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<第三巻:闇商人 vs 奴隷商人>
第三話:肉欲の闇奴隷市場
しおりを挟む闇商人ジルダの一行は、スティーンハン国第二の街アラダにやってきていた。
この街で闇奴隷市場を開くためだ。
この街は、衛兵どもに賄賂はたんまりと渡してあり闇市を開いても取り締まられる恐れがない。
荷車十台という大所帯の移動だ。ユルトや奴隷を入れた檻が三個運ぶためには必要最小限だ。
途中、旅商人を襲い食い物を手に入れながら四日ほどの移動をした。
ジルダはその間、エルフの奴隷ヴィヴィを毎晩のように相手をさせた。
今では、縄がなくてもそばにぴったりと寄り添い、しなだれかかっている。
「ジルダ様のエルフ奴隷はいいよな。べっぴんだし、尻もエロいし……」
「うるせえ、お前たちには早いんだよ。奴隷を慰みものにできるだけありがたく思え。お前のその顔じゃ、普通の女じゃ逃げ出すからよ」
ちげぇねえ、と男が答えると他の手下たちもガハハハと笑い声をあげた。
こいつらと一緒にいるとき、俺が一番幸せを感じるときだ。
だからこそ、この一家を俺は守らねぇといけねえ。
こいつらは帰る場所を作ってやらなければならない。
俺がしっかり守ってやらなければ野垂れ死ぬか、すぐに自警団に捕まって牢屋行き、下手したら死刑だ。
アラダの街が見えてきた頃にはすっかりと日が落ちていた。
暗くなるのを見計らい、城門をくぐる。
西門が俺たち裏稼業の物が出入りできる唯一の門だ。
門番が、俺の顔を見ると軽く手を振り入れと合図を送る。
すれ違いざま、袋に入った金貨を手渡すと何食わぬ顔で受け取り、ポケットにねじこんでいた。
役人なんて、賄賂次第でどうにでもなる。法律がなんだっていうんだ。
そんなのクソ喰らえだ! 俺はもっと儲けてやる。
「ジルダ様、そろそろ会場に着きやす。ユルトの設営はどうしましょうか?」
「今夜は会場を見て、家主に挨拶するだけだ。お前たちは、城壁外のいつもの場所にユルトを組み立てておけ」
そう言うと、ユルトを乗せた荷車は北門へと城壁に沿って移動を始めた。
布をかけられた檻を積んだ荷車も後を続く。
「ヴィヴィ。お前は俺と一緒に宿に泊まる。それとも他のエルフと同じ檻がいいか?」
「もちろん、ジルダ様のお側にいさせてください」
変われば変わるものだ。
最初の頃は、股を開くだけでも抵抗し泣き叫んだヴィヴィだが、今では喜んで股を開く。
二人ほど側近を連れて、ヴィヴィとジルダの四人で闇奴隷市場の会場の下見に行く。
何度か使ったことがあるが、やはり事前に逃走経路は確認するのが闇商人の鉄則。
たとえ、賄賂を渡していても裏切られることは想定しておかなければ生き残れない。裏稼業は、信じられるのは自分だけだ。
家主は、いくつかの商店を経営している金持ちの男だが、がめつい男だ。
禿げ上がった頭はテカテカと光、怪しい雰囲気をまとっている。
あまりにもヴィヴィを見る目がいやらしく舐めるようで、視姦される気持ち悪さから、とっさにジルダの後ろに隠れたほどだ。
「旦那、いい女を連れているじゃねぇですか。お代を安くしやすから今夜その女を貸してもらえねぇかな?」
「ダメだ。この女は商品じゃねぇ。仕込み中ってやつだ」
「仕込みなら、私がやってあげますよ。たっぷりと可愛がってやるから、お嬢ちゃんどうだい今夜相手してくれねえか?」
ジルダは、機嫌を損ねられないよう言葉に気をつけながらも、足元を見られないよう威圧して断る。
こんな上玉のエルフはそうそういない。
こんな男に味見させるなんてさせるもんか、もったいない。
「旦那。金は前金だ。いま支払ってくれ。もしお前たちが捕まってもお互いのことは話さないという約束は守れよ」
「それはお互い様だ。捕まっても前金を返せとは言わないが、お前が情報を漏らすな」
「ああ、わかってら。三日後の夜だったな。私もこんなべっぴんなエルフが売られるのなら買ってもいいかもな」
ジルダは、男の言葉に法律がまだこの国には伝わっていないことを確信した。
買った者も罰せられるとは、とんでもない悪法だ。それでは商売上がったりだ。
「それより旦那。闇奴隷市場なんてせず、奴隷商人ギルドを通して売った方が早いんじゃねぇんですか?」
「ダメだ。あいつらにビタ一文払いたくはない。むしろ、あいつらから仕事を取ってやりたいくらいだ」
俺は語気を強め、唾液を飛ばして言うもんだから、家主のオヤジは肩をすくめた。
「まっとうに仕事をした方が、けっきょく儲かるってもんだ。闇商人なんぞ長く続けるもんじゃねぇぞ」
「お前にそんなことを言われたくねえな。俺はもう裏街道しか歩けねぇんだ」
◇ ◇
それから三日後。ひさしぶりに闇奴隷市場が開催されるとあって多くの客が詰めかけた。
今夜はエルフが競りに出されると聞きつけ、有象無象の衆が集まっている。
その中には、何人かジルダの息がかかった男がサクラとして仕込まれている。
金額を引き上げるために雇った男たちだ。
こいつらが落札することはないが、仮に落札しても商品は売らないのだから損はない。
「ジルダ様」
呼ばれて振り返ると、ヴィヴィが心配そうな顔をして立っている。
どうしたのか聞くと、自分も売りに出されるのかと心配しているようだった。
「売られたくなければ、しっかりと俺に奉仕するんだな。俺はお前が高値で売れたらそれでいいんだ」
嘘だった。この数日間一緒にいると情が移ってしまい、手放したくないと思い始めている。
売られたくないから媚を売るのだとわかっているが、ヴィヴィの体に溺れている自覚はしている。
だが、そんなことをこの女に言う必要はない。
「はい……精一杯お仕えしますのでそばに置いてください」
「もういいから、檻にいるエルフたちに水浴びさせて、綺麗にしろ」
ヴィヴィは、手下と一緒に会場裏に置かれた檻に行き、水を張った桶を用意するのを手伝った。
売り物の奴隷は、一度綺麗に洗われる。
少しでも高値に買ってもらうためだ。
この数日間、ずっと檻の中で糞尿垂れ流しで当然体も洗っていないため臭くなっている。
エルフは体臭がほとんどないが、糞尿は人間のそれと変わりがない。
洗い終わったエルフは、ふたたび縄で一人ずつ縛られると順番に並べさせられた。
ヴィヴィが列の整理をしていると、顔見知りのエルフが話しかけてきた。
「お願い、ヴィヴィ。助けて……、縄を解いて」
「ダメよ。逆らえないわ。逃げ出したとしても、逃げ切れるものでもないの」
そんなあ……と一縷の望みも断たれ、エルフがうなだれる。
「ねぇ、パニョンはどうしたの? あの子がずっといないの。あなた何か知ってる?」
「知らないわ。一人エルフが逃げたとは聞いたけど……。もしかしたら、その逃げた子がパニョンかもしれないわね」
パニョンは、マーティの街で掲示板を見に行くように言われ、そのまま逃走したエルフだ。
まだ十五歳の少女だったが、無事に逃げられたのか、その後どうなったのか聞かされていなかった。
「あなたはいいわね、闇商人に気に入られてさ。自由に歩け回れるんだから」
「勝手なこと言わないで。どれだけ酷い目にあっているか……。いいことなんてひとつもないわ。生き延びるため仕方なく媚を売っている。惨めだわ」
ふと背後に気配を感じ、ヴィヴィが振り返るとジルダが怒りの形相で立っていた。
「あああっ、許してください。これは、言葉のアヤで……そんなこと思っていないですから」
「酷い目にあってるだと? 喜んで股を開き、しょんべん垂らしてイキまくっているくせに、このアマ!」
ビンタが飛び、ヴィヴィは激しく引き倒されると足蹴にされる。
許してください、許してくださいと懇願するも、何度も腹を蹴られヴィヴィは気を失った。
「恩を仇で返すとは、この女調子に乗りすぎだな。やはり甘やかすといけねぇ」
ジルダは、気を失ったヴィヴィの足を持ち、引きずるようにして檻へ放り込んだ。
「お前たちは、これから売られるんだ。せいぜいいいご主人様に買ってもらえ。売れ残った奴はおしおきだ」
そばにいた男エルフを蹴り飛ばし、女エルフの頬を張る。
これだけで十分だった。
みんな下を向き、ジルダの怒りの矛先が自分にこないことを祈っている。
