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17.雨の朝
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嘘のような本当の話なのだけれど、ヴィクターの屋敷で働く使用人はアグリッパとハイドラの二人しかいない。
こんなに広い屋敷と庭園の手入れをこの人たちだけで? と驚くサリサだったが、本来はヴィクター一人で住む予定ですらあったという。
何でもヴィクターはレイティスではそれなりに地位の高い武官だったが、とあるミスを犯してしまい、現在は謹慎の意味合いも兼ねてこの国の監視を担当しているのだとか。テレーゼとの結婚も本人の意思ではなく、王家からの指示によるもの。
アグリッパとハイドラは元々ヴィクターの部下で、上司一人で遠い他国に行かせるわけにはいかないと、上層部を説得してここまでついてきたらしい。
やっぱり二人ともいい人だ。サリサがそう思っていると、自分たちの事情を話終えたアグリッパは不思議そうに尋ねた。
「サリサ様、細かい部分は聞くおつもりはないんですか?」
「……細かい部分ですか?」
「ヴィクター様が母国で何をしてしまったのか、何故この国を監視する必要があるのか……とかですよ。私の話をうんうんと頷くだけで、全然聞いてこないなぁと気になりまして」
「それは確かに気になりますけれど」
ヴィクター本人がいない場で彼について聞くのは失礼だろうし、監視の件も簡単に質問していいことではないと思うのだ。
ということをアグリッパに述べると、彼は厨房の天井を見上げた。
「はぁ~~……信用されてますねぇ、我々」
「だ、だってヴィクター様たちは優しい方々ですから」
「嬉しいお言葉ありがとうございます。そう仰ってくださるサリサ様のために、庭園から美味しい果実を調達して……」
アグリッパの弾んだ声を遮るように、突如外から水を激しく叩きつける音が聞こえてきた。
反射的に窓へ視線を向ければ、庭園は雨の帳に包まれてうっすらと白んでいる。
サリサがこの地にやって来てから初めての雨だ。いつもとは違う庭園の景色をじっと眺めていたが、ハッと我に返る。
「アグリッパ様、果物は結構ですから……」
「いえ、魔法で雨に濡れないよう取りに行きますよ。ハイドラが」
ハイドラが聞いていたら怒りそうな返答である。
何とか取りに行かせないように……とサリサが考えていた時だ。
「おい、アグリッパ。庭に生ってる林檎が食いたいから、サリサの分と一緒に取ってこいよ」
「……………」
メイドの要求にアグリッパの笑顔が凍りつく。
サリサが何とか二人を宥めようとしていると、背後から肩を叩かれた。
海色の瞳が妻となる少女を静かに見詰めている。
「好きにやらせておけ。お前が止める必要はない」
ヴィクターは若干呆れたような口調で言った。
「い……いいんですか?」
「あれと似た光景を何度も見ているはずだが」
彼の言う通り。サリサがこの屋敷を住むようになってから一週間。使用人たちは一日に三回ほど些細な理由で口喧嘩をしている。
昨晩は林檎は甘い方がいいか、酸っぱい方がいいかで言い争いが始まってしまった。結局「生で食べるなら甘い方、菓子にするなら酸っぱい方」で引き分けとなったが。
「事あるごとに止めるだけ時間の無駄だ」
「で、でも激しくなったら止めようと思います」
「その時は俺を呼べ」
「はい。……あの、おはようございます、ヴィクター様」
大事なことを言い忘れてしまったと、頭を下げて朝の挨拶をする。
するとヴィクターはサリサのつむじをじっと凝視してから、
「おはよう」
と抑揚のない声で返した。
こんなに広い屋敷と庭園の手入れをこの人たちだけで? と驚くサリサだったが、本来はヴィクター一人で住む予定ですらあったという。
何でもヴィクターはレイティスではそれなりに地位の高い武官だったが、とあるミスを犯してしまい、現在は謹慎の意味合いも兼ねてこの国の監視を担当しているのだとか。テレーゼとの結婚も本人の意思ではなく、王家からの指示によるもの。
アグリッパとハイドラは元々ヴィクターの部下で、上司一人で遠い他国に行かせるわけにはいかないと、上層部を説得してここまでついてきたらしい。
やっぱり二人ともいい人だ。サリサがそう思っていると、自分たちの事情を話終えたアグリッパは不思議そうに尋ねた。
「サリサ様、細かい部分は聞くおつもりはないんですか?」
「……細かい部分ですか?」
「ヴィクター様が母国で何をしてしまったのか、何故この国を監視する必要があるのか……とかですよ。私の話をうんうんと頷くだけで、全然聞いてこないなぁと気になりまして」
「それは確かに気になりますけれど」
ヴィクター本人がいない場で彼について聞くのは失礼だろうし、監視の件も簡単に質問していいことではないと思うのだ。
ということをアグリッパに述べると、彼は厨房の天井を見上げた。
「はぁ~~……信用されてますねぇ、我々」
「だ、だってヴィクター様たちは優しい方々ですから」
「嬉しいお言葉ありがとうございます。そう仰ってくださるサリサ様のために、庭園から美味しい果実を調達して……」
アグリッパの弾んだ声を遮るように、突如外から水を激しく叩きつける音が聞こえてきた。
反射的に窓へ視線を向ければ、庭園は雨の帳に包まれてうっすらと白んでいる。
サリサがこの地にやって来てから初めての雨だ。いつもとは違う庭園の景色をじっと眺めていたが、ハッと我に返る。
「アグリッパ様、果物は結構ですから……」
「いえ、魔法で雨に濡れないよう取りに行きますよ。ハイドラが」
ハイドラが聞いていたら怒りそうな返答である。
何とか取りに行かせないように……とサリサが考えていた時だ。
「おい、アグリッパ。庭に生ってる林檎が食いたいから、サリサの分と一緒に取ってこいよ」
「……………」
メイドの要求にアグリッパの笑顔が凍りつく。
サリサが何とか二人を宥めようとしていると、背後から肩を叩かれた。
海色の瞳が妻となる少女を静かに見詰めている。
「好きにやらせておけ。お前が止める必要はない」
ヴィクターは若干呆れたような口調で言った。
「い……いいんですか?」
「あれと似た光景を何度も見ているはずだが」
彼の言う通り。サリサがこの屋敷を住むようになってから一週間。使用人たちは一日に三回ほど些細な理由で口喧嘩をしている。
昨晩は林檎は甘い方がいいか、酸っぱい方がいいかで言い争いが始まってしまった。結局「生で食べるなら甘い方、菓子にするなら酸っぱい方」で引き分けとなったが。
「事あるごとに止めるだけ時間の無駄だ」
「で、でも激しくなったら止めようと思います」
「その時は俺を呼べ」
「はい。……あの、おはようございます、ヴィクター様」
大事なことを言い忘れてしまったと、頭を下げて朝の挨拶をする。
するとヴィクターはサリサのつむじをじっと凝視してから、
「おはよう」
と抑揚のない声で返した。
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