135 / 223
第八章
準備いろいろ(一)
しおりを挟む
入浴を済ませたルシアナは、寝室に運ばれた軽食を食べながら、一人首を捻っていた。
(レオンハルト様は、本当に触れるだけで満足されているのかしら……?)
レオンハルトは自分に欲情していると言った。肉体的な繋がりを求めていることも、言葉の端々から伝わってきている。それなのに、彼は一方的にルシアナを高めることしかしていない。
(最後までは……無理だとしても、わたくしだって……)
前回は薬が手元になかったから。今回は夜会が控えているから。というのは理解できるが、レオンハルトの指によって自分が悦楽を得るように、レオンハルトにも同じようなことができるのではないかと考える。
(わたくしだって……触ったり……………………舐めたり……)
男性のものが実際にどのような感じなのか見たことはないが、閨授業で見た絵図では舐めやすそうな形をしていたはずだ。舐めてもいいものなのかわからないが、レオンハルトだって舐めていたのだから問題ないだろう。
というところまで考えて、ルシアナは軽く頭を振る。
(わたくしは朝から何を考えているのかしらっ……)
ルシアナは思考を切り替えるように、温かなミルクティーを口に含む。まろやかなミルクの舌触りと甘やかな風味に、ほっと息が漏れた。
「……」
(だめ……! やっぱり気になるわ……!)
今日の夜会のことなど、別のことを考えようと思考を巡らせたものの、結局頭に残ったのは、今朝のレオンハルトとの触れ合いだった。
(そもそも、作業ではない閨事についてよく知らないのがいけないのよね)
もし知っていたなら、こんな風に悩むことはなかっただろうし、レオンハルトも、もっと感情のまま求めてくれたかもしれない。
(わたくし、レオンハルト様に求められたいのね……)
ルシアナは、そっと自身の首元へ触れる。表面的にはいつも通りの、白く細い喉。浴室の鏡で見たときも、痕などは一切なかった。しかし、皮膚の奥には彼に噛まれた感触がまだじんわりと残っている。
喉をさすりながら、もっと強く噛んでくれてよかったのに、とルシアナは思う。
今夜は夜会に出席するのだから実際に噛まれたらとても困るのに、それでも噛んでほしかった。もっと理性を失くして、どうしようもないくらい求めてほしいと思った。
狩猟大会の最終日に思った、“もっとたくさん自分のことを考えて気にかけてほしい”、“自分が一番でありたい”という気持ちを突き詰めれば、“求められたい”になるのではないだろうか。
一度芽生えた欲は、より深くなって一生消えないのかもしれない。
こんなに欲深い感情を抱いて、レオンハルトは呆れないだろうか、と不安がよぎったものの、すぐに今朝言われたレオンハルトの言葉が脳裏に蘇った。
『いつか、貴女も俺のことを求めてくれるようになったら嬉しい』
「――……」
ルシアナは、ああ、と一人納得し、視線を窓の外へ向ける。
(わたくしは……本当に何故、いつも気付くのが遅いのかしら)
レオンハルトの気持ちが、今やっと理解できたような気がした。
あのときのレオンハルトと今の自分が本当に同じ気持ちなのかはわからない。彼のほうがいつも一歩も二歩も先へ行っていて、自分はまだ一周遅れの状態という可能性だってある。
同じ“求められたい”という気持ちでも、もしかしたら自分と彼では差異があるかもしれない。
(けれど、お互い“求められたい”と思っていることに変わりはないわ)
レオンハルトも自分に求められたいと思っている。きちんと言われていたはずなのに、今やっとその喜びが胸の奥に広がった。
しかし、それと同時に申し訳ない気持ちも湧いて出てくる。
レオンハルトは、あのときどれほどもどかしい思いをしたのだろうか。
求められたルシアナでさえ、もっと求めてほしいとこんなにもじれったい気持ちになったというのに、彼は「いつか」と待つ姿勢を見せてくれた。
彼が自分ばかり気持ちよくしてくれるのは、自分では十分に応えられないとわかっていたからではないだろうか。与えられるものを受け取るのにいっぱいいっぱいになっているのを見て、ゆっくり窺いながら、歩調を合わせようとしてくれている。
それが嬉しくて、情けない。
