上 下
30 / 120
第二章 始まる部活と新入部員歓迎会

第25話 エチュード2

しおりを挟む
「あ、そうそう次終わったら一年生たちにも――ん? どうした?」

 樫田が後ろを向くと、一年生たちはどこか驚いていた表情をしていた。
 ん? どうしたんだ?

「あ、いえ、そのなんかすごいなーって思ってました……」 

 池本がまるで何の気なしに、そう呟いた。

「っス。なんかお互いに感想や意見言いあったりして、かっこ良いです」

 金子もどこか呆気にとられた様子だった。
 そんなに驚くことか? と思ったが、俺も一年生の頃は先輩たちの稽古見て感動したのを思い出した。
 初めはどう動いていいのか、何を言っていいのか分からないもんな。

「…………」

 そんな中、一年生唯一の経験者である田島は黙っていた。
 何を考えているのかは謎だが、どこか推し量っているようにも見えた。

「それはありがとう。まぁ、次終ったら一年生たちにもやってもらうけどな」

「「え」」

 池本と金子は予想外と言わんばかりに声を上げた。
 けど俺達二年生は特に気にすることなく先に進める。
 大槻、増倉、夏村の三人が舞台に立ち、俺達三人が樫田の後ろまで行く。

「で、お題は何にするんだ?」

 大槻が樫田に聞いた。
 樫田は少し考えてから、答えた。

「そうだな。旅行でどうだ?」

「旅行か」

「いいよー」

「わかった」

 三者三様で答え、お互いにアイコンタクトをする三人。

「それじゃあ、いくぞ。よーい、はい!」

 手を叩き、樫田が始めの合図をした。
 さて、どうなるやら。

「いやー、やっと着いたわね」

 始めに動いたのは増倉だった。
 お、着いたところからやるつもりか。

「本当ね、意外とかかったわね」

「だなー。思ったより遠かった」

 夏村と大槻は増倉に同意するようにして劇に加わった。
 へぇー、今回は俺たちみたいに誰か捌けて二人劇にするんじゃなくて、、いきなり三人劇か。
 どっちがいいかと聞かれたら一長一短だから難しいんだが。

