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Like a wonder color
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イエローは三十パーセント。
ブルーも三十パーセント。
ゴールドは。
調べてみたら驚いた。
ゴールドは〇,五パーセント。
丸ノ内君は、生まれつきゴールドだった。第四浄化計画が始まってから防衛創作をしたことがなく、純文学作品だけを発表しているらしい。そんな人は、私のフレンドリストに一人もいなかった。
「なぜ君は私をリストに入れたいのですか?」
たまたま予定が空いている時、月面のアクアリウムへ呼ばれた。私は正民ポイントが低すぎるので、条例上の規制が多い。上位カラーの人からリストアップを求められれば、まず面談をしなければならない。
丸ノ内君は髪の毛と肌以外まっしろだったから、全身であらゆるブラックライトの色を反射していて、近未来小説の中からやって来た宇宙人みたいだった。
「三日月さんはぼくの友です。それ以外に理由はありません」
さすがゴールドだった。まるで現代の聖人みたいな返答だと思った。
「言葉選びだけで決めたの? 私、サメなんか好きなんだけど」
「ええ、サメはすぐそこにいますね。ああ、絵もすごくよいと感じました」
電脳表現広場を通じて出会えた書き手さんは山程いる。どの人のプロフィールも関係安全保障法に基づいて正確に個人情報が記載されている。
顔写真、性別、年齢、学歴、病歴、職歴、収入、正民指数、社会保障カラー。
私がそれらの登録を申請したのは七十歳の冬だった。幸運にも登録許可が下りたおかげで、定年後も志願労働者として防衛創作が認められている。
「活動カードが交付されたことを幸いに、レッド民向けのC型残酷小説を発売してしまっています。普通に考えると、私があなたのような人とフレンドになるための審査は相当厳しくなると思います。何か特別な理由が必要なのでは?」
丸ノ内君は、八十八・六ポイントもある、ゴールド。
丸ノ内君は、まだ若い、ゴールド。
丸ノ内君は、ゴールドだから、良い友だちに恵まれているはず。
「いえ、理由も何もないのです。ただぼくは三日月さんと仲良くなりたいんです。三日月さんの生み出した作品が好きです。三日月さんにはすごく将来性がある。創作管理省への申請票にも、ただそう書きました。本当のことだから」
館内で一番大きな水槽がある。ほかにできることがなく、ただ泳ぐしかない機械みたいなセアオザメがいる。彼の眼に哀しさはなかった。むしろ場違いなほどファニーだった。硬そうな黄緑色の光を引きつれて、気持ちよさそうに赤紫色の奥の方へするする向かっていた。
生きているうちに触れ合えることはないだろう生き物の遊泳を、静かに冷えた淡桃色の光帯スポットで二人して見送る。辺りは清潔で温和そうな人だらけだ。
私は生ぬるく腹を決めることにした。ニンマリ族の由緒正しい形式通り、丸ノ内君へ握指の意志を示した。
「君のため、赤の約束を破ります。なお、あなたが後悔しても私は知りません」
「ありがとう。君のため、金の約束を破ります。ぼくは後悔なんてしないけど」
レッドカードを引いて丸ノ内君は本当に大丈夫なのだろうか。そうは思うものの、私は細く青白い指先から伝わる平熱の情報に自然な喜びを覚えた。
「マイ乱数を開示しよう。四、五、九、五、三、八、〇。地獄ゴミ山と覚えて」
おかしくて笑いそうになった。まるで血まみれ小説を書く者にお似合いの不吉な語呂合わせではないか。
水族館に地獄もゴミもない。こっちのコードの方がだんぜん良い。
偶然に意味はあると思おう。偶然の反シンクロがちょっとした救いになることがある。
「ひどいな。私のは、八、三、四、一、五、七、五。やさしい子ねこ。へへ、ねこだよ。ねこって、かわいいね」
長い回廊の出口まで、私たちは時々肩をぶつけ合いながら歩いた。私の創り出した物の何がどうして丸ノ内君とつながったのか、言うほど深く知りたいとは思わなかった。
お互いをもっと知れる日が来ると良い。でも今の私たちは今の距離で確かに信じ合えているのだから、海ほど深い話まで語り合うのはまた今度にしよう。
「おお、色違いの友よ。ここが楽園だ」
「笑える。真面目に舞台ぶらないでよ」
立ち場は違いすぎる。おそらく審査は通らない。もしかしたら今日中にも創作管理省から追徴表現制限を課されるかもしれない。
でも、私たちは誰にも悪いことはしていない。
「何でも前向きに考えられそうなんだ」
「私は後ろ向きでも別に平気だけどね」
圧倒的に巨大なタワーの出口から、これでもかと言わんばかりに群青の宇宙が広がっていた。星くずたちの光は痛いほど目に飛び込んでくるようで、実は天の川を遊んでいるだけだった。
私たちの想いが私たち以外の世界をどれほど柔らかく崩せるか、期待はできる。
私たちはそれぞれの創作に、手を替え品を替え何でも折り込めそうだ。
「じゃあ行くよ。またね」
「うん。きっと、また」
あのサメは泳ぎ続けているだろう。
思う限り、感じる限り、彼の喜ぶひどいストーリーなんか無限に書ける。
