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5の扉 ラピスグラウンド

スイーツ男子

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あの後、やっぱりキャッキャしてたのが外にかなり漏れてたらしくて、ハーシェルに叱られた。

もう、ここまで来たらどっかでお茶した方がいいな、コレ。


その後、相談の日までは色々とこの世界の仕事の事や世襲の仕組みなどを、ハーシェルに教わった。
ルシアがリールを連れて遊びに来た日にはルシアにも話を聞いてみる。

「ルシアさんは、どうなんですか?お店に勤めてますよね?」
「女の人はそれぞれよね。私は1人だからリールの為に少しは仕事してるけど。夫がまだいた時は、子守の女の子をお願いしてもう少し仕事を増やしてたわ。でも、子供が小さいうちは家にいる人が多いかしらね。」
「そうなんですか………。」


女性は家業を継ぐ事は殆ど無く、それぞれ家庭を切り盛りしたり、仕事に出たりするらしい。
ルシアのようにお店に勤めている人は子守を頼んだりして仕事に行くこともできるそうだ。

勿論、保育園など無いので子守は成人していない子供のいいお小遣い稼ぎになる。これは基本的に近所同士でやりくりする事が多い。
他に、仕事が欲しい人に合った求人を紹介してくれる、派遣のようなものもあって、あの中央のお屋敷で取り仕切っているそうだ。

基本的にはお小遣い稼ぎとしての短期のものが多く、主婦のいいアルバイトみたいなものらしい。

でもさ…、それってお偉いさんに住民情報把握されてるって事だよね?戸籍とかあるのかな??

何だか怪しい所だな?と思いつつも、話を本題に持って行った。


「じゃあ男の子が家を継がない場合はどうなるんですか?」

それにはハーシェルが答えてくれる。

「まず、兄弟がいてどちらかが既に継いでる場合は、一緒に働いてもいいし、別の職に就くこともできる。でもやはり家業があればそっちの方が稼ぎがいいし、安定してると思うよ。どうしても雇われると貰えるお金は減るからね。」

「うーん。なんか、お兄さんがいるみたいなんですよね。お兄さんが継ぐんじゃないんでしょうか?」

「それは聞いてみないと分からないな。もし、継ぐとしても家の方が安定しているからって反対されてるのかもしれない。しかも、その彼はお菓子を作りたいんだろう?ラピスにお菓子を売る店は無いんだ。自分で作るしかないんだよ。そうなると、もっと大変になる。」

確かに。
開店資金とか場所とか色々あるよね。若い人がすぐやれるかって言うとね………うーん。なんか厳しいな……。




その夜、セーさんと石たちでいつものまったり会議をした。

朝には情報収集を頼んである。何故かまだ帰ってこない。どこ行ってるんだろう?

「で、クルシファーはなんかいい案ある?」

「僕は皆さんの話をまず聞かないと、何とも言えないですね。父親が反対してるのも、どの程度なのか。絶対何がなんでも駄目なのか。やる気を試してるだけなのか。母親や兄の話も聞きたいです。」

うーん。大事おおごとになってきた。

「わたくしは向き不向きくらいは分かると思います。」

そう宙が言う。

「えっ。それってかなり大事じゃん。」

どうしてもやりたいけど、向いてない事もあるもんね………。でも話を聞いた感じでは適職っぽいんだけど。

私はちゃっかり彼にお菓子を作ってきてもらえるように、キティラにお願いしていた。
もしかしたら、恋は盲目的な事だったらそもそも論だし。
彼女が言うほど、美味しいのかどうか私には確かめる責任がある。決して、食い意地が張っている訳では、ない。

「私はいざとなったら、愛の力で協力するわ。でも、家族だから大丈夫だと思うけどね。」と蓮。

「そうね、でもクルシファーの言う通りだと思うけどね。家族って、どうしても言葉足らずって所があるから。あとは…ここは変わらないからねぇ。新しいものをみんなが受け入れてくれるかどうか。やる気はあっても、上手くいかなかったらしょうがないしね。」

セーさんは概ねクルシファーと同意見のようだ。

それにしても、家族みんなの意見を聞くって彼の家に行く感じ?それは避けたいなぁ………あまり人目につきたくないし、そんな揉め事の仲裁に入って行ったら、絶対近所の噂になるよね??


うーーーーん。

私が1人で唸っていると、朝が窓から帰ってきた。

「どこ行ってたの?」と聞くと「色々。」とか言ってるけど。


「悩むのも分かるけど、もう明日なんだから早く寝なさい。眠いといい案浮かばないわよ。」

朝に言われて、「確かに。」とベッドに入る。

もうすぐ消えそうなセージの煙を見つめていると、知らないうちに眠りについていた。




そして、キティラの彼が来る当日。

朝食を食べながら、私はハーシェルに根回ししていた。
もし他の家族の話を聞く際に、1人ずつ教会に来てもらえるなら、その方がいいからだ。

「多分、お願いできると思うよ。」

ハーシェルは快く引き受けてくれた。と言うよりは、私が彼の家に出向くのを阻止する方が重要だ、と。
そもそも目立たないようにしているのに、相談室が噂になっているので気が気じゃないらしい。

