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5の扉 ラピスグラウンド
工房見学
しおりを挟む北の広場は、真ん中に丸く大きな花壇がある石畳の広場だ。
丸い花壇の周りには、休憩できるようにベンチが設置されている。広場の中に今日は3つお店が出ていて、いくつあるかはその日によって違うそうだ。
屋台みたいなものかな、と思っていたがそれは移動できるものではなく、簡易的な店舗という感じだ。
小さい小屋のようなもので商品を置く台、売り子スペース、荷物置き場くらいの大きさ。空いている店があと2つある。
店が出る出ないは店主次第らしく、今日はお母さんの手仕事のような小物を売っているお店と、サンドイッチやジュースなどの軽食屋さん、もう一つはハーブのお店だ。
「うわっ!スワッグがいっぱいある!」
「ホントね。あれは趣味で自宅で作っている物だと思うわよ。おうちがハーブをやっているのね。」
ほうほう。
「あーいう風に、趣味で作ったものを出したりしても売れるものですか?」
「ハーブはねぇ、生活に根付いてるから。必需品と言ってもいいかもしれないしね。何を売るかによるわね、きっと。」
「そうですよね………。」
お昼を食べるつもりなのに、ついつい手前にあるハーブ屋さんを覗いてしまう。
素敵なスワッグがいくつかあって欲しくなってしまったが、これから工房へ行くのに荷物がいっぱいになってしまうので諦める。また今度来よう。
お隣の軽食屋さんでジュースとサンドイッチを買う。ルシアはさっきパンを買ったのでジュースのみだ。
私は外で売っているものを試したかったので、一つ買ってみた。リサーチですよ、リサーチ。
ベンチに戻ると、2人で「良い食事を」と食べ始める。
「食べてみる?」とルシアがパンを少しちぎってくれた。うん、美味しい。
「やっぱりパン屋さんのパンは違いますね。」
「そうね。たまに食べたくなるわよね~。やっぱり毎日自分が作ったものは、飽きるわよね。」
それは、万国共通の主婦の想いじゃないだろうか。
私もサンドイッチを頬張る。
「!こっちも美味しいです。」
「あそこは美味しいって評判だからね。」
「やっぱりそういうのあるんですか?口コミみたいなやつ。」
「そうね。美味しければ、すぐ噂になると思うわよ。食べ物は、特にね。」
それならチャンスはあるかもしれない。
あとは値段とか、ここでやるならどこに許可取るのかな?
道行く人をボーッと眺めながら考えていると、「ヨル、あんまり時間ないわよ。」とルシアに言われて慌てて食べ始めた。完全に止まってたみたい。
「それにしても、結構人通りますね。」
今日は平日だ。お昼だという事もあるとは思うが、人通りは多い。
「そうね。広場は近道になるからね。」
この細かくてくねくねした道を行かなくていい広場は通りやすいらしく、みんながショートカットに使うのだそうだ。
確かに、広場から細い道が何本も出ている。
ちょっと広い道から、通れるのかな?みたいな細い道まであって、凄く探検したくなってきた。
今日は無理だけど。いつか行きたいなぁ。
そして、広場の真ん中に花壇とベンチがある為、道行く人が私たちをチラチラ見て行く。
たまにルシアの知り合いが通って挨拶していた。
でもチラチラ見てくる人、多いな………。
ルシアの知り合いかもしれない、と見ているとサッと目を逸らされる。そんな事を繰り返していると「ヨル。やっぱり目立つわね。行きましょうか。」とルシアに連れ出された。
「お昼を食べたら行くって伝えてあるから、大丈夫だと思うわ。」
そのまま工房へ向かう。
目的の工房は北の広場からそのままぐるっと、南側に歩いた所にあった。
青い屋根に白い壁。シンプルで少し無骨な作りは見るからに工房という感じだ。
少し小さめの倉庫、という感じで周りの家に比べると、大きい。近づくと作業中の音だろう、カンカンという音やガチャガチャいう音が聞こえる。あと、なんか熱い。
何故熱いのか考えていると、ルシアが扉を開けて「こんにちはー!」と大きな声で言っている。
確かにあの位の勢いじゃなきゃ、聞こえないだろう。
