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十二

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「貞継殿と西園寺家との話し合いで、決めた事はまだある」
「それが許婚ですか?」
「拘るね、沙弥さん………許婚話に」

 沙弥は気になって仕方ないのが許婚の事なのだ。
 妾腹の娘だから、幸せな結婚等夢のまた夢だと思っていたからだ。だからといって、直之が好きになったとかでは無い様だが、もし婚姻となれば話しておかなければならない事がある、と沙弥は思ったからだ。

「…………それは……その………」

 だが、いざ言おうとすると話せない内容。

「まぁ、仕方ないよね………ほぼ初対面の男から、自分は貴女の許婚です、て言われたら驚くし」
「貞継様は、もし沙弥様に好きな方が出来て、結婚を示唆される様になったら、直ぐにでも調査して、風祭家に見合う男性かの見極めを西園寺家の当時のご当主、直之様のお父様に頼まれました。西園寺家は沙弥様の後見人の役割りを担って頂いているのです」
「…………はぁ……」

 難しくて沙弥には分からない。後見人なのに、何故その人が沙弥の許婚になるのか、と。
 そして、後見人の意味も分からない。

「ですが、もしそのお相手が、西園寺家のお眼鏡に掛からない男であれば、貞継様は直之様に沙弥様を頼む、とお話されました。それが二十歳になる前でも西園寺家が認めた方と婚姻されれば、沙弥様に貞継様の遺言書を開封し、相続させよ、との事………もし、二十歳を過ぎてもお相手が見つからなかった場合、直之様との婚姻を遺言書に残されておられます」
「…………つまり、それが私をお父様から離す為になる、と………」

 風祭家は伯爵で、西園寺家は公爵。地位も上になる為、豊信は反対出来ないという事らしい。

「因みにですが、沙弥様の戸籍は、貞継様のと今はなっております。戸籍上、遺産相続の問題を回避するのにも、豊信氏に口を出されぬ為にも、孫という立場よりでいた方が良いのでは、と貞継様が決められ、豊信氏とは戸籍上、関係は義理の兄妹となっております」
「そうすれば、婚姻にも父親として反対するのは無駄になるからね」
「沙弥様の代理人は私、田辺が今迄しておりましたし、それはこれからも、沙弥様が独り立ちする迄は変わらないので、ご安心下さい」
「で、でも私………お金を持ち合わせていないのに…………」
「貞継様より、その資金は頂いておりますよ」
「分からなかった事あるかい?沙弥さん」
「…………わ、私……学校も行ってないので、分かったのか分かってないのか、よく分かりません……」

 戸籍も、沙弥には分からない事だし、何故父親の豊信が、義理の兄妹になるのか分かりもしない沙弥。そして、目の前の直之が沙弥の許婚で良いのかも分からない。

「簡単に言ってしまえば、この西園寺家で沙弥さんを悪く扱う者は居ない、て事さ。これなら分かるだろう?」
「はい、それなら分かります」
「守る為に、君はこの屋敷に居ればいい。そうすれば、麗華に無理矢理、藤原侯爵家へ連れて行かれる事も無い」
「っ!」
「……………何故、彼処に行かねばならなくなったのかは俺は知らない。ただ、西園寺家の回した密偵が、嫌そうに連れて行かれた事を見ていたからね」

 幾ら帰る、と沙弥は口にしていても、帰ればまたあの屈辱的行為を強制させられる事を、思い出させた直之の言葉。
 だが、直之は知らない振りをしなければならない。
 それでも、言った事に直之は後悔していた。

「此方にご厄介になれば、藤原様のお屋敷に行かなくても本当によくなりますか?」
「行かせないよ、絶対に」
「……………それなら、暫くの間……お世話になります。私、何でもしますから、働かせて下さい!」
「別に働かなくてもいいんだが………それよりも君は字の読み書きが出来ないとな」
「ですが、私にはお金が必要で………風祭の家から出る為には………」
「字の読み書きぐらい出来なきゃ、自立した生活なんて出来ないよ、沙弥さん」
「そ、そうなのですか?」
「あぁ………特に君は貴族だ。読み書きは出来なければ」

 なんとなく、直之に言いくるめられた気がする沙弥だが、風祭家に帰りたくなかった沙弥には、西園寺家以上の快適な場所は思い付かなかった。

 コンコン。

「失礼します。直之様」
「あぁ、正芳………如何した?」
「お医者様がお見えになりました」
「貴方は………」
「沙弥お嬢様、元気になられて安心しました」

 風祭家の庭師として働いていた正芳が、西園寺家に居るのに驚いている沙弥。

「正芳には、風祭家へ潜り込ませていて、沙弥さんの行動を調べさせていたんだ。だから、繁華街で沙弥さんが倒れた時、直ぐに西園寺家に運ばせた」
「正芳さんに助けて頂いたとは………ありがとうございます」
「礼なら直之様に…………直之様が、機転を利かせて俺は動いただけですし、風祭家へお帰しするのは、俺も嫌でしたからね」
「公爵様、何から何迄、ありがとうございます」
「…………と言ってくれないのか?沙弥さん」
「え…………っと………身分違い過ぎますし……」
「許婚なんだ、身分云々は気にしなくていい」

 沙弥が正芳を名で言ったものだから、直之も名呼びをして欲しかった様で、それを見た正芳や八千代、万智、田辺もクスクスと笑いを堪えていた。
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