「多分、お父さんの方も以前相談室に来ていた筈だ。家族で問題になっているなら、むしろ進んで来てくれると思う。」

それはなにより。
心配事が一つ減ったので、ゆっくり朝食が食べられた。


水の時間の約束だったので、朝食後少しして教会へ出向く。
水と言っても前後1時間くらいのアバウトな時刻なので、遅れても不都合はないのだがやはり日本人なので時間よりは早く行って待っていなければ、と思ってしまう。
待たせるより待っている方が気が楽なので、日記を読みながら待っていた。


太陽が高くなってくると、ホールのステンドグラスがとても綺麗だ。射し込んでくる光が青のグラデーションになり、同じ角度で白い壁に等間隔で並ぶ。
午前中のこの時間と、夕暮れの少し橙が入ってガラスの色が変わる時間が好きだ。でも夕方はその後暗くなっていくので少し寂しい。
午前中はその心配が無くて、いい。

後ろから青い光を浴びている人形のベールがとても綺麗で、目の前の椅子に座っている私はボーッと眺めていた。

この人形神は今迄、何人の話を聞いてきたのだろうか。

ま、私もこれから話を聞くんですけど。力になれるように頑張りますので、力を貸してください………。

ちょっと手を合わせた所で後ろの扉が開いた音がした。あ、ちなみに手は組んでますよ。あの、ナムナムの方じゃないですよ。
最初にナムナムしてたらハーシェルさんにすぐ突っ込まれたからね。



まだ誰もいないホールに靴音が響く。

入って来たのは私より少し年上の青年だ。あれがキティラの彼だろう、聞いていた通り綺麗なブルーの優等生っぽい髪型にグレーの瞳が優し気だ。

見た目で言えば、木工職人よりも確かにスイーツ男子。ホールには私しかいないので、少し遠くからだが相談室の方に手で促す。彼が小部屋に入ると、私も隣に入る。すると「あっ」と言う声が聞こえて「お菓子………」と呟きながら、入った扉から出て来た。
私もすぐに出て、お菓子をありがたく受け取る。「ありがとうございます」………って初めっから2人して何をやっているんだ、と苦笑すると、和やかなムードになった。

小部屋に戻り、さて、何から話そうかと思っていたところ「まず、食べてもらってもいいでしょうか?」と、彼が言った。
確かに味を確かめないと、スイーツ男子の道に進む事をお勧めできるか分からないので、その案にはすぐ飛びついた。

「ありがたくいただきます。」


彼が持って来た袋から、お菓子を取り出す。

その間彼は「イオスと言います。よろしくお願いします。」と自己紹介してくれていた。

イオスさんね、イオスイオス………。

まだ知り合いが少ないので大丈夫だが、カタカナの名前は覚えづらい。そのうち絶対パンクすると思う。

そして袋から取り出したお菓子を見る。

お菓子は紙ナプキンみたいなもので包まれていた。包みは2つある。
まず一つ目を開けると、意外なものが現れた。
見た目はプリンだ。しかも、上に焦がしカラメルが、乗ってるやつ。クレームブリュレの方が近いかな?何となく焼き菓子が出てくると思っていた私は驚きプラス、もう一つの包みの期待が高まってウキウキ開けてみる。

もう一つの中身はスコーンのようなものが2つ入っていた。正直、どちらも大好きだ。しかもこの世界では初めて見るし、食べる。
ラピスではお茶の時間のお茶請けが、大体果物かドライフルーツなのだ。あとは野菜が結構甘さがあるのも一因だと思う。
食卓に並べても色鮮やか、甘みも強く、満足感があるので食後にデザート、という気分にならないのだ。フルーツで丁度いい。
ここに来て私が「おやつ食べた~い」ってならないのも、野菜のおかげがあると思う。

だからこそ、無くてもいいものを「欲しい」にしなくてはならないとなると大変だと思う。

ドキドキしながら、スコーンっぽいものから食べてみることにした。
2つあるのは味を変えてあるのだろう、1つはプレーンでもう1つはいつもおやつで食べるようなドライフルーツが入っている。
始めから2つ、味を変えて用意してくるなんてなかなか有望だと感心しながら、プレーンの方から手に取り、まず割ってみた。

スコーンだと思って割ったら、もっと柔らかい。
意外。こっちはパンも硬いから、食感がいい方がビックリされるし、ウケそう。
スコーンはスイーツの入門編としては良いかもしれない。何しろお菓子文化が無いのだから、そもそも受け入れられない可能性だってある。
スコーンなら見た目もパンに近いし、手に取りやすい。
そして、嗅ぐ。これ大事。
いい。合格。

ひと口食べて、香りと味の良さに、びっくりした。

えー。これはあっちの世界でも売れそう。

正直、ここまでのレベルだと思わなかった。
実はイマイチで、キティラに報告するのが気まずくなったらどうしよう…と思っていたが、全く心配要らなかったみたいだ。

何の粉を使ってるんだろう?とにかく生地が美味しい。何か付けても美味しいと思う。主張し過ぎないこの味なら、私が作ったマーガリンもどきとも合うだろうしジャムや蜂蜜も勿論美味しいだろう。誤魔化しが効かないプレーンでこの味。
申し分ない。

