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5の扉 ラピスグラウンド

情報収集

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さて、どうしようか。

イオスが帰って遅めの昼食後、ゆっくりお茶を飲みながら、考える。

今日は午後からお休みを貰っている。というか、いつもはティラナと遊んだり家事を手伝ったりするが、相談内容について考えようと思っていたので、前もってハーシェルに1人になれる時間を貰っていた。

そういや、ホントに1人なのって久しぶりだな………。

元の世界では、両親共に仕事な事も多いし姉兄は家を出ている。元々は1人の方が多かったのだ。
こちらではワイワイやっている事が多かったので、それも楽しいけれど1人の時間もやっぱり好きだ。
お茶を飲み終わると、部屋でゆっくり仕切り直す事にする。



「この時間に部屋に居るのは、初めてかも。」

なんだかんだ、ここに来てから気を遣ってもらっていたんだな、と感じる。1人にならないようにしてくれていたのだろう。思えばいつも賑やかだった気がする。

ルシアにもらった、ハーブ石鹸のいい香りが部屋を満たしている。

お店で作っている際に、綺麗にカットした商品の端っこなどが、どうしても残る。
「沢山あるから、お裾分け。」と袋にいっぱいのミニ石鹸たちを持って来てくれたのは、私がここに来た少し後だ。化粧水やら何やら質問した時の事を覚えていてくれたようで、リールを迎えに来る時に持ってきてくれた。
おかげさまで、肌も髪もつるサラ、前より綺麗になったと思う。

紙とペンを用意して机に向かう。
なんだか新鮮な気分になって、勉強も悪くないかな?なんて思うけど「受験かぁ」と現実に返りそうになって止めた。まぁこれも現実だけど。

こっちののんびりした生活に慣れると、社会復帰出来るか心配だな………。

気を取り直して、ペンを走らせる。

うーん。

「情報収集」

・どんな店があるのか  飲食/物販/サービス
・どんな物が売ってるか 相場
・お店に置いてもらう 可/不可
・お店を出すには 場所/お金/許可?
・宣伝  必要?
・ ・・
・・

思いつく事をザッと書いていく。

「あとは………あれも気になる。」

この世界での仕事の流れを把握するのに、工房へ行ってみたいと、思った。

まだまだ第一次産業が多く、物々交換も普通に行われているラピス。新しい事を始めるにしても、今の基盤をきちんと知りたい。今やっている事を、きちんと継いでいくのも大切だと思うからだ。

イオスにしたって、木工を継ぎたくない訳ではなくもっとやりたい事、向いている事があるという事だし、お父さんに家業を否定してると捉えられたくない。その為にも工房の現場が知りたいと思った。
色んな職人さんが集まっているのか、基本的に家業として継いでいるのか。それだけでも、だいぶ違う。

そう、ある日の会話から、凄腕職人については気になっていた。


「ねえ、この木のお皿とこっちのお皿、全然違うけど乗せるものが違うとかなの?」

いつものようにティラナにお皿を出しながら私は聞いた。なぜかと言うと、結構高そうな磁器の皿と木を削って作った手作り感溢れるお皿。
一緒に食卓に並ぶからだ。

「こっちはお父さんが作ったからだよ。」
「えっ?そうなの??」

お皿も作る神父!と思って振り向くと、ハーシェルが言った。

「全部磁器の皿で揃えられないからね。もうちょっと、安いのもあるけど私は自分が好きなものを買いたいから、少しずつ集めているんだ。それだけじゃ足りないから、木の皿は作ったんだよ。」

なんと磁器の食器以外は殆どハーシェルが作った食器らしい。「凄いっ」と驚いていると、食事しながら教えてくれた。

「凄い人は殆どのものを自分で作るよ。でも私が好きなこういう食器類は、透明度の高い石の職人が作っているものだ。」


ラピスでは、器用な人は家具から食器から、何でも作れるそうだ。しかし器用な人ばかりでは勿論、ない。
一般的に売られているのは買い易い値段の、使い易いものだ。
高い物、手の込んだ品等はハーシェルのような、趣味だったり、あとはお金持ちが買うんだって。

その、うっとりする様な磁器を作っているのが、まじない石の特性をよく生かせている職人だ。
普通の職人、もしくは石の明度が低い職人はやはり出来上がるものも普通で、お値段も安くなる。石の透明度が高く、且つ使い方が上手くて特性が向いていると、本当に素晴らしいものが出来る。私は、それが見たい。

イオスがあんなに美味しくお菓子を作れるのは、その特性がお菓子に生かされているから。それの磁器版や家具版……………見たいに決まっている。
情報収集に託つけて、趣味の方向に走り出してる気がしなくもないが、これは立派な仕事に関しての情報収集なのだ。
うん、必要必要。


「・工房見学 磁器/家具/他
 ハーシェルに応相談 」

書き加えておく。

手を止めると「何にしても、街中をウロウロする必要があるね………。」と呟く。

反対されると思うけど、ウキウキしてきたっ。



その他諸々話を詰めて、街をぐるりと周りながら工房見学へ行かせてもらえることが決定した。

1番の難関がハーシェルお父さんの説得だったのは、言うまでもない。

まず、1人で行くのは当然却下。ローブに眼鏡ならイケるかと思ったけど、ダメだった………。
次にハーシェルと行くパターン。それは可能だが、教会を閉める日は日の日(ややこしいけど日曜日が「ひ」の日なのだ)なので、みんなが休みの為ハーシェルと2人だと目立つのだ。よって却下。
ティラナと2人も何かあった時心配、と言う事で最近はちょっとしたお使いくらいしか許されていない。確かに私もティラナは心配なのでそれには賛成した。
よって、結果ルシアに頼む事になった。ルシアなら、大店の売り子だしある程度顔も効く。
そして女2人のお買い物、という体を装えば自然だという事で、私もちょっと変装して行く事になった。
とは言っても、カツラかぶるだけだけど。



「どうかしら?」

朝から私の支度に駆けつけてくれていたルシアに背中を押され、居間に入る。

「わぁ~!お姉ちゃん美人!」
「確かに。素敵だと思うが、逆に目立たないか??」

ルシアに少しお化粧もされた私は、確かに別人にはなれていたが、逆に目立つかもしれない。
結構地味目な服選んできたんだけどな………。

濃い目のグレーのストレートロングのカツラに眼鏡のおかげで茶色の瞳。なんだか見慣れた感じ。私は結構落ち着くのだが、ハーシェルは心配そうに見ている。しかし、もう一つルシアが用意してくれたカツラは茶色のロングウェーブで、それだとホントに目立つので却下したのだ。
おかしいなぁ。
自分で言うのもなんだけど、綺麗になってる気がする。
いや、嬉しいけど。

とりあえず、服も地味目だしあまり騒がなければ大丈夫だろうという事で許可が出た。

やった!とうとうお出かけだ!



