たとえ番でないとしても

豆狸

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34・たとえ上手く行っているように思えても

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「……竜王ニコラオス陛下はどうなさっているのでしょう?」

 ここは離宮の談話室です。
 いつもの麝香草タイムのお茶で喉を潤した後、私は向かいの席に座って話し相手をしてくれているオレステス様に尋ねました。
 今は秋の終わりです。収穫祭は盛況のうちに幕を閉じ、季節は冬へと移り変わろうとしています。

「大丈夫ですよ、妃殿下。もし巨竜化したニコラオス陛下が暴走したとしても、同行している兄上がちゃんと止めを刺しますから」
「オレステス様! いくら従兄弟同士でも不敬が過ぎますよ!」

 竜王陛下と近衛騎士隊長のソティリオス様は魔物の大暴走スタンピードを収めるため、王都を離れていらっしゃいます。
 例年より発生頻度が下がっていると聞きますし、私の前の記憶と比べても回数は少なく規模も小さいものばかりです。
 ですが──大暴走スタンピード自体は発生しています。

 たとえ上手く行っているように思えても、王都周辺の魔力を鎮めたくらいでは未来は変わらないのかもしれません。
 これからのことを考えると恐ろしくて全身の血が冷えていきます。私は陛下をお救いして、世界の終わりを妨げることが出来るのでしょうか。
 私の怯えを誤解したのか、オレステス様は慌てた様子で言葉を返してきました。

「冗談ですよ、妃殿下。とはいえ、ここだけの話にしておいてくださいね?」
「悪い冗談です」

 私はオレステス様を睨みつけました。
 同時に、心の中で自分自身を窘めます。
 怯えてばかりいては駄目ですよ、ディアナ。今は前とは違います。精霊王様も力を貸してくださっているのですから諦めてはいけません、と。

「ごめんなさい。ですがご安心ください。この程度の大暴走スタンピードで陛下が巨竜化することはありませんよ。むしろ功を焦っている兄上のほうが心配です」
「ソティリオス様が功を……?」

 カサヴェテス竜王国における近衛騎士隊長以上の地位といえば国軍の元帥です。
 今はソティリオス様とオレステス様の父君であるガヴラス大公殿下がその役を担っていらっしゃいます。大公家長男のソティリオス様はすでに跡取りとして認められていると聞きますので、無理に手柄を立てなくてもいずれは元帥になられるはずです。
 繊細な問題だとわかっていましたが、私は聞かずにはいられませんでした。

「もしかしてガヴラス大公殿下が体調を崩されているのですか?」
「いいえ、父上は元気ですよ。茸泥棒の検挙に勤しんでおられます。妃殿下のおかげで大暴走スタンピードの発生頻度が下がったので余裕が出来たのです」
「茸……ディリティリオ茸ですか?」
「はい。妃殿下が魔道具職人の助手を治療なさったことがきっかけで、パルミエリ辺境伯領へのディリティリオ茸の輸出が始まったのです」

 それによって、これまでは美味しくないからと気にしていなかった夏のディリティリオ茸が泥棒に盗まれていたことがわかったのだと言います。

「泥棒は我がガヴラス大公領に近いメンダシウム男爵領からやって来ていたようです」
「まあ……でも夏のディリティリオ茸は猛毒なのですよね? 竜人族の方は平気だけれど美味しくないから好む方は少ないと……」

 領を跨いでまで泥棒をする価値があるのでしょうか。
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