294 / 1,483
7の扉 グロッシュラー
なんてことない、朝
しおりを挟むまだ少し、暗い。
でも目が覚めたという事は、朝ではあるのだろう。
「♪」
いい事を思い付いた、とそっとベッドから抜け出す。
金色の瞳は閉じられたままだ。
気が付いているのかもしれないが、目を開けないのなら放っておこう。それに、私の計画には寝ていてもらわないと、困るのだ。
そうして着替えを持って、そうっと寝室を出た。
「お風呂、入りたいけど疲れるかな………そうするとあっちが駄目になっちゃうから…やっぱり軽くしようか。」
洗面室でブツブツ言いつつ、身支度をする。
軽くシャワーを浴び、髪は乾かすのが大変なので藍に頼む。
「何を企んでるの、今日は?」
「まあ、のんびりするだけだよ。特等席でね?」
揶揄うような藍と話しながら、鏡のレリーフを眺めつつハンドプレスをする。
「しっとりしますように。」
「あら、それなら私に頼みなさいよ。美の石なんだから。最近やっと出番が来てたけど、またお休みになっちゃったしね?」
「それに関してはほんとゴメンとしか言いようがないけど。また、何かの時お願いするよ。ああ、祭祀とかいいんじゃない?誰もいなかったら何色でもいいし。身内だけなら、イケる。」
昨日の計画はまだベイルートしか、知らないけれど。
なんとなく、そうなればいいなぁと思った。
ただ、根回し班が大変そうだな?
「よし、オッケー。」
ゆっくりと保湿した後は、髪を編む。
今日はどう、しようかな…………。
でも私の中で今日の予定は、イストリアの所へ行く事にもう決まっている。
それなら?
少し考えて、三つ編みを沢山、表面に作る。
せっせと編んで、それを後ろ髪と一緒に一つに束ねた。
「うん。」
凝っている様にも見えるし、ちょっとお嬢さんっぽい。そして何より邪魔じゃないし、束ねた方が大人っぽくは、なる。
そうしてパチンと髪留めを付けると、ダイニングへ行きヤカンを火にかけた。
お茶の支度が出来ると、小さなトレーに乗せてそうっと寝室の扉を開ける。
よしよし、まだそのままの様だ。
ベッドの金色を確認してほくそ笑むと、出窓に陣取る。
さっき起きた時から朝は居なかった。
この時間からいないという事は、神殿での寝床を他にも見つけたという事なのだろう。
でも多分、地階だと思うんだよね…………。
あそこ、あったかいからなぁ。
そっとカップにお茶を注ぐと、ブランケットを掛けて脚を伸ばした。
出窓はなかなか、広いのだ。
まだ寒い、朝の空気は少しだけガラスを曇らせているけれど、外は充分見える。
カップに吹きかけた息の近くだけ、ホワッと曇って少し楽しくなってきた。
もうすぐきっと春になると、こうしてガラスが曇る事も無くなるだろう。
結局、春の祭祀はいつ頃なのだろうか。
未だ冬の気配を残すこのグロッシュラーの大地に、春の気配はどの様にして訪れるのか。
それを見るのも楽しみだ。
もしかしたら、変化は無いのかもしれないけど。
でも、今年は少し水の色も変化し木だって伸びている。きっと、小さな変化はある筈。
それを見逃さない様に過ごしたいとも、思う。
少しずつ明るくなってきている雲を眺めていると不思議な気分だ。
この空は何処にあるのだろうか。
この、上?
下は、シャットの空かな?だって夕暮れは紅いもんね?
ラピスの空は、何処だろう。
でもラピスだって赤の時間は、ある。
やっぱり同じかな?
曇っているけれど清浄ではある空気、白と灰色の世界。
無機質なこの島は、しかしきっと何かをきちんと有してもいて、その可能性は何処かに眠っていると分かっている。
その今は見えない秘密が見つけられたなら。
きっと緑が再び現れるのだろう。
でも、無理矢理暴くのではなく。
できれば、自ら出てくるか出会うべくして見つかるか、どちらかだといいのだけど。
白と灰の空の空気感を味わう朝は、ラピスでの朝の景色も思い出させる。
あの、誰も目を覚ましていない時間帯の、白む空。
紺から白のグラデーションが美しい空から繋がる、青い屋根の波と取り残された星、所々にまだ残る灯り。
やはり思い出されるのはまだ寒い頃の記憶。
ピンと張った冷たい空気があの青い空間を震わせて、青の街並みを余計に美しく見せるのだ。
温かいお茶は余計に美味しく感じられ、美しく揺れる火箱の炎と、金色の彼。
チラリと確認するが、まだ寝ている様子。
いや、多分起きてはいるのだろうけど。
その金髪の後ろ姿すら愛しくなって、なんだか一人恥ずかしくなってきた。
何これ。顔、熱いんですけど。
少し明るくなってきた室内に、キラリと光る金髪がとても美しい。
白いベッドに映えるそれは、私に「触ってくれ」と言っている様に見えるが今日は「空気を愛でる」つもりの私。
アレに誘惑されたなら、金色一色になってしまう事は分かり切っている。
ならば、窓の外に戻るのみだ。
うん、意志を強く持たねばならん。
一人で可笑しくなってきて、こっそり笑っていた。多分、気付いてるだろうけど。
気を取り直して、窓の外を見た。
シャットで感じたあの夕暮れの様な橙の空、あれもいい。
また夕方気焔に下へ連れて行って貰えば、ここでも味わえるだろうか?
あの時、煙突の上で。
何とも言えない切なさと、あの橙が絡まる空気、何処までも広がる工業地帯を上から眺める不思議な感覚。
そして、私達以外に世界に誰も存在しない様な孤独感。
それと両立する、取り残されると共にある「この人さえいれば」という安心感、泣きたくなる様な胸の奥の想い。
思えば。
全てここに、繋がっているんだなぁと腑に落ちる。
訳も分からず扉へ来て、姫様のものを探すうちに私も変わっただろうか。
ただ一つ、思うのは。
あの、ラピスの朝「誰も私の事を知らない、認識していない時間」が好きだったけど。
今も勿論、好きだ。朝の早起きは気持ちがいいし、みんなが起きていない時間帯は特別感がある。
だけど、多分変わった事は沢山の人に私が認識される様になったこと。
ティラナはまだ寝ているだろうけどハーシェルさんはもう起きて、朝の支度をしているだろうな。
多分「ヨルは元気か」なんてチラリとは思ってくれているだろう。
駄目だ、これは涙が出ちゃう。
私の事をきっと覚えていてくれる人が増えて、感謝の気持ちが頭の中に湧いて来たのだがこれは危険だ。
大人になるって、思ったばかりなのに。
でも、コレはいいんじゃない?
誰も、いないし?
そう、思った瞬間フワリと金色に包まれた。
きっと私の様子に気が付いたのだろう、そのままヒョイと抱えられるいつものスタイルになる。
「どう、した?」
「ううん、おはよう。」
見上げた瞳は、今日も美しく揺れていてやはり変わらず輝いている。
心配かけない様に、きちんと懐に収まっておいた。
きっと触れてる側から、私の何かは伝わる筈だ。
ただ、私の中の、この世界を堪能していただけだって。
気焔がカップのお茶を温め直してくれ、それを飲んで一息吐いた。
二人で窓の外を眺めて、何という事もなく雲の流れを見る。
この、なんて事ない時間の尊さだよね………。
そうして私は、ゆっくりと今日の予定を話し始めたのだった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
24
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる