ルシアナのマイペースな結婚生活

ゆき真白

文字の大きさ
上 下
136 / 232
第八章

準備いろいろ(二)

しおりを挟む
「こちら、アレクサンドラ王女殿下よりお預かりしていたものです」
「アレックスお姉様から?」

 戻って来たエステルに差し出された、布に包まれた厚いものを受け取ったルシアナは、布をゆっくり取っていく。

(……本?)

 アレクサンドラから預かったというものは、上製本ハードカバーの小説のようなものだった。赤い布地に金糸の刺繍が施された、タイトルもないシンプルな表紙の本だ。
 ぱらぱらと何枚かめくって、ルシアナは本を閉じる。
 数度深呼吸をすると、にこりと笑いエステルへ視線を戻す。

「この本を預かるとき、お姉様は何かおっしゃっていた?」
「トゥルエノでは閨事は義務として必要最低限の知識を端的に説明するから、旦那様と心を通わせたらきっと戸惑うだろう、と。もし閨について何か相談を受けたら、そちらの御本をお渡しするように、と仰せつかりました」
「そうなの……」

 ルシアナは再び、今度はそろりとページをめくる。

(まあ……)

 そこには、先ほどルシアナが考えた手や口で行う奉仕や、夜の営みが盛り上がるという様々な行為が、絵図付きで掲載されていた。

(あら……体を交わらせると一言で言っても、様々な姿勢があるのね……)

「……」

 軽く全体に目を通したルシアナは、本を閉じると視線を上げる。

「エステルは、この本の内容を知ってる?」
「はい」
「ここに書いてあることを行えば、愛し合う者同士の閨事になるのかしら?」

 これまで穏やかに微笑み受け答えをしていたエステルが、この質問で初めて少し困ったように眉尻を下げた。

「そう、ですね……何とお答えすればよろしいのか……」

 言い淀み悩むエステルの向こう側で、宝飾品を並べていたイェニーと目が合う。ルシアナは口元に笑みを浮かべると、「イェニー、カーヤ」と声を掛ける。すると、二人は待ってましたとばかりにエステルの少し後ろに並んだ。

「あなたたちの意見も聞かせて」
「私たちでお役に立つのでしたら喜んで」

 明るく笑ったイェニーとカーヤに、ルシアナは本を差し出す。
 二人は「失礼いたします」と断りを入れると、本の中身を見る。会話の内容から閨に関することだと察していたのか、二人は本の中を見ても特に表情を変えなかった。一通り見たのか、二人は顔を見合わせると「ありがとうございます」と本を返した。

「恐れながら、そちらに書かれていることを行うからといって、それが愛し合う者同士の閨事になるわけではないかと」

 カーヤの言葉に、イェニーも続ける。

「全員がそうだとは限りませんが……愛していれば自然と、そこに書かれているようなことをしたい、して差し上げたい、と思うようになるものだと私は考えます」

(あ……)

 確かに、この本に目を通す前に、レオンハルトへの奉仕について考えた。やり方がわからなかっただけで、やりたいという気持ちはちゃんとある。
 困ったように微笑んでいたエステルも、二人の言葉にゆっくり首肯した。

「そうですね。そこに記載されていることを実行せずとも、ルシアナ様がご自身の意思で、ご自身の思うように旦那様と触れ合えば、それがルシアナ様と旦那様の“愛し合う者同士の閨事”になるかと存じます」
「そう……そうよね」

 この本に書かれているのは、ただの“方法”だ。
 触れ合いたい、愛を交わしたいと思ったときに、それを実行する方法を記しているに過ぎない。

(書かれていることをなぞればいいわけではないわよね)

 ルシアナは、ふっと小さく息を吐くと、三人に笑みを向ける。

「ありがとう。エステル、カーヤ、イェニー。少しだけ難しく考えすぎていたのかもしれないわ」

 晴れやかな笑みを浮かべるルシアナに、三人も安堵したように息をつく。
 三人とも仕事に戻っていい、と伝えようとしたルシアナだが、それより早くイェニーが「あ」と声を漏らした。