「これからどうする?」

「いやいや、とりあえずホテル行って荷物預けないと」

「そうよ、こんな状況じゃ観光できないわ」

 大槻が聞くと、そう言って増倉と夏村が笑う。
 さりげなく、次に行きたい場所やここにいる目的と言った。

「ああ、そうだったな」

「ちょっと、移動時間が長すぎてボケたんじゃないでしょうね」

「本番はこれからよ」

「分かってるって」

 楽しそうに話す三人。
 旅行が始める楽しそうな雰囲気が伝わってくる。

「それじゃあ、さっさとタクシー捕まえて行こうぜ」

「そうね」

「楽しみー」

 そう言って上手に移動しようとする。しかし、増倉が何かに気づいたような素振りをして慌てだす。
「ない…………ない、ない。ない!」

 自分の体を触りまくる増倉。
 その落ち着かない様子に夏村と大槻は顔を見合わせて不思議そうに首をかしげる。

「どうしたの?」

 夏村が聞くが増倉は、

「ないの! ないのよ!」

 とパニック気味に言うだけだった。
 再び顔を見合わせると今度は大槻が聞く。

「だから、何がないって?」

「財布! 財布がないの!」

 大槻の質問に対して食い気味で答えた。
 うん、いい慌て具合だ。
 状況を理解した夏村と大槻が今度は慌てだす。

「おいおい! 冗談だろ!」

「ちゃんと全部探した?」

 増倉に寄り添う二人。

「分からない! ポケットにしまっておいたはずなのにないの!」

「落ち着いて!」

 完全に混乱している増倉の手を取って、夏村が怒鳴る。

「…………」

 予想外に大きな声が出たせいか、静寂が流れる。
 あー、変な間が生まれちゃったか。
 増倉ちょっと笑っているし。

「…………そ、そうだぜ、とりあえず落ち着いて探そう」

 大槻が無理やり話を持っていく。

「そうね。でもポケットの中はもう全部見たわ」

「ならバックの中は?」

「見てないけど……、でも入れた覚えはないわ」

「とりあえず、開けて探してみようぜ」

「そうね、それがいいわ」

 そう言って、三人は下手《しもて》に行って増倉はしゃがみ込んでバックを開ける動作をし、あとの二人は横でそれを見ていた。

「ない、ない、ない! やっぱりないわ……」

「嘘だろ……」

「最後に持っていた記憶があるのはいつ?」

 落胆する大槻と冷静な夏村が対照的だ。

「えっと、家出るときはあったし……あ、駅で飲み物買ったっけ」

「じゃあ、やっぱり新幹線の中で……」

 重い雰囲気が流れる。
 俺らの時と違い、間をしっかりと使っていた。
 大槻が苛立ちを隠そうともせずに言った。

「で、どうする?」

「そうね。とりあえず問い合わせの電話をして財布があったかどうかを――」

「そうじゃなくて! 旅行の方だよ」

 大槻の言葉に夏村と増倉が下を向く。
 そして再びの沈黙。
 破ったのは増倉だった。

「…………ごめんなさい」

「そんな! 栞が謝ることじゃないって!」

 増倉の謝罪に対して、否定しながら夏村は大槻を睨む。
 それに気づいた大槻が反応する。

「なんだよその目は」

「別に、ただ少し言い過ぎなんじゃない?」

「は? 財布失くしたのは事実だろ」

「だから! その言い方が――!」

「止めて!」

 睨みあう二人の間に割って入るように増倉が前に出て叫ぶ。
 夏村と大槻は気まずそうにお互い目をそらす。
 また三度の沈黙。
 うーん、これは。

「はい、二分四十秒たったし、これ以上は限界だろ」

 俺がそう思った時には、樫田が劇を止めていた。
 舞台に立っていた三人はため息をついて、何かから解放されたようにリラックスした。

「じゃあ、評論に入るけど、また一年生に言わせるのもこくだからな」

 樫田が一年生の方を見ながら言うと、池本と金子が激しくうなずいていた。
 これ以上、感想も出ないか。

「二年生で、言いたいことある人から言っていいぞ」

「はい。じゃあ僕から言うね」

 先陣を切ったのは山路だった。

「えっとー。まず増倉さんが劇の途中で笑いそうになったよね」

「そうねごめんなさい。予想以上に佐恵が必死でびっくりして」

 山路の意見に、増倉が素直に謝る。
 これは言われて然るべきだな。

「でも気持ちはわかるかなー。エチュードって相手の反応に構えられないから不意を突かれるよねー。ああ、あと間を少し取り過ぎかなー」

「それは私も思ったわ」

 今度は椎名が山路の意見に乗っかった。

「全体的に、ちゃんと場面の情景が浮かぶような言葉を散りばめていた点は良かったけど反面、間が多すぎよ。これは相手の反応を待ったっていうよりは自分の中で役ができてなかったってところかしら。前半と後半で少し役にずれがあったわ」

「確かに。前半仲がいい感じで行くのかと思ってたから、後半の私と大槻の言い合いのところどこまで言っていいのか迷ったわ」

「けどよぉ。そうしないと話進まなかったと思うぞ」

 椎名の意見に対して、夏村が肯定し、大槻が劇の流れとして仕方なかったと反論する。

「そうね。けどもう少しゆっくりと言い争いにいっても良かったんじゃないかしら。いきなりすぎて、見ている側がついていけなかったわ」

「ああ、なるほど」

 大槻が頷きながら納得した。
 …………………………ん?
 いつの間にか、俺に視線が集まっていた。
 あ、やべぇ。俺の言うこと考えてなかった。
 てか、最後の方になるということなくなるんだよな。
 笑っちゃダメなことは言ったし、間が多いことも言った。役にずれがあったこともダメ出しされたし。えっと…………あ!

「そうだな。間が多かったのもそうだが、間のときの動きだな」

「動き? どこか変だった?」

 俺の発言に、夏村が不思議そうに首を傾げた。

「いや、変っていうか……ほら、例えば増倉が財布なくてバッグの中探しているときとか、もう少し動きあっていいと思うんだよ」

「そうだな。杉野の挙げた例でいくと夏村と大槻の二人は必ずしも増倉がバッグの中を探しているとき横で見る必要はなかったわけだ。もっと自由に動けたし、別に喋ったっていいわけだ」

 樫田が俺の意見の補足をしてくれた。
 おー、さすが樫田、俺の説明より分かりやすい。

「あー」

「確かにそう」

 俺と樫田の言葉に、二人も納得してくれたようだ。
 そして最後に、樫田の評論が始まる。

「そうだなぁ、基本的なことはみんなが言ったし俺は時間についてでも話すか」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―

入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。 遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。 本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。 優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

タカラジェンヌへの軌跡

赤井ちひろ
青春
私立桜城下高校に通う高校一年生、南條さくら 夢はでっかく宝塚! 中学時代は演劇コンクールで助演女優賞もとるほどの力を持っている。 でも彼女には決定的な欠陥が 受験期間高校三年までの残ります三年。必死にレッスンに励むさくらに運命の女神は微笑むのか。 限られた時間の中で夢を追う少女たちを書いた青春小説。 脇を囲む教師たちと高校生の物語。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

日給二万円の週末魔法少女 ~夏木聖那と三人の少女~

海獺屋ぼの
ライト文芸
ある日、女子校に通う夏木聖那は『魔法少女募集』という奇妙な求人広告を見つけた。 そして彼女はその求人の日当二万円という金額に目がくらんで週末限定の『魔法少女』をすることを決意する。 そんな普通の女子高生が魔法少女のアルバイトを通して大人へと成長していく物語。

夜食屋ふくろう

森園ことり
ライト文芸
森のはずれで喫茶店『梟(ふくろう)』を営む双子の紅と祭。祖父のお店を受け継いだものの、立地が悪くて潰れかけている。そこで二人は、深夜にお客の家に赴いて夜食を作る『夜食屋ふくろう』をはじめることにした。眠れずに夜食を注文したお客たちの身の上話に耳を傾けながら、おいしい夜食を作る双子たち。また、紅は一年前に姿を消した幼なじみの昴流の身を案じていた……。 (※この作品はエブリスタにも投稿しています)

ラストダンスはあなたと…

daisysacky
ライト文芸
不慮の事故にあい、傷を負った青年(野獣)と、聡明で優しい女子大生が出会う。 そこは不思議なホテルで、2人に様々な出来事が起こる… 美女と野獣をモチーフにしています。 幻想的で、そして悲しい物語を、現代版にアレンジします。 よろしければ、お付き合いくださいね。

処理中です...