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【第1部】7.誘惑
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退勤時間となり、着替えて外に出ると、トモが待ってくれていた。
「お待たせしました」
「お疲れ。……なら行くか」
「はい」
こうして自主的なトモの「アフター」に赴く。川村光輝に誘われても断るだけだが、トモに誘われても断る理由がない。
(嬉しい……)
寧ろそちらだ。
自分のことをなんとも思っていないのはわかってはいるけれど。
以前に行ったことのあるラーメン屋に入り、一つずつ注文をするが、やはり聡子は食べきることができない。高校生の頃にアルバイトを始めてからは、夜に食事をするという習慣がずいぶん前になくなってしまっていた。母親が夜勤の時など、弟の夜食を作ることはあっても自分が食べることはなかった。
「相変わらず少食だな」
「すみません」
「謝ることはねえけど」
彼は、当たり前のように聡子の食べきれない分も平らげた。細身なのによく入るなあ、と以前も思ったが、同じことを思った。料理人と言っていたし、食事をすることが好きでもあるのだろう。
二人は店を出て、いつものように駅に向かった。
トモは、普段は車を使うが、酒を飲む予定がある時は電車に乗るという。歩きながらの世間話では、まだ知らないトモの情報を知ることができた。
そして例によって、煌びやかな通りを行くことになる。
会話が途切れ、無言になり、トモの後ろを足早に付いていく。
どんっ
「わっ」
急にトモが立ち止まり、聡子は彼の背中に当然のようにぶつかった。
「いた……どうかしましたか」
鼻を押さえ、トモの背中に問いかける。
「なあ、おまえ、俺に惚れてんの?」
「え……」
突然の問いかけに、聡子は動きを止めた。
トモが振り返り、聡子の首筋に手をやる。
(ひゃ……)
見え隠れする聡子のネックレスに指を掛け、外に出した。四ヶ月前の、聡子の二十歳の誕生日にトモがプレゼントしたネックレスだ。
聡子の首筋にもトモの指が触れた。顔が真っ赤になっていたが、自分ではわからない。月明かりの元でも見えるだろうかと少し不安になってしまう。
「やめとけ」
トモは冷たく言い放った。
「…………」
「おまえなら周りにもっといい物件ごろごろしてるだろ」
「…………」
「若いし、可愛いし、気は強いけど気が利く。男がほっとかねえ」
「そんなの……」
「前にもナンパされただろ。男好きのする顔だって前にも言ったよな」
「そんなこと言われたって……」
感情が爆発してしまいそうだ。
「俺は誰か一人に縛られる気はねえし、縛る気もねえ。寂しさを埋めたい時は、適当に誰か相手を探す。それでいい」
今までそうやって来たからな、とトモはぼやくように言った。
「おまえとは住む世界が違う」
「わたしじゃ……」
「あ?」
「わたしじゃだめなんですか……」
「何言ってんだおまえ」
トモはギロリと睨んだ。
「口塞ぐぞ」
また口元を掴まれるのかと身体を強ばらせた。
掴まれたくない、と顔を下に向ける。
が、そう言って、トモは顎を掴み、顔を上向かせ、口を塞いできた。
本当に、塞いだのだ。
──唇で。
(…………!?)
聡子はむせた。
トモのタバコの臭いと、伸び始めた無精髭が不快だった。
一旦離れたが、聡子の息が落ち着かないうちにもう一度強引にキスをし、胸を服の上から鷲掴みにした。
(こんなところで……やだ、なんで)
ややあって離れ、
「来い」
「えっ」
「お待たせしました」
「お疲れ。……なら行くか」
「はい」
こうして自主的なトモの「アフター」に赴く。川村光輝に誘われても断るだけだが、トモに誘われても断る理由がない。
(嬉しい……)
寧ろそちらだ。
自分のことをなんとも思っていないのはわかってはいるけれど。
以前に行ったことのあるラーメン屋に入り、一つずつ注文をするが、やはり聡子は食べきることができない。高校生の頃にアルバイトを始めてからは、夜に食事をするという習慣がずいぶん前になくなってしまっていた。母親が夜勤の時など、弟の夜食を作ることはあっても自分が食べることはなかった。
「相変わらず少食だな」
「すみません」
「謝ることはねえけど」
彼は、当たり前のように聡子の食べきれない分も平らげた。細身なのによく入るなあ、と以前も思ったが、同じことを思った。料理人と言っていたし、食事をすることが好きでもあるのだろう。
二人は店を出て、いつものように駅に向かった。
トモは、普段は車を使うが、酒を飲む予定がある時は電車に乗るという。歩きながらの世間話では、まだ知らないトモの情報を知ることができた。
そして例によって、煌びやかな通りを行くことになる。
会話が途切れ、無言になり、トモの後ろを足早に付いていく。
どんっ
「わっ」
急にトモが立ち止まり、聡子は彼の背中に当然のようにぶつかった。
「いた……どうかしましたか」
鼻を押さえ、トモの背中に問いかける。
「なあ、おまえ、俺に惚れてんの?」
「え……」
突然の問いかけに、聡子は動きを止めた。
トモが振り返り、聡子の首筋に手をやる。
(ひゃ……)
見え隠れする聡子のネックレスに指を掛け、外に出した。四ヶ月前の、聡子の二十歳の誕生日にトモがプレゼントしたネックレスだ。
聡子の首筋にもトモの指が触れた。顔が真っ赤になっていたが、自分ではわからない。月明かりの元でも見えるだろうかと少し不安になってしまう。
「やめとけ」
トモは冷たく言い放った。
「…………」
「おまえなら周りにもっといい物件ごろごろしてるだろ」
「…………」
「若いし、可愛いし、気は強いけど気が利く。男がほっとかねえ」
「そんなの……」
「前にもナンパされただろ。男好きのする顔だって前にも言ったよな」
「そんなこと言われたって……」
感情が爆発してしまいそうだ。
「俺は誰か一人に縛られる気はねえし、縛る気もねえ。寂しさを埋めたい時は、適当に誰か相手を探す。それでいい」
今までそうやって来たからな、とトモはぼやくように言った。
「おまえとは住む世界が違う」
「わたしじゃ……」
「あ?」
「わたしじゃだめなんですか……」
「何言ってんだおまえ」
トモはギロリと睨んだ。
「口塞ぐぞ」
また口元を掴まれるのかと身体を強ばらせた。
掴まれたくない、と顔を下に向ける。
が、そう言って、トモは顎を掴み、顔を上向かせ、口を塞いできた。
本当に、塞いだのだ。
──唇で。
(…………!?)
聡子はむせた。
トモのタバコの臭いと、伸び始めた無精髭が不快だった。
一旦離れたが、聡子の息が落ち着かないうちにもう一度強引にキスをし、胸を服の上から鷲掴みにした。
(こんなところで……やだ、なんで)
ややあって離れ、
「来い」
「えっ」
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