たとえ番でないとしても

豆狸

文字の大きさ
45 / 60

幕間 大公家次男は夢を見る③

しおりを挟む
「ところで兄上。妃殿下に求婚したの?」
「……っ!」
「妃殿下にいただいた麝香草タイムで淹れたお茶なんだから吹き出したりしないでね」
「あ、ああ、わかってる。そんなもったいないことは出来ない」
「で? 求婚はどうなったの?」
「求婚は……出来なかった」

 兄の言葉にオレステスは安堵した。

「そのほうがいいよ。いくら白い結婚で来年の春には離縁するって決まってても、自分の知らない間に家臣へ下賜されたなんて聞かされたら、妃殿下が傷つくと思うな。いくら政略結婚は王侯貴族の常って言ってもねー」

 ディアナに恋はしていないくせに、竜王ニコラオスは今になって彼女を失うことを惜しみ始めた。
 治療法のなかった病気を治し、魔物化する作物や土地の澱んだ魔力を鎮める力を持つ精霊王の愛し子だ。まともな王なら手放したいとは思わない。
 そもそも他国から娶った王女を冷遇していること自体が間違っている。

(なのに、それでも陛下はつがいを優先させるんだよね)

 竜王は王妃との関係を改善するのではなく、離縁後の彼女をカサヴェテス竜王国に引き留める手段として大公家の跡取りとの婚姻を選択した。
 つがい男爵令嬢サギニに不快な思いをさせたくないからだ。
 兄である大公家の跡取りソティリオスがディアナに惹かれて恋していると知らなければ、話を聞いたオレステスは従兄の竜王ニコラオスを莫迦と罵倒していただろう。

「そうだな。きちんと陛下と離縁なさって、リナルディ王国へ戻られてから改めて求婚したほうが良いだろう」
「どうせ兄上が巨竜化して送っていくんだろ? そのときに気持ちを告白したら?」
「……ああ」
「どうしたの? 求婚出来なかったくらいで、どうしてそんなに落ち込んでるのさ。どっちにしろ今すぐ兄上と再婚出来るわけじゃないよ? それとももしかして告白して振られちゃったの?」
「俺は告白してないんだが……」
「なにかあったの?」
「夏に農家で会った子どもが妃殿下に求婚した」
「ああ、弟の病気を妃殿下に治してもらったって子? 五歳くらいでしょ? 成人する前にそんな発言忘れちゃうよ」
「そうは思えない。子どもだし、オモチャの剣に釣られて去っていったが、妃殿下への想いは俺と同じくらい強いと感じた」
「え? 負けそうとか思ってるの、兄上。いくらなんでも年の差が大き過ぎるでしょ」

 ソティリオスは二十六歳。ディアナとは八歳差で貴族の政略結婚としては問題ない範疇だろう。
 この年まで独身だったのは、近年頻発していた魔物の大暴走スタンピードの対応に追われていたからだ。
 子どもだけでも作れと周囲に騒がれても動かずにいたのは、従兄の竜王ニコラオスと同じようにつがいへの憧れが強かったからではないかと弟のオレステスは思っている。巨竜化出来る竜人族の自分が暴走することへの恐怖は、巨竜化出来ない竜人族では想像不可能なほど大きいようだ。

(妃殿下が兄上のつがいだったら良かったんだけどね)

 竜王との婚礼前にそれがわかっていれば、結婚相手を代えるだけで良かった。
 もちろんそれだって失礼なことに違いはないのだが、結婚した後でつがいでないと拒まれるよりも結婚前に相手が代わるほうが多少はマシだ。
 予定されていた相手でなかったとしても、兄につがいとして愛を注がれていれば、今のディアナのように寂しげな表情は見せないだろう。

「あ、もしかして兄上。子どもに求婚を先取りされたことを悔しがってるの?」
「……うるさい」

 つがいでなくてもこうなのだ。
 もしディアナがソティリオスのつがいだったとしたら、それはもう暑苦しいほどの愛を彼女に注ぐのだろうな、とオレステスは思った。
 大公家次男オレステスはディアナを義姉上と呼ぶ、幸せな未来を夢見ていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

