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56話

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「でしたら、せめてライラを……私の娘を返していただきたい!」
「ライラ? 彼女なら野盗に襲われた後、自死したと聞いているが」
「いえ、そうだとばかり思っていましたが、ルディック伯爵令嬢フィオナとして生きていたのです!」

 レオーヌ侯爵が力説すると、宰相は怪訝そうに眉を顰めた。

「……フィオナ嬢は森で発見されて、暫く意識不明の状態が続いていた。その際、ライラ嬢ではないかとソルベリア公爵と確認に出向き、別人だと断言したのではないか?」
「それはその……っ、変わり果てた姿となったライラを、娘と認めたくない気持ちが強くて……」
「ほう? あの場に居合わせていたメルヴィン王太子殿下は、面倒事を避けようとしているように見えたと仰っていたぞ」
「殿下は誤解しております……!」
「これから男爵となる者と、王太子殿下。どちらの言葉を信じるかなど考えるまでもない」

 取り付く島もない。
 だがこの絶望的な状況を打開するには、ライラを取り戻すしかなかった。
 そうすれば、メルヴィンとの婚姻のことがあるので、降爵を免れることができる。

「ロザンナとレベッカは死罪にしても構いません! ですから、どうかライラだけでも──」
「無駄だ。貴殿とソルベリア公爵が署名した証明書がある限り、フィオナ嬢をライラ嬢と認めるわけにはいかん」
「ぐぅ……」

 自分の行いが今最悪の形で返ってきている。
 失意の中、レオーヌ侯爵は屋敷に帰宅するとソファーに凭れて呆然としていた。

 そして数日後。城から降爵処分に関する詳しい書状が届いた。
 ルディック伯爵家に割譲する領地についても、記載されている。

「これは……」

 割譲後の地図を目にして、レオーヌ侯爵は愕然とする。
 領地の大半が、ルディック領として扱われている。残された領地は隣国に面したごく一部のみ。
 何とこのレオーヌ邸付近も、譲渡の対象となっている。

(だ、だったら、これから私はどこで暮らせば……!?)

 その答えは、しっかりと書状に書かれていた。
 国境付近に一軒家を建てるので、そこを住まいにしろというものだ。

「くそぉぉぉぉ……っ!」

 激しい動悸も全身の震えも治まらず、レオーヌ侯爵は書状に顔を埋めながら絶叫した。
 領地の大半を奪い取られ、国境沿いまで追いやられる。
 元侯爵に対するものとは思えない仕打ちに、憤りが隠せない。
 しかし、それ以上に恐怖があった。

 国はルディック領を防衛の要にしようとしている。
 だが、レオーヌ領は?
 万が一他国に攻め入られた時、果たして救援は来てくれるのだろうか。

(そ、そうだ。兵士を呼び戻しておこう)

 兵力を増やしておけば、いざという時に逃げるための時間稼ぎとして使える。
 レオーヌ侯爵はすぐさまソルベリア邸へ出向いた。書状を書く暇があったら、直接本人と話をつけたほうが早い。

 ところが……

「申し訳ございませんが、本日はお引き取りください」

 出迎えた侍女に、一方的に告げられる。

「ソルベリア公爵は外出中なのか?」
「いいえ。ただ……」
「何だ? こちらは緊急の用事で来ているのだぞ」
「……レオーヌ男爵・・を招き入れないようにと、公爵様から仰せつかっております」

 視線を逸らしながら侍女が答える。
 その返答に、レオーヌ侯爵の顔が怒りで赤く染まる。

「私はまだ侯爵だ! 今の言葉は侮辱と見なすぞ!」
「それは本当でございますか? 公爵様は既に男爵とお呼びしておりましたが……」
「何だと!? あの若造め……!」

 堪忍袋の緒が切れて、強引に屋敷の中へ押し入ろうとする。
 だが、「おやめください!」と使用人たちに取り押さえられ、敷地の外に追い出されてしまった。

 
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