OMEGA-TUKATARU

Kokonuca.

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雪虫

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 そんなこと、αとΩのこいつらならよくわかっているはずなのに。

「そこは本人達の自由意志だが」
「自由意志⁉︎」
「雪虫は体が弱くて……体の発達が未熟なせいか、ヒートでもフェロモンがほとんど出てなくて。この臭いがあればフェロモンはまったく感じないはずだから」

 確かに、凪いだ状態で何も臭ってこない。

 すぐ傍の熟れきった果実みたいな匂いも消えたし、ここに入った時に感じた不思議な匂いもしない。

「でもこの臭い、臭いな」
「お香とお茶があるから、併用してみて」

 セキは棚から香炉だと思うものと茶筒を出して並べた。

「普通の抑制剤とかは?飲ませてるんだろ?」
「飲ませてない」
「はぁ?自己防衛しないのかよ」
「副作用がキツ過ぎて……いくら調節しても体調を崩すんだ」

 う……と言葉に詰まる。

 何を言ってもこんなふうに返事が返るのだろう。諦めてこくりと頷いた。

「食事の時間は  」

 インスタント物はダメ、脂っこい物は食べさせない、塩分は計算して、まめにお茶を飲ませること、入浴の際の手伝い、身の回りを常に清潔にしておく。
 体調の変化に気をつけること。

 何かあれば先生に連絡するように……と、取り上げられた携帯電話の代わりに新しい携帯電話を渡された。
 中を覗いてみたけど、電話帳は大神のものとたぶん先生の名前だろう瀬能と書かれた二つだけだった。

 番号があっても連絡する気はないが、ジジィとババァは達者でやっているんだろうか?また人様に迷惑かけていないかが気になったが、こちらに迷惑が来ないなら別にいい。

「覚えた?メモとか  」
「いらね」

 日常の注意事項なんてわざわざ書いて残すこともない。

「 それから、あんまり太陽に強くないから長い時間日差しに当たらせないようにね」
「はぁ?りょーかい」

 あとは簡単に物の場所を教えてもらい、これを使ってと手首から外されたシリコンのブレスレットを渡された。

「何これ」
「この街で使えるタグだよ。これでこの街の中で買い物ができるから、レジのところで翳して使って。使い過ぎないようにね」
「お?」
「この街の話は?」
「ここどこ?」

 セキが溜め息を吐く前に大神がふぅーと煙を吐いた。

「ここは『つかたる市』、聞いたことある?」
「バース特区じゃねぇか」
「そうそう、そこの個人管理タグだから、無くしたり、他の人に貸したり、盗まれたりしないようにね」

 黒い飾り気のないそれを手首にはめて、ん?と首を捻った。

「今…… なんか」

 うっかり手首にはめてしまったが、これ……違法タグだ。

「……」
「このタグではベータってことに  って、君はベータって登録だったね」
「だ 大丈夫なのかコレ」
「堂々としてたらバレないよ」

 こう言う所で平然としていられる図太さがオレにはなくて、使う時のことを考えると頭が痛い。
 普段アクセサリーも何もつけないせいか、柔らかなそれが手首にあるのが落ち着かず、ぐにぐにと指先で引っ張った。

「急に連れてこられて戸惑うこともあるだろうけど、雪虫のことよろしくね」
「保護者っぽいな」
「だって!弟みたいな感じで  くれぐれも頼んだからね!」

 念押しされて頷いた。

 と、言うか  急すぎだし説明足りなさすぎだし、オレはこれからどうすればいいのか……



 
 物心ついた時から家の環境が良くないことはよくわかっていた。
 ちょくちょく乗り込んでくるジジィの不倫相手やその旦那が暴れたり、借金で怒鳴り込まれたり……夜逃げでろくに学校に通わなかった時もあったし、高校になってからも授業料滞納や尻拭いの関係で行き辛くなってほとんど行っていない。

 そんな生活から考えると、炊事洗濯掃除と世話を焼いてりゃ生きていける今の暮らしは極楽だ。

「 ま ずぅー  」

 あと問題があるとしたらこいつの偏食だけかな。

「まずくねぇよ、ふつーだよ」

 そう思いたいんだけど……

 雪虫はポソポソと数口だけ食べて箸を置いてしまった。

「ちゃんと食べろよ!」
「もういらない」

 空気に溶けていきそうな儚い印象なのに、一度言い出したら聞かない頑固さは閉口もので。

 俯いた際に色の薄い髪に隠れた横顔を盗み見た。

 こじんまりと整った顔立ちに、長い睫毛の縁取りのある青い目。華奢なんてものじゃない体付きは、雪虫の体が弱いと言っていたのをあっさり肯定してしまえる細さだった。

 触れたら消えそうな、妖精みたいな……

「   じゃあ茶、淹れてくる」

 その言葉にも不機嫌そうだ。

 雪虫のオレの印象ってのはよっぽど良くなかったらしく、いきなり部屋に飛び込んできたことや、オレが来たからセキが行ってしまったことが気に食わないらしい。
 いつも不機嫌でこちらを見ないし、距離を詰めることもできない状態だった。

「あのお茶、美味しくない」

 数少ない、意見の一致だ。

「しょうがないだろ。あれは抑制剤代わりなんだから」
「なんでそんなの飲まないといけないの?」

 なんで?

 何言ってるんだ?

「お前はオメガだし、オレはアルファだし、飲んでおかないと困るだろ⁉︎」

 むぅっと眉間に皺が寄って、雪虫が人形からちょっと人間らしく見える。

「何が違うの?」
「何 え⁉︎」

 思わずテーブルを叩いて立ち上がったオレを、怯えた目が見上げる。

「な なんだよ 」

 もしやと思ってそろりと尋ねた。

「なぁ、自分の性別知ってるか?」
「男だよ!なんだよ!」

 金の眉が寄せられて……不機嫌そうだ。

「バース性は?」

 不機嫌なまま困惑が隠せない雪虫を見下ろす。ここ二、三日相手にしていてなんとなくは感じていたが……

 浮世離れしているのは外見だけじゃないらしい。

「バース性って、何?」

 無性ならともかく、当事者である雪虫自身が何と尋ね返してきたことにびっくりした。

「ちょ ちょっとタイム!」
「タイム?」

 尋ね返されたがそれに答えずに台所へと駆けこんで、大神ではなく瀬能の方に電話を掛けた。

「   はいはーい。先生だよ」

 相変わらず軽いノリにどっと脱力を感じたが、そこに構うと話が進まないので無視した。

「なぁ!雪虫が自分のバース性を知ってないんだけど!」
「え?あー……そうかもね」
「そうかも!?」

 この医者は何を言っているんだ?
 β性で育ってきたオレですら、基本的なことは知っていると言うのに。



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