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第一話 異母妹は悪役令嬢である
05-1.イザベラ・スプリングフィールドの後悔
しおりを挟む魔法暦二〇二八年、四月十日。
花が咲き誇る穏やかな季節を迎えたこの日、アリアは死んだ。
堂々と亡骸を弔うことすら許されず、国民の心ない視線に晒された彼女は密かに用意させた棺に身体と切り離された頭を入れ、庭へと埋められることになる。
棺の中には生前の彼女が愛していたアマリリスの花を一輪だけ入れる。
急遽、取り寄せることができたのはそれだけだった。
彼女が愛した花はアマリリスだけではない。大輪の真紅の薔薇、大きく誇らしげに咲く白い牡丹、死者に捧げる花とされている白い百合、花の咲く季節が異なるそれらを好んでいた。
思い返せばどれも豪華な見た目の花を好んでいた。
それを彼女が寂しくないようにと棺の中に花を入れた今になって思い出したのは、なぜだろうか。
死しても、私を許さないというのならばその罪を喜んで背負ったことだろう。
不思議と彼女が私に対して恨み言を吐く姿は想像ができなかった。
「お前の罪は異母姉である私に引き継がれた。お前は罪を背負わず、神の元へと導かれることだろう」
異母妹は子どもだった。
実年齢よりも精神的に劣っていた。
「アリア。お前の愛した庭園の中で穏やかに眠れ」
それは我が儘を口にすればなんでも叶えられる環境で育てられたのも影響しているだろう。
義母は公爵家の令嬢として異母妹が幸せになれるように努力をしていたし、父はアリアをたった一人の愛娘であるかのように可愛がっていた。それが彼女の性格を我が儘なものへと育てたのかもしれない。
私もアリアの我が儘を否定することはしなかった。
それを積極的に肯定することはしなかったが、彼女の我が儘が通りやすくなるように裏工作をしたことは何度もある。
「スプリングフィールド公爵家の墓に入れることができなかった。公爵家の血を継がない者はそこには入れられない」
そう考えれば、異母妹は両親にも殺されたのだ。
そう考えれば、異母妹は私にも殺されたのだ。
それは極端すぎる言い訳だろう。分かっている。
「それでも、お前は私の異母妹だ。公爵家の人間だ」
情けない話だが、そうでもしなければ、私は自分の命を絶ってしまいたいほどの怒りを抑えることができないのだ。
異母妹の命を奪った私には自分で命を絶つ権利すらもなく、その命は異母妹の遺言を果たす為に使うべきなのだと、私自身に言い聞かせなければならない。
そうしなければならないのだと言い聞かせる。
「せめて、お前の愛したこの庭で安らかな眠りにつくといい」
義母の言い付けにより管理された中庭は彼女のお気に入りだった。
その言動は公爵家の令嬢には相応しくはないと叱責されても、人の目を盗んでは庭を散歩していた。
それならば、せめて、物言わぬ亡骸だけでもお気に入りの場所で休ませてあげたい。
公爵家の墓に入れることが叶わぬならば、せめて、公爵家で眠りつかせてあげたい。
「誰にもお前を糾弾させはしない。二度とお前を非難させはしない」
穏やかな日々は戻らない。
彼女は皇太子殿下が寵愛する少女をおとしめようとした罪で命を落とした。
それは自尊心を酷く傷つけられながら、生まれて来たことを国民から否定されながら、罪人として処刑されなくてはならないほどの出来事だったのだろうか。
「ゆっくりと休め、アリア。私の最愛の異母妹よ」
棺の中に異母妹が愛用していたアマリリスの花を模らせたネックレスを入れる。
無慈悲にも亡骸を照らし続ける太陽から彼女を守るように棺の蓋を閉めさせ、決して掘り起こされないように土をかけさせる。
「お前に取り上げた名を返そう」
アリアはローレンス皇太子殿下の婚約者だった。
皇太子殿下が魔法学院を卒業するあの日までは婚約者だった。
「アリア・スプリングフィールド公爵令嬢、お前の遺言は私と共にあり続ける。安らかに眠るといい」
最終的にその婚約を望んだのはアリアだったとはいえ、婚約話を我が公爵家に持ち込んだのは皇帝陛下だった。
ローレンス皇太子殿下の後ろ盾として公爵家の力を望んだからこその婚約だった。
よくある政略結婚の一環として持ち込まれた婚約は、貴族として生まれた者にとっては義務のようなものだ。
その義務を果たそうとしたアリアは不敬罪の名の下に命を散らした。
一度たりとも皇太子殿下の御身を危険に晒そうとしたことがないのは、異母姉である私が保証しよう。
無慈悲にも亡骸を照らしていた太陽は薄黒い雲に覆い隠される。