午前中は街を周り、午後に工房見学出来る様にハーシェルが話を通してくれている。

今日行く工房は、私が一番行きたかった小道具系の工房だ。茶器やカトラリー、ガラスなどもあるらしい。
ウフフ。ウフハフフフ…………。

「ヨル、怪しいわよ。」

いかんいかん、顔面が保ててなかったらしい。
頬に両手を当て、顔を戻す。多分ニヤついてるのは治らないけど。

「行きましょう!」

今日は街を巡るので、ぐるっと周りながら行く。

ルシアが坂を登り始めたので「え?上にもお店あるんですか?」と聞くと「見せたいものがあるのよ、職人の仕事で。」と言うので、ついて行く。


坂を上りきると、あのお屋敷に着いた。そのままルシアは屋敷の周りをぐるっと周って行く。

「ここよ。」

ルシアが案内してくれたのは、お屋敷の塀が通路の様に凹んでいて、奥に行ける様になっている場所だ。そのまままた、ついて行く。

両脇がラピスの塀になり、青の道になる。
地面の石畳も砕いたラピスが固められたものだ。

青の中が所々キラキラ光って、幻想的な道。

文字通りの、青の、道。

しかも、奥に進むにしたがって塀のラピスがタイルに加工されており、模様も入っている。

両脇の殆どが装飾タイルになり、地面にも砕かれたラピスが散りばめられた幻想的な道を、進む。

この先には何があるのか、神でも鎮座していそうなこの、雰囲気。

「確かに、神殿っぽいかもね………。」

ポツリと呟き、ルシアの後ろ姿を追い掛ける。


「こんな所があったなんて………。」

以前周った時は全然気が付かなかった。
少し歩くと、ルシアがピタリと足を止める。

「?」

ルシアの前にあるものを見ようと、2、3歩、進む。

そこには、青の像があった。


「凄い………………………。」


そこにあったのは、青い、少女の像。

丁度自分と同じくらいの大きさの少女。

何より驚いたのは、多分この像がラピスでできているから。
この大きさで、石を削って貼り付けるのは現実的じゃない。表面から見えるラピスに内包されるキラキラから見ても、大きな石を削って作られているのは間違い無いだろう。

教会にあるように、ベールのようなものを被った少女。流れるような布の服を着ていて、裾からは少し靴が見える。
ラピスでできているが刺繍を模してある部分には、金彩が入っている。少し膨らみが出るように彩色されていて、繊細な中にも重厚感がある。

ベール、襟元、袖、裾………靴。

…………この靴、見た事あるな……?
ラピスでは一般的なデザインなのかな?

なんてそのまま下を見て行くと、自分の靴が目に入った。
自分の靴っていうか、姫様の靴だけど。 


私が見る限り、それは同じデザインだった。最初は似てるのかな?と思ったけど、刺繍が好きな私には判る。

これは、同じだ。

「ルシアさん、このデザインってラピスでは一般的なんですか?」

私の靴をじっと見てから、像の靴を見る。

「刺繍の靴はあるけど、一般的ではないわね。そもそも中央の人が履いてるくらいじゃないかしら。だから、私もきちんと見た事はないけど…ここまで同じなのは…。」

ルシアもじっと考え込んでいる。


私はまた像をぐるりと周ってみて、全体の細工の細かさに、再びため息を吐く。

一体どうやって彫ったのだろうか。しかも美しい艶が出るほど細部までもがしっかり磨かれていて、もうため息しか出ない。

土台も、これ多分巨大なラピスだよね………。

自分と同じくらいの像なので、勿論乗っている土台も大きい。

一体いくらするんだよ………ていうか、盗まれないの?これ?誰でも入れるよね??

疑問に思った私はすぐルシアに訊いた。

「これ、盗まれないんですか?みんな知ってるんですよね、ここにあるって。」
「そうね。でも意外と知らない人も多いと思うわ。あまりここまで上がってくる人もいないだろうし。これは、私の夫だった人が作ったの。………だから私は知ってるのよ。」

ルシアはサラリと衝撃の事実を述べた。

え?………夫だった、人??

私が聞いていいのかどうなのか、戸惑っているのが分かったのだろう。
ルシアは話し始めた。

「いや、円満離婚というか今は別の所にいるだけで私は結婚したままで良かったんだけどね。一応けじめだとか、なんとか言って離婚はしたの。今は職人をまとめるような仕事をしてるらしいわ。」

詳細は、ルシアも知らされなかった。逆に、知らせることができないから、別れる事になったのかも、と暫く経ってから思ったらしい。

そうなんだ………。


少女の像を見ながら、頑固な職人が家族の為に離れた様子が、何となく想像できた。

ま、ただの私の想像だけどね…。

何故か分からないけれど、ハーシェルとウイントフークの顔が浮かんだ。


「ちなみに。」

なんとなく重くなった空気を断ち切る様にはっきりとした声で、ルシアが言う。

「これは、盗まれる事は無いわ。」
「ん?重いからですか?」

「それもあると思うけど…ふふっ。勿論ラピスで出来ている、っていうのもあるわね。ラピスは守りの石だから、盗ろうとすると何らかの力が働くと思うわ。あとはここで悪い事をすると、まじない石の力が落ちるのよ。」


