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18.雫の果実
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結局朝食で出される果実はアグリッパ、ハイドラの両者が取りに行くことになった。
アグリッパの言い分は「考えてみればハイドラに任せたら、まだ熟していないものを取って来そう」。対するハイドラは「アグリッパ一人に行かせたら、余計な果物を山ほど取って来そう」と溜め息混じりに言った。
喧嘩が拗れなくてよかった、とサリサも一安心である。
魔法で作り出した膜によって、これっぽっちも濡れることなく庭園から帰還した彼らの手には新鮮な果実。
ハイドラが食べたがっていた鮮やかな赤に色づく林檎。
淡い緑色の殻に包まれた雫型の果実はサリサのために収穫したものだが、マルリーナ国では見たことがない品種である。
鼻を近づけて匂いを嗅いでみても無臭で、殻の部分を爪でつつくとコツコツと硬い音が返ってきた。
「レイティスではポピュラーな果実なんですよ。食べるためには、外側の殻を魔法で燃やさないといけないんですが」
「えっ、燃やすんですか!?」
「素手では硬すぎて剥けませんし、ただの火では表面を焦がすのが精一杯。唯一の弱点は魔力で生み出した火です」
「食べるのが大変な果物なんですね……」
火魔法を持っていなければ、目の前にあっても食べることができない。そんなものが青果店で販売して、魔法の使えない人々が買ってしまったら苦情に発展しそうだ。
食べられない! と激怒する客をサリサが想像していると、ハイドラは訝しげに首を傾げた。
「食うのに大変? 燃やせばいいだけなのにか?」
「ハイドラ、人間は使える魔法を選べるわけじゃないんですよ。それどころか、魔法を使うことすらできない者もいる。我々エルフとは違う種族ですからね」
光妖精と人間の混血であるエルフはいくつもの魔法を使用でき、自発的に好みの魔法を習得することも可能だ。
だが人間はそうもいかない。どの属性の魔法を使えるか、そもそも魔法そのものを使えるかは本人の素質次第。
なので妖精国レイティスに暮らすエルフは皆様々な魔法が使え、魔法を必須とする食物も普通に流通しているというわけだ。
(やっぱり私たちの国とは全然違う……)
実際に行ってみたいだなんて、おこがましい願望が一瞬脳裏をちらつく。すぐに忘れようとしていると、ハイドラが果実を鷲掴みにした。その途端、果実は彼女の掌から放出された炎に包まれた。
緑色だった殻は紅蓮の炎に炙られ、みるみるうちに焼き焦げていく。
すっかり黒く染まったところで火炎は消えた。
まだ熱いだろうに、ハイドラは平気な顔をして脆くなった殻を手早く剥いていった。
「わぁ……!」
露になった中身に、サリサは歓喜と驚きが混じった声を上げる。
中央の種が視認できるほど、透明度の高い紫色の果肉。焦げた匂いに混じって仄かに香る甘い香り。
あの殻は、この宝石のように美しい実をあらゆる外敵から守るためだったのだ。
「お食事前ですが、どうぞ召し上がってみてください」
「ありがとうございます。では……」
アグリッパに促されて実を囓ってみると、これまでに食べたことのない甘みが口の中に広がった。僅かにほろ苦さも感じて……不思議とそれが甘みと混ざって美味となる。
「今回は紫色でしたね。これは果肉の色が七種類かって、味もそれぞれ異なるんですよ。赤色は少しピリッとスパイシーで、青色だとひんやり冷たいんです」
「面白いですね。それに美味しいです!」
「よしよし。もう一個あるから、朝飯の後に食おうな。で、その後はもっと面白いところに連れて行ってやる」
ハイドラはサリサの頭をぐりぐり撫でながらそう言った。
アグリッパの言い分は「考えてみればハイドラに任せたら、まだ熟していないものを取って来そう」。対するハイドラは「アグリッパ一人に行かせたら、余計な果物を山ほど取って来そう」と溜め息混じりに言った。
喧嘩が拗れなくてよかった、とサリサも一安心である。
魔法で作り出した膜によって、これっぽっちも濡れることなく庭園から帰還した彼らの手には新鮮な果実。
ハイドラが食べたがっていた鮮やかな赤に色づく林檎。
淡い緑色の殻に包まれた雫型の果実はサリサのために収穫したものだが、マルリーナ国では見たことがない品種である。
鼻を近づけて匂いを嗅いでみても無臭で、殻の部分を爪でつつくとコツコツと硬い音が返ってきた。
「レイティスではポピュラーな果実なんですよ。食べるためには、外側の殻を魔法で燃やさないといけないんですが」
「えっ、燃やすんですか!?」
「素手では硬すぎて剥けませんし、ただの火では表面を焦がすのが精一杯。唯一の弱点は魔力で生み出した火です」
「食べるのが大変な果物なんですね……」
火魔法を持っていなければ、目の前にあっても食べることができない。そんなものが青果店で販売して、魔法の使えない人々が買ってしまったら苦情に発展しそうだ。
食べられない! と激怒する客をサリサが想像していると、ハイドラは訝しげに首を傾げた。
「食うのに大変? 燃やせばいいだけなのにか?」
「ハイドラ、人間は使える魔法を選べるわけじゃないんですよ。それどころか、魔法を使うことすらできない者もいる。我々エルフとは違う種族ですからね」
光妖精と人間の混血であるエルフはいくつもの魔法を使用でき、自発的に好みの魔法を習得することも可能だ。
だが人間はそうもいかない。どの属性の魔法を使えるか、そもそも魔法そのものを使えるかは本人の素質次第。
なので妖精国レイティスに暮らすエルフは皆様々な魔法が使え、魔法を必須とする食物も普通に流通しているというわけだ。
(やっぱり私たちの国とは全然違う……)
実際に行ってみたいだなんて、おこがましい願望が一瞬脳裏をちらつく。すぐに忘れようとしていると、ハイドラが果実を鷲掴みにした。その途端、果実は彼女の掌から放出された炎に包まれた。
緑色だった殻は紅蓮の炎に炙られ、みるみるうちに焼き焦げていく。
すっかり黒く染まったところで火炎は消えた。
まだ熱いだろうに、ハイドラは平気な顔をして脆くなった殻を手早く剥いていった。
「わぁ……!」
露になった中身に、サリサは歓喜と驚きが混じった声を上げる。
中央の種が視認できるほど、透明度の高い紫色の果肉。焦げた匂いに混じって仄かに香る甘い香り。
あの殻は、この宝石のように美しい実をあらゆる外敵から守るためだったのだ。
「お食事前ですが、どうぞ召し上がってみてください」
「ありがとうございます。では……」
アグリッパに促されて実を囓ってみると、これまでに食べたことのない甘みが口の中に広がった。僅かにほろ苦さも感じて……不思議とそれが甘みと混ざって美味となる。
「今回は紫色でしたね。これは果肉の色が七種類かって、味もそれぞれ異なるんですよ。赤色は少しピリッとスパイシーで、青色だとひんやり冷たいんです」
「面白いですね。それに美味しいです!」
「よしよし。もう一個あるから、朝飯の後に食おうな。で、その後はもっと面白いところに連れて行ってやる」
ハイドラはサリサの頭をぐりぐり撫でながらそう言った。
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