丸ノ内君の背中のカラーがみるみるうちに、今まで誰も見たことがないだろう不思議な色に変わり始めていた。
ブルーも三十パーセント。
ゴールドは。
調べてみたら驚いた。
ゴールドは〇,五パーセント。
丸ノ内君は、生まれつきゴールドだった。第四浄化計画が始まってから防衛創作をしたことがなく、純文学作品だけを発表しているらしい。そんな人は、私のフレンドリストに一人もいなかった。
「なぜ君は私をリストに入れたいのですか?」
たまたま予定が空いている時、月面のアクアリウムへ呼ばれた。私は正民ポイントが低すぎるので、条例上の規制が多い。上位カラーの人からリストアップを求められれば、まず面談をしなければならない。
丸ノ内君は髪の毛と肌以外まっしろだったから、全身であらゆるブラックライトの色を反射していて、近未来小説の中からやって来た宇宙人みたいだった。
「三日月さんはぼくの友です。それ以外に理由はありません」
さすがゴールドだった。まるで現代の聖人みたいな返答だと思った。
「言葉選びだけで決めたの? 私、サメなんか好きなんだけど」
「ええ、サメはすぐそこにいますね。ああ、絵もすごくよいと感じました」
電脳表現広場を通じて出会えた書き手さんは山程いる。どの人のプロフィールも関係安全保障法に基づいて正確に個人情報が記載されている。
顔写真、性別、年齢、学歴、病歴、職歴、収入、正民指数、社会保障カラー。
私がそれらの登録を申請したのは七十歳の冬だった。幸運にも登録許可が下りたおかげで、定年後も志願労働者として防衛創作が認められている。
「活動カードが交付されたことを幸いに、レッド民向けのC型残酷小説を発売してしまっています。普通に考えると、私があなたのような人とフレンドになるための審査は相当厳しくなると思います。何か特別な理由が必要なのでは?」
丸ノ内君は、八十八・六ポイントもある、ゴールド。
丸ノ内君は、まだ若い、ゴールド。
丸ノ内君は、ゴールドだから、良い友だちに恵まれているはず。
「いえ、理由も何もないのです。ただぼくは三日月さんと仲良くなりたいんです。三日月さんの生み出した作品が好きです。三日月さんにはすごく将来性がある。創作管理省への申請票にも、ただそう書きました。本当のことだから」
館内で一番大きな水槽がある。ほかにできることがなく、ただ泳ぐしかない機械みたいなセアオザメがいる。彼の眼に哀しさはなかった。むしろ場違いなほどファニーだった。硬そうな黄緑色の光を引きつれて、気持ちよさそうに赤紫色の奥の方へするする向かっていた。
生きているうちに触れ合えることはないだろう生き物の遊泳を、静かに冷えた淡桃色の光帯スポットで二人して見送る。辺りは清潔で温和そうな人だらけだ。
私は生ぬるく腹を決めることにした。ニンマリ族の由緒正しい形式通り、丸ノ内君へ握指の意志を示した。
「君のため、赤の約束を破ります。なお、あなたが後悔しても私は知りません」
「ありがとう。君のため、金の約束を破ります。ぼくは後悔なんてしないけど」
レッドカードを引いて丸ノ内君は本当に大丈夫なのだろうか。そうは思うものの、私は細く青白い指先から伝わる平熱の情報に自然な喜びを覚えた。
「マイ乱数を開示しよう。四、五、九、五、三、八、〇。地獄ゴミ山と覚えて」
おかしくて笑いそうになった。まるで血まみれ小説を書く者にお似合いの不吉な語呂合わせではないか。
水族館に地獄もゴミもない。こっちのコードの方がだんぜん良い。
偶然に意味はあると思おう。偶然の反シンクロがちょっとした救いになることがある。
「ひどいな。私のは、八、三、四、一、五、七、五。やさしい子ねこ。へへ、ねこだよ。ねこって、かわいいね」
長い回廊の出口まで、私たちは時々肩をぶつけ合いながら歩いた。私の創り出した物の何がどうして丸ノ内君とつながったのか、言うほど深く知りたいとは思わなかった。
お互いをもっと知れる日が来ると良い。でも今の私たちは今の距離で確かに信じ合えているのだから、海ほど深い話まで語り合うのはまた今度にしよう。
「おお、色違いの友よ。ここが楽園だ」
「笑える。真面目に舞台ぶらないでよ」
立ち場は違いすぎる。おそらく審査は通らない。もしかしたら今日中にも創作管理省から追徴表現制限を課されるかもしれない。
でも、私たちは誰にも悪いことはしていない。
「何でも前向きに考えられそうなんだ」
「私は後ろ向きでも別に平気だけどね」
圧倒的に巨大なタワーの出口から、これでもかと言わんばかりに群青の宇宙が広がっていた。星くずたちの光は痛いほど目に飛び込んでくるようで、実は天の川を遊んでいるだけだった。
私たちの想いが私たち以外の世界をどれほど柔らかく崩せるか、期待はできる。
私たちはそれぞれの創作に、手を替え品を替え何でも折り込めそうだ。
「じゃあ行くよ。またね」
「うん。きっと、また」
あのサメは泳ぎ続けているだろう。
思う限り、感じる限り、彼の喜ぶひどいストーリーなんか無限に書ける。
丸ノ内君の背中のカラーがみるみるうちに、今まで誰も見たことがないだろう不思議な色に変わり始めていた。
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