以前、街のことを聞いた時も王や領主などの偉い人はいない、法律などは無い、ということを聞いた。でも自治会館や教会で裁定される事もある、と言ってたので何かしら捕まったり、裁かれたりするのかな?と思っていたのだがそもそも悪い事をするとまじない力が落ちるし、その度合いによっては力が無くなるらしい。そうなると仕事もできないし、そもそも生活に困る。水も出せない、という事になるのだ。

結局噂になって、街に居られなくなり森で犯罪者集団に入ったり…。
私達が拐われていたのもそういう事だったのか…と、ここにきて納得した。
確かにまじない力ゼロはキツいよね。

石は、見てるって事か……………。


何となく腕輪に目をやって、つい話しかけそうに、なる。

いかんいかん、ルシアは知らないんだよ。これ以上、巻き込めない。


私は「いつまででも眺められます!」って言ったけど、ルシアに却下されて街を下る事にする。

そういや、まだ始まってなかった、情報収集。




そのまま、街を下りて行った。

ラピスの街は縦に走る道と横に走る道とちょっとくねくねしている道が交錯していて、正直道が全然分からない。出来るだけ道を覚えようと、建物を見ながら進むけれど、途中で諦めた。お店が出てくれば別だが、住宅ばかりだと無理だ。

「どこが見たい?」と言いながらルシアは前をスイスイ進んで行く。

「どんなお店があるか、全体的に見たいです。」

そう言っているうちに、お店があるエリアに入っていた。


「どこら辺に何屋さんがあるとか、決まってますか?バラバラ?」
「そうね………バラバラと言えばバラバラかもしれないわ。北と南で大体生活してるから、私の店のような1店舗しか無いお店と、例えばパン屋さんとかだと北と南で、一つずつあるしね。」

ほうほう、と頷きながら周りを見る。例えばパンは家でも焼くが、パン窯が無い家や美味しいパンにこだわる人等が行く様だ。私もパンが好きなので、パン屋さんに行きたくなる気持ちは、よく分かる。

食べ物屋さんは参考になるよね……と言い訳をしつつ、お土産を買いがてら入ってみる。
因みに今日はハーシェルからバイト代を貰ってきている。
フフフ‥私お金持ちだもんね。


店内はスッキリとした内装で白い大きな石をそのまま台に使っているので、明るく、清潔感がある。
カゴにはパンが並んでいて、そう種類は多くないが見慣れたパンと、カラフルなパンが並んでいた。

なんだ、このカラフルなパンは。

「それは野菜のパンですよ。」

店員さんが教えてくれる。お客さんがまだいなかったので、ラッキーとばかりに色々質問した。勿論、ちゃんとパンも買いましたよ。

「ヨル、お土産分とちょっとお昼用も買いましょ。」

そう言ってルシアは自分の持っていた袋を貸してくれた。すっかり忘れていたが、こちらはマイバッグが普通だ。店員さんが薄紙に包んでくれたパンを潰れないように入れる。

その後は並びのお店から、順に見て行った。気になる所は入るけど、基本的には見るだけだ。
午後には、約束がある。



「そろそろお昼にしましょうか。」

確かに。結構歩きましたよね…そう思った途端にお腹が鳴る。「賛成!」と言って北の広場に向かう事にした。どうやら屋台があるらしい。
お祭りみたいなものかな??屋台??

お腹が減って足取りが少し重くなった私は、まだまだ元気なルシアの後を追いかける。

さすが坂の街!基礎体力の違いが凄い………。

まじない石で何か楽な乗り物作れないかな…ウイントフークさーん!と考えていたら、案外すぐ北の広場に出た。


よし、屋台!食べるぞ!



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