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<第三巻:闇商人 vs 奴隷商人>

閑話:マリレーネが売られるって?

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 ふん、ふんふーんっ! らんらんらーんっ!
 鼻歌を口にしたマリレーネは、晴れやかな気持ちで三階へと上がる。

「旦那さまー、ごはんとウチとどっちがいいのぉー! るるるんるーん」

 歌まで歌うことは珍しい。
 食事の準備ができたことを伝えるだけなのに、マリレーネはご機嫌だった。
 ニートの部屋の前に来て、はたと止まった。

「あれ? ライラ先生とお話中かな?」

 ドアに耳を押し当て、中の様子を窺ってみる。

「盗み聞きって良くないけど、あの二人って二人の時はどんな話をしてるのか、気になるじゃんねぇ」

 独り言を呟き、耳をすます。
 ライラの声が聞こえて来た。

「あの子、ちょっと食べ過ぎです! あれじゃ、食費がいくらでもかかります。それでもしっかり仕事してくれたらいいのですが、食っちゃ寝ばかりですよっ!」

 なんだ、なんだ? もしかしてウチのことかな?

「そう言うな、ライラよ。体が大きいんだからしっかり食べないと」
「ですが、胸ばかり大きいだけで……」

 よく聞こえない。
 ウチってそんなに食べてたっけ?
 それに、ライラ先生も旦那様に告げ口しなくてもいいのに。
 ぽつりと呟くと、丸い獣耳をさらにドアに押し付ける。

「もう、あんな子、処分しましょう。ここに置いておく価値がないです」
「そうかな? 俺はそうは思わないけど。処分なんてかわいそうじゃないか。それに、価値がないとは思わない。意外とあいつは癒されるんだ」

 はぁああんっ、旦那さまぁ。ウチのことかばってくださってるぅ!
 癒されるだなんて!

 それにしても、ライラ先生がウチのことをそんな風に思っていたなんてショック。

「あの子を売らないということは、やはり食べる気なんですか?」
「ああ、あれはうまいからな。それに……」

 ああんっ、ウチを食べるって……えっ、それってエッチするってことでしょ?
 はい、ウチは旦那さまのためにこの身を捧げたのです、いくらでもお食べください。

 心の声が漏れ出て、つい口に出てしまったが部屋の中には聞こえていないようだ。

「というわけだから、もうしばらく置いてやろうと思う。いずれは処分すると思うが」
「旦那様がそうおっしゃるのなら、それでかまいませんが」
「どうしてライラは、そこまで言うんだ? 何か気にくわないことがあったのか?」

 ニートの言葉を聞いて、マリレーネも聞き漏らすまいとドアに張り付く。

「あの子、農家に行かせたことがあったじゃないですか。あの時、あの子、すごいオシッコをしたんですよ!」

 えええっ、ライラ先生なんで知ってるの?
 ウチが、農家にお使いに行った時におしっこしたくなって、草むらで用を足してたあの日のことを言ってるんだわ。
 なんで、どうして? どこで見てたの?
 草むらだったよね? 茂みが後ろで前には塀があって……

「ふぁっ! も、もしかして壁の穴から? あの穴から見てたのぉ?」

 マリレーネは真っ赤になった顔に手を当てて頬のほてりを冷ます。
 先日、壁にお尻が挟まってしまったことがあったが、あの時たしかにオシッコをした。

「あの時のことを言ってるんだ……ふぇええ」

 ライラは、さらに追い打ちをかけるようにニートへ言っているのが聞こえて来る。

「おしっこしっぱなしで、あの後片付けが大変だったんですからねっ! ちょっと私の靴にも散ったのですよ。本当にあの時は泣きそうになったのですからっ!」
「落ち着け、ライラ。わかった。そんなにキミがいやがるのなら処分しよう」

 ひぇえええっ! ウチもうダメなの? 売られる? 殺されちゃう?

 マリレーネは涙目になり、自分の知らないところでライラに迷惑をかけていたことを後悔した。

「ライラ先生におしっこ片付けてもらっただなんて……ウチ知らなかった。だからってウチを処分なんてヒドイ……」

 いてもたってもいられなくなったマリレーネは思い切って部屋へと入った。


◇ ◇

 マリレーネが階段を上がるところまで時間を巻き戻す。

 俺は困り果てていた。
 ライラが俺の部屋にやってきて、牛を処分しろと言い始めたのだ。
 たしかに乳も出ない年老いた牛だが、体も大きいためいずれ焼肉にしようと思っている。

「あの子、ちょっと食べ過ぎです! あれじゃ、食費がいくらでもかかります。それでもしっかり仕事してくれたらいいのですが、食っちゃ寝ばかりですよっ!」

 老牛なんだから、寝てていいだろ。
 それに、食べ過ぎとはいえ人間が食べないような草を食べるわけだし……
 草も買ってるんだっけ?