「行為そのものではなく、“愛する者同士”という雰囲気を感じられたいのであれば、官能小説を読まれるのもよいかと」
「ああ……そうですね。ルシアナ様は恋物語も好きでいらっしゃるから、そちらに目を通されるのもよろしいかもしれません」

 続けられたエステルの言葉に、カーヤも無言で頷いている。
 何やら通じ合っている三人を見ながら、ルシアナは首を傾げた。

「官能小説……というのは一体どういうものなのかしら」
「失礼いたしました。官能小説というのは、ルシアナ様が普段読まれている恋愛小説のようなもので、そこに登場人物たちの閨事が追加された書籍のことでございます」
「まあ……!」

 エステルの説明に、ルシアナは目を丸くする。

(そんな物語があるのね!)

 これまでルシアナが読んできた恋物語は健全も健全で、男女の触れ合いは手を握る、抱き締め合う程度で、稀に触れるだけのキスがある、といったような具合だった。そんなルシアナにとって、男女の睦み合いが記された物語があるというのは、まさに青天の霹靂だ。

「まあ、まあ、是非読みたいわ」

 瞳を煌めかせるルシアナに、三人は温かな笑みを浮かべた。

「それでしたら、シュネーヴェで手に入るものを一通り調べておきますね」
「ありがとう、エステル。助かるわ」

(すごいわ。どんなことが書かれているのかしら)

 “官能小説”という未知の存在に、わくわくと胸を膨らませていると、コンコンコンコンと扉がノックされる。
 四人は肩を跳ねさせると、ルシアナは持っていた本を包みにしまい、イェニーとカーヤは夜会の準備に戻り、エステルは急いで扉へと向かった。エステルの視線を受け、背中に本を隠したルシアナは、こくこくと頷く。
 頷き返したエステルが扉を開けると、そこにはエーリクが立っていた。

「まあ、エーリク。どうしたの?」

 入浴後、シュミーズにナイトガウンを着用しただけだったルシアナは、レオンハルトの言いつけを守るように、その上からショールを羽織る。あまり肌が見えないように気を付けながら扉の前まで行くと、エーリクは深く腰を折った。

「お寛ぎのところ失礼いたします。実は奥様にお願いがございまして……」
「お願い? わたくしに?」

 一体なんだろうと首を傾げるルシアナに、頭を上げたエーリクは、にっこりと満面の笑みを浮かべた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

皇帝は虐げられた身代わり妃の瞳に溺れる

えくれあ
恋愛
丞相の娘として生まれながら、蔡 重華は生まれ持った髪の色によりそれを認められず使用人のような扱いを受けて育った。 一方、母違いの妹である蔡 鈴麗は父親の愛情を一身に受け、何不自由なく育った。そんな鈴麗は、破格の待遇での皇帝への輿入れが決まる。 しかし、わがまま放題で育った鈴麗は輿入れ当日、後先を考えることなく逃げ出してしまった。困った父は、こんな時だけ重華を娘扱いし、鈴麗が見つかるまで身代わりを務めるように命じる。 皇帝である李 晧月は、後宮の妃嬪たちに全く興味を示さないことで有名だ。きっと重華にも興味は示さず、身代わりだと気づかれることなくやり過ごせると思っていたのだが……

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

婚約者が巨乳好きだと知ったので、お義兄様に胸を大きくしてもらいます。

恋愛
可憐な見た目とは裏腹に、突っ走りがちな令嬢のパトリシア。婚約者のフィリップが、巨乳じゃないと女として見れない、と話しているのを聞いてしまう。 パトリシアは、小さい頃に両親を亡くし、母の弟である伯爵家で、本当の娘の様に育てられた。お世話になった家族の為にも、幸せな結婚生活を送らねばならないと、兄の様に慕っているアレックスに、あるお願いをしに行く。

処理中です...