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35・たとえ胸の奥が痛んでも
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「夏のディリティリオ茸を食べても平気なのは巨竜化出来る兄上と陛下くらいですよ。あのふたりなら無意識に解毒してしまいます。毒を口にしたことにさえ気づかないかもしれません。でもほかの竜人族だと解毒が終わるまで数日寝込むことになるでしょう。まあ、不味いから食べないというのも事実ですけどね」
美味しいものならば毒があっても毒を抜く方法を探して食べるだろうとオレステス様は笑います。
私は首を傾げました。
「では、なぜ泥棒してまで手に入れようとするのでしょうか? 採取したものを冬まで保管していたら毒が抜けて美味になるのですか?」
「だったら便利ですけど、そうじゃありません。自然の状態で冬を迎えなければディリティリオ茸の毒は抜けません」
「そうなのですか」
「泥棒の目的はまだわかっていません。国境で厳しく取り締まっているから大丈夫だとは思うんですが、他国に暗殺用の毒として輸出されていたりすると困りますね。竜人族の印象が悪くなってしまう」
ディリティリオ茸は魔力の強い土地──魔物蔓延るカサヴェテス竜王国でしか発見されていません。
もし泥棒されたディリティリオ茸がオレステス様がおっしゃったように毒として輸出されていたら、竜人族が他国を害しようとしているのだと思われてしまうかもしれません。
そんなことにならないと良いのですが。
「パルミエリ辺境伯領への輸出は問題ありませんか?」
「魔道具職人の方が考案された毒としては使えないようにする処理をしてからの輸出になるので、そちらは問題ないですよ」
「良かったです。……そういえば、ソティリオス様が功を焦っていらっしゃるというのはどうしてなのでしょうか?」
話を戻すと、オレステス様は悪戯っ子のような笑みを浮かべて私を見ました。
「実は兄上に縁談がありまして」
「まあ!」
「ニコラオス陛下の許しは得ているのですが、兄上はお相手に認めていただくために手柄を立てたいと思っているようなのです」
白銀色の髪と瞳を持つ近衛騎士隊長のことを思い出します。
優しい方です。
前のときは誤解して敵視していましたけれど、今回は最初から思いやり深い方だと知ることが出来ました。侮蔑の視線だけを向けられていた前と違って、今はとても表情豊かなお顔を見せていただいています。
一緒に収穫祭へ行ったときのことを思い出します。
収穫祭の賑わいを思い出すと、結局前と同じような未来が来るのではないかと怯えていた心が温かくなっていきます。
私がしてきたことは無駄ではなかったはずです。前の記憶が真実だったとしても幻だったとしても、あのときと今は違います。精霊王様も助けてくださっています。お子様の未来視とも変わっています。
「ソティリオス様なら手柄など立てなくてもお相手の方に認めていただけますわ。とても素晴らしい方なのですもの。お相手の方がソティリオス様の番でいらっしゃるとよろしいですわね」
私が言うと、オレステス様は少し困ったような表情になりました。
なぜでしょう?……ああ、そうですね。私がそうだったように、番かどうかは会った瞬間にわかるものなのでしょう。
認めてもらうために手柄を立てようとしているということは、お相手の方はソティリオス様を番だと思われなかったのかもしれません。
でもソティリオス様はその方をお好きで、だから認めていただきたいのですね。竜王陛下に許されているのなら、王命だからと強引に押し切っても良いのに。
ソティリオス様はやっぱり優しい方です。
私から目を逸らし、オレステス様は口の中だけでなにかを呟いていらっしゃいます。ソティリオス様のことを案じていらっしゃるのでしょう。
「……兄上、全然意識されてないよ。こりゃ妃殿下を傷つけてしまったとしても収穫祭で告白しておいたほうが良かったのかも……」
ふっと、麝香草の香りが鼻腔をくすぐりました。
目の前の茶碗から漂ってきたのですが、私にとってはいつも守ってくださっていたソティリオス様の香りでもあります。
これからはこの香りに包まれるのは私ではなくなるのですね。そして、来年の春リナルディ王国へ戻った後は、ソティリオス様のお顔を見ることもなくなるのですね。そう思うと、少しだけ胸の奥が痛んだような気がしました。
美味しいものならば毒があっても毒を抜く方法を探して食べるだろうとオレステス様は笑います。
私は首を傾げました。
「では、なぜ泥棒してまで手に入れようとするのでしょうか? 採取したものを冬まで保管していたら毒が抜けて美味になるのですか?」
「だったら便利ですけど、そうじゃありません。自然の状態で冬を迎えなければディリティリオ茸の毒は抜けません」
「そうなのですか」
「泥棒の目的はまだわかっていません。国境で厳しく取り締まっているから大丈夫だとは思うんですが、他国に暗殺用の毒として輸出されていたりすると困りますね。竜人族の印象が悪くなってしまう」
ディリティリオ茸は魔力の強い土地──魔物蔓延るカサヴェテス竜王国でしか発見されていません。
もし泥棒されたディリティリオ茸がオレステス様がおっしゃったように毒として輸出されていたら、竜人族が他国を害しようとしているのだと思われてしまうかもしれません。
そんなことにならないと良いのですが。
「パルミエリ辺境伯領への輸出は問題ありませんか?」
「魔道具職人の方が考案された毒としては使えないようにする処理をしてからの輸出になるので、そちらは問題ないですよ」
「良かったです。……そういえば、ソティリオス様が功を焦っていらっしゃるというのはどうしてなのでしょうか?」
話を戻すと、オレステス様は悪戯っ子のような笑みを浮かべて私を見ました。
「実は兄上に縁談がありまして」
「まあ!」
「ニコラオス陛下の許しは得ているのですが、兄上はお相手に認めていただくために手柄を立てたいと思っているようなのです」
白銀色の髪と瞳を持つ近衛騎士隊長のことを思い出します。
優しい方です。
前のときは誤解して敵視していましたけれど、今回は最初から思いやり深い方だと知ることが出来ました。侮蔑の視線だけを向けられていた前と違って、今はとても表情豊かなお顔を見せていただいています。
一緒に収穫祭へ行ったときのことを思い出します。
収穫祭の賑わいを思い出すと、結局前と同じような未来が来るのではないかと怯えていた心が温かくなっていきます。
私がしてきたことは無駄ではなかったはずです。前の記憶が真実だったとしても幻だったとしても、あのときと今は違います。精霊王様も助けてくださっています。お子様の未来視とも変わっています。
「ソティリオス様なら手柄など立てなくてもお相手の方に認めていただけますわ。とても素晴らしい方なのですもの。お相手の方がソティリオス様の番でいらっしゃるとよろしいですわね」
私が言うと、オレステス様は少し困ったような表情になりました。
なぜでしょう?……ああ、そうですね。私がそうだったように、番かどうかは会った瞬間にわかるものなのでしょう。
認めてもらうために手柄を立てようとしているということは、お相手の方はソティリオス様を番だと思われなかったのかもしれません。
でもソティリオス様はその方をお好きで、だから認めていただきたいのですね。竜王陛下に許されているのなら、王命だからと強引に押し切っても良いのに。
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これからはこの香りに包まれるのは私ではなくなるのですね。そして、来年の春リナルディ王国へ戻った後は、ソティリオス様のお顔を見ることもなくなるのですね。そう思うと、少しだけ胸の奥が痛んだような気がしました。
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