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二話

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 旦那様──ローラス侯爵家のセドリック様と出会ったのは、十年前の春だった。

「君の父親は、かつて私の父に仕えていた。その時に、色々と苦労をかけさせた」

 なので、その恩返しとして君を娶りたい。
 彼は突然我が家にやって来たかと思えば、私にそう告げた。
 温かみのない、ひんやりとした声は、とても父に恩義を感じているようには聞こえなかった。

「こ、侯爵様、本当によろしいのですか?」

 父が困惑するのも無理はなかった。父が先代に仕えていたと言っても、たかが一、二年の短い期間。
 しかも私たちの家は、決して裕福とは言えない男爵家。
 セドリック様が私を選ぶメリットなんて、ないように思えた。

「ああ。彼女で構わない」

 はっきりと断言する彼に、私の胸は温かくなった。
 緩くウェーブのかかった深みのある金髪に、太陽の光を閉じ込めたような琥珀色の瞳。
 そして舞台俳優のような整った顔立ち。
 こんなに素敵な方に、見初められた。まるで夢のような出来事に思えた。

 けれど、彼の口から語られたもう一つ・・・・の理由は、決して優しいものではなかった。

「私に釣書を送ってくるのは、お世辞にもお淑やかとは言えない気の強い令嬢ばかりだ。彼女たちのような女を迎え入れれば、面倒ごとになりかねない。妻にするなら、ある程度容姿が優れ、従順な若い女性の方がいい」

 セドリック様は私を都合のいい女としか見ていない。
 それが分かっても、両親は結婚に反対しようとしなかった。
 力の弱い男爵家がこの先も生き残るためには、強い後ろ盾が必要で、まさにローラス侯爵家はうってつけだったから。

 そして長い婚約期間を経て、私たちは婚姻を結んだ。
 歴史のある教会で式を行い、互いに愛を誓い合った。

 ……いいえ。旦那様は私を愛してはいない。だって婚約中、彼が私に会いに来てくださったことは数える程度。
 将来のことが不安になり、何度も両親に相談していた。

『侯爵様が愛してくださらない? 何を贅沢なことを言っているの!』
『貴族の結婚などそんなものだ。我が家のためにも耐えてくれ』

 その度に両親は呆れたような表情で私を説き聞かせた。そして私も、自分を無理矢理納得させた。

 そうよね。私は十分幸せ者だわ。
 だから、あの人とローラス侯爵家のために尽くそうと心に決めた。


 なのに、私は旦那様との子を作れなかった。医者は治療を薦めてくれたけれど、それを拒否したのは旦那様だった。

『そんなことをしても無駄だろう』

 そう言い切り、この話は終わってしまった。
 その日以来、私たちは別々の寝室で眠るようになり、今は旦那様とシンシア様が同衾どうきんしている。

 ローラス侯爵家のために必要なことだと理解している。お二人の間に、愛がないことも。

 それでも、愛する夫を他の女性に奪われるのがこんなに辛いことだと、私は知りたくなかった。
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