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58話

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 そして翌日。執事は言いつけ通り、高位貴族の令嬢たちに会いに出向いたのだが。

「ソルベリア公爵家からの縁談? ええ、存じております。父が忌々しそうな顔で私に教えてくださいましたので」
「お父様がお断りの手紙を送ったはずですわ。あなた方に関わるつもりは毛頭ありませんと」
「まあ、父が不在の時を見計らっていらしたのですね。私一人だけならどうにか丸め込めると思ったのかしら」

 彼女たちの態度は、公爵家の使用人に対するものとは思えないほど冷ややかなものだった。
 殆どの家は屋敷に入れることすら許さず、玄関で追い払う。

 そんななか、一人の令嬢が「お茶ぐらいはお出しいたします」と呆れながらも執事を招き入れた。

「気遣いありがとうございます」
「勘違いしないでくださいませ。あなたの主がどれほどの馬鹿か、お教えするためですわ」

 歯に衣着せぬ物言いに、執事は嫌な予感を覚える。
 用意された紅茶を飲みながら体を休ませていると、令嬢が一枚の手紙を持ってきた。
 ソルベリア公爵家の紋章が入った封蝋が封筒に残されている。

「こちらは先日ソルベリア公爵から送られたものです。あなた、この中身は把握されていらっしゃるの?」
「いいえ……」

 令嬢の問いかけに、執事は視線を落としながら答える。
「手紙くらい自分一人で書ける」という言葉を信用してしまったのだ。いや、鵜呑みにしたというべきか……

「どうぞ中身をお読みください。そしてソルベリア公爵がいかに常識がないのかを知ってください」

 恐る恐る封筒から取り出した便箋を広げる。
 繊細さの欠片もない、子供のような稚拙な文字が並んでいる。
 だが文字の巧拙は、大した問題ではないはずだ。挨拶文もしっかり書けていて……

「な、何だこれは……!?」
「……ご理解いただけましたか?」

 驚きで目を大きく見開く執事に、令嬢が溜め息混じりに問いかける。
 執事は何も答えられなかった。てっきり、相手方の家を見下すような文を書いているのかと思ったが、そんな生易しい内容ではない。

「縁談に応じるのであれば『愛人を持つことを容認すること』、『仕事を半分手伝うこと』……申し込む側が提示する条件とは思えませんわ。他の家にも、同じような文面の書状をお出しになったそうですし」
「た、大変失礼いたしました!」

 呆れ果てた様子の令嬢に、執事は深々と頭を下げる。
 トーマスの怒りを買ってでも内容を確認すべきだったと、悔やんでも手遅れだ。

「あなたに謝られても困りますわ。そんなことより、ソルベリア公爵家からあの馬鹿男を追放されては如何かしら?」
「それは……」
「ああ、失礼。もうすぐ公爵家ではなくなるかもしれませんわね」

 令嬢は頬に指を添えながら、皮肉げに微笑んだ。

「っ……」

 頭を下げたままの執事の顔が、羞恥で赤く染まる。

「それでもアレを当主の座に就かせ続けるのでしたら、まずは法律の勉強をさせなさいな。ロシャーニア王国は一夫一妻制なのに、愛人を作ることを堂々と宣言しているなんて、頭が弱いにも程があります」
「返す言葉もございま……」

 そこで執事ははっと息を呑む。
 そうだ。トーマスであっても、愛人を持つことはリスクがあると理解しているはずだ。だからレベッカと婚約した当初は、彼女にバレないように用心していた。
 にも拘わらず、この書状の内容。

(まさか……)

 現在、トーマスは貴族議会に出席している最中だ。
 そして高位貴族には、新たな法案を即座に提出できる特権がある。


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