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第二話 転生というものがあるのならば

12-2.これは、お前の知らぬ私たちの約束なのだから

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* * * 


 あれから三日がたった。


 強制的に公爵代理人の座を返上させた挙げ句に屋敷から追い出された父と義母を再び屋敷に呼ぶことになるとは思ってもいなかった。

 屋敷から追い出した直後、父から義母との婚姻関係を解消しない代わりに、受け取る金銭の半分を公爵家に寄付すると血判付きの手紙が送られた時は驚いたものである。

 父にそこまでの決断力と覚悟があったのだとは思ってもいなかった。

 そこまでして義母と一緒にいたい気持ちは理解することができなかったものの、金銭の半分を返上する約束を守り続ける限りは容認すると返事した。

 勿論、公爵家の評判を落とすような真似をすれば、父も公爵家を名乗ることは許さないと忠告もしている。

 それでも構わないというのだから、父は変わり者だ。

 そこまでしてでも手放したくないのだろうか。
 理解ができない。

 守銭奴としか言い表せなかった父が金銭を手放してまで義母を選んだ。
 それほどまでに大切にしているのならば、なぜ、最初から義母と結婚をしなかったのか。

 なぜ、母の手を取るよう真似をしたのか。

 私には理解ができなかった。なにより、それを問い詰める気力も起きない。

 理解ができない相手であり、二度と会わないだろうと思っていた二人を呼び出したのは、アリアを喜ばせる為である。

 アリアを祝う場にはあの二人もいるべきだろう。
 誰よりもアリアのことを愛しているのは、あの二人だ。

「お父様! お母様!」

 大広間に通された父と義母の姿を見たアリアは、素早く立ち上がった。それから私を見ることもなく、二人の元へと駆けていった。

「お会いしたかったですわ!!」

 食事会が開かれる大広間で駆けて来たアリアを咎めることもなく、義母はアリアを抱き締めた。
 父もアリアを見る眼が優しい。

 どこから見ても仲の良い家族の姿がそこにある。

 それを席に座りながら眺めている私を気に掛けているのか、セバスチャンは落ち着かなさそうな表情を向けて来るが、それに対して眼を逸らして構うなと伝える。

「アリア、大変だったわね。公爵閣下からお話は伺ったわ。すぐに抱き締めてあげられなくてごめんなさいね」

「そうだ、アリア。辛い思いをしたのだろう? もう大丈夫なのか?」

「ふふっ、お母様、お父様、わたくしは大丈夫ですわ。お姉様がいらっしゃいますもの。なにも怖いことも、辛いこともありませんのよ」

 私は、貴族としての冷え切った家族の関係しか知らない。

 皇国に全てを捧げる為に生きることこそが公爵家に生まれた者の義務だと信じて疑わなかった母から愛された覚えはない。

 関わることを拒み続けた父から愛された覚えはない。アリアを見て心の底から安心したような顔をする父を見たのは初めてだった。

 私にはあの目は向けられたことはない。今後も縁のない話だろう。

 貴族として生まれた者にとっての親というのはそういうものだ。
 少なくともアリアが公爵家の一員となるまでの我が家はそうであった。

 ――これでいいのだ。そうだろう、アリア。

 アリアは家族と過ごせば幸せになれるはずだ。

 前世とは違う道を歩み始めている。
 それならば、あの時のようにアリアが父と義母に見捨てられたと思うことはないだろう。

 家族は家族で過ごすべきだ。
 限られている家族と過ごす貴重な時間を私が奪うのは間違っている。

 アリアたちの表情を見れば分かりきっていることだった。

 あの中には私は必要ないのだから。

「感動の再会はそこまでにしていただけるか?」

 両親と再会をして喜ぶアリアを見ていると心が揺らぐ。

「席は用意してある。貴方たちにとっても見慣れた場所だろう? 座って話をすればいい」

 心にもない言葉を口にしてしまう。

 公爵家に閉じ込めるようにして過ごすよりも、父たちと一緒に暮らしているべきなのだろう。

 ……いいや、婚約破棄の件が片付いたとはいえ、エイダ嬢がなにをし始めるか分からないのは変わらないのではないか。様子を見るべきではないか。

 アリアのことを最優先にするべきだとはわかっている。

 それでも、どうするべきなのか、未だに答えが出ていない。

「それとも、席に座らない理由でも?」

 これ以上、心が揺らぐ前に話を進めなくてはならない。

「私と同席したくないというのならば別室を準備しよう」

 アリアに対して過保護すぎるのだということは分かっている。

 それでも、不安が消えない。

 アリアを失いたくはないと、その為ならば手段を選ばないと覚悟を決めているとはいえ、皇国の為ならばなにをするか分からない。

 私自身がなによりも信用ができないのは、今も変わらない。
 それならば、私はアリアを手放すべきだ。

 一緒に生きてほしいと願ったアリアの言葉は本音だろう。そう信じている。

 それでも恐ろしくなるのだ。

 守りたいからこそ壊してしまわないか怖くなる。

「いいや、食事会には参加する気はない。ここに来たのは、公爵と話をする為だ」

 あのような真剣な眼をする人だっただろうか。

 都合の良い話ばかりを好んでいた人の上に立つのには不向きな人だった。

 思い返してみても、一つも思い出がない。
 母が存命の頃は屋敷に寄りつかず、母が亡くなってからは義母と一緒にいる姿ばかりだった。

「そうか。では、その意向に沿うとしよう。――ディア、客人の食事は必要ないと調理人たちに伝えろ。不要となった食事は使用人たちの間で好きにしろ、喧嘩のないようにな」

「かしこまりました。お伝えします」

「頼んだよ。ところで、その場で話をするつもりか? 少々、距離を感じるのだが。私はわざとらしく大声を出すのは好みではないのは知っていると思っていたのだが、勘違いだったか?」

「いや、……そのくらいのは知っているつもりだ」

「そうか。それならば行動に示せ」

 私から近寄るのは選択肢にない。

 この距離のままでも支障はない。いつもよりも大きな声を出さなければならないのは面倒だが、声が通らないわけではない。

「お言葉に甘えて近寄らせてもらおう。おい、使用人。これを預かっておけ」

「……預かりましょう」

「不服そうな顔だな、使用人」

 父が様子見をしていたミーヤに押し付けたのは、赤色の宝石が付いた指輪に加工された魔力媒体専用の魔道具だ。

 身体に負担をかけずに魔法を行使する為に身に付ける事を推奨されているものだ。父のような魔力の少ない魔法使いにとっては、なければ魔法を行使することができないと言われているような品物である。

 それを他人に預けるということは、敵意はないと伝えるのと同じである。

 背後を狙って魔法を放つような父からは想像できない行動だ。
 それに驚いている隙を衝くかのように距離を近づけてくる。

 それでも椅子が二つほど間に入りそうな距離を保って止まった。
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