「そう言うな、ライラよ。体が大きいんだからしっかり食べないと」
「ですが、胸は大きいだけでお乳が出るわけでもないし、世話するのも大変なのですよ! もう、あんな子、処分しましょう。ここに置いておく価値がないです」
「そうかな? 俺はそうは思わないけど。処分なんてかわいそうじゃないか」

 今、解体しても保存する場所がない。
 つい先日、一頭解体してバーベキューしたけど、まだたくさん肉が残っているのだ。

「それに、価値がないとは思わない。意外とあいつは癒されるんだ」

 むしゃむしゃと草を咀嚼する顔を見ていると、マリレーネを思い出す。
 たくさん食べる女の子は、見ているだけで幸せを感じるし癒される。
 俺の言葉を聞き、ライラがあきれたようにふぅと息を吐くと言う。

「あの子を売らないということは、やはり食べる気なんですか?」
「ああ、あれはうまいからな。それに世話をしている奴隷たちも、愛着を持って世話しているだろう? きっと奴隷たちも農家や牧場に売られた場合は牛の世話もさせられることもあると思う。その練習にもなると思う。というわけだから、もうしばらく置いてやろうと思う。いずれは処分するとは思うが」

「旦那様がそうおっしゃるのなら、それでかまいませんが」

 肩をすくめ、自分の提案が通らないと思ったのか、あきらめ顔のライラ。

「どうしてライラは、そこまで言うんだ? 何か気にくわないことがあったのか?」

 ライラは、少し上を向いて考えた後、腹がたったことを思い出したのか一気にまくしたてた。

「あの子、農家に行かせたことがあったじゃないですか。あの時、あの子、すごいオシッコをしたんですよ!」
「仕方ないだろう。牛にトイレのしつけはできないんだから」

「そうですが……。あの時、すごい勢いでジャバジャバとオシッコしたんですから。それに、おしっこしっぱなしで、あの後片付けが大変だったんですからねっ! ちょっと私の靴にも散ったのですよ。本当にあの時は泣きそうになったのですからっ!」

 ライラの靴って、いつものヒールの高いブーツのことだろうな。
 皮でできたブーツは、黒光りしていて傷一つない。大切にしているのは知っているが、牛のおしっこが散ったくらいで、大袈裟なやつだ。

「落ち着け、ライラ。わかった。そんなにキミがいやがるのなら処分しよう」

 どうせいずれ食べるつもりだったのだ。
 牛は村のあちこちの農家から老いた牛を買い付けている。
 この国の人は、兎や鶏肉を食するが、牛の肉を食べることがほとんどない。
 むしろ、牛が食べられると言うことを知らない者も多いはずだ。

 俺の言葉に、ライラも落ち着いたようだった。

 その時、ドアがバーンと大きな音を立てて開いた。
 飛び上がって驚くライラが、キャァっ!と小さな悲鳴をあげる。
 ほぉ、思ったより可愛い声出すじゃないか。

「だんなさまぁーーっ! 申し訳ございませーん。 ウチもうお腹いっぱい食べません。しっかり働きますからぁああ!」

 涙を流し、鼻水まで垂らしたマリレーネが何を言っているのかわからなかった。
 ライラを見ると、泣きじゃくるマリレーネを見て声をかけようかどうしようかと、手を上げ下げしている。

「何を言っているんだ? いったい何の話をしている」
「ごめんなさい。おっぱいが大きいだけですが、精一杯ご奉仕しますので見捨てないでください……おねがいですからぁ」

 おっぱいが大きいって、それ一番大事だよ。
 そのメロンおっぱいこそ、マリレーネのチャームポイントさ。

「ちょっと待て。なぜ泣いているんだ?」
「そうよ。突然入ってきて、いったいどうしたっていうの?」

 マリレーネは、ライラが声をかけてもプイッと横を向き無視をする。
 いったいどうしたんだよ。ケンカしてるのかな?

「旦那さまぁ、ウチを売ってしまうのですか? もうウチは用済みですか?」
「えぇっ、それはない。お前を売るつもりはないけど……」

 しきりに泣いたマリレーネは、俺の言葉を聞いて「ほんとに?」と顔を上げる。
 涙ぐむ女の子を見ると、どうも落ち着かない。
 女の子は笑顔が一番だ。

「ああ、俺はマリレーネを売ったりしないよ。ずっとそばにいろ」
「あああああっ、はいっ! ずっとおそばから離れませんっ!」

 マリレーネが抱きついてきたもんだから、ライラがどさくさにまぎれても俺に抱きついてくる。

「おい、ライラまで何をしている?」
「ああんっ、ニート様のいじわるぅ。私も抱きしめてくださいませぇ。はふぅん!」

 まるでフェロモンをこすりつけるかのように、俺の腕にすがりつくと大きなおっぱいを押し付ける。
 その乳圧で、マリレーネが吹き飛ばされそうだ。
 巨乳ふたりの乳相撲を目の前で見せられたが、良いものを見せてもらった。

「で、マリレーネは何しにきたのだ?」

 袖で涙を拭くと、マリレーネは言った。

「そうだ、旦那様のお食事の準備ができたので食堂へお越しください」
「ああ、そうか。ありがとう」

 俺は、よくわからないがマリレーネの機嫌が良くなったので安心した。
 逆にライラは少し怒っているように見えるのはなぜだろう?
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