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一話

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「紹介しよう、彼女はシンシアだ」

 旦那様が見知らぬ女性を連れて屋敷に帰ってきたのは、私たちが結婚して三年が経とうとしていた頃だった。
 美しい銀髪に青い瞳。儚げな雰囲気を纏う、美しい女性だった。

「お初にお目にかかりますわ、エリーゼ奥様」

 シンシア様が恭しく私にカーテシーをする。
 私が呆然と立ち尽くしていると、旦那様は不機嫌そうに目を細めた。

「何をしているんだ、君も挨拶をしろ」
「え……あ、失礼しました」

 たしなめられて、私もドレスの裾を摘まんで頭を下げる。すると旦那様は、シンシア様について語り始めた。

「シンシアは伯爵家の令嬢で、君と同じ歳だ」
「はい……」
「そして、彼女に私の子を産んでもらうことにした」
「…………っ」

 淡々とした口調で告げられ、胸を締め付けられるような痛みが襲う。
 何となく、彼女を一目見た時にそんな気はしていたのだ。

 言葉を失っている私に、旦那様が小さく溜め息をつく。

「ショックを受ける気持ちは私にも分かる。だが、仕方がないだろう。私には世継ぎが必要なんだ」
「はい……分かっております」

 私は無意識に自分のお腹を撫でる。
 子供が産めない体と宣告されたのは、今から半年前。医者は、恐らく先天性のものだろうと言っていた。

 それから不眠の日々が続いた。愛する人の子を宿せないこと、妻としての責務を果たせないことに、悩み続けた。
 そして、一つの答えを出そうとしていた矢先、旦那様はシンシア様を連れてきた。

 タイミングがいい、と思ってしまった。
 
「旦那様、私と離婚していただけませんか……?」
「……突然何を言い出すんだ、君は」
「ですが私が妻でいる限り、シンシア様の子は家督を継ぐことは出来ません」

 この国では、貴族が愛妾を持つことは認められている。
 けれど、愛妾が産んだ子は跡継ぎとして認められない。
 
 だから私と別れて、シンシア様と再婚するしかないのだ。
 間違ったことは言っていない、はずだった。

「離婚はしない」
「え?」
「シンシアの子は、君が産んだことにするんだ」「な、何を仰って……!」
「たとえ理由がどうあれ、離婚など体裁が悪くなるだろう。君はそんなことも分からないのか」

 無知を指摘されて、顔が熱くなる。冷ややかな眼差しを私へ向けながら、旦那様は言葉を続けた。

「いいか、君に拒否権などない。分かったか?」
「…………」
「それにいくら離婚を望んでも、君の両親が反対するに決まっている。君の帰る場所はここだけだ、エリーゼ」

 ぞっとするくらい、冷たい声。
 寒くもないのに、体の震えが止まらない。
 何とか返事をしようとすると、シンシア様が華やかな笑顔で私の手を握った。

「ご安心ください、奥様。元気な子を産んでみせますわ」

 ああ、なんて残酷な言葉。
 
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