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十一

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「沙弥様」
「はい」

 そこへ、田辺が助け船を出す。

「沙弥様は、この西園寺 直之様の許婚でございます」
「許婚?…………えっと………結婚をする人達の事を言うんですよね?…………私が?………公爵様と?…………そんな!あり得ません!私………妾腹の娘なんですから!」
「…………西園寺様………」
「何ですか……先生………」
誤解されていらっしゃるのですか?」
「昨夜、意識を取り戻してからあまり話せていないんです………何処から話せば誤解が解けるか、とも思い、それならば先生にも参加して頂き、全て打ち明けて、沙弥さんに判断を委ね様と………」
「なる程………分かりました」
「っ!」

 沙弥には、直之と田辺が話す内容を全く理解出来てはいない。
 きょとん、とした顔をしていると、沙弥は八千代と万智に抱き着かれた。

「誰ですか!お嬢様を妾腹だと吐かしたのは!」
「お嬢様はれっきとした、風祭家のお嬢様です!貞継様のご令嬢、沙保里様のご息女なんですよ!」
「そうです!豊信様が婿養子!沙保里様と結婚し、沙弥お嬢様がご誕生されましたが、病弱な沙保里様を蔑ろにし、他所で女を作り、その女が今の妻!香子です!」
「憎たらしいったらありゃしません!沙保里様の後を追うように、貞継様が亡くなられ、直ぐに香子を後妻に入れて、それに反対した家令や女中達は解雇されたんです!」
「ですが、沙弥様のお世話を香子はせず、育児を放棄した事で、私と八千代さんは、お嬢様の傍に居られる事が出来ました!でも…………でも………」
「物心付くお歳になられると、私達からお嬢様に話されるのを恐れた豊信様は、私達もお嬢様から引き離されて………」

 一気に女中二人に捲し立てられた沙弥は、自身の出自を初めて知った。
 風祭家では、豊信が貞継の息子であり、香子と結婚する前に、遊女との間に沙弥が出来たので、仕方なく引き取ったのだと聞かされていたのだ。
 だから、麗華と豊春は妻、香子の子で、沙弥は妾腹の子、として、女中や家令達に扱われてきていたのである。
 学校に通わせていなかったのも、字を覚えさせたら、何かと面倒な事にならない様に、学が無いままにしておけば、知恵を持たず、豊信の言葉をただ信じる娘として育つと思われていたに過ぎない。

「嘘を吐かれていたの?私………お父様やお義母様に………」
「いや、多分………豊信氏だけだと思うよ。香子夫人は社交場でも、沙弥さんを妾腹の子と言っているからね。知っていてもそう言うとは思うが、豊信氏の性格上、隠している可能性の方が高い…………ですよね、先生」
「はい…………豊信氏は、計算高い人です。慎重派で、人を信用しない。それは風祭貿易の仕事振りでも見受けられます」
「お父様のお仕事については私はよく分かりませんが…………妾腹じゃなかった………んですね………もう………と言えるんですね………」

 馬鹿にされ続け、認めて自分が妾腹だから蔑まされて当たり前なんだ、と思う事である意味逃げ道としていた沙弥。大人しく従っていれば無事に事が済む迄我慢さえしていれば、生きて居られる、と思う事で逃げていた。
 それが、立ち向かえる事が出来る様に思っていられる事が嬉しかった。

「お嬢様っ!」
「大丈夫なんです!お嬢様は妾腹ではございません!」
「とりあえず、誤解は解けたかな?沙弥さん」
「は、はい…………あ、で、ですが………あの許婚って………私、何もお父様からは聞いてませんが………」

 話が脱線したが、沙弥の出自も大事な話だったので、直之と田辺は話す手間が省けた。
 そして、本題に入る前に、沙弥は許婚問題を思い出す。記憶力は良い様だ。

「当然さ、俺と沙弥さんの婚姻話は、豊信氏は関与していないからね」
「はい…………此方をお見せしようと思いましたが、沙弥様が字を読めないとなると、口頭説明でしか出来ないですね」
「大丈夫でしょう。記憶力は悪く無さそうですし」
「そうですね………では、ご説明させて頂きます」

 田辺が沙弥に説明を始める。
 婿養子として、豊信が風祭家に入った頃は、貞継も豊信を信用していたのだと沙弥に話した。
 だが、沙保里が病弱である事。沙保里には兄弟が居ない事を知って婿養子に入った豊信は、貞継に知られない様に影で、香子と付き合い始めた。それも沙弥を妊娠した後なのだという。
 激高した貞継は、豊信に離縁をさせようとしていたのだが、先に沙保里が亡くなってしまい、その悲しみで貞継も病を患い、会社の経営も豊信が中心に居た事もあってか、任せねばならなくなってしまい、貞継は豊信を風祭の姓から抜く機会を失って亡くなってしまった。
 弁護士の田辺と決めてきた、沙保里と豊信の離縁。そして、会社の行く末と残された沙弥の事に嘆いた貞継は、親交のあった西園寺家に助けを求めた。
 貞継の遺言書は沙弥が二十歳になる迄開封しない事。会社の権利、土地家屋の権利、売買は豊信の権限であってはならない。そして、豊信には沙弥が受け取る財産を一切使わせない。
 そして、沙弥への危害を加える者には、例え豊信であろうとも譲歩は一切与えない事を決め、豊信には一部だけ貞継からの遺言を伝えるに終わらせた。
 こうすれば、沙弥は二十歳迄は無事で居られる、と貞継は願ってこの世を去ったのだ。
 だが、田辺の話から直之との許婚話は出ては来ない。
 沙弥はただ黙って聞いてはいたが、話が難しく、半分は意味が分かってはいなかった。それでも、貞継が沙弥を思って決めた事だという事は伝わっていた。
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