(きちんと応えたいわ。与えられるだけではなく……レオンハルト様の求めるものを、わたくしも差し上げたい)
ルシアナは一度深く深呼吸をすると、夜会出席のためにドレスやアクセサリーを準備しているエステルたちに目を向ける。
「エステル。ちょっといいかしら」
「はい」
エステルはイェニーとカーヤに軽く指示を出すと、すぐにルシアナの元にやってくる。
「どうかなさいましたか?」
「ええ。ちょっとお願いがあって。閨について……愛し合う者同士がする閨事について、何かわかるものはないかしら」
(って突然言われても、エステルも困るわよね)
ルシアナが求めるものとしては的確な表現だが、第三者が突然これを問われて答えられるかと言われれば疑問だ。
もっとわかりやすい別の言い方はないかと思案し始めたルシアナだったが、ルシアナが言い直すまでもなく、エステルは心得たとでもいうように微笑を浮かべ頭を下げた。
「すぐに取って参ります。少々お待ちくださいませ」
(え……今わたくしが言ったものが、もうすでにあるの?)
迷いなく部屋を出て行ったエステルを、ルシアナは目を瞬かせながら見送った。
(レオンハルト様は、本当に触れるだけで満足されているのかしら……?)
レオンハルトは自分に欲情していると言った。肉体的な繋がりを求めていることも、言葉の端々から伝わってきている。それなのに、彼は一方的にルシアナを高めることしかしていない。
(最後までは……無理だとしても、わたくしだって……)
前回は薬が手元になかったから。今回は夜会が控えているから。というのは理解できるが、レオンハルトの指によって自分が悦楽を得るように、レオンハルトにも同じようなことができるのではないかと考える。
(わたくしだって……触ったり……………………舐めたり……)
男性のものが実際にどのような感じなのか見たことはないが、閨授業で見た絵図では舐めやすそうな形をしていたはずだ。舐めてもいいものなのかわからないが、レオンハルトだって舐めていたのだから問題ないだろう。
というところまで考えて、ルシアナは軽く頭を振る。
(わたくしは朝から何を考えているのかしらっ……)
ルシアナは思考を切り替えるように、温かなミルクティーを口に含む。まろやかなミルクの舌触りと甘やかな風味に、ほっと息が漏れた。
「……」
(だめ……! やっぱり気になるわ……!)
今日の夜会のことなど、別のことを考えようと思考を巡らせたものの、結局頭に残ったのは、今朝のレオンハルトとの触れ合いだった。
(そもそも、作業ではない閨事についてよく知らないのがいけないのよね)
もし知っていたなら、こんな風に悩むことはなかっただろうし、レオンハルトも、もっと感情のまま求めてくれたかもしれない。
(わたくし、レオンハルト様に求められたいのね……)
ルシアナは、そっと自身の首元へ触れる。表面的にはいつも通りの、白く細い喉。浴室の鏡で見たときも、痕などは一切なかった。しかし、皮膚の奥には彼に噛まれた感触がまだじんわりと残っている。
喉をさすりながら、もっと強く噛んでくれてよかったのに、とルシアナは思う。
今夜は夜会に出席するのだから実際に噛まれたらとても困るのに、それでも噛んでほしかった。もっと理性を失くして、どうしようもないくらい求めてほしいと思った。
狩猟大会の最終日に思った、“もっとたくさん自分のことを考えて気にかけてほしい”、“自分が一番でありたい”という気持ちを突き詰めれば、“求められたい”になるのではないだろうか。
一度芽生えた欲は、より深くなって一生消えないのかもしれない。
こんなに欲深い感情を抱いて、レオンハルトは呆れないだろうか、と不安がよぎったものの、すぐに今朝言われたレオンハルトの言葉が脳裏に蘇った。
『いつか、貴女も俺のことを求めてくれるようになったら嬉しい』
「――……」
ルシアナは、ああ、と一人納得し、視線を窓の外へ向ける。
(わたくしは……本当に何故、いつも気付くのが遅いのかしら)
レオンハルトの気持ちが、今やっと理解できたような気がした。
あのときのレオンハルトと今の自分が本当に同じ気持ちなのかはわからない。彼のほうがいつも一歩も二歩も先へ行っていて、自分はまだ一周遅れの状態という可能性だってある。
