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幕間 大公家次男は夢を見る③
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「ところで兄上。妃殿下に求婚したの?」
「……っ!」
「妃殿下にいただいた麝香草で淹れたお茶なんだから吹き出したりしないでね」
「あ、ああ、わかってる。そんなもったいないことは出来ない」
「で? 求婚はどうなったの?」
「求婚は……出来なかった」
兄の言葉にオレステスは安堵した。
「そのほうがいいよ。いくら白い結婚で来年の春には離縁するって決まってても、自分の知らない間に家臣へ下賜されたなんて聞かされたら、妃殿下が傷つくと思うな。いくら政略結婚は王侯貴族の常って言ってもねー」
ディアナに恋はしていないくせに、竜王ニコラオスは今になって彼女を失うことを惜しみ始めた。
治療法のなかった病気を治し、魔物化する作物や土地の澱んだ魔力を鎮める力を持つ精霊王の愛し子だ。まともな王なら手放したいとは思わない。
そもそも他国から娶った王女を冷遇していること自体が間違っている。
(なのに、それでも陛下は番を優先させるんだよね)
竜王は王妃との関係を改善するのではなく、離縁後の彼女をカサヴェテス竜王国に引き留める手段として大公家の跡取りとの婚姻を選択した。
番の男爵令嬢に不快な思いをさせたくないからだ。
兄である大公家の跡取りがディアナに惹かれて恋していると知らなければ、話を聞いたオレステスは従兄の竜王ニコラオスを莫迦と罵倒していただろう。
「そうだな。きちんと陛下と離縁なさって、リナルディ王国へ戻られてから改めて求婚したほうが良いだろう」
「どうせ兄上が巨竜化して送っていくんだろ? そのときに気持ちを告白したら?」
「……ああ」
「どうしたの? 求婚出来なかったくらいで、どうしてそんなに落ち込んでるのさ。どっちにしろ今すぐ兄上と再婚出来るわけじゃないよ? それとももしかして告白して振られちゃったの?」
「俺は告白してないんだが……」
「なにかあったの?」
「夏に農家で会った子どもが妃殿下に求婚した」
「ああ、弟の病気を妃殿下に治してもらったって子? 五歳くらいでしょ? 成人する前にそんな発言忘れちゃうよ」
「そうは思えない。子どもだし、オモチャの剣に釣られて去っていったが、妃殿下への想いは俺と同じくらい強いと感じた」
「え? 負けそうとか思ってるの、兄上。いくらなんでも年の差が大き過ぎるでしょ」
ソティリオスは二十六歳。ディアナとは八歳差で貴族の政略結婚としては問題ない範疇だろう。
この年まで独身だったのは、近年頻発していた魔物の大暴走の対応に追われていたからだ。
子どもだけでも作れと周囲に騒がれても動かずにいたのは、従兄の竜王ニコラオスと同じように番への憧れが強かったからではないかと弟のオレステスは思っている。巨竜化出来る竜人族の自分が暴走することへの恐怖は、巨竜化出来ない竜人族では想像不可能なほど大きいようだ。
(妃殿下が兄上の番だったら良かったんだけどね)
竜王との婚礼前にそれがわかっていれば、結婚相手を代えるだけで良かった。
もちろんそれだって失礼なことに違いはないのだが、結婚した後で番でないと拒まれるよりも結婚前に相手が代わるほうが多少はマシだ。
予定されていた相手でなかったとしても、兄に番として愛を注がれていれば、今のディアナのように寂しげな表情は見せないだろう。
「あ、もしかして兄上。子どもに求婚を先取りされたことを悔しがってるの?」
「……うるさい」
番でなくてもこうなのだ。
もしディアナがソティリオスの番だったとしたら、それはもう暑苦しいほどの愛を彼女に注ぐのだろうな、とオレステスは思った。
大公家次男はディアナを義姉上と呼ぶ、幸せな未来を夢見ていた。
「……っ!」
「妃殿下にいただいた麝香草で淹れたお茶なんだから吹き出したりしないでね」
「あ、ああ、わかってる。そんなもったいないことは出来ない」
「で? 求婚はどうなったの?」
「求婚は……出来なかった」
兄の言葉にオレステスは安堵した。
「そのほうがいいよ。いくら白い結婚で来年の春には離縁するって決まってても、自分の知らない間に家臣へ下賜されたなんて聞かされたら、妃殿下が傷つくと思うな。いくら政略結婚は王侯貴族の常って言ってもねー」
ディアナに恋はしていないくせに、竜王ニコラオスは今になって彼女を失うことを惜しみ始めた。
治療法のなかった病気を治し、魔物化する作物や土地の澱んだ魔力を鎮める力を持つ精霊王の愛し子だ。まともな王なら手放したいとは思わない。
そもそも他国から娶った王女を冷遇していること自体が間違っている。
(なのに、それでも陛下は番を優先させるんだよね)
竜王は王妃との関係を改善するのではなく、離縁後の彼女をカサヴェテス竜王国に引き留める手段として大公家の跡取りとの婚姻を選択した。
番の男爵令嬢に不快な思いをさせたくないからだ。
兄である大公家の跡取りがディアナに惹かれて恋していると知らなければ、話を聞いたオレステスは従兄の竜王ニコラオスを莫迦と罵倒していただろう。
「そうだな。きちんと陛下と離縁なさって、リナルディ王国へ戻られてから改めて求婚したほうが良いだろう」
「どうせ兄上が巨竜化して送っていくんだろ? そのときに気持ちを告白したら?」
「……ああ」
「どうしたの? 求婚出来なかったくらいで、どうしてそんなに落ち込んでるのさ。どっちにしろ今すぐ兄上と再婚出来るわけじゃないよ? それとももしかして告白して振られちゃったの?」
「俺は告白してないんだが……」
「なにかあったの?」
「夏に農家で会った子どもが妃殿下に求婚した」
「ああ、弟の病気を妃殿下に治してもらったって子? 五歳くらいでしょ? 成人する前にそんな発言忘れちゃうよ」
「そうは思えない。子どもだし、オモチャの剣に釣られて去っていったが、妃殿下への想いは俺と同じくらい強いと感じた」
「え? 負けそうとか思ってるの、兄上。いくらなんでも年の差が大き過ぎるでしょ」
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この年まで独身だったのは、近年頻発していた魔物の大暴走の対応に追われていたからだ。
子どもだけでも作れと周囲に騒がれても動かずにいたのは、従兄の竜王ニコラオスと同じように番への憧れが強かったからではないかと弟のオレステスは思っている。巨竜化出来る竜人族の自分が暴走することへの恐怖は、巨竜化出来ない竜人族では想像不可能なほど大きいようだ。
(妃殿下が兄上の番だったら良かったんだけどね)
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もちろんそれだって失礼なことに違いはないのだが、結婚した後で番でないと拒まれるよりも結婚前に相手が代わるほうが多少はマシだ。
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「あ、もしかして兄上。子どもに求婚を先取りされたことを悔しがってるの?」
「……うるさい」
番でなくてもこうなのだ。
もしディアナがソティリオスの番だったとしたら、それはもう暑苦しいほどの愛を彼女に注ぐのだろうな、とオレステスは思った。
大公家次男はディアナを義姉上と呼ぶ、幸せな未来を夢見ていた。
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