逆らう奴は容赦しない、たとえヴィヴィでもな。
大切にしてやろうと思っていたのに……くそ、あのアマ……とんだ食わせ者だ。
闇奴隷市場がはじまり、順番に舞台へとあげられていく。
男奴隷も美形揃いなため、そっち系の男どもが我先にと買い、また金持ちの女将らが競りに興じた。
しっかりと、利益が出たことでジルダはご満悦だった。
金貨がどんどんと積まれていく。
やっぱりエルフは金になる。
あははは、奴隷商人どもみたいな、ちんたら金儲けしていたら金持ちになる前に寿命がきてしまう。
「おい、ヴィヴィ目を覚ませよ! お前も売られたいようだな。今夜のメインに競りに出してやるからな」
気を失っていたヴィヴィは、ゆっくりと起き上がるとジルダの前に土下座し、頭を地面に擦りつけて懇願した。
「ゆ、許してください……おねがいです。なんでも言うことを聞きます。なんでもしますお願いです! お願いです……たすけて……」
準備中にヴィヴィは見ていた。客たちの下衆な顔、言葉遣いを。
あんな下品な男たちに買われると、死ぬまでしゃぶりつくされ、一生性奴隷としてこの身を貪られる、とヴィヴィは絶望した。
「逃げたい……しかし、どうしたら……」
ジルダに媚びて生き延びればいいが、怒りは収まりそうにないことを悟るとヴィヴィは涙を流し悔やんだのだった。
次々と、エルフたちは買い手がつき、ヴィヴィの出番となった。
その時、バーンと大きな音で振り向く。
封鎖されているはずの出入り口から、騎士団が一気に駆け込み周囲を取り囲んだ。
「やばい、騎士団だ、おまえら逃げろっ!」
ジルダの声に、手下たちは金貨の入った袋を持ち、一斉に裏口へと走る。
ジルダもまた脱兎のごとく逃げていく。
騎士たちが追いすがるが、逃げ足の早さは目を見張るものがあった。
あっという間に出口へ行くと、姿が見えなくなっていた。
ヴィヴィは檻の中で、一部始終を見て、自分は捨て置かれたことに絶望したのだった。
◇ ◇
奴隷を購入した十三名全員が法で裁かれたのは数日後のことだった。
法律改正の知らせは、実はジルダが街に来た二日後に周知されていた。
だが、客も法をよく知らなかったのだ。
知っていたら買わなかったと口々に釈明したが、結局は財産没収でほとんどの客が即日結審した。
そして、ジルダもまた手配犯として、手配書が回ることになった。
ジルダは地団駄を踏み、荷車の中で頭を抱えた。
「くそっ! なぜバレた! 誰が言った? 誰の得になる!」
エルフたちは置き去りにしてしまった。ヴィヴィも檻に入れたままだ。
きっと、騎士たちが解放しているだろう。
せめて、あいつだけでも連れ出しておけば……。
檻なんかに閉じ込めなければよかった……
悔やんでも悔やみきれない。
自分でもなぜこんなに奴隷の女に入れあげているのかわからない。
この感情はなんだ?
この寂しさは……。この虚しさは……なんなんだ。
闇奴隷市場は失敗だった。
残ったのは、エルフの村から略奪した物資が少し、そして金貨が数百枚。
損はしていないが、闇商人ジルダの失敗は国中の裏稼業の者たちにあっという間に知ることになるだろう。
名前で商売している俺たちがヘタを打ったのだ。
「くそっ、また法律か。そんなに法律が偉いのか!」
腹立たしい。急に奴隷の売買がうまくいかなくなっていた。
どうしたらいいんだ……。奴隷商人め……覚えてろよ。
ジルダは、今回の失敗がどこにあったのか思慮した。
とにかく、荷物は無事だ。武器などの物資も押収されていないのはありがたい。
闇奴隷市場当日はすでにユルトは片付け、一切合切を荷車に積んで逃げる用意をしていたのだ。
仕事の時は、逃げることを第一に考え、最優先は逃走経路を確保することをジルダは徹底していた。
そのおかげで、今こうやって荷車と移動できている。
ジルダは、奴隷商人に一泡吹かせてやろうと東へと進路を変え、チョルル村へと向かうことにした。
応援ありがとうございます!
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