土の中に姿を隠した棺の傍から離れられない私たちを追い返すかのように、無慈悲に雨が降り注ぐ。
今日のような青空の日は雨が降らないはずなのにおかしいこともあるものだ。
風邪を引いては困るとアリアを産んだ義母は一目散に屋敷の中に戻っていった。
そういえば、義母はアリアの亡骸を気味悪いものを見るような眼を向けただけで涙を流すこともなかった。
義母を追うように公爵代理人の座を私に奪われた父は屋敷に逃げ込んだ。
彼はアリアの死を受け入れられずに涙を堪えきれていなかった。
私に傘を差す執事のセバスチャンの眼からも涙が流れているというのに、非情な私の眼からは涙が零れ落ちることはない。
「……こういう時はどうすればいいのだ。セバスチャン」
血のつながった娘に対して気味悪いものを見るような眼を向けた義母は、彼女のことを愛していなかったのだろうか。
それならば義母は皇国で一番の舞台女優となれるだろう。
父のように涙を流し続ければよかったのだろうか。
それは彼女を死に追いやった私には許されない行為だろう。
異母妹とは仲がいいとはいえない関係だった。
なにかに付けて対立することが多かった。
近年は顔を見合わせれば最低限の挨拶だけの関係だった。
皇太子殿下との関わりにより顔を合わせる機会は多かったのにもかかわらず、その関係性は希薄だった。
それでもその死を望むことは一度もなかった。
少々、場の空気を読んで発言をして欲しいと苦言を伝えることはあったものの、煩わしいと思ったことはなかった。
可愛らしい我が儘だと思っていたのだ。未来の皇后陛下となるのには幼すぎる言動を叱責することも務めであった。
私の言葉に素直に従っていた異母妹には悪気はなかったのだろう。
思った通りに行動をしていただけなのだろう。
それを否定すれば良かったのだろうか。
そうすれば、異母妹は今も生きていたのだろうか。
「御心のままに従うべきだと思います。イザベラ様」
「まるで聖職者のようなことを言うな」
「善良な信徒ですから。イザベラ様もそうでしょう? アリアお嬢様の為に神様への祈りを捧げたのはイザベラ様でございます」
それは教会の聖職者を呼ぶことができなかったからだ。
だからこそ聖書を片手に読み上げただけだ。
簡易的な内容だったから神の御心に届いたとは思えないものの、それでも、なにもしないよりは良いだろう。
「私は善良な信徒ではない。破れるほどに読み込んでいたのも、奉仕作業に精を出していたのも私ではない。誰かに強要されたわけではなかったのにもかかわらず、それらはあの子が好きでしていたことだ」
聖職者を呼ぶことができなかったのは、異母妹が皇族侮辱罪により死罪になったからではない。
彼女は教会から破門された。
教会の公認である聖女、エイダを侮辱した異教徒として扱われたのだ。
アリアは熱心な信徒だった。
用事がない限り、日曜日に行われている集会に毎回参加をしていた。
神に祈りを捧げ、神に感謝をしていた。
教会が企画するだけの意味のない奉仕作業ですら彼女は嬉しそうに行っていた。
市民階級の人々に紛れて笑う彼女を見たことのある者も少なくはないだろう。
彼女は善良な人ではなかったのだろう。
婚約者だったローレンス皇太子殿下もよく思っていなかった。
私だって彼女を煩わしいと感じたことはある。
公爵令嬢の身分を悪用していたと言われても仕方がないことだってしてきた。
それでも、それが許される立場だったのだ。
少なくとも教会はそれを認めるべきだろう。
熱心な信徒の一人として受け入れるべきだった。
死刑に処された者であっても信徒であれば教会は弔うことができる。
それは皇国の歴史上でも何度も繰り返されてきたことだ。
「私は、聖書を片手にしていなければ、鎮魂の祈りすら読み上げることはできないのだよ。お世辞でも熱心な信徒とは言えないだろう」
心で感じているものに従えというのならば、私は墓を掘り返すだろう。
手にしている全ての物事を投げ捨て、私を支えてくれる者たちの手を振り払い、私を必要としてくれている者たちを見捨ててしまうだろう。
冷たい土の下で眠る異母妹の眠りを妨げるだろう。
異形でも構わない、罪深き姿でも構わない。
誰も望んでいないと分かっていながらも、失った命の代わりとなってしまう膨大な魔力を注ぎ込んでしまうだろう。皇国の領土でも目撃されたことがあるゾンビとしてこの世に引き留めようとしてしまうだろう。
ゾンビには心臓も心もない。記憶も自我もない。
それでも私は彼女の眠りを妨げてしまうだろう。
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