そんなに義妹が大事なら、番は解消してあげます。さようなら。

雪葉
恋愛
貧しい子爵家の娘であるセルマは、ある日突然王国の使者から「あなたは我が国の竜人の番だ」と宣言され、竜人族の住まう国、ズーグへと連れて行かれることになる。しかし、連れて行かれた先でのセルマの扱いは散々なものだった。番であるはずのウィルフレッドには既に好きな相手がおり、終始冷たい態度を取られるのだ。セルマはそれでも頑張って彼と仲良くなろうとしたが、何もかもを否定されて終わってしまった。 その内、セルマはウィルフレッドとの番解消を考えるようになる。しかし、「竜人族からしか番関係は解消できない」と言われ、また絶望の中に叩き落とされそうになったその時──、セルマの前に、一人の手が差し伸べられるのであった。 *相手を大事にしなければ、そりゃあ見捨てられてもしょうがないよね。っていう当然の話。

竜王の花嫁は番じゃない。

豆狸
恋愛
「……だから申し上げましたのに。私は貴方の番(つがい)などではないと。私はなんの衝動も感じていないと。私には……愛する婚約者がいるのだと……」 シンシアの瞳に涙はない。もう涸れ果ててしまっているのだ。 ──番じゃないと叫んでも聞いてもらえなかった花嫁の話です。

間違えられた番様は、消えました。

夕立悠理
恋愛
※小説家になろう様でも投稿を始めました!お好きなサイトでお読みください※ 竜王の治める国ソフームには、運命の番という存在がある。 運命の番――前世で深く愛しあい、来世も恋人になろうと誓い合った相手のことをさす。特に竜王にとっての「運命の番」は特別で、国に繁栄を与える存在でもある。 「ロイゼ、君は私の運命の番じゃない。だから、選べない」 ずっと慕っていた竜王にそう告げられた、ロイゼ・イーデン。しかし、ロイゼは、知っていた。 ロイゼこそが、竜王の『運命の番』だと。 「エルマ、私の愛しい番」 けれどそれを知らない竜王は、今日もロイゼの親友に愛を囁く。 いつの間にか、ロイゼの呼び名は、ロイゼから番の親友、そして最後は嘘つきに変わっていた。 名前を失くしたロイゼは、消えることにした。

貴方の運命になれなくて

豆狸
恋愛
運命の相手を見つめ続ける王太子ヨアニスの姿に、彼の婚約者であるスクリヴァ公爵令嬢リディアは身を引くことを決めた。 ところが婚約を解消した後で、ヨアニスの運命の相手プセマが毒に倒れ── 「……君がそんなに私を愛していたとは知らなかったよ」 「え?」 「プセマは毒で死んだよ。ああ、驚いたような顔をしなくてもいい。君は知っていたんだろう? プセマに毒を飲ませたのは君なんだから!」

愛してもいないのに

豆狸
恋愛
どうして前と違うのでしょう。 この記憶は本当のことではないのかもしれません。 ……本当のことでなかったなら良いのに。 ※子どもに関するセンシティブな内容があります。

愛は見えないものだから

豆狸
恋愛
愛は見えないものです。本当のことはだれにもわかりません。 わかりませんが……私が殿下に愛されていないのは確かだと思うのです。

私の願いは貴方の幸せです

mahiro
恋愛
「君、すごくいいね」 滅多に私のことを褒めることがないその人が初めて会った女の子を褒めている姿に、彼の興味が私から彼女に移ったのだと感じた。 私は2人の邪魔にならないよう出来るだけ早く去ることにしたのだが。

あなたの運命になりたかった

夕立悠理
恋愛
──あなたの、『運命』になりたかった。  コーデリアには、竜族の恋人ジャレッドがいる。竜族には、それぞれ、番という存在があり、それは運命で定められた結ばれるべき相手だ。けれど、コーデリアは、ジャレッドの番ではなかった。それでも、二人は愛し合い、ジャレッドは、コーデリアにプロポーズする。幸せの絶頂にいたコーデリア。しかし、その翌日、ジャレッドの番だという女性が現れて──。 ※一話あたりの文字数がとても少ないです。 ※小説家になろう様にも投稿しています

処理中です...