「合格!」って言いたかったけど、とりあえずフルーツ入りも食べる。これがまた、多分生地の配合を少し変えている様で、よりドライフルーツに合う生地になっているのが分かる。
レベル高っ。
私が無言でモグモグしているので、「どうですか?」と聞かれる。ですよね。

「とても、美味しいです。」

正直、ここまでとは思っていませんでした。ごめんなさい。キティラもごめん。

そのままクレームブリュレの方も味見だ。いや、味見というか、勿論本気食いだけども。

まずちゃんと可愛いスプーンが付いているのが好感度高い。いや、無かったら食べれないけどきちんと準備している時点で、商売として考えている事が分かる。

「この、上の部分の所はどうやってるんですか?」
「僕の石が火なので、火力調節が得意なんです。」

そう言いながら説明してくれる。


て言うか、使い方が上手いんだろうな~。

以前ハーシェルが言っていたが、職人達はそれぞれの石を、その仕事に合った使い方で使う。
適職だとより上手く使いこなせるようで、彼もその類いなのだろう。
スコーンの焼き加減といい、焦がしの部分といい、申し分のないスイーツ男子だ。

「これも美味しいです。」

見えないだろうけど、私はめっちゃ頷いている。私が、買いたいコレ。
て言うか、スイーツが無い状態でよくこんなの思いつくな!、と本気で思う。


さて、どうしようか。

そう思っていたら、彼の方から話し始めた。

「キティラから、聞いていると思うんですが僕の家は木工をやっています。」

そう話出した彼は、見た目よりもかなりしっかりした考えを、持っていた。


元々、いつも食べているパンを柔らかくしようと作ってみたのが最初だったらしい。友人の家がパン屋だそうで、始めは気軽な気持ちで作り方を聞いてみたそうだ。
作り始めはやはり失敗ばかりだったが、初めて上手くいった、と思ったのがこのスコーンだった。そこから、生地の味、硬さ、ふくらみ、焼き具合などを研究したらしい。
それで試食を食べ過ぎて飽きた結果、他の味が生まれたそうだ。今日はドライフルーツ入りを持って来てくれたが、他にもあるらしい。是非、食べたい。

家族や仲の良い友達に振る舞った所、とても喜んでくれたそうだ。
勿論、食べた物を美味しい!と思ってもらえる事も作る事への動力になった様だが、何よりも作っている時、無心で且つ楽しく、コツコツと努力できる所がいい、と彼は言う。お菓子を作り始めて4年になるそうだ。
それを聞いてつい「いくつですか?」って聞いてしまった。16だって。
凄いね、12歳から作ってるんだ………。


「こんなに美味しいし、そんなにずっと作ってるなら親御さんはそっちの道でもいいよ、とはならなかったんですか?」

仲の良い様子しか伝わってこないので、反対されているのが信じられない。

「仕事にする、となると話が違うという事らしいです。確かに、難しいのは分かります。でも仕事にしたいという話をしてからはもう話も聞いてくれない状態で…。」

お父さんなんかはとりつく島もないようだ。

確かにこれは困ったねぇ……………。

応援したい。私個人としては、非常に。
しかし、この世界の仕事や家族、世間の常識が分かっていない私がそう簡単にあれこれ言うわけにも、いかない。

「私は、是非食べたいですし、応援したいと思ってます。でも家族から全く同意を得られていない状態というのは、難しいと思うのでとりあえずお父さんやお母さん、あとお兄さんですかね?お話を伺いたいと思っているんですが、それは大丈夫でしょうか?」
ホントに「仕方がない」というレベルで片付けられない…………と私が呟いていると、彼は嬉しそうに言った。

「応援して頂けるだけでも嬉しいです。実はこんな相談してる事自体、叱られるかもしれません。親の跡を継ぐのは当然ですから。でも、少しでも考えを知って欲しいし、…僕だけじゃないという事を、知って欲しい。」

そもそも彼の家族はお菓子の店なんて作っても行く奴はいない、という考えらしい。確かにそれには断固反対したい。
流行るかどうかは別として、私は、行く。

「そうですね。ともかく私ももう1度考えます。こんなに美味しいものを食べさせてもらいましたから。」

思っていた前提条件が違っていたようで、難題だ。まずは下調べが必要だね…。


とりあえず彼の意思は聞いたし、お菓子の腕も申し分ない。他にも気になる事を色々質問して、判断材料を増やすと、今日の所はお開きということにした。

「話を聞いてもらって、同意してくれただけでもだいぶ気が楽になりました。またいい案が思いついたので、試作しようと思います。」

「ではまた、私の方でもいい考えがあればお知らせしますね。」



彼を見送ると、忘れないうちに話を聞きたい人、調べたい事などを書き留めていった。

さて、何から始めようかな?


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