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本人にとっての線引き

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 結人ゆうとは、「予算は十万円」と言っていた。しかもカーテンとユニット畳だけでもう五万円いってしまったので、買えるとしても精々<軽快車>と呼ばれるタイプの安価なそれだと思っていた。
 なのに一真が見ると、軽ワゴンの後ろのハッチを開けてシートを倒してどう積み込むかを思案している結人が手にしていたのが、一真が使っているものと同じ電動アシスト自転車だったことに気付いて、
『電動アシスト自転車じゃん!? 十万超えるだろ!?』
 と声を上げてしまったのである。
 すると結人は平然とした様子で、
「ああ、型落ちのが八万ちょっとだったからな。先行投資だよ、先行投資。俺達は、荷物とか積むんじゃなかったらだいたいいつも自転車か電車かバスだし、それで琴美だけ普通のママチャリじゃ自転車では無理だろ?」
 こともなげに言う。
 結人は、緊縮財政寄りの経済観念を持ちつつ、<先行投資>や<必要経費>といった解釈が加わると途端に大きな額を気前よく使ってしまう癖があった。
 それでいて<借金>はしないというのが本人にとっての線引きらしいが。
「いや、確かにそうだけども……!」
 <敵>には厳しい反面、<仲間>にはこういう面も見せる。そう、一真や琴美を<仲間>だと認識してるから余計に<先行投資>や<必要経費>という言い訳が成り立ってしまう。
「もう買っちまったから今更今更。俺の小遣いから出したから、予算とは別口だよ」
 本当にコミュニケーションというものが苦手なのだとよく分かる。本人に悪気はないものの、
『これで俺達が<タカリ屋>だったりしたらどうするつもりなんだか……』
 むしろ心配になってしまったりもする。
 それこそ、一真と琴美の両親など、こうして誰かが金を出してくれるとなれば徹底的に搾り取れるだけ搾り取ろうとするだろうし。
 しかし、結人はその種の人間に対しては嗅覚鋭く察して、逆に一切、金を出さなくなるが。だからこれまで慎重になっていたのだ。
「ま、お前らの両親のこともあって、俺もずっと歯痒かったんだよ。だからさ、今ぐらい気前よく使わせろ。どうせお前らも将来、この感じで金を使うことになるからよ。それこそ、結婚して子供でもできりゃな。
 使う時はケチケチすんな。絞れる時はきっちり絞って、使う時はドーンと使う。金はそのためにあるんだ。貯めとくだけが能じゃない。使うべき時に使わないと入ってこない。経済が回らない。俺も<SANA>で仕事してそれを学んだよ。美嘉さんなんかすげえぞ。億単位の金を秒で使うからな。次元が違う」
 と言いながらも、三人乗りつつ自転車も積むにはどうすればいいのか、結人は思案していたのだった。

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