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第八章

準備いろいろ(一)

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 入浴を済ませたルシアナは、寝室に運ばれた軽食を食べながら、一人首を捻っていた。

(レオンハルト様は、本当に触れるだけで満足されているのかしら……?)

 レオンハルトは自分に欲情していると言った。肉体的な繋がりを求めていることも、言葉の端々から伝わってきている。それなのに、彼は一方的にルシアナを高めることしかしていない。

(最後までは……無理だとしても、わたくしだって……)

 前回は薬が手元になかったから。今回は夜会が控えているから。というのは理解できるが、レオンハルトの指によって自分が悦楽を得るように、レオンハルトにも同じようなことができるのではないかと考える。

(わたくしだって……触ったり……………………舐めたり……)

 男性のものが実際にどのような感じなのか見たことはないが、閨授業で見た絵図では舐めやすそうな形をしていたはずだ。舐めてもいいものなのかわからないが、レオンハルトだって舐めていたのだから問題ないだろう。
 というところまで考えて、ルシアナは軽く頭を振る。

(わたくしは朝から何を考えているのかしらっ……)

 ルシアナは思考を切り替えるように、温かなミルクティーを口に含む。まろやかなミルクの舌触りと甘やかな風味に、ほっと息が漏れた。

「……」

(だめ……! やっぱり気になるわ……!)

 今日の夜会のことなど、別のことを考えようと思考を巡らせたものの、結局頭に残ったのは、今朝のレオンハルトとの触れ合いだった。

(そもそも、作業ではない閨事についてよく知らないのがいけないのよね)

 もし知っていたなら、こんな風に悩むことはなかっただろうし、レオンハルトも、もっと感情のまま求めてくれたかもしれない。

(わたくし、レオンハルト様に求められたいのね……)

 ルシアナは、そっと自身の首元へ触れる。表面的にはいつも通りの、白く細い喉。浴室の鏡で見たときも、痕などは一切なかった。しかし、皮膚の奥には彼に噛まれた感触がまだじんわりと残っている。
 喉をさすりながら、もっと強く噛んでくれてよかったのに、とルシアナは思う。
 今夜は夜会に出席するのだから実際に噛まれたらとても困るのに、それでも噛んでほしかった。もっと理性を失くして、どうしようもないくらい求めてほしいと思った。

 狩猟大会の最終日に思った、“もっとたくさん自分のことを考えて気にかけてほしい”、“自分が一番でありたい”という気持ちを突き詰めれば、“求められたい”になるのではないだろうか。
 一度芽生えた欲は、より深くなって一生消えないのかもしれない。
 こんなに欲深い感情を抱いて、レオンハルトは呆れないだろうか、と不安がよぎったものの、すぐに今朝言われたレオンハルトの言葉が脳裏に蘇った。

『いつか、貴女も俺のことを求めてくれるようになったら嬉しい』

「――……」

 ルシアナは、ああ、と一人納得し、視線を窓の外へ向ける。

(わたくしは……本当に何故、いつも気付くのが遅いのかしら)

 レオンハルトの気持ちが、今やっと理解できたような気がした。
 あのときのレオンハルトと今の自分が本当に同じ気持ちなのかはわからない。彼のほうがいつも一歩も二歩も先へ行っていて、自分はまだ一周遅れの状態という可能性だってある。
 同じ“求められたい”という気持ちでも、もしかしたら自分と彼では差異があるかもしれない。

(けれど、お互い“求められたい”と思っていることに変わりはないわ)

 レオンハルトも自分に求められたいと思っている。きちんと言われていたはずなのに、今やっとその喜びが胸の奥に広がった。
 しかし、それと同時に申し訳ない気持ちも湧いて出てくる。
 レオンハルトは、あのときどれほどもどかしい思いをしたのだろうか。
 求められたルシアナでさえ、もっと求めてほしいとこんなにもじれったい気持ちになったというのに、彼は「いつか」と待つ姿勢を見せてくれた。

 彼が自分ばかり気持ちよくしてくれるのは、自分では十分に応えられないとわかっていたからではないだろうか。与えられるものを受け取るのにいっぱいいっぱいになっているのを見て、ゆっくり窺いながら、歩調を合わせようとしてくれている。
 それが嬉しくて、情けない。

(きちんと応えたいわ。与えられるだけではなく……レオンハルト様の求めるものを、わたくしも差し上げたい)

 ルシアナは一度深く深呼吸をすると、夜会出席のためにドレスやアクセサリーを準備しているエステルたちに目を向ける。

「エステル。ちょっといいかしら」
「はい」

 エステルはイェニーとカーヤに軽く指示を出すと、すぐにルシアナの元にやってくる。

「どうかなさいましたか?」
「ええ。ちょっとお願いがあって。閨について……愛し合う者同士がする閨事について、何かわかるものはないかしら」

(って突然言われても、エステルも困るわよね)

 ルシアナが求めるものとしては的確な表現だが、第三者が突然これを問われて答えられるかと言われれば疑問だ。
 もっとわかりやすい別の言い方はないかと思案し始めたルシアナだったが、ルシアナが言い直すまでもなく、エステルは心得たとでもいうように微笑を浮かべ頭を下げた。

「すぐに取って参ります。少々お待ちくださいませ」

(え……今わたくしが言ったものが、もうすでにあるの?)

 迷いなく部屋を出て行ったエステルを、ルシアナは目を瞬かせながら見送った。
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