の話など一切聞かされていなかった秋成は、驚きに
眉を歪めた。


「宴?」


逆に宴の話など聞かされていなかった小次郎は、はてな顔。

食い違う互いの話に、二人は顔を見合わせ首をかしげた。

その間にも、内裏には続々と人が集まってくる。


「ん?あそこにいるのは藤太殿?」

「兄上、あっちにいるのは」

「護殿に良兼叔父上だな」


その中で次々と目につく見知った顔の数々。


「兄上! あっちにいるのは……」

「……太郎っ?」


更には全く思いもよらなかった人物の姿まで見つけ、小次郎は今日一番の驚きの声を上げていた。


「………どうして……太郎がここに?」


小次郎の声に気付いたのか、不意に貞盛が小次郎達の方を振り返る。


「おお小次郎、久しいな。千紗姫様に秋成殿もお久しぶりです」


目があったとたん、気さくに話しかけてくる貞盛。

小次郎と最後に会った際の、板東でのやり取りなどまるで無かったかのように平然と。


「………太郎……お前が何故ここに?」

「何故って、変な事を聞くね。私もお前達と同じ理由だ。呼ばれたから来たのだよ」


ニヤリと意味深な笑みを浮かべながら貞盛は応えた。

丁度その時、宴の合図を知らせる太鼓と笛の陽気な音色が、小次郎達の立つ内裏の庭へと鳴り響いた。


「……そろそろ、始まるみたいじゃな。では私は、簀子縁すのこえんに見物席が用意されているそうだから、そちらへ行ってくるぞ。主等とはここでお別れじゃ」

「あぁ、じゃあまた後でな、千紗」

「……………」


普段と同じ、何気なく交わされた小次郎との会話。

だがそのの言葉に、何故か千紗は一瞬、間を持たせた。

その僅かな間に、秋成は何か違和感のようなものを感じて、心配げに千紗に声をかける。


「姫様?」

「………いや、何でもない。何でも……。では、またな」


千紗は、それだけ言い残すと、寝殿に向けて駆けて行く。

自分でも、何故千紗の様子を心配に思っているのか、理由はよくは分からなかったのだが、秋成は遠く離れて千紗の背中を、不安げな眼差しで見守った。




宴に出席する貴族達は、各々用意された席につくと、内裏に響く楽の音が鳴りやんだ。

内裏を一瞬の静寂が包む。

その静寂の中、寝殿の奥から二つの人影が現れる。

とたんに周囲の静寂は、「わっ」と大きな歓声へと変わった。

何事が起きたのかと、貴族が集まる宴の場に不馴れな秋成が辺りを見渡せば、歓声に沸いた後、簀子縁に並び座る貴族達をはじめ、周囲の皆一様にその場に座した姿勢で、地に額がつくのではないかと言う程深々と頭を下げ始めていて


「帝がお出ましになられたようです」


キヨが不馴れな秋成や小次郎達にそっと横から助言をすると、手本を見せるかのように周囲と同じように深々と頭を下げて見せた。

彼女に習い、秋成、小次郎、貞盛、ヒナもまた、頭を下げた。



皆が頭を下げる先に存在している“帝”こと、朱雀帝はと言えば、帝の座席に用意された隣国唐より伝わりし雅やかな椅子、高御座たかみくらに腰掛けると、御簾越しに宴に集まりし者達の姿を、隅々までじっくりと見渡していた。

そんな彼から少し控えた位置に、朱雀帝の後ろをついて現れた忠平が座す。


その後二人は、暫くの間、何やら互いの耳元でコソコソと話していたかと思うと、忠平がおもむろに立ち上がり、帝を隠すように下ろされていた御簾から一歩外へと出た。

そして、何やら手に持っていた書状を広げると、皆に向かって大きな声でそれを読み上げ始めた。


「此度は、帝の元服を祝う宴の席に多くの者が集まってくれ、帝もたいへん喜んでおられる。帝に変わって礼を申し上げよう。さて、宴を始める前に、皆に1つ聞いて欲しい話がある。去年秋より遠く離れた板東の地より届け出があり始まった裁判についてだ。実は此度の宴には、その裁判の当事者であり、坂東より召集されし平将門と、将門を訴えし平良兼、源護なる者を招待している」


公の場で、突然忠平に名を呼ばれて、小次郎は思わず顔を上げてしまう。

ふいに忠平と視線がぶつかって、小次郎はまた慌てて顔を伏せた。


「この裁判については、長きにわたり審議を重ね参った故に、都の関心も随分と集めて来たであろう。何故そのように、なかなかに判決が決まらなかったかと申せば、双方の言い分を聞きし所、どちらにも非があり、どちらにも是があったからだ。しかし、これ以上の審議は悪戯に京にも混乱を呼びかねない。そう判断した結果、この度、帝の意向により、この場を借りてついに判決を下す運びとなった。今日ここに集まりし全ての者は、この判決の証人となって欲しい」



忠平の口から語られる言葉に息を呑む小次郎。

それは、小次郎だけに非ず、秋成やキヨ、ヒナまでもが、緊張した面持ちで忠平の言葉を待った。

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