奥から出てきたのは小柄だけどがっしりした体つきで、いかにも職人という感じの中年の男だった。グレーの神経質そうな瞳でこちらを見ている。ちょっと、コワイ。
「ああ。」とだけ言うと、手で入っていいと促してくれる。
「忙しい所、悪いわね。邪魔しないようにするから。こちらはヨルよ。ヨル、ここの責任者ヨークよ。」
「忙しい所ありがとうございます。よろしくお願いします。」
目だけで頷いたヨークはそのまま作業へ戻っていく。
そういえば、ヨークってハーシェルさんから聞いたことあるな………。
いつだっけ?と考えているとルシアに引っ張られた。ルシアは来た事があるようで、普通に中に入っていく。
薄暗くて短い通路を進むと、奥が大きな作業場になっていた。
大きな扉を開けると向かって正面に、大きな炉がある。
沢山の赤い火の石たちが炉の中で明明と存在を主張していた。
熱いのはこれのせいだ、と納得。
作業中なのか、蓋が開けっ放しだからものすごく、熱い。
そのまま右手の作業場に、さっきのヨークがいる。そして彼が扱っているのは多分ガラスだ。数種類の青いガラスを溶接しているところのようだ。
「うわー!」
思わず声が出たけれど、割と工房は色んな音がするので誰もこっちは見ない。それでも邪魔できない雰囲気に、手で口を塞ぐ。
絶対また騒いじゃうよ、ここ。キケン!
出来るだけ邪魔しないように、ヨークの近くへ見に行く。
大きな台の上に色んな形にカットされた青ガラスがあり、それを加工している。
そう、教会の窓がこんな感じだ。
台の上にいくつかまじない石がはまっているのが、見える。
ヨークがその上で手をくるくると動かすと、どんどんガラスが模様を描くように大きな一枚になっていく。
淡く、青く、蒼く、飛び回る小さな、光。
接続面がポワッと光ったかと思うと、次は隣、というようにどんどん順に光り、繋がる、青のカケラ達。そうしてそれは、最終的に大きなガラスになった。
青の濃淡の淡い光がふわふわと漂い、次第に消えて行く。
少し大きな息を吐いて、ヨークが汗を拭った。
実は、私はちょっと涙ぐんでいた。そのくらい、幻想的で綺麗なのだ。そして、目の前で職人技を見れた事に感動していた。
一息ついたヨークが振り返って、私を見て目を見開く。多分泣いていると思ったのだろう、ちょっと困った顔をしながら近づいてきた。
「どうした、お嬢ちゃん。」
「いや、ちょっと感動しちゃって…」
「でも、泣いてないですよっ。」と心配させないようにニッコリ笑うと、ヨークも仕方ないなぁ、という風に笑ってくれた。
「俺は一段落したから、案内してやるよ。」
見た目がゴリゴリの職人ヨークに優しい声をかけられて、危うく引っ込めた涙がまた出そうになる。いかんいかん、引っ込め。
ルシアにポンと背中を叩かれる。
「気に入られたわね」
こっそりウインクしている。
え。嬉しいけどまた涙出るからやめてっ、ルシアさん!
そのまま炉の反対側にヨークは歩いて行って、奥にいる男性を呼んだ。
「ロラン!ちょっと見せてやれ。」
ロランと呼ばれた人が振り返り、歩いてきた。
あら。イケメン。
ロランはハーシェルと同じくらいのグレーの髪。ふわっカールとしていて、柔らかい雰囲気だ。
それに、青い瞳の多分20代半ば。
あまり職人には見えないイケメンだが、腕まくりした袖から出る腕が程良い筋肉具合で、思わずうーん、と言ってしまった。
「聞いてます。見学だよね?」と気さくに話しかけてくれる。やはり若いからか、話しやすい。
そのまま彼について行くと、ルシアはヨークと何やら家のガラスについて話をしていた。
私達はそのまま2人をおいて奥へ行く。
奥には作業中のものや、完成間近の陶器が沢山並んでいた。
「わぁ~~~!」
ここは黙っていられなかった。
だって、私の大好きな茶器関係、お皿、花瓶、ん?あれは何だろう?砂糖入れ?
蓋のデザインが可愛いー!
「え。触っちゃまずいですよね!??」
もっすごい勢いで振り向いた私に多少引きながら、ロランは「手に取って見たいものがあれば教えて」と言ってくれる。
え。ウソ。いいの?全部だよ、全部。
待て待て、落ち着け。ちゃんと見なきゃ!
深呼吸して、端から見る。
はぁー。そうか。なる程。ここ、ここ細かい!何で色付けてるんだろう?えー。この薄さ、どうやって作ってるんだろう?絵付けの所見たいなぁ~。赤も素敵。
でもやっぱりラピスは青だよね!この青の色と濃淡の素敵な事!青一色もいいよね。ハアァァァァ。あ、これ見たい。でも緊張して、落とさずに見れるかな??
見たいものを見つけて、クルッと振り返るとロランが蹲っている。
え?大丈夫??
「ロラン………さん?」
「……………ックッ、クックッ…」
彼は爆笑していた。え。なんで。
しばらくそのまま見つめていたら、彼が此方へ帰ってきた。
「ごめん。いや、ちょっと久しぶりにこんなに笑った!」
「………一応聞きますけど、どうしたんですか?」
「いや、だって君、全部、声に出て………っ」
あ、また始まっちゃった。
なんだかちょっと恥ずかしいのと面白くないので、彼の事は放っておいてまた見学の続きだ。
そのままずらっと並ぶ器たちを見て行く。
右端まで見たところで、その隣にまた部屋がある事に気付く。扉は無く、そのまま奥に行けるようになっている。
勝手に行っちゃダメだよね…と奥を覗いていると、復活したロランに肩を叩かれた。
「ごめん、案内するよ。」
そう言ってロランは私が気になっている茶器を触らせてくれたり、染料や金彩を見せてくれて、ちょっと実演もしてくれた。焼きは流石に今日は終了したようで、でも「ヨークさんみたいに見てて面白いもんじゃないよ」と言っていた。基本的には炉に入れて、まじないを込めるから見れないらしい。
何しろ笑われた事で、ちょっとスカしたヤツだ、と私の印象はイマイチになった彼だったが技術面で言えばかなりウットリさせられた。
笑われてなくて、仕事中だけ見たらうっかり好きになってしまうだろう。そんな腕を、持っている。
そんな私と対照的に、
彼は私をオモチャ認定したようで、何かと顔を覗き込んでからかってくるので、カツラがバレないか、眼鏡の隙間から瞳が見えないか、ヒヤヒヤした。
「おっ。お客さんかい?彼女?」
「今日見学が来るって言ってたじゃないですか、エーガーさん。」
さっき私が覗いていた奥の部屋から出てきた人がいる。赤茶の髪の、体格の良い男の人だ。ロランより少し年上に見える。
「ああ、そうだったか。よろしく、エーガーだ。」
「こんにちは。よろしくお願いします、ヨルです。」
「ヨルなんて、珍しい名前だな。」
「そうなんですか?フフ…。」
って笑って誤魔化しておいたけど、そういえば初めて言われたかも。
エーガーはじっと私を見つめた後「こっちも見るかい?」とさっきの奥の部屋を案内してくれた。エーガーの後について、少し薄暗い工房へ入って行く。こっちにもこのくらいの部屋があったんだね…。
「おお……………。」
思わず手がお祈りのポーズになる。
エーガーの作業場はカトラリー、鍋、フライパンのような物など鉄器の工房だった。「うわぁ。」また私が無意識のうちにブツブツ言いながら夢中になっているのを、ずっと見ていたようで「本当に好きなんだな。」と声をかけられた時は既に話が終わってこちらへ来ていたルシアも一緒だった。2人で私の事を見て、苦笑している。どうしたのかな?
「せっかくだから、俺のも見て行くか?」
エーガーが実演してくれたのは、小さな炉の前で鉄を打ち付けて長いナイフのようなものを作る鍛造という作業だ。
「危ないから少し離れてな」という言葉を守り、少し後ろで見学する。
さっきまでの人の良さそうな彼が、一気に真剣な職人の顔になる。
黒い塊を取り出し、炉で温める。
彼が振りかぶって赤くなった鉄を打ち付ける度に、始めは何も無かった鉄の周りに次第に赤いキラキラが出てきた。
あれがあの人の石の力だ……………。
薄暗い作業場の中で赤い光がキラリと舞い、エーガーが真剣な姿で打ち付ける様は、ヨークと同じくとても綺麗ではあるけれど火の赤はとても神秘的だ。
ヨークさんもすごく綺麗で幻想的だったけど、こっちはまた、神社を連想させるね。
すごく、神秘的。
言葉を発してはいけない雰囲気を感じ、そのまま真剣に作業を眺めていた。
エーガーの滴り落ちる汗も、赤いキラキラも、ずっと見ていられる。
どのくらいじっと見ていたのか分からないが、エーガーは形が出来てきた鉄を一度ジュっと水に入れると汗を拭い、私の方を振り返った。
私の顔を見てちょっと目を開いた後、ニッコリ笑って、「とりあえずここまで。」と言う。
そして私は「ありがとうございます。」と言ってお辞儀する。
そう、本当にありがとうございます。良いもの見させて頂きました。
いつの間にか、後ろでヨーク、ロラン、ルシアが揃って私達の事を見ていたらしい。
「お疲れさま。」とルシアがエーガーと私に言った。「そろそろ良い時間よ。」
私、だいぶ夢中になって見ていたみたいね。
作業に見惚れていたせいで、肝心な事を何にも聞いていなかった事を思い出し慌てて見送りがてらのヨークに質問する。
「ここは、家族でやっているわけじゃないですよね?」
3人はとても親子には見えない。
「ああ。うちは弟子制でな。しかしあの2人はロランは親戚だし、エーガーは近所のガキだった頃から工房には来ていた。元々好きだったんだろうな。ちょこちょこ見に来ているうちに、居ついたな。」
顎の髭を擦りながらヨークが色々教えてくれる。もっと色々聞きたかったが、入り口まで来ると外が暗くなってきているのが、分かった。
「あー。ちょっと待て。」
そう言ってヨークは奥に戻り、ロランを連れて戻って来る。
「送って行くよ」とわざわざ連れて来てくれたようだ。「え。」申し訳ない、とワタワタしていると「悪いわね、仕事の後に。ヨル、甘えましょう。このくらいの時間、女2人は危ないわ。」とルシアも言うので素直に甘える事にした。夜も危ないが、夕暮れも油断できないそうだ。
逢魔時って言うしね。
歩いているうちにだいぶ暗くなってきた。
家々に灯る明かりが綺麗で、階段状になっている街並みが更に綺麗に見える。上は青い家が多いので、濃淡の青の中、橙と赤の光がとても綺麗だ。
道すがら私はロランに色々質問する。
「ロランさんのうちは、ヨークさんの所と違うお仕事なんですよね?」
「そうだよ。うちは実は畑をやっているんだ。」
ロランの家はテレクと一緒で畑で野菜や果物などを育てているらしい。
「反対されなかったんですか?」と聞くと「うちは特殊かもね。」と教えてくれる。
元々ヨークとは親戚の為、小さい頃から工房に出入りし、あのキラキラを見て魅力されてしまった。
勝手にいなくなると、工房に居る、という事を繰り返して両親が「もうロランはヨークに預けよう」となったらしい。8つの頃からヨークの所に住んでいるそうだ。弟が2人いて、畑は2人がやっているので自分は感謝しているんだって。
「因みに、エーガーだって似たようなもんだよ。」
エーガーとは小さな頃からの見学仲間だそうだ。エーガーは次男だった為、割とすんなりヨークの所に来られた。実家は商家だそうだ。
商家も気になるんだよね…お店出せなくても、お菓子置いてもらって売れるかどうか試したいしなぁ…。
こりゃいい伝手が出来るかな…と腕組みをしていたらもう、教会に着いた。
ルシアに遅くなった事を詫びつつ、ロランに礼を言う。
お母さんの声が聞こえたからか、リールが「お母さん!」と走って出てきた。そのままルシアはロランに会釈をし、リールと家に入って行く。
今日も夕飯一緒みたいだね?
私はくるりと向き直ってロランに挨拶をした。
「今日は本当にありがとうございました。」
「うん、ヨークもまたおいでって言ってたから、いつでも遊びにおいで。勿論、僕もまた会いたいし。」
「いや、ロランさん私で遊ぼうと思ってますよね??」
私がジトッとした目で見ると、ロランは笑いながら
「いや、君と遊びたいとは思ってるけどね。またおいで。」
と、私の頭をポンポン、と叩いて帰って行った。うーん。チャラい。
最初にカッコいいとこだけ見てなくて良かった………。
すっかり星空になった空を見上げて「今日は楽しかった!」と呟き、私は家に入った。
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