同じ“求められたい”という気持ちでも、もしかしたら自分と彼では差異があるかもしれない。
(けれど、お互い“求められたい”と思っていることに変わりはないわ)
レオンハルトも自分に求められたいと思っている。きちんと言われていたはずなのに、今やっとその喜びが胸の奥に広がった。
しかし、それと同時に申し訳ない気持ちも湧いて出てくる。
レオンハルトは、あのときどれほどもどかしい思いをしたのだろうか。
求められたルシアナでさえ、もっと求めてほしいとこんなにもじれったい気持ちになったというのに、彼は「いつか」と待つ姿勢を見せてくれた。
彼が自分ばかり気持ちよくしてくれるのは、自分では十分に応えられないとわかっていたからではないだろうか。与えられるものを受け取るのにいっぱいいっぱいになっているのを見て、ゆっくり窺いながら、歩調を合わせようとしてくれている。
それが嬉しくて、情けない。
(きちんと応えたいわ。与えられるだけではなく……レオンハルト様の求めるものを、わたくしも差し上げたい)
ルシアナは一度深く深呼吸をすると、夜会出席のためにドレスやアクセサリーを準備しているエステルたちに目を向ける。
「エステル。ちょっといいかしら」
「はい」
エステルはイェニーとカーヤに軽く指示を出すと、すぐにルシアナの元にやってくる。
「どうかなさいましたか?」
「ええ。ちょっとお願いがあって。閨について……愛し合う者同士がする閨事について、何かわかるものはないかしら」
(って突然言われても、エステルも困るわよね)
ルシアナが求めるものとしては的確な表現だが、第三者が突然これを問われて答えられるかと言われれば疑問だ。
もっとわかりやすい別の言い方はないかと思案し始めたルシアナだったが、ルシアナが言い直すまでもなく、エステルは心得たとでもいうように微笑を浮かべ頭を下げた。
「すぐに取って参ります。少々お待ちくださいませ」
(え……今わたくしが言ったものが、もうすでにあるの?)
迷いなく部屋を出て行ったエステルを、ルシアナは目を瞬かせながら見送った。
0
お気に入りに追加
98
あなたにおすすめの小説
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
行き遅れにされた女騎士団長はやんごとなきお方に愛される
めもぐあい
恋愛
「ババアは、早く辞めたらいいのにな。辞めれる要素がないから無理か? ギャハハ」
ーーおーい。しっかり本人に聞こえてますからねー。今度の遠征の時、覚えてろよ!!
テレーズ・リヴィエ、31歳。騎士団の第4師団長で、テイム担当の魔物の騎士。
『テレーズを陰日向になって守る会』なる組織を、他の師団長達が作っていたらしく、お陰で恋愛経験0。
新人訓練に潜入していた、王弟のマクシムに外堀を埋められ、いつの間にか女性騎士団の団長に祭り上げられ、マクシムとは公認の仲に。
アラサー女騎士が、いつの間にかやんごとなきお方に愛されている話。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました
市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。
私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?!
しかも婚約者達との関係も最悪で……
まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
明智さんちの旦那さんたちR
明智 颯茄
恋愛
あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。
奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。
ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。
*BL描写あり
毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる